草花の祈り

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
47 / 60

打ち上げ②

しおりを挟む
 私よりも1時間遅れて家に帰ってきたロマンは、私との会話も夕食もそこそこに部屋に行ってしまった。部屋を訪ねると、ロマンは勉強机の前にぼーっと座っていた。

「ロマン……」

 ロマンが私の方に顔を向ける。その目は悲しげにも、怒りを堪えているようにも見える。

「エイヴェリー、どうして隠してたんだ?」

「隠すって……何を?」

「ジャンヌたちにされたことだよ!」

 いつになく感情的なロマンの声に脚が竦む。彼女はガタンと音を立てて立ち上がり、言葉を失っている私の前までやってくると、強い憤りと悲哀の入り混じった瞳で私を見つめた。

「今日の打ち上げの時に、君の友達のソニアって子が教室に来て、私に動画を観せた。あまりの酷さに言葉を失ったよ。帰りにジャンヌを問い詰めたら、泣きながら謝った。それでも許せなくて……」

 一呼吸置いて、震える声でロマンは再び話し出した。

「実は、彼女に交際を迫られてた。彼女の親にも。同性同士だけど、相手の親は寛容みたいで……。私の両親も彼女を気に入ってたよ、いいとこのお嬢さんだからって。答えを返していなかったけど、今日彼女に言ったよ。恋人になるつもりなんかないって。私の大切な妹を傷つけたことを、一生悔やめばいいって」

 ロマンの目から涙がこぼれ落ちる。透明な、深い悲しみを閉じ込めた雫。

「ごめんなさい、ロマン……。あなたに心配をかけるのが……悲しませるのが嫌だったのよ」

 ロマンの腕が、私を優しく抱きしめる。その温かい腕の中で、泣き出しそうになるのを必死に堪える。

「エイヴェリー、私はあなたを大切に思ってる。あなたが誰かに傷つけられるのは耐えられない。お願いだから、もっと私を頼ってくれ。じゃないと私は、あなたが心配でどうにかなりそうだ」

 ロマンは私を、私が思う以上に大切に思ってくれていた。私ときたら、そんな姉との交流を一切断って心を閉ざしていた。きっと彼女には彼女の苦しみがあったのだ。姉として私を思うがゆえに、突き放さなければいけない辛さ。そして、私を心配する気持ち。傷ついた私を思う気持ちが。

 私はロマンの腕をそっと解いて、彼女のその優しげなセピア色の目を見つめた。この短いブラウンの巻き毛も、優しげな表情も、ロマンのままだ。

「ロマン、ありがとう。私はあなたを愛してた。今だってそう。これまであなたには散々迷惑をかけた。私は自分の気持ちを押し付けるばかりで、あなたの気持ちなんて考えていなかったわ。あなたは私をこんなに大切に思ってくれていたのに……。本当に、馬鹿よね」

「エイヴェリー……」

「離れてみて分かった。私たちは、きっと普通の姉妹でいたほうがいいのよね。時間はかかるかもしれない。だけど、あなたを姉として愛せるように、良い姉妹になれるように努力するわ」

 まだ何か言いたげな姉に背を向けて、自分の部屋に向かう。部屋に入り、ドアを閉じた途端にそれまで堪えてきた涙が溢れてくる。この涙も、湧き上がる痛みとも悲しみともつかぬ感情も、耳に響く自分の嗚咽もーーいつか綺麗に忘れ去ることができるのだろうか。もしもこの感情がいつか来る幸せのためにあったとしても、今の自分にはあまりに重く、切ないほどに鮮明すぎた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

タイムカプセル

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

二次創作小説

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:873pt お気に入り:6,252

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,680pt お気に入り:35,430

櫻月の巫女 〜過去のわたしと今の私

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

短編集『サイテー彼氏』

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:6

厨二魔導士の無双が止まらないようです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:356pt お気に入り:5,749

ファインダー越しの君と過ごす夏

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:10

こちらの世界で、がんばる。

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:5

処理中です...