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25. 休日
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翌日は休みだった。
私は劇が終わった解放感とこれまでの練習で蓄積した疲労により、昼過ぎまでベッドの中にいた。13時を過ぎた頃、重い身体をベッドから引き摺り出し、部屋を出て一階へ向かった。両親は仕事でいなかった。出かけたのか、玄関にロマンの靴はない。
冷蔵庫から、昨日の残りのサラダとチキンを取り出す。ソファに腰掛けてフォーク食べていると、玄関のチャイムが鳴った。部屋着姿のままドアを開けると、外にはソニアが立っていた。
「やっほう、エイヴェリー」
ソニアは私が何かを言う間も無く、家に上がり込んできて、ソファの前のテーブルに置かれているサラダの中のエビを摘んで口に放り込んだ。
「昨日、あなたのお姉さんに例の動画を観せたの」
ソファに腰掛けたソニアは、神妙な様子で言った。
「聞いたわ」
「あなたか嫌がることは分かってた。私も何度も迷った。だけど、あなたの家族で、1番近い場所にいるお姉さんは、あなたの身に起きたことを知っておくべきだと思ったんだ。本当は一部だけ見せようとしたんだけど、お姉さんが全部見せてくれって言って……」
「そうだったの……」
「お姉さん、混乱してるみたいで、すごくショックを受けてた。あなたがこんな思いをしていたなんてって、涙を流してた」
ソニアが私のためを思ってしてくれたことは痛いくらいに分かった。彼女を責める資格は私にはない。それどころか、感謝をすべきなのだろう。
「昨日の夜、姉は初めて私を叱ったわ。あんなに怒った姉を見たのは初めてだった」
「当たり前だよ、大切な妹なんだもの」
「そうね……」
「勝手なことをして、本当にごめん。あなたを傷つけるつもりはなかった。あなたのお姉さんのことも」
「謝らなくていいわ。むしろ、私のためにありがとう」
最初、私はソニアのことを冷たい人だと思っていた。才能のある彼女のことを畏れていたのもあるかもしれない。だけど本来の彼女はそうではなかった。彼女は今回の劇で1番長い台詞を覚え、曲を作り、演奏するという最もハードな仕事をこなした。それだけでも沢山な、私の問題にまで気を配っていてくれたことに、感謝の気持ちしかない。
ソニアは安心したように微笑んだ後で、「にしてもさ、昨日の劇の出来は最高だったよね!」と言った。
「うん、本当に。あなたは苦労したでしょ? 台詞を覚えるだけでも沢山な、曲まで……」
「まぁね。だけど、すごい充実してた。仕事してる時以上にね。実は前までスランプでさ、似たような曲しか作れなくなってて、これじゃダメだよなって思ってたんだ。最初ミュージカルの曲作るってなった時はできんのか? って不安だったけど……。いざやってみたら、ジャンルが全然違う曲作んのも案外楽しくって」
「私も楽しかったわ。最初はできるか不安だったけど、みんなと練習するのも、台詞や歌を覚えるのも、芝居をするのも凄く楽しかった。きっと一人ではこんなに楽しいと思えなかったわ」
以前までの私は、ロマン以外の人間との関わり合いに価値を見出していなかった。彼女が世界の全てで、彼女さえいればそれでよかった。だが、今は違う。友人に囲まれ、一つのものを作り上げたことで、私の世界は広く豊かに変わっていた。
「分かるよ、私も一人っきりでやる音楽ってつまんないなって気づいた。一人でやるにはやっぱり限界がある。誰かとやることで、新しいことに気づいて、道がひらけたりするんだよね」
ソニアはその後で、「暇だからどっか出かけない?」と尋ねた。
「オーシャンって、私のことどう思ってるかな?」
バス停への道を歩いている途中、ソニアが石ころを蹴った後で不意に尋ねた。
「何も聞いたことがないけど……」
「そっか。なんか気になるんだよね、アイツ」
「なんだか知らないけど、オーシャンってモテるわよね」
「だね。まあ、ふざけてばっかいるけど根が優しいから」
バス停に着いて間も無くバスが到着した。乗り込むと、1番後ろの席にオーシャンとティファニーが乗っていた。
「デート?」
さして傷ついている風でもなく、ソニアが尋ねた。ティファニーがダンスの振り付けと指導をする代わりに、二人がデートをするということは前もって聞いていたから驚きはしなかったが、よりにもよってそれが今日だとは。
「そう、デート」
ソニアがオーシャンに想いを寄せていることなど知らないティファニーは、オーシャンに肩を密着させ、手を握っている。オーシャンは慣れない状況に、少しばかり戸惑っている様子だ。
オーシャンたちから離れた前の方の席に座ると、ソニアは「お似合いだね、あの二人」と私に耳打ちした。
「そう? 私はあなたとオーシャンの方がお似合いな気がするけど」
「まっさか」
きっと、ソニアだって傷ついているに違いなかった。好きな相手が誰かと手を繋いだり、肩を寄せ合っているのを見れば辛くないはずがない。甲高い声でオーシャンに甘えようとするティファニーと、人目を気にしてか「静かにしろ」というオーシャンの声が聞こえてくる。
私は劇が終わった解放感とこれまでの練習で蓄積した疲労により、昼過ぎまでベッドの中にいた。13時を過ぎた頃、重い身体をベッドから引き摺り出し、部屋を出て一階へ向かった。両親は仕事でいなかった。出かけたのか、玄関にロマンの靴はない。
冷蔵庫から、昨日の残りのサラダとチキンを取り出す。ソファに腰掛けてフォーク食べていると、玄関のチャイムが鳴った。部屋着姿のままドアを開けると、外にはソニアが立っていた。
「やっほう、エイヴェリー」
ソニアは私が何かを言う間も無く、家に上がり込んできて、ソファの前のテーブルに置かれているサラダの中のエビを摘んで口に放り込んだ。
「昨日、あなたのお姉さんに例の動画を観せたの」
ソファに腰掛けたソニアは、神妙な様子で言った。
「聞いたわ」
「あなたか嫌がることは分かってた。私も何度も迷った。だけど、あなたの家族で、1番近い場所にいるお姉さんは、あなたの身に起きたことを知っておくべきだと思ったんだ。本当は一部だけ見せようとしたんだけど、お姉さんが全部見せてくれって言って……」
「そうだったの……」
「お姉さん、混乱してるみたいで、すごくショックを受けてた。あなたがこんな思いをしていたなんてって、涙を流してた」
ソニアが私のためを思ってしてくれたことは痛いくらいに分かった。彼女を責める資格は私にはない。それどころか、感謝をすべきなのだろう。
「昨日の夜、姉は初めて私を叱ったわ。あんなに怒った姉を見たのは初めてだった」
「当たり前だよ、大切な妹なんだもの」
「そうね……」
「勝手なことをして、本当にごめん。あなたを傷つけるつもりはなかった。あなたのお姉さんのことも」
「謝らなくていいわ。むしろ、私のためにありがとう」
最初、私はソニアのことを冷たい人だと思っていた。才能のある彼女のことを畏れていたのもあるかもしれない。だけど本来の彼女はそうではなかった。彼女は今回の劇で1番長い台詞を覚え、曲を作り、演奏するという最もハードな仕事をこなした。それだけでも沢山な、私の問題にまで気を配っていてくれたことに、感謝の気持ちしかない。
ソニアは安心したように微笑んだ後で、「にしてもさ、昨日の劇の出来は最高だったよね!」と言った。
「うん、本当に。あなたは苦労したでしょ? 台詞を覚えるだけでも沢山な、曲まで……」
「まぁね。だけど、すごい充実してた。仕事してる時以上にね。実は前までスランプでさ、似たような曲しか作れなくなってて、これじゃダメだよなって思ってたんだ。最初ミュージカルの曲作るってなった時はできんのか? って不安だったけど……。いざやってみたら、ジャンルが全然違う曲作んのも案外楽しくって」
「私も楽しかったわ。最初はできるか不安だったけど、みんなと練習するのも、台詞や歌を覚えるのも、芝居をするのも凄く楽しかった。きっと一人ではこんなに楽しいと思えなかったわ」
以前までの私は、ロマン以外の人間との関わり合いに価値を見出していなかった。彼女が世界の全てで、彼女さえいればそれでよかった。だが、今は違う。友人に囲まれ、一つのものを作り上げたことで、私の世界は広く豊かに変わっていた。
「分かるよ、私も一人っきりでやる音楽ってつまんないなって気づいた。一人でやるにはやっぱり限界がある。誰かとやることで、新しいことに気づいて、道がひらけたりするんだよね」
ソニアはその後で、「暇だからどっか出かけない?」と尋ねた。
「オーシャンって、私のことどう思ってるかな?」
バス停への道を歩いている途中、ソニアが石ころを蹴った後で不意に尋ねた。
「何も聞いたことがないけど……」
「そっか。なんか気になるんだよね、アイツ」
「なんだか知らないけど、オーシャンってモテるわよね」
「だね。まあ、ふざけてばっかいるけど根が優しいから」
バス停に着いて間も無くバスが到着した。乗り込むと、1番後ろの席にオーシャンとティファニーが乗っていた。
「デート?」
さして傷ついている風でもなく、ソニアが尋ねた。ティファニーがダンスの振り付けと指導をする代わりに、二人がデートをするということは前もって聞いていたから驚きはしなかったが、よりにもよってそれが今日だとは。
「そう、デート」
ソニアがオーシャンに想いを寄せていることなど知らないティファニーは、オーシャンに肩を密着させ、手を握っている。オーシャンは慣れない状況に、少しばかり戸惑っている様子だ。
オーシャンたちから離れた前の方の席に座ると、ソニアは「お似合いだね、あの二人」と私に耳打ちした。
「そう? 私はあなたとオーシャンの方がお似合いな気がするけど」
「まっさか」
きっと、ソニアだって傷ついているに違いなかった。好きな相手が誰かと手を繋いだり、肩を寄せ合っているのを見れば辛くないはずがない。甲高い声でオーシャンに甘えようとするティファニーと、人目を気にしてか「静かにしろ」というオーシャンの声が聞こえてくる。
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