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28.独占欲の片鱗
しおりを挟む「……知ってたんですね、遠藤くんが元カレだってこと」
私の言葉に玲二は「ああ」と短く返事を返す。私に対し顔を背け、まるで拗ねているような様子だった。
「いつ知ったんですか。もしかして、あの晩に不機嫌になったのって、このことを知っていたから?」
「…………」
玲二は答えなかったが、横顔からでも分かるその苦い顔に図星だと理解した。
小さくため息をつき、玲二の肩を掴んでこちらに直らせる。彷徨っていた目線を無理矢理合わせると、その瞳の奥がゆらゆらと揺れているような気がした。
「玲二さん……さっきの遠藤くんに対する態度はちょっと酷いです。あんな脅すような真似までして。……というかなんでわざわざそんな過去のこと掘り返すんですか。彼とは円満にお別れしたんです。疑うようなことは一切ないです」
少し呆れつつも言い聞かせるように話すと、玲二は無愛想にそっぽを向く。そして斜に構えた様子で口を開いた。
「……俺はただ、権利を主張しただけだ」
「権利? どういう意味で……」
「お前は俺のものだろ? あんな奴には渡さない。ーーわかったか?」
私は思わず目を白黒させた。玲二の言葉の意味がうまく飲み込めなかった。
全く意味がわからない。
私が玲二のもの?
遠藤くんに渡さない?
その言葉はまるでーー。
「……玲二さん、もしかして嫉妬してるんですか?」
「……っ、誰が嫉妬なんて」
「だって私が遠藤くんに取られるのが嫌で怒ったんでしょう? それってそういうことなんじゃ……」
理詰めに話す私とは比例して玲二は興奮気味にいい募る。
「うるさい! もう黙れ!」
そう言って唐突に唇を重ねてくる。
ペロリと口唇を舐られ、突然の快楽に声のない悲鳴を上げた。驚いた際に僅かに開いた唇の隙間から分厚く濡れた舌を侵入させ、内部を蹂躙した。中を全て舐め取られてしまうのではと思うほど吸い上げられたかと思いきや、今度は唾液を注ぎ込まれる。
玲二は私を翻弄し、ようやく唇が離れたときには息絶え絶えだった。
私は涙目になりながらも訴える。
「こんなキスして……誤魔化されませんからね」
「うっ……」
「というか、都合が悪くなったときにとりあえずキスしとけってやつ、やめてくれませんか」
玲二が話を曖昧に濁そうと考えたいたことなど想像に容易い。このバツの悪そうな顔つきを見れば、一瞬で自分の考えが間違いではないことに行き着いた。
その表情を見ていると、むしろ可愛く見えて来てしまうのは我ながら病気かもしれない。惚れた弱みという奴だ。
尖らせていた唇が自然と弧を描き、気がつけば苦笑していた。それは玲二が私という存在を心の内で意識してくれていることに他ならない。好きな人に嫉妬されるということは今の自分にとっては喜ぶべきことで。
玲二が私のことをどう思っているのか、ずっと分からなかった。けれどこの一件で、男の影が見えたら嫉妬してくれるレベルには好きになってくれていたのだろう。
「でも……私もごめんなさい。遠藤くんのこと、結果的には隠していたことになっちゃって。このことを知っていたから共演のこと伝えた日に不機嫌になったんですよね?」
「……仕方ないだろ。妻が元カレと演技とはいえ、恋人になるんだ。ムカつくだろ普通。…………こはるは俺のなんだから」
「……またそういうこと言って……」
相変わらずな物言いに肩をすくめるも、私はもう一度向き合い真剣な面持ちで伝える。
「それでも! 遠藤くんに対してのあの物言いはありえません。今度、絶対に謝ってください」
「なんで俺が……」
「いいですね? もしこの約束を守らないならーーもう二度とご飯は作りませんから」
玲二は私の圧に一瞬に慄きつつ言い返そうとするもののーー視線がかち合った途端、負けじと目に力を入れた私に負けたのか「ふん」と言って先に目を逸らした。
だが。
軽く触れるくらいのキスをする。
そしてそのあとーー。
「だが、お前は俺のものだ。そのことは絶対に忘れるなよ? いいか?」
強い眼差しと真剣な顔つきにこくりと頷く。
玲二の剥き出しの独占欲の一端が垣間見えた一幕だった。
そしてそのまま玲二は仕事があるからと帰っていった。スタッフに呼ばれて、撮影初日は何事もなく終了し。
私は映画の撮影で忙しくなっていきーーなかなか会えない日々が続くこととなる。
『へぇ、月ノ島玲二がそんなことをね。確かに見た目からして俺様って感じだけど、独占欲もやばそうだねぇ』
「独占欲っていうんですかね、ああいうの。……玲二さんの場合、自分のテリトリーにあるものが他人の手に渡るのが嫌ってだけじゃ……」
『なぁに自信ないこと言ってんの! 好きでもない人のためにわざわざ仕事抜け出して応援に駆けつけてくれるわけないでしょ? それに、花だって貰ってるし。……正直大金持ちな男ってブランドバッグとかでっかい宝石とか高いだけのもの贈り物に選ぶとばかり思ってたけど。月ノ島玲二って意外とちゃんと見てんのね、こはるのこと』
自宅に帰ると香澄から着信に気づき、かけ直して電話をしている最中だった。
玲二とのことについて度々連絡ツールで相談しているのだが、やはり電話で話す方が気持ちも整理できると思った。
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