草花の祈り

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
48 / 60

25. 休日

しおりを挟む
 翌日は休みだった。

 私は劇が終わった解放感とこれまでの練習で蓄積した疲労により、昼過ぎまでベッドの中にいた。13時を過ぎた頃、重い身体をベッドから引き摺り出し、部屋を出て一階へ向かった。両親は仕事でいなかった。出かけたのか、玄関にロマンの靴はない。

 冷蔵庫から、昨日の残りのサラダとチキンを取り出す。ソファに腰掛けてフォーク食べていると、玄関のチャイムが鳴った。部屋着姿のままドアを開けると、外にはソニアが立っていた。

「やっほう、エイヴェリー」

 ソニアは私が何かを言う間も無く、家に上がり込んできて、ソファの前のテーブルに置かれているサラダの中のエビを摘んで口に放り込んだ。

「昨日、あなたのお姉さんに例の動画を観せたの」

 ソファに腰掛けたソニアは、神妙な様子で言った。

「聞いたわ」

「あなたか嫌がることは分かってた。私も何度も迷った。だけど、あなたの家族で、1番近い場所にいるお姉さんは、あなたの身に起きたことを知っておくべきだと思ったんだ。本当は一部だけ見せようとしたんだけど、お姉さんが全部見せてくれって言って……」

「そうだったの……」

「お姉さん、混乱してるみたいで、すごくショックを受けてた。あなたがこんな思いをしていたなんてって、涙を流してた」

 ソニアが私のためを思ってしてくれたことは痛いくらいに分かった。彼女を責める資格は私にはない。それどころか、感謝をすべきなのだろう。

「昨日の夜、姉は初めて私を叱ったわ。あんなに怒った姉を見たのは初めてだった」

「当たり前だよ、大切な妹なんだもの」

「そうね……」

「勝手なことをして、本当にごめん。あなたを傷つけるつもりはなかった。あなたのお姉さんのことも」

「謝らなくていいわ。むしろ、私のためにありがとう」

 最初、私はソニアのことを冷たい人だと思っていた。才能のある彼女のことを畏れていたのもあるかもしれない。だけど本来の彼女はそうではなかった。彼女は今回の劇で1番長い台詞を覚え、曲を作り、演奏するという最もハードな仕事をこなした。それだけでも沢山な、私の問題にまで気を配っていてくれたことに、感謝の気持ちしかない。

 ソニアは安心したように微笑んだ後で、「にしてもさ、昨日の劇の出来は最高だったよね!」と言った。

「うん、本当に。あなたは苦労したでしょ? 台詞を覚えるだけでも沢山な、曲まで……」

「まぁね。だけど、すごい充実してた。仕事してる時以上にね。実は前までスランプでさ、似たような曲しか作れなくなってて、これじゃダメだよなって思ってたんだ。最初ミュージカルの曲作るってなった時はできんのか? って不安だったけど……。いざやってみたら、ジャンルが全然違う曲作んのも案外楽しくって」

「私も楽しかったわ。最初はできるか不安だったけど、みんなと練習するのも、台詞や歌を覚えるのも、芝居をするのも凄く楽しかった。きっと一人ではこんなに楽しいと思えなかったわ」

 以前までの私は、ロマン以外の人間との関わり合いに価値を見出していなかった。彼女が世界の全てで、彼女さえいればそれでよかった。だが、今は違う。友人に囲まれ、一つのものを作り上げたことで、私の世界は広く豊かに変わっていた。

「分かるよ、私も一人っきりでやる音楽ってつまんないなって気づいた。一人でやるにはやっぱり限界がある。誰かとやることで、新しいことに気づいて、道がひらけたりするんだよね」

 ソニアはその後で、「暇だからどっか出かけない?」と尋ねた。

「オーシャンって、私のことどう思ってるかな?」

 バス停への道を歩いている途中、ソニアが石ころを蹴った後で不意に尋ねた。

「何も聞いたことがないけど……」

「そっか。なんか気になるんだよね、アイツ」

「なんだか知らないけど、オーシャンってモテるわよね」

「だね。まあ、ふざけてばっかいるけど根が優しいから」

 バス停に着いて間も無くバスが到着した。乗り込むと、1番後ろの席にオーシャンとティファニーが乗っていた。

「デート?」

 さして傷ついている風でもなく、ソニアが尋ねた。ティファニーがダンスの振り付けと指導をする代わりに、二人がデートをするということは前もって聞いていたから驚きはしなかったが、よりにもよってそれが今日だとは。

「そう、デート」

 ソニアがオーシャンに想いを寄せていることなど知らないティファニーは、オーシャンに肩を密着させ、手を握っている。オーシャンは慣れない状況に、少しばかり戸惑っている様子だ。

 オーシャンたちから離れた前の方の席に座ると、ソニアは「お似合いだね、あの二人」と私に耳打ちした。

「そう? 私はあなたとオーシャンの方がお似合いな気がするけど」

「まっさか」

 きっと、ソニアだって傷ついているに違いなかった。好きな相手が誰かと手を繋いだり、肩を寄せ合っているのを見れば辛くないはずがない。甲高い声でオーシャンに甘えようとするティファニーと、人目を気にしてか「静かにしろ」というオーシャンの声が聞こえてくる。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大嫌いなじいじに言われた3つの言葉

白野ケイ
現代文学
あなたと家族の思い出はなんですか? 高校3年の主人公蓮見蓮(はすみれん)と90歳を超える大嫌いなおじいちゃん蓮見嶺五郎(はすみれいごろう)との心のやり取りを描いた小説。蓮の心の変化はあなたにきっと刺さるはず。家族愛を全面に感じる物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...