《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合㊺

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『嗚呼』中空を見つめる視界に何人かの男性。知らない人。知らない人。そして知らない人。剃毛寺に訪れる指先の皮脂。獣人達の巧みな四肢。此処は高層マンションの地階の一室にして顕わるるは獅子。

 緊縛縄の効果は抜群。右手は動かない。右手も同様。ひっそりと逃走機会を伺う両足達。4本はそれぞれが1本に纏められ、高硬度な一本棒に吊るされている。吊男(ハングドマン)というタロットカードがあったような気がする。さしずめ私は強制吊女(ハングドフィメイル)といったところ。石抱拷問という江戸の拷問絵図が彼女の脳内を過(よぎ)る。そして瞬時に去ってもいく。不吉な予感は早く消してしまうに限るのだが、脳内回路の末端部分まで侵食されている。

 4人の責め手。見守り主義の御主人様。彼等は何処から出てきたのか知らぬ、まっさらで太い「筆」を8本準備した。長目(しののめ)九号程度のサイズの絨毛を持つ筆先だ。墨汁がないのが彼女にとって救いといえば救いではある。


『躰,各部位に対して
 名前を付したいと思っていたのだが。』

『墨(すみ)を忘れてしまったな。失敬。』

『まあ。筆の使い道は多々あるのでな。』

『先ずは此処らへんから始めるとしようか。』


 一言ゝがゆっくり時間差で語られる。『い…や…あ…』美姫は精一杯の力を込めた喉笛を発してみたが振動は非情に弱かった。弱者の象徴である振動数の低空飛行。なだめすかしの夜に蟷螂(かまきり)が鳴く。安樂座で何かを悟った蟷螂(かまきり)が。

 筆先が既出の性感帯をなぞる。『…ん』唇の周囲を徘徊する。『…んん』彼女は腰骨を左右に揺らす。『…ん…ん』折角の高価な着物は切り裂かれ用済みの処置。床面に散らばり布切れと化している。『…ん…』花弁が思い出す。自分自身が情報を奪われた憐れな憐れな奴隷であることを。

 はあ。はあ。はあ。一方的で搾取的な呼吸音が響く部屋。まるで、猫の耳を刈り取る瞬間の緊張感。まるで、ろくろ首にメジャーを充てる瞬間の高揚感。まるで、未知(みち)の道(みち)に溢(み)つる名前のない華花の名前を考える上昇感。東と西は統一されるべきであり分断されるべきではないと論じる宗教家。まあそれは都合のいい言い訳だ。


『よいか』

『よいのだな』

『よかろうぞ』

『みればわかるでな』


 平仮名での言葉責めは筆先に狂気の気配を加える。唇を撫でられる感覚はおぞましい。胸の突端にも柔らかく淫靡な筆おろし。第一指と第二指の隙間にも。肋間筋からガードの甘い脇下にも。背面と床面の隙間にも。長蛇(ちょうだ)を宥(なだ)めるように筆先愛撫を続けるならば『あああ…っ』彼女が快楽を頂戴するのに時間は掛からない。

 数分。数時間。数日。数週間。数ヶ月。どのタイミングで奴隷が狂うのかを最低野郎が見分し詳細を克明に記す。『塩抜き拷問』が並行して実施されれば彼女はすぐさま自白することとなるだろう。執筆者の前世でそれを見てきた。なかなかのものだったと付しておく。塩分が金銀財宝よりも価値を持つ瞬間が在る。彼女にもそれを理解らせてやればいいのに。と。もどかしく思う。

 穂首(ほくび)から命毛(めいもう)にかけて綺麗に揃った筆先。名筆家達がこぞって愛用した名品による筆先愛撫は下半身へと方向を変える。何度か彼女は絶頂感を身籠ったが排出することは許されずに我慢を強いられる。寸止め地獄。剥がし地獄。触れ地獄。男どもは至極。

 筆責めは唐突な始まりを告げ/唐突な終了を迎える。愛撫などという牧歌的な操作は悪い意味での適当に実施され/最も短いものが彼女の後ろ蕾に挿入された。『……!!』悲鳴が部屋を包む。冷たく。冷たく。

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