《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合㊻

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 『ああ…っ』半裸の全裸の中間に位置する色。それは淫靡。それは全てを含有する捕食者の好む色。栄養は満点だ。中秋の名月が明快に冥界を目指す。裏側を見せぬまま。裏腹の腹持ちは随分と良いらしい。彼女の悲鳴が響く。

『……!』のけぞり姿勢の彼女は二つの穴を晒している。一つの穴は明確な意図を持ち既に迎え入れる準備を済ませているものの放置状態のまま。もう一つの穴は確固たる絨毛達に掲げられた砂漠の女王。首には綺麗なサファイヤとルビーのネックレスを嵌めており反ベクトルに量子学問の「もつれ問題」の解答を持っている。彼女の悲鳴が響く。

『…い…い…あ…』美姫(みき)に初の剃毛が施され満点の星空が眼前に広がる。穴のうち後方に位置するものは排泄器官であると同時に排他的素養を老婆に受け渡した性的器官。使途(つかいみち)を間違えることなく見事完遂せよ。彼女の悲鳴が響く。

『…そこ…は…』冠水諸事のもろもろを絵図で確認せよ。砂埃(すなぼこり)の中の姫よ。砂漠をゆく踊り子よ。安住の地を求める心,裏腹にして欲望の虜。後方を確認せよ。追いかけてくる月が在るだろう。それは俺の見ているものと若干角度を違(たが)えている。若干確度を違(たが)えている。視座といふ奴だ。地下室に悲鳴が響く。もう一度。彼女の口から悲鳴が漏れる。

『…だめ…ああ…』迷宮で活躍の場を待つ名弓(めいきゅう)。幾つかの弦が三つ編みを三度重ねた状態できつく張られているのを見る。幾ら力自慢が集(つど)うても引けぬ剛力弓を引ける者はおらぬのか。王が笑う。姫は呆れている。過去世にて奴隷剣闘士の王様であった誰か。脱出を扇動しその先頭に立った誰か。彼は同剛弓を上向きにし重力作用を利用し優雅に引いた。拍手が起こる。万雷の拍手が起こる。美姫の悲鳴が牢屋にも届く。

『……!…!…』彼は王及び王妃へ一礼する。『褒美は何を』その問いの答えは決まっている。それが俺の生きる目的であり生の意味。死など今更怖いものではない。貴様と俺は違う。魂の性質そのものとでもいうのか。俺は死を何度も経験している。アカシヤで安穏としているのも性(しょう)に合わなくてな。『貴方様の御命を頂きたい』怖いか。俺が怖いか。お前には初めてのことだろう。明確な殺意を持った反逆者の存在を否定してみろ。多勢に無勢といふ状況下でどちらの周波数が高いだろうか。無知蒙昧(むちもうまい)な貴様には理解るまい。俺を殺してみろ。俺を殺してみろ。貴様自身のその指先で。その情けない腕で首を捻ってみろ。『……!…!…』美姫の穴に筆先が忍び込む。深く。深く。

『…い…いや…いや…』彼女は初遊戯に取り憑かれた憐れな半霊体の凡例体。そして砂漠城の王は剣闘士に足枷及び手枷を追重(ついじゅう)し永遠の独房入りを命じる。王妃は濡れていたんだぜ。俺の弓引きの瞬間の前腕のカットに見惚れていたのさ。覚悟の視線に射抜かれた乙女心ってのは面白い。一瞬は永遠になる。刹那は容易に永久(とわ)になる。狙いは其処にあったんだ。最初っから。

 星降る夜の数え歌。トラディッショナルな歌を歌う独房の日々は楽しかった。王(きみ)は気味悪がっていたな。黄身か白身かも判別出来ぬ愚か者め。さっさと俺を殺さねば貴様の五臓六腑を鴉(からす)の寝蔵にしてやるぜ。俺は食物を栄養にしていない。そんなものは補助食品にしかならない。心の栄養を満たすのはそれじゃあない。

 王妃の手引きにより俺達は一斉に脱走することとなる。殿(しんがり)を務めたのは二人の腹心のうちの「赤」という男だ。彼の墓標は北海道のA市にひっそりと建てた。『何故そこに?』『何故この時代に?』そう問われれば答えに詰まる。美姫の悲鳴と一緒さ。そうせざるを得ぬ宿命というものがある。

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