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26.見られたっ!?
しおりを挟む今回母との共演する時間はそう長くない。母の役というものが私ではなく、共演する遠藤の母親役だからだ。共にカメラへ映る瞬間は台本通りならば一度限りで、それも最終話のクライマックス後の結婚式シーンだ。
挨拶を終え、撮影監督やプロデューサーの話、演技についてのアドバイスなど様々なことを教わった私は次の仕事現場へ向かう時間となった。
今日は細々とした打ち合わせのみで、本格的な撮影に入るのは3日後からだ。
すでにスタッフや演者の半数はあとにしており、残っているのは少数だつた。母もすでに現場を後にしており、周囲には後片付けをするスタッフの方々ばかりだ。
「花宮! 帰るのか?」
声をかけられて振り返ると遠藤がこちらを伺っていた。質問に対して頷くと、「そっか」と零す。そのとかの表情がどこか翳っていた様に思うのは気のせいだろうか。
「あのさ……………………いや、撮影、頑張ろうな!」
「え? ……う、うん。もちろん」
何かを言いかけた様な遠藤に頭を傾げながらも彼が話さないのならば無理に聞き出すのも憚られてそのまま返事を返す。
そして私はそのまま現場を後にするのだった。
◆
そして3日後。
とうとう映画の撮影が始まった。
今回の撮影は新人の私が主演ということで、撮影自体はほぼ物語に沿った順で行われることになっていた。多少の前後はあるのだが、それでもバラバラに撮影するよりかは気持ちも入りやすい。
私と遠藤、それにもう一人、私の夫役でもあるタレント出身の俳優が主演という形になっており、私の役柄はその二人の男たちに挟まれて振り回される役どころだ。
序盤は私と遠藤の役の高校時代ーー付き合っていた頃の話で、今日はその場面の撮影だった。
久しぶりに袖を通した制服に気恥ずかしさを覚え、短いスカートを隠す様に手で抑える。コスプレ感が出ていないか心配だ。
撮影場所が学校ということで控室はなく、教室を借りて用意をしていた。
右往左往していると、廊下から誰かが近寄る気配がある。思わず扉の方向に視線を向けていると背後から声がかかり、そしてその人物がしきりの勢いよく扉を開いて姿を表した。
「…………意外と似合ってるな」
「……っ、え!? ま、待って……どうしているんですか、玲二さん!」
てっきり遠藤や内山が来たのかと思ったが、そこには現場にいるはずのない玲二が立っていた。
彼はどこからからかう様な面持ちで口元を緩ませる。
「今日は事務所の関係者として来た。期待の新人の初映画の撮影だからな」
「それにしても突然すぎます。家にも帰ってなかったのに、この場に現れるなんて……」
「ここ数日は特に忙しかったんだ。ようやく時間が取れたから、お前の仕事ぶりを拝見させてもらおうと思う。気張ってやれよ?」
花束を渡された夜も結局そのあと玲二のスマートフォンに仕事関係の電話がかかってきて共に寝ることはなかった。どうやら唐突にアメリカへ飛ぶこととなったらしく、それからというものの一度も自宅へと帰宅することはなかった。電話では連絡を取り合っていたのだが、帰国するなど初耳で。
声だけじゃ物足りなかったらしい。
玲二の顔を久しぶりに見たことにより、胸の中から溢れ出す感情が止まらずーー思わずその胸に飛びついた。
「……っ、玲二さん」
「…………な、なんだ? いきなりどうした……」
広い胸は私を易々と受け止めてくれる。
温かい胸からは苦い煙草と大人びた香水の香りが漂い、心が解けて行くようだった。
驚いていた玲二も私の背中と後頭部に手を回し、労る様に撫でる。
「お前は本当に…………っ、ガキだな」
「…………ガキでいいです」
玲二はそう言いながらも、けして嫌味ったらしくない口調で。傲慢でありながらも甘みを含んだ言葉に蕩けてしまう。
玲二の胸に埋めていた顔を上げると、彼は私の顎を指先で持ち上げる。視線がかち合い、その瞬間、時がいつにも増してゆっくりと流れているようでーー。
玲二の親指が私の唇をなぞり上げた途端、ぞくりと背中に電流が走る。甘い空気に飲まれるかのように、頭がぼーっとしてきた。
そして自然と引き寄せられるかのようにーー互いの唇を合わせていた。触れるだけのキスであっても、繋がってそこからは熱い何かが流れ込んでくるような気がして。体温が一気に上昇する。
だが、そのとき。
「おーい、着替え終わった…………か」
甘い空気が一瞬にして崩れ去っていった。
声の主は顔を見ずともわかる。
先ほどまでは熱に浮かされていた身体は一気に冷め、先ほどとは異なる意味で心臓がばくばくと音を立てた。
「…………遠藤、くん…………」
ーー人に見られた。
気まずさに顔を強張らせてしまうのは仕方がないことだろう。事務所を経営する一族の御曹司との密会を元カレに見られるというのはなんと居心地の悪いことなのだろうか。
勢い余って玲二に甘えてしまったことに反省をしつつ、私は遠藤へ向き直ろうとするのだが。
「ちょ、ちょっと玲二さん……一旦離してください」
「駄目だ。お前から抱きついて来たんだろ? 責任とってもう少しこのままでいろ」
「なっ、子供のような真似しないでください。人前ですよ……」
「ガキでいいって言ったのはお前のくせに」
拗ねたような顔でそっぽを向く玲二を無理矢理引き離し、いまだ固まり続けている遠藤に話しかけた。
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