上 下
136 / 264
【 大火 】

商国の二人 前編

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月18日。
 快進撃を続けるゼビア王国はエルグシス・リオンやラプサラントの街を陥落させ、ハルタール帝国の国境から東へ700キロ程の侵攻を果たしていた。

「いやあ、ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞ、外は寒かったでしょう」

 ゼビア王国国王、”無眼の隻腕”ククルスト・ゼビアは、新たに侵略したボロネオの街でコンセシール商国からの来客を出迎えていた。
 元は人口75万人を抱える巨大都市であり、建ち並ぶ金属の建物に上下水道を完備。他国との交易をおこなうために道路網も整備されており、郊外には様々な物資保管施設が整備されている。

 当然のように、都市規模や重要性に見合うだけの防御設備や人員を配置。ほんの数日前には、100万を超える正規軍に200万以上の民兵からなる防衛隊が配備されていた。
 だが、その抵抗はわずか4日余りで終結した。
 100騎を超える飛甲騎兵も投入されたが、人馬騎兵の進撃を止めることは出来なかったのである。

 案内された建物はかつての高級ホテルだ。3階建ての金属ドーム。その外見には多少の焼け目が残っていたが、調度品などは比較的無傷で揃っている。天井のシャンデリアには魔法により明かりが灯され、冬の寒さにも関わらず暖房により中はコートを脱げるほど暖かい。
 絨毯は全て剥がされていたが、理由は聞くまでもないだろう。こういった場所は、民兵や民間人が立てこもって最後の抵抗をする場所なのだから。

「お初にお目にかかります、陛下。私はキスカ商会ゼビア王国担当、サイレーム・キスカでございます」

 きっちり整えた薄グレーの髪。切れ長の紅蓮の瞳。その身に纏うのは濃いグレーのスーツとベスト。右襟にはコンセシール商国の階級章、左にはキスカ商家の紋章を付けている。背は158センチとさほど高くはなく、見た目は15歳程度と童顔だ。だがこれでも、キスカ商家の中でも敏腕で知られる営業マンであり、同時に技術屋でもある。

「今回は人馬騎兵22騎の組み立てが完了いたしましたので、ご報告に上がりました。こちらが受領書でございます」

 そう言って数枚の書類を国王に渡す。それはこれまでに確認したゼビア王国の大臣、将軍、整備官などが確認した書類の数々だ。それにゼビア王が捺印し、ようやく受け渡しがが完了する。

 リッツェルネールがゼビア王国に売った人馬騎兵は300騎。だが、その全てが一括で渡されるわけではない。したのはあくまで契約までだ。

 これまでにゼビア王国に納入されたのは62騎。そして今日22騎が新たに納入された。残りは今現在輸送中であったり組み立てテスト中であったり生産中だ。
 そしてこの国は、その一部を周辺国に供与することで近隣諸国と連携して、ハルタール帝国に反旗を翻したのだった。

「いやあ、良いね、実に良い。人馬騎兵は素晴らしい。あれだけの性能なのに、飛甲騎兵よりも安い所がまた良い」

 ククルスト王は実に機嫌が良い。何と言っても人馬騎兵の強さは圧倒的だった。
 人間の城塞は、全て同じ人間を相手にする事を前提に作られている。それ故に、人馬騎兵の巨体に対抗する術を持たない。
 そして飛行機関のような複雑で高価な機器を使わないため、飛甲騎兵に比べて量産に向いている点も大きかった。

「これからの主力は人馬騎兵になるよ。うん、間違いないだろうね。さて、そろそろ座ってくれても構わないよ」

「お喜びいただき光栄です。生産・開発を行っている我らが党首、キスカ・キスカもお喜びになられるでしょう。それでは、失礼いたします」

 そう言ってサイレームはククルスト王の前に座る。
 細長いテーブルと長いソファ。まだ人が座る余裕は十分にある。

「君も座ってくれて構わないよ、さぁ遠慮せずに。我々は君達を客人としてもてなしたいのだよ」

 そう言って、サイレームの後ろに立つ少女にも座るように促す。しかし—―

「お心遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。職務上、こうせよと言われておりますので」

 青いスーツに清楚な白のブラウス、それに青いミニのタイトスカートを履いた少女。
 背は決して高くはないが、スーツに押さえつけられた双胸は今にも弾けて飛び出しそうに見える。
 如何にも武官といった、自然体だが警戒を怠らない姿勢を崩さないまま、マリッカ・アンドルスフは目の前の凶悪そうな男に恐縮する素振りも全くなく、サラッと言い切った。

「ああ、すみません。彼女は融通といったものが一切できませんので」

 サイレームは慌てた様子で言い訳をする。だがゼビア王には気を悪くした様子が無い。それだけ上機嫌なのだ。

「それで、リッツェルネール君は来ていないのかな? これを勧めてくれたのは彼でね、是非お礼を言いたいのだよ。いや彼は慧眼だね、実に良い。」

「大変申し訳ございません。彼は今現在、国防軍最副委員長の地位に付いております。それ故に、紛争中の四大国への出入りは法で禁止されておりますので……」

 ぺこぺことにやけた笑みと共にお辞儀をして誤魔化すサイレーム。

 四大国に対する軍事介入は、いかなる場合であっても禁止する条約が世界連盟で結ばれている。
 だがコンセシール商国は正式には世界連盟に加盟していない。あくまでティランド連合王国の属国であり、対外的には独立国家とは認められていない立場だ。
 従って、戦時に赴くことは実際には禁止されていない。

 だが一方で、元独立国であった事は誰もが認めている。
 名目上や対外的はどうあれ、行動自体は条約に従わねば色々と海外での活動に支障が出る。そのため、中央の指示でもない限り、軍務に就いている者の行動は厳しく制約されていた。
 従って、リッツェルネールのような軍の重責がこの場所に赴く事は許されない。動けるのはせいぜい民間職くらいなものだ。

 一方で、マリッカの職責はあくまでアンドルスフ商家所属警護武官であり、軍属ではない。
 腕の立つ護衛を求めた結果、紹介されたのが彼女だったわけなのだが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...