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旅人3箇条
3人の旅人
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ある冬の日の午後のこと。
エイジヒルは、ロビーにあるソファーにもたれながらお気に入りのブレンドコーヒーを嗜んでいた。
受付では、オーナーのヒュジャックジョンソンことヒューが暇そうに新聞を眺めている。
ゴーストツリーの街は、妖精界一の観光地ともあり、世界中の旅の妖精が目指す目的の地でもあることから宿泊業は盛んであった。
しかし幽街画廊には、ここ数ヶ月間と客足が無い。
客が来ない理由はいくつか心当たりがあり、先ずは下町で分かり難い所にある。
周りの建物が大きくて客室の窓からゴーストツリーが見えないこと。
建物が古い。
6部屋中3部屋に長期滞在の住人がいて雰囲気が苦手 などの理由もあるが、何より厄介なのは、木の組合の宿泊所案内サービスの係員が木の妖精が経営している宿をメインで紹介する為に、オーナーが石の妖精である幽街画廊に客を回してくれないのだ。
まぁ、言い訳と言えばそれまでだが、ヒュー自体も商売っ気があるタイプでは無いので気にしてはいなかった。
絵さえ描いていれば幸せなのである。
「エイさん、後は頼むよ。」
「ん。」
エイジヒルは、ヒューを少し見た。
知り合った頃の彼は、眼鏡をかけた気難しそうな人型の研究者であったが、今では妖精の頭ほどの大きさしかない、一つ目の石ころである。
元々石の妖精ではあるが、こんな姿をしている石の妖精のは彼だけであろう、本人曰く絵を描く事に特化させた姿らしく、体の底からは長さ調整可能な3本の脚が出て体を固定出来るが歩行は出来ない。
身体中に小さな穴が無数にあり、その穴を広げて眼球が開いたり無数に触手を出したり出来て、同時に3本なら正確な筆捌きが出来るらしいが歩行には使えない。
彼は、平地や下り坂なら難なく転がれるが、登り坂を行く場合は非常に困難で外出する場合は、エイジヒルや他の長期滞在客にお願いして身体のてっぺんにある取ってを掴んでもらい目的地まで運んでもらうのだ。
ヒュジャックジョンソンは、この他者を必要としない妖精の世界において、誰かを必要としなければならない非常に稀有な存在であった。
エイジヒルは、面倒くさいながらも受付の椅子に座る。
ヒュジャックジョンソンのゆっくり転がる音を聞きながらボーっとコーヒーを嗜なむ。
ソファーから椅子に変わっただけである。
少し椅子が硬いだけ、少し目線が高くなっただけ、椅子が高くて足が届かないだけだ。
エイジヒルは他の妖精に比べて頭ひとつ背が低い。
顔も幼く、人間で言うところの子供の様な姿である。
本人はその幼い見た目を気にしていて少しでも渋く見える様に、金色の長髪をオールバックにして後ろで束ねたり、口髭を少し蓄えたり、ハンチング帽を被りインバネスコートを身に包み、シャーロックホームズの様な衣装でダンディさを装っている。の
エイジヒルは、ヒューの眺めていた新聞に目を落とした。そこには、行きつけのメダカ料理の店フルエスペースが紹介されていた。
「あれ、エイさんじゃないですか?」
いきなり声がしたのでエイジヒルは、顔を上げた。そこには、黒いモーニングスーツに不気味な笑顔を絶やさないのがトレードマークの木の妖精サナサナがいた。
サナサナは、木の組合宿泊案内サービスの係員である。
「残念な事に働いている。」
「良いじゃないですか、どうせ暇でしょうに。」
「サナさん、全ての時間は有意義な時だ。 暇も全てにっ!だ!」
「あはは、そう言うのはいいんで、ところで先輩は?」
「ヒューなら絵だな。」
「絵 ですか。」
サナサナは、ロビーの壁に掛けてあるいくつかなの絵を眺めた。
基本的に胡散臭い笑顔のサナサナだが、やけに鋭い目で絵を見ていた。
「仕方がありませんね。」
「エイさん、17時に1組3名様ですが、空いてますよね?」
「ダメダメ、シェアはダメ。何処の宿でも禁止だろ?」
「はいはい分かりましたよ。
なら、1人1部屋で3部屋なら大丈夫ですよね?」
「ならOKだ。」
「お、良かったですね。満室じゃぁないですか、お掃除大変ですねぇ。」
「いいよそんなの、それよりさ、珍しいな3人連れとかさぁ」
「はい、普通の宿なら断られるんですよ。 普通の宿なら、危ないですからね、そういう人たちはぁ」
「何だよ。
どうせ、引き受け先が無いから内に来たんだろ。」
「はい、貴重なんですよ。幽街画廊の様な懐の広大さなら、ゴーストツリーの街1番の優良ホテルは。」
「私は好きだがね、そう言う連中。」
「はい!素晴らしいです!」
「流石は人情作家エイジヒル大先生でございます!」
「やめてくれ、君の言葉には心がこもって無いんだ。」
「あはは、大先生、それは受け取る側の不安からくる、みそぼらしい被害妄想ですよ。」
「みそぼらしいって言ったな!」
「冗談ですよ。
それでは、私はこれで。」
サナサナは、散々嫌味を言って帰った後、エイジヒルは客室の掃除にかかった。
本来は個人主義の妖精が連れだって旅をするのは異常と言える。
情が深まれば別れのダメージは致命的だからだ。
宿泊業界からは、連れの客は不吉とされ拒まれる事が多いが、幽街画廊では空室を埋めてくれる良客でありそれにここに住む住民からすれば同類で、むしろ楽しみですらある。
エイジヒルは、その客さえ良ければパーティーでも開いて旅の話でも聞きたいと思っていた。
サナサナが客を連れて来たのは、17時を少し過ぎた頃だった。
「お客様を3名ご到着です。」
サナサナは、ヒューに向き深々と頭を下げた。
「サナちゃん、ありがと。」
「僕には2人しか感知出来ないけど、エイさんはどうだい?」
「私にも2人しか見えないな。」
エイジヒルの目に映る妖精は、緑服のザ•妖精って感じの妖精と花弁をモチーフにした女装の妖精だった。
女装とはいえ男が女の服を来ているわけではなく、そもそも妖精には性別すらない。
この世界における、いわゆる男と女というものはファッションとか主義、思想のジャンルであり、男だ女だ主張する妖精の大概は面倒くさいタイプだ。
「えぇぇと、3名様でいいのかな?」
「3名だよ、君たちも見えないのか?」
「石由来の僕が今見えてる人にチャンネルが近い人は大体見えるんだけどなぁ。」
石や木といった硬い物が由来の妖精は何故か他の妖精よりも多くの妖精を感知できるらしい、前に比べたところエイジヒルに対してヒューは倍近い妖精を感知出来たらしい。
「ちょっとな、いろいろあったんだよ。」
「ナセには、いや、彼にはまだ見えているんです。」
女装の妖精が口を開いた。
相方の緑服の妖精の名前は、ナセと言うらしい。
「もしもだけど見えなくなった友達と、もう一度繋がる為の旅かい?」
「今の目的はそれです。」
「ほう、それは病気かもしれないね。」
「病気?」
「そう、病気だよ!治るかもしれないやつだね。」
「治るんですか!」
「確率は分からないけどね。」
治るわけが無いだろとエイジヒルは思ったが口には出さなかった。
ヒューは、正直者とは言わないがつまらない嘘は吐かない奴だ。
客の宿泊日数を増やそうとかセコい考えがあるのかも知れないが、その場合は、このメンタルダメージの大きそうな客からは妖石での支払いは難しいだろうし。
「あのさ、俺達は田舎者だけどさ、あんたが嘘を吐いてる事は分かる。」
そりゃそうだ。
「この世界の妖精が情報を共有出来ると思うかい?」
「ヒューは、何が言いたいんだ?」
「エイさん簡単な事だよ、誰もが・・・僕達は違うとして、他者との関わりを極力避けてるこの世界じゃあ、どこで何があったかとかは適当にしか分からないだろ?」
「もっと簡単に言ってくれないか?」
「大分端折ると、大体の妖精が、もう一度会いたいと思えるような妖精には出会っていない、いや、出会わない様にしているだろ?」
「あのぉ、先にチェックインしてみてははどうでしょうか? 私帰れないんですよ。」
「悪いなサナちゃん。」
「客と立ち話とかプロじゃ無いわなヒュー。」
「いいから、早く休ませてくれ。」
ナセが、いかにも不機嫌そうな態度でヒューを睨みつけて言った。
「私、後で話聞きたいです。」
エイジヒルは、ハズの目の奥に希望の光を見た。
サナサナの一言で3人の客はチェックインを済ませる。
こっちの世界でのチェックインは部屋の鍵を渡すだけの簡単なもので、名前を伏せている妖精や、そもそも名前の無い妖精への配慮であるらしい。
予定通り3部屋分の鍵を渡したが、3人?は1つの部屋に入った。
エイジヒルとヒューとサナサナは、3人が部屋に入るのを見届けてから顔を合わせた。
「警戒してますねぇ、あの緑の人。」
「馴れ馴れしいからじゃない僕らは。」
「それにしても、関係がぎこちないよな彼ら。」
「それでは、私はこれで。」
サナサナが帰った後、エイジヒルはロビーのソファーに腰をかけた。
「面白案件じゃないのエイさん。」
「興味はあるけどさぁ」
「不満かい?」
「いや、君がやけにノリノリなのが気になるな、あと、嘘ついてたろ?」
「あぁ、あれか嘘に対する嘘はノーカンだろ?」
「嘘つかれたかな?」
「エイさん、君は本気で彼らが3人いると思ってる?」
「確かに胡散臭いけど嘘と断定するには情報が少ないだろ?」
「緑の人、ナセさんだっけ? あの人だけ見えてるらしいけど、まるで見えてない感じだったろ?」
「というと?」
「先ず、見えていない友達を見ない。」
「それで?」
「補足すると彼、女子の方は見ていたんだ、何度も気遣う様にね。」
「それは気付てた。」
「普通は逆でしょ。
心配する順序がさ。」
「確かにな。」
「次に、見えない人だけどさ、彼はナセさんは見えてるはずなのに、何もコンタクトがなかった。」
「.....」
「もちろんだけど、彼にも僕達の姿は見えてないし声も聞けないだろ、それなのに、ナセさんに状況の説明とか求めてないんだぜ。」
「ヒュー、君の言いたいことは分かるけど、それ全てがそういう奴です。で片付くだろ?」
「そうだな、けどなエイさん、証拠探すとか突き付けるとかさ妖精関係としてどうよ?」
よくよく考えてみたら大した事では無いのかもしれないし、ヒューもそう思っているのだろう。
妖精の周波がずれて感知出来なくなる事くらいは、良くある事だし、それがたまたま親しい妖精だったと言う事だ。
それが辛いから妖精は友達を作らないのだ。
ある意味、彼らの状況はいつか来るエイジヒルとヒューの未来でもある。
それにしても、この件にヒューがこだわるのは何か理由があるはずだ。
「あのさヒュー、君には何か目的があるんだろ?」
「エイさん、君を買い被ってるつもりは無いが、心のめちゃくちゃ広い君は彼らを助けてあげたいと思ってるんじゃないのか?」
エイジヒルは、ヒューの顔見つめながら(とは言えヒューに胴体は無い。)、ジャケットのポケットに雑に入れていたキセルを取り出して軽く吸った。
キセルの中にはドライフルーツのイチゴキューブが入っており外に匂いが漏れない仕組みになっていて、キセルを一吸いすると口の中にイチゴの香りが広がり幸せな気持ちと共にリラックス出来るのだ。
「ヒュー、彼らが助けを求めているか、更に困っているのかとかは知らんが、お節介にならない程度にコミュニケーションとってみるか?」
「そうだね。」
「あの....」
一通り話終えてしばらくした頃に、エイジヒルの背後からか細い声がして、振り返るとさっきの女装の妖精がいた。
ライトブラウンのふわっとした透明感のある柔らかいカールの腰まであるロングヘアーにブルーの瞳と白い肌、花弁素材のワンピースを着たその姿は、妖精と言うより天使である。
人間の言うところの、恋とか愛とか言う感情があるのならば、今、目の前に居るような妖精にそれを消費したいなどと思いエイジヒルは暫く彼女を眺めた。
「私、ハズと申します。」
「旅先で名乗るとか、君は旅上手じゃないね、僕はヒュジャックジョンソン、ここのオーナーだ。」
「私はエイジヒルと言う。」
「あの、お二人は凄く中が宜しいようですが、一体どの様な関係なのでしょうか?」
「あぁ、それか、エイさんと僕は友人関係であり、ここの従業員だよ。」
「おい、私は従業員になった覚えはないぞ!」
「手伝いはするけど報酬は貰ってないしな!」
「いや、住まわせてやってるでしょうが!」
「君が絵の具を作る時に私の妖石が必要じゃないのか!」
「水の妖精なら誰でもいいし! ストックあるし!」
「す、すいません、私が悪いんです。だから喧嘩はやめて下さい。」
エイジヒルとヒューは、同時にハズを見た。
本気で申し訳なさそうにしているハズに対して少し可哀想に思い、お互い熱くなっていた感情が少し冷めた。
「いや、君は悪くないだろ?」
「私が、お二人を焚き付けてしまったから。」
「このくらいの言い合いならよくあるよなエイさん。」
「ガチの馴れ合いだな。」
「しかし、私のせいでお二人の中に傷が入ってしまったら、」
「えーと、ハズさんだっけ、あいにく私たちは、この程度の馴れ合いで傷付く程の柔な絆じゃない。」
「そうなんですか?」
「ガラスの様に繊細な絆など友情には向かない、鋼の様に鍛えてこその友情じゃないとな。」
「腹は立つけどな。」
「それではダメです。」
「なんで?」
「些細な言い合いでも傷ついて、それが蓄積されて......」
おそらくハズ達は、程度は知らないが口喧嘩程度の争いは、そこそこあったのだろう、そう考えると本来ハズと言う妖精は言いたいことは言える妖精であることが分かる。
控えめに見える今のハズは、友達が見えなくなって落ち込んでいるのもあるが、それゆえに誰も傷付けたくないのだろう。
単に人見知りなだけかも知れないけど。
「だからそう言うのは友情には向かないんだよね。」
「私は、傷付かない様に慰ってあげる絆が好きです。」
「君は、失敗したから意気地になっているんじゃないのか?」
「酷いぞエイさん。」
「失敗はしていません!」
「え」
「私はまだバルちゃんを諦めていません!」
ハズは、エイジヒルを強く睨みつけた。
バルちゃんというのが見えなくなった友達らしい。
「あの、病気なら治るかも知れないって言ってましたよね?」
ヒューの嘘だろうが、バレると洒落にならない。
「君は、消し屋を知ってるかい?」
「依頼を受けて、嫌いな妖精を見えなくしてくれる恐い妖精ですよね。」
「そう、薬草とか妖石を調合した薬を飲ませて消すんだ。」
「まさか、あなたが!」
「いや、違うよ。」
ハズの視線は、手毬ほどの大きさのヒューからエイジヒルに移した。
ヒューに比べれば、その視線は高くなるが、それでもハズよりは頭一つ程身長が低い。
「残念だが、私も違う。」
「僕達の友達に居るんだけどね、今は遠出していてさ、2.3日後には帰って来ると思うけど。」
「消し屋さんに病気が治せると言うのですか?」
「病気じゃなければ他人には治せないけどね。」
「ヒュー、病気と周波がズレるのは違うのか?」
「詳しい事は、ダルさんに聞いてよ。」
ヒューの言うダルと言う妖精が例の消し屋であり、幽街画廊の住人でもある。
ヒューは、ここに居ないダルに面倒を押し付けようとしているのだろうか?
ダルと言う妖精は、ヒュー程ではないが個性的な風貌ではある。
性格はヒューと違い、無愛想で妖精嫌いで無口でいて、おまけに背が高い。
とはいえ面倒を押し付けられるのは気の毒だ。
「ヒュー、あいつ絶対に怒るぞ!」
「いや、仕事の一環だろ。消すのも出すのもさ」
「そもそも病気じゃないだろ?」
「病気と言うのは言葉の綾だよ。」
「ブレブレじゃないか!」
「あの、そのダルさんって方が治せるかも知れないと言うことですね。」
「ダルが関わると病気じゃなくて、波長をずらして元に戻すって事になるよな。」
エイジヒルは簡単に伝えたつもりだが、それがほぼ不可能なことであるのは常識だ。
「エイさん、ハズちゃん、この世界の妖精は他者との関わりを極力排除し、別れの悲しみをカットして生き永らえてるんだ。」
「当たり前のことを偉そうに。」
「僕が言いたいのはな、再会を必要としない妖精達は再会を望まないだろ?」
「どう言うことです?」
「実は、頼めば出来るかもしれない。
前例が無いだけだよ。」
ヒューとの付き合いが長いエイジヒルには、彼が適当な事を言っているのがわかる。
そこまでして、ダルに面倒を押し付けたいのだろうか?
そもそも、見えなくなった妖精を再び感知することが出来るなら妖精は他者との関わりを排除する必要はないはずだ。
「ダルさんと言う方なら」
「あぁ、ダルさんと話す時は、名前でよんじゃあだめだよ。」
「...はい?」
ハズは、不可解な顔で返事をした。
そりゃそうだろう、ヒューもエイジヒルもお互いに名を呼び、ハズにさえ馴れ馴れしく話しかけてくる、そんな奴に名前で呼んじやぁだめとか言われても説得力は無いのだが、ダルと言う妖精は名前で呼ばれる事を嫌う。
この世界の妖精としては普通のことではあるが、普通では無い幽街画廊の環境の中で無愛想ではあるが、エイジヒル達と関わり半共同生活をしていて、それでも名前で呼ばれるのが嫌らいらしい。
まぁ、ダルと言う名前もエイジヒルが勝手に付けたものだから本人が気に入らないだけかもしれない。
「ハズちゃん、ダルさんに会うまでの宿泊プランは、こっちで考えとくから夕食までにゆっくり休んでてよ。」
「ありがとうございます。」
ハズは、一礼して自室に向かう途中にエイジヒルが尋ねた。
「あのさ、連れの人と見えなくなった人は、君とどんな関係なんだ?」
「家族です。」
ハズは、そう答えると静かに自室にはいった。
「ダルが帰って来るまでに片付けなきゃな。」
エイジヒルは、ロビーにあるソファーにもたれながらお気に入りのブレンドコーヒーを嗜んでいた。
受付では、オーナーのヒュジャックジョンソンことヒューが暇そうに新聞を眺めている。
ゴーストツリーの街は、妖精界一の観光地ともあり、世界中の旅の妖精が目指す目的の地でもあることから宿泊業は盛んであった。
しかし幽街画廊には、ここ数ヶ月間と客足が無い。
客が来ない理由はいくつか心当たりがあり、先ずは下町で分かり難い所にある。
周りの建物が大きくて客室の窓からゴーストツリーが見えないこと。
建物が古い。
6部屋中3部屋に長期滞在の住人がいて雰囲気が苦手 などの理由もあるが、何より厄介なのは、木の組合の宿泊所案内サービスの係員が木の妖精が経営している宿をメインで紹介する為に、オーナーが石の妖精である幽街画廊に客を回してくれないのだ。
まぁ、言い訳と言えばそれまでだが、ヒュー自体も商売っ気があるタイプでは無いので気にしてはいなかった。
絵さえ描いていれば幸せなのである。
「エイさん、後は頼むよ。」
「ん。」
エイジヒルは、ヒューを少し見た。
知り合った頃の彼は、眼鏡をかけた気難しそうな人型の研究者であったが、今では妖精の頭ほどの大きさしかない、一つ目の石ころである。
元々石の妖精ではあるが、こんな姿をしている石の妖精のは彼だけであろう、本人曰く絵を描く事に特化させた姿らしく、体の底からは長さ調整可能な3本の脚が出て体を固定出来るが歩行は出来ない。
身体中に小さな穴が無数にあり、その穴を広げて眼球が開いたり無数に触手を出したり出来て、同時に3本なら正確な筆捌きが出来るらしいが歩行には使えない。
彼は、平地や下り坂なら難なく転がれるが、登り坂を行く場合は非常に困難で外出する場合は、エイジヒルや他の長期滞在客にお願いして身体のてっぺんにある取ってを掴んでもらい目的地まで運んでもらうのだ。
ヒュジャックジョンソンは、この他者を必要としない妖精の世界において、誰かを必要としなければならない非常に稀有な存在であった。
エイジヒルは、面倒くさいながらも受付の椅子に座る。
ヒュジャックジョンソンのゆっくり転がる音を聞きながらボーっとコーヒーを嗜なむ。
ソファーから椅子に変わっただけである。
少し椅子が硬いだけ、少し目線が高くなっただけ、椅子が高くて足が届かないだけだ。
エイジヒルは他の妖精に比べて頭ひとつ背が低い。
顔も幼く、人間で言うところの子供の様な姿である。
本人はその幼い見た目を気にしていて少しでも渋く見える様に、金色の長髪をオールバックにして後ろで束ねたり、口髭を少し蓄えたり、ハンチング帽を被りインバネスコートを身に包み、シャーロックホームズの様な衣装でダンディさを装っている。の
エイジヒルは、ヒューの眺めていた新聞に目を落とした。そこには、行きつけのメダカ料理の店フルエスペースが紹介されていた。
「あれ、エイさんじゃないですか?」
いきなり声がしたのでエイジヒルは、顔を上げた。そこには、黒いモーニングスーツに不気味な笑顔を絶やさないのがトレードマークの木の妖精サナサナがいた。
サナサナは、木の組合宿泊案内サービスの係員である。
「残念な事に働いている。」
「良いじゃないですか、どうせ暇でしょうに。」
「サナさん、全ての時間は有意義な時だ。 暇も全てにっ!だ!」
「あはは、そう言うのはいいんで、ところで先輩は?」
「ヒューなら絵だな。」
「絵 ですか。」
サナサナは、ロビーの壁に掛けてあるいくつかなの絵を眺めた。
基本的に胡散臭い笑顔のサナサナだが、やけに鋭い目で絵を見ていた。
「仕方がありませんね。」
「エイさん、17時に1組3名様ですが、空いてますよね?」
「ダメダメ、シェアはダメ。何処の宿でも禁止だろ?」
「はいはい分かりましたよ。
なら、1人1部屋で3部屋なら大丈夫ですよね?」
「ならOKだ。」
「お、良かったですね。満室じゃぁないですか、お掃除大変ですねぇ。」
「いいよそんなの、それよりさ、珍しいな3人連れとかさぁ」
「はい、普通の宿なら断られるんですよ。 普通の宿なら、危ないですからね、そういう人たちはぁ」
「何だよ。
どうせ、引き受け先が無いから内に来たんだろ。」
「はい、貴重なんですよ。幽街画廊の様な懐の広大さなら、ゴーストツリーの街1番の優良ホテルは。」
「私は好きだがね、そう言う連中。」
「はい!素晴らしいです!」
「流石は人情作家エイジヒル大先生でございます!」
「やめてくれ、君の言葉には心がこもって無いんだ。」
「あはは、大先生、それは受け取る側の不安からくる、みそぼらしい被害妄想ですよ。」
「みそぼらしいって言ったな!」
「冗談ですよ。
それでは、私はこれで。」
サナサナは、散々嫌味を言って帰った後、エイジヒルは客室の掃除にかかった。
本来は個人主義の妖精が連れだって旅をするのは異常と言える。
情が深まれば別れのダメージは致命的だからだ。
宿泊業界からは、連れの客は不吉とされ拒まれる事が多いが、幽街画廊では空室を埋めてくれる良客でありそれにここに住む住民からすれば同類で、むしろ楽しみですらある。
エイジヒルは、その客さえ良ければパーティーでも開いて旅の話でも聞きたいと思っていた。
サナサナが客を連れて来たのは、17時を少し過ぎた頃だった。
「お客様を3名ご到着です。」
サナサナは、ヒューに向き深々と頭を下げた。
「サナちゃん、ありがと。」
「僕には2人しか感知出来ないけど、エイさんはどうだい?」
「私にも2人しか見えないな。」
エイジヒルの目に映る妖精は、緑服のザ•妖精って感じの妖精と花弁をモチーフにした女装の妖精だった。
女装とはいえ男が女の服を来ているわけではなく、そもそも妖精には性別すらない。
この世界における、いわゆる男と女というものはファッションとか主義、思想のジャンルであり、男だ女だ主張する妖精の大概は面倒くさいタイプだ。
「えぇぇと、3名様でいいのかな?」
「3名だよ、君たちも見えないのか?」
「石由来の僕が今見えてる人にチャンネルが近い人は大体見えるんだけどなぁ。」
石や木といった硬い物が由来の妖精は何故か他の妖精よりも多くの妖精を感知できるらしい、前に比べたところエイジヒルに対してヒューは倍近い妖精を感知出来たらしい。
「ちょっとな、いろいろあったんだよ。」
「ナセには、いや、彼にはまだ見えているんです。」
女装の妖精が口を開いた。
相方の緑服の妖精の名前は、ナセと言うらしい。
「もしもだけど見えなくなった友達と、もう一度繋がる為の旅かい?」
「今の目的はそれです。」
「ほう、それは病気かもしれないね。」
「病気?」
「そう、病気だよ!治るかもしれないやつだね。」
「治るんですか!」
「確率は分からないけどね。」
治るわけが無いだろとエイジヒルは思ったが口には出さなかった。
ヒューは、正直者とは言わないがつまらない嘘は吐かない奴だ。
客の宿泊日数を増やそうとかセコい考えがあるのかも知れないが、その場合は、このメンタルダメージの大きそうな客からは妖石での支払いは難しいだろうし。
「あのさ、俺達は田舎者だけどさ、あんたが嘘を吐いてる事は分かる。」
そりゃそうだ。
「この世界の妖精が情報を共有出来ると思うかい?」
「ヒューは、何が言いたいんだ?」
「エイさん簡単な事だよ、誰もが・・・僕達は違うとして、他者との関わりを極力避けてるこの世界じゃあ、どこで何があったかとかは適当にしか分からないだろ?」
「もっと簡単に言ってくれないか?」
「大分端折ると、大体の妖精が、もう一度会いたいと思えるような妖精には出会っていない、いや、出会わない様にしているだろ?」
「あのぉ、先にチェックインしてみてははどうでしょうか? 私帰れないんですよ。」
「悪いなサナちゃん。」
「客と立ち話とかプロじゃ無いわなヒュー。」
「いいから、早く休ませてくれ。」
ナセが、いかにも不機嫌そうな態度でヒューを睨みつけて言った。
「私、後で話聞きたいです。」
エイジヒルは、ハズの目の奥に希望の光を見た。
サナサナの一言で3人の客はチェックインを済ませる。
こっちの世界でのチェックインは部屋の鍵を渡すだけの簡単なもので、名前を伏せている妖精や、そもそも名前の無い妖精への配慮であるらしい。
予定通り3部屋分の鍵を渡したが、3人?は1つの部屋に入った。
エイジヒルとヒューとサナサナは、3人が部屋に入るのを見届けてから顔を合わせた。
「警戒してますねぇ、あの緑の人。」
「馴れ馴れしいからじゃない僕らは。」
「それにしても、関係がぎこちないよな彼ら。」
「それでは、私はこれで。」
サナサナが帰った後、エイジヒルはロビーのソファーに腰をかけた。
「面白案件じゃないのエイさん。」
「興味はあるけどさぁ」
「不満かい?」
「いや、君がやけにノリノリなのが気になるな、あと、嘘ついてたろ?」
「あぁ、あれか嘘に対する嘘はノーカンだろ?」
「嘘つかれたかな?」
「エイさん、君は本気で彼らが3人いると思ってる?」
「確かに胡散臭いけど嘘と断定するには情報が少ないだろ?」
「緑の人、ナセさんだっけ? あの人だけ見えてるらしいけど、まるで見えてない感じだったろ?」
「というと?」
「先ず、見えていない友達を見ない。」
「それで?」
「補足すると彼、女子の方は見ていたんだ、何度も気遣う様にね。」
「それは気付てた。」
「普通は逆でしょ。
心配する順序がさ。」
「確かにな。」
「次に、見えない人だけどさ、彼はナセさんは見えてるはずなのに、何もコンタクトがなかった。」
「.....」
「もちろんだけど、彼にも僕達の姿は見えてないし声も聞けないだろ、それなのに、ナセさんに状況の説明とか求めてないんだぜ。」
「ヒュー、君の言いたいことは分かるけど、それ全てがそういう奴です。で片付くだろ?」
「そうだな、けどなエイさん、証拠探すとか突き付けるとかさ妖精関係としてどうよ?」
よくよく考えてみたら大した事では無いのかもしれないし、ヒューもそう思っているのだろう。
妖精の周波がずれて感知出来なくなる事くらいは、良くある事だし、それがたまたま親しい妖精だったと言う事だ。
それが辛いから妖精は友達を作らないのだ。
ある意味、彼らの状況はいつか来るエイジヒルとヒューの未来でもある。
それにしても、この件にヒューがこだわるのは何か理由があるはずだ。
「あのさヒュー、君には何か目的があるんだろ?」
「エイさん、君を買い被ってるつもりは無いが、心のめちゃくちゃ広い君は彼らを助けてあげたいと思ってるんじゃないのか?」
エイジヒルは、ヒューの顔見つめながら(とは言えヒューに胴体は無い。)、ジャケットのポケットに雑に入れていたキセルを取り出して軽く吸った。
キセルの中にはドライフルーツのイチゴキューブが入っており外に匂いが漏れない仕組みになっていて、キセルを一吸いすると口の中にイチゴの香りが広がり幸せな気持ちと共にリラックス出来るのだ。
「ヒュー、彼らが助けを求めているか、更に困っているのかとかは知らんが、お節介にならない程度にコミュニケーションとってみるか?」
「そうだね。」
「あの....」
一通り話終えてしばらくした頃に、エイジヒルの背後からか細い声がして、振り返るとさっきの女装の妖精がいた。
ライトブラウンのふわっとした透明感のある柔らかいカールの腰まであるロングヘアーにブルーの瞳と白い肌、花弁素材のワンピースを着たその姿は、妖精と言うより天使である。
人間の言うところの、恋とか愛とか言う感情があるのならば、今、目の前に居るような妖精にそれを消費したいなどと思いエイジヒルは暫く彼女を眺めた。
「私、ハズと申します。」
「旅先で名乗るとか、君は旅上手じゃないね、僕はヒュジャックジョンソン、ここのオーナーだ。」
「私はエイジヒルと言う。」
「あの、お二人は凄く中が宜しいようですが、一体どの様な関係なのでしょうか?」
「あぁ、それか、エイさんと僕は友人関係であり、ここの従業員だよ。」
「おい、私は従業員になった覚えはないぞ!」
「手伝いはするけど報酬は貰ってないしな!」
「いや、住まわせてやってるでしょうが!」
「君が絵の具を作る時に私の妖石が必要じゃないのか!」
「水の妖精なら誰でもいいし! ストックあるし!」
「す、すいません、私が悪いんです。だから喧嘩はやめて下さい。」
エイジヒルとヒューは、同時にハズを見た。
本気で申し訳なさそうにしているハズに対して少し可哀想に思い、お互い熱くなっていた感情が少し冷めた。
「いや、君は悪くないだろ?」
「私が、お二人を焚き付けてしまったから。」
「このくらいの言い合いならよくあるよなエイさん。」
「ガチの馴れ合いだな。」
「しかし、私のせいでお二人の中に傷が入ってしまったら、」
「えーと、ハズさんだっけ、あいにく私たちは、この程度の馴れ合いで傷付く程の柔な絆じゃない。」
「そうなんですか?」
「ガラスの様に繊細な絆など友情には向かない、鋼の様に鍛えてこその友情じゃないとな。」
「腹は立つけどな。」
「それではダメです。」
「なんで?」
「些細な言い合いでも傷ついて、それが蓄積されて......」
おそらくハズ達は、程度は知らないが口喧嘩程度の争いは、そこそこあったのだろう、そう考えると本来ハズと言う妖精は言いたいことは言える妖精であることが分かる。
控えめに見える今のハズは、友達が見えなくなって落ち込んでいるのもあるが、それゆえに誰も傷付けたくないのだろう。
単に人見知りなだけかも知れないけど。
「だからそう言うのは友情には向かないんだよね。」
「私は、傷付かない様に慰ってあげる絆が好きです。」
「君は、失敗したから意気地になっているんじゃないのか?」
「酷いぞエイさん。」
「失敗はしていません!」
「え」
「私はまだバルちゃんを諦めていません!」
ハズは、エイジヒルを強く睨みつけた。
バルちゃんというのが見えなくなった友達らしい。
「あの、病気なら治るかも知れないって言ってましたよね?」
ヒューの嘘だろうが、バレると洒落にならない。
「君は、消し屋を知ってるかい?」
「依頼を受けて、嫌いな妖精を見えなくしてくれる恐い妖精ですよね。」
「そう、薬草とか妖石を調合した薬を飲ませて消すんだ。」
「まさか、あなたが!」
「いや、違うよ。」
ハズの視線は、手毬ほどの大きさのヒューからエイジヒルに移した。
ヒューに比べれば、その視線は高くなるが、それでもハズよりは頭一つ程身長が低い。
「残念だが、私も違う。」
「僕達の友達に居るんだけどね、今は遠出していてさ、2.3日後には帰って来ると思うけど。」
「消し屋さんに病気が治せると言うのですか?」
「病気じゃなければ他人には治せないけどね。」
「ヒュー、病気と周波がズレるのは違うのか?」
「詳しい事は、ダルさんに聞いてよ。」
ヒューの言うダルと言う妖精が例の消し屋であり、幽街画廊の住人でもある。
ヒューは、ここに居ないダルに面倒を押し付けようとしているのだろうか?
ダルと言う妖精は、ヒュー程ではないが個性的な風貌ではある。
性格はヒューと違い、無愛想で妖精嫌いで無口でいて、おまけに背が高い。
とはいえ面倒を押し付けられるのは気の毒だ。
「ヒュー、あいつ絶対に怒るぞ!」
「いや、仕事の一環だろ。消すのも出すのもさ」
「そもそも病気じゃないだろ?」
「病気と言うのは言葉の綾だよ。」
「ブレブレじゃないか!」
「あの、そのダルさんって方が治せるかも知れないと言うことですね。」
「ダルが関わると病気じゃなくて、波長をずらして元に戻すって事になるよな。」
エイジヒルは簡単に伝えたつもりだが、それがほぼ不可能なことであるのは常識だ。
「エイさん、ハズちゃん、この世界の妖精は他者との関わりを極力排除し、別れの悲しみをカットして生き永らえてるんだ。」
「当たり前のことを偉そうに。」
「僕が言いたいのはな、再会を必要としない妖精達は再会を望まないだろ?」
「どう言うことです?」
「実は、頼めば出来るかもしれない。
前例が無いだけだよ。」
ヒューとの付き合いが長いエイジヒルには、彼が適当な事を言っているのがわかる。
そこまでして、ダルに面倒を押し付けたいのだろうか?
そもそも、見えなくなった妖精を再び感知することが出来るなら妖精は他者との関わりを排除する必要はないはずだ。
「ダルさんと言う方なら」
「あぁ、ダルさんと話す時は、名前でよんじゃあだめだよ。」
「...はい?」
ハズは、不可解な顔で返事をした。
そりゃそうだろう、ヒューもエイジヒルもお互いに名を呼び、ハズにさえ馴れ馴れしく話しかけてくる、そんな奴に名前で呼んじやぁだめとか言われても説得力は無いのだが、ダルと言う妖精は名前で呼ばれる事を嫌う。
この世界の妖精としては普通のことではあるが、普通では無い幽街画廊の環境の中で無愛想ではあるが、エイジヒル達と関わり半共同生活をしていて、それでも名前で呼ばれるのが嫌らいらしい。
まぁ、ダルと言う名前もエイジヒルが勝手に付けたものだから本人が気に入らないだけかもしれない。
「ハズちゃん、ダルさんに会うまでの宿泊プランは、こっちで考えとくから夕食までにゆっくり休んでてよ。」
「ありがとうございます。」
ハズは、一礼して自室に向かう途中にエイジヒルが尋ねた。
「あのさ、連れの人と見えなくなった人は、君とどんな関係なんだ?」
「家族です。」
ハズは、そう答えると静かに自室にはいった。
「ダルが帰って来るまでに片付けなきゃな。」
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