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第1章〜サーカス列車の旅〜
勤務初日②
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「私、なんかあいつ苦手だわ」
隣の車両に消えていく男に、ディアナともまた違う不穏な圧と不気味さを感じていた。もし彼を怒らせるようなことがあれば我々はとんでもない目に遭うのだろうということが、言わずして分かるような。少なくとも彼は、これまでに見たどんな人間とも悪い意味で違って見えた。
「シッ、聞こえたらどうする」
蒼白になったケニーの様子から、彼も私と同じくピアジェの中にただならぬものを見たのだろうことが見てとれる。信用できる人間とそうでない人間に分けた時、ピアジェは完全に後者であろう。
「あいつと深く関わらない方がいいわ、ケニー。彼はあなたをうまく利用しようとするかもしれない」
「うん……。その可能性は高いな、僕の昔の上司でもあんな奴がいた。かなり痛い目を見せられたから、よくわかるよ」
「無理をしないで。もう駄目だと思ったら、逃げたっていい」
「分かったよ、アヴィー。とりあえず彼の下でやってみる。大丈夫、上手くやるさ。引き篭もりのキャリアはあるけど、一応社会人の経験もあるんだ。君も自分の仕事を頑張れ」
心配なのにはかわりなかったが、ここはケニーの気持ちを尊重するしかない。せっかく彼は自分を生かせる道を与えられたのだから。ケニーと拳をつき合わせ、お互いの健闘を祈った。
間も無くルーファスという130センチくらいの身長の小さな男性がやってきて、列車の中を案内すると言った。
マネージャーであるルーファスは、ピアジェの右腕として主に営業やサーカスの演出、運営などを担っているそうだ。彼は時折ジョークを交えながら、一種の電車内に造られたサーカス用の施設と言い換えられるような長く連なる列車の内部を案内をしてくれた。
「身体は小さいが、中身はちゃんとおっさんやってるからな。よろしく」とルーファスはおどけた。身長こそ小学校低学年の子どもくらいしかないが、栗色の巻毛に覆われた顔と低い声は確かに中年の男性のものだった。
1両目の運転席の後ろが車掌室になっており、2両目は大きなエンジンルームになっている。
3両目は厨房で、コックが2人で団員全員分の料理を給仕する。4両目は食堂車。4人がけの席に座ってご飯を食べられる仕組みになっている。皆で観られるよう、車両真ん中の壁際に設られた棚の上にテレビが置かれている。
5両目からは客船みたいに狭い通路が続いていて、白い壁に埋め込まれた部屋のドアが並んでいる。ちなみに通路は人一人がギリギリ通れるくらいの狭さだから、誰かとすれ違う時は壁に背中をつけないといけない。
5両目はケニーたちの働くことになる事務所だ。一番奥にあるのがピアジェのデスクで、その周りに書類やPCなどが積まれたデスクが並んでいる。列車の中に会社があるなんて不思議だけれど、効率的な方法だと思う。ルーファス曰く、ここでは働く職員には事務員の他に営業担当というのもいるそうだ。
6~10両目までは男性部屋が一つの車両に3部屋ずつ並んでいる。男性車両にも女性車両にもトイレが一つずつついているらしい。基本的に二人部屋らしい。一部屋一部屋は小さく、部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、部屋を入って左側にニ段ベッドが置かれている。あとは部屋の隅におもちゃのような流し台があるくらいだ。トイレとシャワーは共用らしい。誰と同じ部屋になるか今から楽しみだ。
11両目は筋トレの機械やウォーキングマシンやフィットネスバイク、などが並んだジムのようになってる。12両目は曲芸などを練習するための部屋で、二つの吊り革のようなものが天井からぶら下がっていたり、鉄棒や、おそらくブランコ乗りが使うのであろう低い位置に据えられた練習用のバーもある。床にはマットレスが何枚も重ねられて敷かれている。フラフープや緑や赤の大きなボール、背の高い一輪車などの道具もある。
全員が一緒に練習するのは物理的に不可能なため、タイムスケジュールに沿って練習が行われるらしい。特に空中技はテントでないとできないので、車内でできる技を安全に注意して練習するという。天井が低いし狭いから大変そうだが、見ていてワクワクする。
13両目が共用の風呂場だ。狭いけれどロッカーもあり、男女別に壁で仕切られている。その隣に洗濯室があって、コインランドリーにあるみたいな5台の全自動洗濯機が並んでいる。
14両目~20両目までは女性団員の部屋が並ぶ。
ピアジェやルーファスは幹部のため一人部屋になっている。一人部屋が理想という人もいるかもしれないけれど、私は誰かと一緒の方がかえって楽しくていいと思う。でも、ミラーと一緒の部屋になるのだけは絶対に嫌だな。
21両目は全体がウォークインクローゼットみたいになっていて、団員たちの着る衣装が置いてあった。真ん中にはテーブルと椅子が置いてあり、その上に何台かのミシンや、サーカス衣装を着せられたミニチュア人形がある。ここでジュリエッタはじめ服飾係のスタッフがサーカス用の服を作るのだそうだ。
22両目から26両目までは動物用に造られた特殊な車両になっている。各車両に檻があり、人が外から出入りする扉が大きな檻の手前に一つある。動物たちの乗る5両の後ろに動物たちの餌や、サーカス用ワゴンや機械類、テント、その他の機材が乗った貨物車が続いている。
「何だか客船みたいだな、すごいや」
ケニーは感嘆した。
隣の車両に消えていく男に、ディアナともまた違う不穏な圧と不気味さを感じていた。もし彼を怒らせるようなことがあれば我々はとんでもない目に遭うのだろうということが、言わずして分かるような。少なくとも彼は、これまでに見たどんな人間とも悪い意味で違って見えた。
「シッ、聞こえたらどうする」
蒼白になったケニーの様子から、彼も私と同じくピアジェの中にただならぬものを見たのだろうことが見てとれる。信用できる人間とそうでない人間に分けた時、ピアジェは完全に後者であろう。
「あいつと深く関わらない方がいいわ、ケニー。彼はあなたをうまく利用しようとするかもしれない」
「うん……。その可能性は高いな、僕の昔の上司でもあんな奴がいた。かなり痛い目を見せられたから、よくわかるよ」
「無理をしないで。もう駄目だと思ったら、逃げたっていい」
「分かったよ、アヴィー。とりあえず彼の下でやってみる。大丈夫、上手くやるさ。引き篭もりのキャリアはあるけど、一応社会人の経験もあるんだ。君も自分の仕事を頑張れ」
心配なのにはかわりなかったが、ここはケニーの気持ちを尊重するしかない。せっかく彼は自分を生かせる道を与えられたのだから。ケニーと拳をつき合わせ、お互いの健闘を祈った。
間も無くルーファスという130センチくらいの身長の小さな男性がやってきて、列車の中を案内すると言った。
マネージャーであるルーファスは、ピアジェの右腕として主に営業やサーカスの演出、運営などを担っているそうだ。彼は時折ジョークを交えながら、一種の電車内に造られたサーカス用の施設と言い換えられるような長く連なる列車の内部を案内をしてくれた。
「身体は小さいが、中身はちゃんとおっさんやってるからな。よろしく」とルーファスはおどけた。身長こそ小学校低学年の子どもくらいしかないが、栗色の巻毛に覆われた顔と低い声は確かに中年の男性のものだった。
1両目の運転席の後ろが車掌室になっており、2両目は大きなエンジンルームになっている。
3両目は厨房で、コックが2人で団員全員分の料理を給仕する。4両目は食堂車。4人がけの席に座ってご飯を食べられる仕組みになっている。皆で観られるよう、車両真ん中の壁際に設られた棚の上にテレビが置かれている。
5両目からは客船みたいに狭い通路が続いていて、白い壁に埋め込まれた部屋のドアが並んでいる。ちなみに通路は人一人がギリギリ通れるくらいの狭さだから、誰かとすれ違う時は壁に背中をつけないといけない。
5両目はケニーたちの働くことになる事務所だ。一番奥にあるのがピアジェのデスクで、その周りに書類やPCなどが積まれたデスクが並んでいる。列車の中に会社があるなんて不思議だけれど、効率的な方法だと思う。ルーファス曰く、ここでは働く職員には事務員の他に営業担当というのもいるそうだ。
6~10両目までは男性部屋が一つの車両に3部屋ずつ並んでいる。男性車両にも女性車両にもトイレが一つずつついているらしい。基本的に二人部屋らしい。一部屋一部屋は小さく、部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、部屋を入って左側にニ段ベッドが置かれている。あとは部屋の隅におもちゃのような流し台があるくらいだ。トイレとシャワーは共用らしい。誰と同じ部屋になるか今から楽しみだ。
11両目は筋トレの機械やウォーキングマシンやフィットネスバイク、などが並んだジムのようになってる。12両目は曲芸などを練習するための部屋で、二つの吊り革のようなものが天井からぶら下がっていたり、鉄棒や、おそらくブランコ乗りが使うのであろう低い位置に据えられた練習用のバーもある。床にはマットレスが何枚も重ねられて敷かれている。フラフープや緑や赤の大きなボール、背の高い一輪車などの道具もある。
全員が一緒に練習するのは物理的に不可能なため、タイムスケジュールに沿って練習が行われるらしい。特に空中技はテントでないとできないので、車内でできる技を安全に注意して練習するという。天井が低いし狭いから大変そうだが、見ていてワクワクする。
13両目が共用の風呂場だ。狭いけれどロッカーもあり、男女別に壁で仕切られている。その隣に洗濯室があって、コインランドリーにあるみたいな5台の全自動洗濯機が並んでいる。
14両目~20両目までは女性団員の部屋が並ぶ。
ピアジェやルーファスは幹部のため一人部屋になっている。一人部屋が理想という人もいるかもしれないけれど、私は誰かと一緒の方がかえって楽しくていいと思う。でも、ミラーと一緒の部屋になるのだけは絶対に嫌だな。
21両目は全体がウォークインクローゼットみたいになっていて、団員たちの着る衣装が置いてあった。真ん中にはテーブルと椅子が置いてあり、その上に何台かのミシンや、サーカス衣装を着せられたミニチュア人形がある。ここでジュリエッタはじめ服飾係のスタッフがサーカス用の服を作るのだそうだ。
22両目から26両目までは動物用に造られた特殊な車両になっている。各車両に檻があり、人が外から出入りする扉が大きな檻の手前に一つある。動物たちの乗る5両の後ろに動物たちの餌や、サーカス用ワゴンや機械類、テント、その他の機材が乗った貨物車が続いている。
「何だか客船みたいだな、すごいや」
ケニーは感嘆した。
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