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怖がりヒーローの守護者

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僕は人間が持つべき感情を持でない、化け物だ。


僕は赤ん坊の頃から記憶がある。
すぐに、母の声を聴いて言葉を覚えた。
すぐに、泣かない僕を心配する母の姿を見て適度に泣くということを覚えた。
笑いかけられたら笑えばいいのだと覚えた。

全て、ただそうすれば楽に生きられると分かっていたから。





僕は三歳になると幼稚園に入り、初めて他のガキと一緒に過ごすこととなり、ガキはクソなのだと知る。

なんで上手く感情を表現できないからと泣く。

(うるさい)

なんで人が使っている物を奪う。

(うざい)

なんでよだれを、鼻水を拭わない。

(きたない)

それでも僕は楽に生きるために、全てを覆って仮面をつけ、ガキに混ざる。
先生にとっても、手のかからないイイコでいた。



ある日、僕は絵本を読んでいた。

「それちょーだい!」

絵本をいきなり掴まれる。
言うと同時に奪おうとするなと言いたい。
そうすれば普通にイイコを被って渡していたのに。


僕は面倒になって、絵本をパッと離す。

「ん、あげる!」

無邪気に笑顔で、悪意なく見えるように。

絵本を引っ張っていた力でよろけ、ガキはゴチンと頭をぶつける。
その目には、何が起こったかを理解した瞬間から涙が溜まり続けている。

(バーカ)

嘲笑いたいのをぐっと堪え、きょとん顔を作った。

「びゃあああぁ!!」

大声で泣かれてしまい、とてもうるさい。

「どうしたのあきくん!」
「こいつが、こいつが~~!!おれをぐって!!」

泣くクソガキが僕を指し、先生に途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
どこからそんな話がでてきた。

周りのガキ共は、何も言わない。
ただこっちを窺うのみ。
誰も事実を自分からは話そうとしない、ガキなのに自己優先な態度を笑いたくなる。

(コイツらのどこが純粋なんだよ。ただ、わからないことが多くて上手く言えないだけで、考えることなんて大人もガキも一緒だなぁ)


ガキの意味不明な思考回路に振り回されて、僕のきょとん顔は消えている。

「ちかげくん、人を押したら駄目でしょう?」

僕の話は聞かずに、泣いているガキの話だけで僕を叱ろうとするな。
大人のクセに、平等性に欠いた言動にイラつく。


もう、僕も泣いて言おうか。
あのクソガキが信じられても同情くらいは引けるだろう。

「…………せんせぃ」
「あら、どうしたのまおくん」

今にも泣きそうなガキが、声をあげる。

「あのこ、なんにもわるくないよ。このこがあのこのえほんひっぱたの」
「そうなの!?それでちかげくん、あきくん押しちゃったの?」
「ちがぅ…………。このこがじぶんでころんだのぉ」

そうなのかと目を丸くする先生なんて気にする余裕はない。


今、僕はこのまおという子しか目に入らない。

とても気の弱そうな子。
でも全く関わったことなんてないのに、理不尽に叱られそうな僕のことが放っておけなくて、泣きそうになりながらも声をあげた子。


まおは僕の中の世界から飛び出している。


でも不愉快ではなくて。
逆にとても胸が高鳴る。
この気持ちが何なのかはわからないけど、これは普通の人が持つ、僕が手に入れることはないと思っていた気持ちだろう。

(まお、僕の怖がりヒーロー)

僕の世界が初めて色付いた瞬間だった。





それから僕は、真央ちゃんにずっとひっつくことにした。
真央ちゃんは、最初戸惑っていたけど、すぐに僕に慣れて笑顔を見せてくれるようになる。

(うん、可愛い)

真央ちゃんは顔面偏差値平凡だけど、もう僕の負け。
真央ちゃんの笑顔しか可愛くないし、ガキの中でうざくもうるさくもきたなくも感じないのは真央ちゃんだけなのだ。


僕は母に沢山真央ちゃんの父の話をしたし、真央ちゃん家族の中に混じるように生活した。

勿論僕が真央ちゃんとずっと一緒にいたいという気持ちもあったが、母に真央ちゃんの父に惚れて欲しかったから。

僕達の親が三人でデキた時、僕は唐突に気づく。


僕は、生まれた時から賢かった。
でも、人間になれない化け物だった頃は、本当に守りたいものがなくて。

僕は真央ちゃんを大好きになってから、真央ちゃんを守るために自分から強くなりにいった。


僕は真央ちゃんのためならどれだけだって強くなれる。


僕は真央ちゃんがいなきゃ生きていけないけど、真央ちゃんはそうじゃない。

だから僕は家族以外は全て真央ちゃんに近づけないようにした。
でも真央ちゃんはちょっと鈍感だから気がつかない。
違和感を持たない。

(まぁ、そんな所も可愛いんだけど)


真央ちゃん、僕の可愛い大好きな大好きな怖がりヒーロー。

君を守る守護者になろう。

君が僕の世界なんだ。






「真央ちゃん!!」
「ちか!?」

真央ちゃんの心の底から驚いたという顔に満足する。

「ちか、なんでここにいるの!?」
「えへへ、サプラーイズ!!みんなにも秘密にしててもらったんだ。昨日言っちゃうよりも今日教えられる方が驚くでしょ?」
「うん、めちゃくちゃ驚いた!」

僕が真央ちゃんの背中に顔をぐりぐりと擦り当てていると、勢いよく剥がされた。

(なにコイツ。邪魔すんなよ)

バレーノの総長が真央ちゃんと仲良しだっていう噂、所詮噂は噂でしかないと思っていたのに、本当だとは。

(油断した。いつだろ)

「真央、コイツとどういう関係だ?」
「「幼馴染」」
「オマエには聞いてねぇよ」
「ふんっ!そんなの知らないもん」
「ああ!?」

全然関わったことがなくて、言葉を交わすのはほぼ初めてだ。
しかし自然と煽りたくなる。

バレーノの総長も、真央ちゃんが好きなのだ。
目が全てを語っていて、その様が不愉快だ。

(でも、僕だけで守りを固めるよりいいのかも)

僕は真央ちゃんと四六時中一緒にはいられない。
しかしその点、バレーノの総長は真央ちゃんと同じクラスで、いようと思えば学校の中ではずっと一緒にいられるだろう。

下手なチンピラで固めるより全然いいし、なにより僕はコイツに勝てない。
負けもしないだろうが。
ようするに互角なのだ。

相手もそれを悟っているから、言葉の応酬だけで済んでいる。


「真央ちゃん、今日は真央ちゃんの部屋で勉強したい!」
「ん~~、ごめん。今日は俊介と遊ぶから。自分の部屋でやって。ごめんね」
「え~~」

僕と真央ちゃんの間に手刀が落とされるが、ご丁寧に僕にスレスレだった。
でも遠慮がなく、勢いよくぶんっていう音が鳴った。

その顰めっ面で何を言うつもりだろう。

「真央、友達を入れたのは初めてじゃなかったのか…………?」

可愛いとか思っていそうな真央ちゃんの顔を眺めて僕は微妙になる。

コイツの顔と言動にはどこにも可愛い要素なんてない。
真央ちゃんのことは全て受け入れたいが、これは無理だ。


「ん、ちかは幼馴染で、家族だからカウント外」
「「カウント外……」」

声は揃ったことに顔を顰めたくなるが、真央ちゃんの前だからとぐっとおさえる。
挑発するようなバレーノの総長の声色にさらにイラッとするが、僕はあえて少し悲しげな表情を被る。

僕の表情が胡散臭いとでも思ったのか僕に思いっきりガンをつけてくるバレーノの総長に、僕もガンをつけ返す。

二人でバチバチと火花を散らす。


決着がつかないと判断したら、すぐにやめる。
今は真央ちゃんとの時間だ。

「あ!真央ちゃん、バイト求人見てたの?」
「うん、大学に向けてお金貯めようかなって」
「ママ達は絶対出て行くの反対するよ?」

真央ちゃんは三人に、自分達優先な生活を送ってほしいと思っているのだと知っている。

でも、せっかく僕が真央ちゃんと少しでも多く一緒にいるためにくっつけたのだ。
真央ちゃんが同居してくれるならいいけど、そうじゃないのならあの家に引き留めたい。


そして真央ちゃんが、バレーノの総長が眉間に皺を寄せていることに気がついてしまう。

「どうしたの?」
「いや」
「真央ちゃん、家にあげるなら早めに説明しておいたほうがいいんじゃない?」
「あー……、そう、だね」


これで真央ちゃんから手を引くならそれでもいい。

でもそうじゃなかったら、二人で真央ちゃんを守らないかと提案してみてみよう。

僕もアイツも引くつもりはないのに決着がつけられないのだから、もういっそ二人で真央ちゃんを愛するのが安全なのかもしれない。


(うん、意外といい案じゃない?僕とだけいるよりももっと沢山の感情で可愛い表情してくれそうだし)

アイツは僕の同類なのだと直感が告げている。
同じようなことを考えるアイツと僕だったら、案外上手く噛み合うんじゃないかなと思う。






「なんか千景機嫌いいね。昨日は悪かったのに」
「うん、真央ちゃんが可愛いからよくなった」


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