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24. 打ち上げ
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翌日の夕方、教室で打ち上げパーティーが行われた。クラスメイトから受賞へのお祝いの言葉をかけられた私は、戸惑い半分、喜び半分だった。
クレアは最初級友たちに囲まれて楽しく話していた。クレアに話しかけたかったが、超人気者の彼女は常に友人たちに囲まれていてなかなかタイミングが掴めなかった。
クレアは昨日、確かに私の隣にいた。ずっと一緒に芝居をして、時折お互いに目を合わせながら歌って、スピーチの壇上でも私を見て微笑んでいた。それなのに、今はクレアが遠くに感じてしまって、少しだけ寂しい。やはり彼女は私とは住む世界が違うのかもしれないなんて、しみったれたことを考えている自分が滑稽だ。
「特別賞おめでとう」
オーシャンがやってきて、私の肩を叩いてお祝いを伝えた。
「それ、昨日も聞いたしメールでも聞いたわ」
「特別賞をとった生徒はその後躍進するってジンクスがあるの、知ってたか?」
「躍進も何も、女優になる気はないもの」
クレアの方に目をやる。彼女は昨日も授賞式が終わってすぐに用事があると帰ってしまい、今日もずっと話せていない。クレアと話したい。昨日のお互いの功績を讃えあい、これまで私を支えてくれたお礼を伝えたい。
だがクレアは途中で誰かに呼び出されたらしく、教室の外へと向かって行ってしまった。
「告白じゃねぇか? こういう行事のときって、やたら増えんだよな」
興味津々といった体でにやついているオーシャン。
「まさか」
「いや、あれはぜっってー告白だわ。さっきちらっと顔見えたけど、相手三年だな。追いかけようぜ!」
「駄目よ、そんなことしたら……」
オーシャンは嫌がる私の腕をとり、教室の外に出た。廊下の向こう、非常階段に消えていくクレアと髪の長い髪の先輩の姿が見える。
「忍び足で行くぞ」
オーシャンにならい、忍者のようにさささと廊下を走り、つま先歩きで非常階段をのぼる。嫌と言いつつ、内心気になっている。クレアが誰かに告白されて付き合うのはいいのだが、また彼女が遠くに行ってしまうようでやはり寂しい。
屋上に続く鉄のドアのガラスから、屋上の真ん中らへんで向かい合うクレアの横顔と、先輩の横顔が見える。顔を赤らめ、真剣な表情の先輩がクレアに何かを言っている。クレアはしばらく考え込むように俯いた後で顔をあげ、先輩に何事かを伝えた。その顔に笑顔はなく、むしろ悲しげだった。次の瞬間、先輩が顔を覆って泣き出した。
「あっちゃ~、振っちゃったかー!!」
オーシャンが自分の額をペシンと右手で叩く。
「戻るわよ!!」
オーシャンの腕を引っ張り、階段を駆け降りる。これまでにない速さで教室に戻った私たちは、何事もなかったかのように散らばって、オーシャンはアレックスと話し始め、私はテーブルの上のチーズとカシューナッツの乗ったクラッカーを摘んだ。
その後3分ほどしてクレアが戻ってきたが、その表情は物憂げだった。彼女はバルコニーに向かい、一人ぼんやりと外を見ていた。気掛かりではあったが、何も尋ねないほうがいいかもしれないと思い、そっとしておくことにした。間もなくメグがバルコニーに行って、無邪気な様子でクレアに声をかけた。
「あぁ、たまんねぇ……」
不意に横から声がしたので顔を向けると、レンカがホワイトボードの前で笑い合うケイティとリアナを見つめていた。
「あ、ごめん聞こえてた?」
私の視線に気づいたレンカは、顔を赤くした。
「たまんねぇって言ってたわよ」
「やっぱり、聞かれてた……」
恥ずかしそうにつぶやいたあとでレンカは、
「ケイティって、超可愛いと思わない?」
と尋ねた。
「思うけど……。気になるの?」
レンカは突如として早口で喋り出した。
「やっぱ思うよね? ケイティってメーガン・トレイナーみたいで最高にキュートよね? 彼女、才能もあるし私の知らないこと沢山知ってるし言うことも時々シュールで超面白いの。あの笑った時に目が見えなくなる顔とか時々とぼけたことを言うところとかもう癒しなわけ。こないだケイティに家に泊まって貰ったとき怖いから隣で寝てって言ったら寝てくれたんだけど、彼女が寝てる時にどさくさに紛れてお腹を触ったらもう気持ちいいのなんのって……」
「……」
人が変わったように捲し立てる様子に唖然としている私の様子に気づいたレンカは、「……ごめん」とまた恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ううん。実は、ケイティもあなたのことを気になるって言ってたのよ」
「うそ?! まじ?! エイヴェリー、それ私を揶揄うためのドッキリとかじゃないよね?!」
目を最大限まで開いて、いつになく大きな声で尋ねるレンカの様子に吹き出してしまう。フランス語が苦手と言っていた彼女の面影は、もう皆無だ。
「ドッキリじゃないわ。一昨日ケイティの家に泊まった時に言ってたの」
よしっ、と両手でガッツポーズを作るレンカ。最初は大人しそうに見えたけれど、この一ヶ月ほどで彼女は表情が豊かで、リアクションが大きくて面白い子なのだということが分かった。
「もうやばい、ヤッヴァイ。嬉しすぎて額を柱に打ち付けたい」
「それはやめて。だけど、ケイティは過去に色々あって、自分に自信がないみたいなのよ」
「それは、彼女から聞いたわ」
レンカは一転、神妙な様子で頷いた。
「私も自信がないから分かるの。彼女の不安とか、怖いって気持ち。だから、私が今舞い上がって下手に気持ちを伝えても、彼女は戸惑うと思うのよ」
「優しいのね」
「共感できるからね」
レンカは優しい。優しすぎるくらいだ。私はそれに比べて、なんて自分本位で独りよがりだったのだろう。ロマンは私を妹として愛していると言ってくれた。だが、私はそれ以上を求め、彼女が困っているのも構わずに愛を押し付け、応えてくれなければ怒りをぶつけ、気をひくような行動を繰り返した。レンカの話を聞いて、これまでの自分の行動を激しく恥じた。家に帰ったら、ロマンにこれまでのことを謝らなければならない。
打ち上げが終わり、迎えにきた両親の車で家路についた。ロマンも打ち上げが終わった頃だが、友達と帰るから遅くなると父親に電話で告げたらしい。
両親と劇の話をしながら帰る途中、窓の外に目をやると、電柱の影にロマンとジャンヌの姿が見えた気がした。確かに二人だった。もしかしたら、二人は既に付き合っているのかもしれない。劇で主役とヒロインを演じたことで、距離が近づいて付き合う例があるらしいと、前にオーシャンが言っていた。
胸が痛かった。ロマンが誰と付き合おうが関係ない。そう言い聞かせるも、やはりこの引き裂かれるような胸の苦しみをコントロールするのは難しい。
クレアは最初級友たちに囲まれて楽しく話していた。クレアに話しかけたかったが、超人気者の彼女は常に友人たちに囲まれていてなかなかタイミングが掴めなかった。
クレアは昨日、確かに私の隣にいた。ずっと一緒に芝居をして、時折お互いに目を合わせながら歌って、スピーチの壇上でも私を見て微笑んでいた。それなのに、今はクレアが遠くに感じてしまって、少しだけ寂しい。やはり彼女は私とは住む世界が違うのかもしれないなんて、しみったれたことを考えている自分が滑稽だ。
「特別賞おめでとう」
オーシャンがやってきて、私の肩を叩いてお祝いを伝えた。
「それ、昨日も聞いたしメールでも聞いたわ」
「特別賞をとった生徒はその後躍進するってジンクスがあるの、知ってたか?」
「躍進も何も、女優になる気はないもの」
クレアの方に目をやる。彼女は昨日も授賞式が終わってすぐに用事があると帰ってしまい、今日もずっと話せていない。クレアと話したい。昨日のお互いの功績を讃えあい、これまで私を支えてくれたお礼を伝えたい。
だがクレアは途中で誰かに呼び出されたらしく、教室の外へと向かって行ってしまった。
「告白じゃねぇか? こういう行事のときって、やたら増えんだよな」
興味津々といった体でにやついているオーシャン。
「まさか」
「いや、あれはぜっってー告白だわ。さっきちらっと顔見えたけど、相手三年だな。追いかけようぜ!」
「駄目よ、そんなことしたら……」
オーシャンは嫌がる私の腕をとり、教室の外に出た。廊下の向こう、非常階段に消えていくクレアと髪の長い髪の先輩の姿が見える。
「忍び足で行くぞ」
オーシャンにならい、忍者のようにさささと廊下を走り、つま先歩きで非常階段をのぼる。嫌と言いつつ、内心気になっている。クレアが誰かに告白されて付き合うのはいいのだが、また彼女が遠くに行ってしまうようでやはり寂しい。
屋上に続く鉄のドアのガラスから、屋上の真ん中らへんで向かい合うクレアの横顔と、先輩の横顔が見える。顔を赤らめ、真剣な表情の先輩がクレアに何かを言っている。クレアはしばらく考え込むように俯いた後で顔をあげ、先輩に何事かを伝えた。その顔に笑顔はなく、むしろ悲しげだった。次の瞬間、先輩が顔を覆って泣き出した。
「あっちゃ~、振っちゃったかー!!」
オーシャンが自分の額をペシンと右手で叩く。
「戻るわよ!!」
オーシャンの腕を引っ張り、階段を駆け降りる。これまでにない速さで教室に戻った私たちは、何事もなかったかのように散らばって、オーシャンはアレックスと話し始め、私はテーブルの上のチーズとカシューナッツの乗ったクラッカーを摘んだ。
その後3分ほどしてクレアが戻ってきたが、その表情は物憂げだった。彼女はバルコニーに向かい、一人ぼんやりと外を見ていた。気掛かりではあったが、何も尋ねないほうがいいかもしれないと思い、そっとしておくことにした。間もなくメグがバルコニーに行って、無邪気な様子でクレアに声をかけた。
「あぁ、たまんねぇ……」
不意に横から声がしたので顔を向けると、レンカがホワイトボードの前で笑い合うケイティとリアナを見つめていた。
「あ、ごめん聞こえてた?」
私の視線に気づいたレンカは、顔を赤くした。
「たまんねぇって言ってたわよ」
「やっぱり、聞かれてた……」
恥ずかしそうにつぶやいたあとでレンカは、
「ケイティって、超可愛いと思わない?」
と尋ねた。
「思うけど……。気になるの?」
レンカは突如として早口で喋り出した。
「やっぱ思うよね? ケイティってメーガン・トレイナーみたいで最高にキュートよね? 彼女、才能もあるし私の知らないこと沢山知ってるし言うことも時々シュールで超面白いの。あの笑った時に目が見えなくなる顔とか時々とぼけたことを言うところとかもう癒しなわけ。こないだケイティに家に泊まって貰ったとき怖いから隣で寝てって言ったら寝てくれたんだけど、彼女が寝てる時にどさくさに紛れてお腹を触ったらもう気持ちいいのなんのって……」
「……」
人が変わったように捲し立てる様子に唖然としている私の様子に気づいたレンカは、「……ごめん」とまた恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ううん。実は、ケイティもあなたのことを気になるって言ってたのよ」
「うそ?! まじ?! エイヴェリー、それ私を揶揄うためのドッキリとかじゃないよね?!」
目を最大限まで開いて、いつになく大きな声で尋ねるレンカの様子に吹き出してしまう。フランス語が苦手と言っていた彼女の面影は、もう皆無だ。
「ドッキリじゃないわ。一昨日ケイティの家に泊まった時に言ってたの」
よしっ、と両手でガッツポーズを作るレンカ。最初は大人しそうに見えたけれど、この一ヶ月ほどで彼女は表情が豊かで、リアクションが大きくて面白い子なのだということが分かった。
「もうやばい、ヤッヴァイ。嬉しすぎて額を柱に打ち付けたい」
「それはやめて。だけど、ケイティは過去に色々あって、自分に自信がないみたいなのよ」
「それは、彼女から聞いたわ」
レンカは一転、神妙な様子で頷いた。
「私も自信がないから分かるの。彼女の不安とか、怖いって気持ち。だから、私が今舞い上がって下手に気持ちを伝えても、彼女は戸惑うと思うのよ」
「優しいのね」
「共感できるからね」
レンカは優しい。優しすぎるくらいだ。私はそれに比べて、なんて自分本位で独りよがりだったのだろう。ロマンは私を妹として愛していると言ってくれた。だが、私はそれ以上を求め、彼女が困っているのも構わずに愛を押し付け、応えてくれなければ怒りをぶつけ、気をひくような行動を繰り返した。レンカの話を聞いて、これまでの自分の行動を激しく恥じた。家に帰ったら、ロマンにこれまでのことを謝らなければならない。
打ち上げが終わり、迎えにきた両親の車で家路についた。ロマンも打ち上げが終わった頃だが、友達と帰るから遅くなると父親に電話で告げたらしい。
両親と劇の話をしながら帰る途中、窓の外に目をやると、電柱の影にロマンとジャンヌの姿が見えた気がした。確かに二人だった。もしかしたら、二人は既に付き合っているのかもしれない。劇で主役とヒロインを演じたことで、距離が近づいて付き合う例があるらしいと、前にオーシャンが言っていた。
胸が痛かった。ロマンが誰と付き合おうが関係ない。そう言い聞かせるも、やはりこの引き裂かれるような胸の苦しみをコントロールするのは難しい。
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