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24.信じる心
しおりを挟む理解不能な言葉が頭の中を駆け巡る中で、テオドルスの発言から導き出されることがある。
(…………もしかして、彼もやり直しを──)
そんな途方もない考えが思い浮かんだ。けれど、死んでからまた同じ人生をやり直しているのが私だけとは限らないのだ。むしろ、どうして私だけがこのような事態になったのかすらわかっていないことで。
(何かとてつもない力でも働いてる? 人1人の人生をやり直しさせるなんて、禁忌魔法でも聞いたことないのよ)
この世界には禁忌とされている魔法がいくつか存在していた。なぜそれらが禁忌とされているかといえば、世界に甚大な被害をもたらすか、大いなる代償が必要となり、倫理的に反すると定義されたからだ。
けれど、もしその禁忌魔法を何者が使用したことにより、私に影響が出ているのだとするならば。
(……ありえなくはないわね)
未だ私の背に手を回し、抱きしめ続けていたテオドルスの温もりが消える。どうやら離れたようで、はっと自分が考え込みすぎていたことに気がついた。
真剣に思い悩んでいたせいか、未だ気持ちを引きずり恐ろしい表情をしていたのだろう。
隣で私の顔色を伺っていたテオドルスは目の前で手のひらをかざした。
「ラリサ? 大丈夫かい? ぼーっとしているけど、やはり本調子じゃなさそうだね」
「え、ええ。少し、目眩がして……」
「それは大変だ。すぐにお医者様を呼ぼう。先ほど来ていただいたばかりだけど、君も目覚めたんだ。もう一度見てもらう方がいいよね」
そう言ってテオドルスは慌ただしく席を立ち、部屋の扉を開く。どうやら扉の向こうで執事か使用人と医者を再度呼ぶよう指示を出しているようだった。
私は彼扉越しに微かに聞こえるテオドルスの声を聞き、胸の前で両手を握りしめた。1人になり、私は自分が倒れる前のことを考える。
(あの人…………私のことを命を顧みずに守ってくれたのよね)
信じてはいかないのに。
私は騙されているはずなのに。
どうしてこんなにも胸が張り裂けそうになるのだろうか。
(…………私のこと、愛してないから庇わないでよ)
中途半端な優しさこそ、私の心を傷つけるだけなのに。また信じてはしまいそうになる。
息苦しさに私はベッドに潜り込んだ。はやくこの胸の痛みが消えればいいと願いながら、目を閉じだのだった。
このときの私は覚悟していなかったのだ。これからもたらされる最悪な情報が私の心を蝕んでいくのだと。
数日がだった。
治癒魔法を疲弊した身体で無理に使ったことにより、私の身体機能は著しく低下していたが、ここは数日で完全に回復していた。
テオドルスは甲斐甲斐しく私の面倒を見てくれて、どこか照れるような気持ちさえあった。それに、彼が命を張って私を守ってくれたことにより、若干距離が縮まってしまったような気がしている。私も無意識のうちにテオドルスの存在が側にあることを受け入れていた。
自覚はしていたが、どうしてだか彼のことを拒絶し切れなかったのだ。
そして完全に回復した私はようやく普段の聖女の仕事へと復帰することとなり、本日の担当区域である王都にある貧民街を訪れていた。
(…………相変わらず、ここは荒んでいるわね)
私は神殿から借り受けた馬車の中から外の光景を見て、険しい顔を浮かべる。
貧民街を歩く人々は皆一様にボロを纏い、力のない瞳をしていた。全てを諦めたような人間ばかりが集まっているこの区域だが、以前はもっと活気があった。
けれど、魔王台頭による余波を受け、ずるずると治安が悪くなり、気がつけば王すらも手に負えない場所へと変わってしまっていた。
(……神殿も手を尽くしてはいるけれど、一度堕ちてしまえば元に戻ることは難しいのよね。みんな、好き好んで堕ちるわけじゃないのよ)
誰にも見えないようにため息をついていると、馬車は目的地についたようでゆっくりと停車した。
外に出ると、そこには古びた建物があった。他の建物に比べれば一回り大きく、普通の民家ではないことは明らかだ。
貧民街ということで付けられた護衛の騎士とともにその建物へと足を向ければ、庭からこちらへと向かって走ってくるものの姿を捉える。
「聖女さま!」
「あっ、聖女さまだぁ。久しぶり!」
「また来てくれだんだ、聖女さまっ」
次々に叫ぶのは成人するよりも前の子供たちだった。彼らは寄ってきたかと思えば私の足元に纏わりつくようにして各々に話す。
「みんな、久しぶりね。元気にしてたかしら?」
お顔で周囲の子供達の顔を覗き込めば、皆次々に返事をする。どれも元気だということばかりだったので、私は微笑ましさを感じながら言葉を紡いだ。
「マザーにも挨拶したいし、上がらせてもらってもいいかしら?」
私が呟けば、子供たちは腕を引くようにして建物内へも案内してくれた。
ここは魔族や魔物たちによって親を失った子供たちのための孤児院だった。
そして私が聖女として地位を授かった際に神殿に頼み込んで作ってもらった場所でもあった。
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