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25.私って馬鹿

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 子供たちを連れ立って建物内に足を踏み入れると、そこには赤ん坊を寝かしつけるマザーがいた。マザーはこの孤児院を設立する上でお世話になった元教会のシスターで、今はここの院長をしていた。

「あら、もうきていたんだね」

 しゃがれた声で私に声をかけてきたのは、そのマザーで。私は頭を下げて挨拶をした。

「お久しぶりです、マザー。相変わらずお元気そうで安心しました」

「ははは。まあ寄る年波には敵わんが、それなりにうまくやっているよ。……そういや今日が訪問にだったねぇ。すっかり忘れていたよ」

「私が訪問したからといって、いつものスケジュールを変える必要はありませんよ。普段通りで構いません。……あ、そうだこれ……」

 私は呟きながら手に持っていた布袋を差し出す。マザーは受け取り、その中身を見た。

「ああ、野菜か。いつも本当に助かっているよ。ここ数年は子供たちの数もぐんと増えてねぇ…………運営もカツカツだから、食い扶持に困って仕方がないよ。本当にありがとうね」

「いえいえ、そんな。そもそも私が神殿に無理を言って立てた場所なんですから。私に出来ることならなんでも協力しますので」

「そうかい、ありがとう」

 マザーは皺だらけの手で私の手を包み込み、柔和な微笑みを浮かべた。
 

「ねえねえ、それそれ野菜だよね! 今日は具いっぱいのスープが飲めるってこと!?」
「わーい! いつもの具なしスープじゃないんだ! やった!」
「聖女さまありがとー!」

 周囲の子供たちは皆狂喜乱舞していた。
 その様子を見て笑顔を貼り付けながら思う。

(……本当ならお腹いっぱいの栄養たっぷりの食事を摂るべきなのに。どうして私はこうも無力なのかしら)

 私が出来ることといえば所持している金で子供たちの食事の差し入れをすることくらいだ。聖女てはあるが、実質的な権力など持ち合わせていない私は無力に等しかった。

 テオドルスに話せば、寄付だってしてくれるかもしれない。けれど私のお金でないため、無理強いすることはできない。

(それに、ただ差し入れを続けるだけじゃこの状況の解決には至らないのよ)

 今だって続々と貧民街へと人々が流れてきている現状だ。魔王台頭によって家や職を失った人はこの国に大勢いるのだから。
 
 まさしくこの孤児院にいる子供たちは皆、魔物などによって親を失った子が、捨てられてしまった子なのだ。何かしらの手立ては必要なのだと分かっているが、現状どうしようもないのも事実だった。

(そんな中でも誰一人死なせることなく運営できているマザーの手腕はすごいわ)

 すっかり物思いに耽っていると、マザーは私へと質問を繰り出した。

「そういばあなた、結婚したって聞いたよ」

「ええ……まあそうです……」

「しかも相手があの勇者様だっていうんだから驚きだ」

 マザーは揶揄うような口調で言葉を吐き出すが、その後ふと真剣な面持ちで考え込んでいた。不思議に思った私は思わず問いかける。

「どうされたんですか?」

「いやぁ、ちょっとね。…………新婚のあんたにはちょいと言いにくいことなんだけど…………勇者様はあんたを大切にしてくれているかい?」

 私は思わぬ質問に面くらう。
 最初は私に茶々を入れているのかと思ったが、マザーの表情を見るな否やその考えを取り消した、
 彼女はどこか思い悩んでいる様子で、私は問い詰める。

「…………なぜそんなことを? もしかして、何か知っているですか」

「ああ、まあね。……とはいっても見ちゃっただけなんだが。これをあんたに話してもいいのかどうか」

「教えてください。お願いします、マザー!」

 気がつけば声のトーンが上がり、前のめりになってしまっていた。私は心の中で思う。

(…………この様子から見るに、いい情報ではなさそうね)

 私の引かない様子を見て、マザーはあからさまにため息をついた。そして「もしかしたら気を悪くするかもしれないよ」と前もって注意をし、目線を逸らしながら口を開いた。

「私はその日、昔面倒見てた子──今は娼婦になった子なんだけど、その子の元を訪れる予定だったんだ。それでね、勇者様のことをねぇ…………その、花街で目撃したんだよ。それも以前てわけじゃなくて、その1週間前くらいに」

「え、」

 一瞬思考が固まる。
 けれど、マザーは続けた。

「それも一人ってわけじゃなくて、女を傍に抱いて連れ込み宿に入っていたんだよ。最初は他人の空似かと思ったんだけど、あんな金髪の美形なんてなかなかいないからね。それに私は前に偶然勇者様に助けられたことがあって、顔は知っていたんだ」

 心臓が嫌な音を立てている。
 冷や汗が止まらず、足元がぐらぐら揺れるようだった。けれどそれを外に出したくない気持ちが勝り、なんとか心を落ち着かせようと試みた。私は気力だけでその場に立っていた。

(…………あのときと同じだわ)

 思い出すのは一度目の人生の記憶。
 初めて彼の言動に傷つけられたあのとき。

 一度目の人生のとき、花街で彼を見つけて浮気を知ったときとまさしく同じたった。

(時系列もほとんど変わらない。…………やっぱり、何をしていてもあの人は浮気するのね。……いいえ、今回は結婚しているのだから不倫だわ)

 女の腰を抱いていたとなれば、ほとんど裏切りとして断定できるだろう。
 
(私のこと好きだっていったのも、ただのカモフラージュだったのね。……こんな簡単なことに騙されて、また傷ついて…………私ってほんと馬鹿)
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