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下調べ

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 今日は狩場の下見だ。 

 『黒蛇』の船は黒樫で主に作られている小型の帆船で、バウスプリットには竜と見まごうほど立派な漆黒の大蛇が巻き付いている。 

 少々日焼けした帆を張り、シアンは『剛鉄』マザレスの根城がありそうな海域に舵を切る。いい風が吹いていた。 

 『剛鉄』マザレスは大陸から少し離れた小島を根城にしていた。 

 小島には沖がなく島一周崖に囲まれていて、とても陸には上がれない地形になっている。マザレスはその崖の一部を掘らせ、商売に使う船一隻分を隠す係留場と自分の居住スペースを作らせていた。 

 小島の周囲はいくつもの岩島が浮いている。小島もそうしたものの一つだった。 

 この人工の洞窟は陸からは見えない向きに作られていて、遠目から見てもそれと判らない細工をしてあった。この細工に欺かれ、軍は脱獄から3ヶ月経っても、マザレスを発見できなかったのである。 

 ラクソリス帝国の海兵は、どうやら揃いも揃って目に不自由しているらしい。 

 さて、この細工は『黒蛇』に通用したか? いいや、全く通用しなかった。 

 シアンは指名手配の人相書きを見たその日の夜に一度海に駆り出て、見当を当てた海域をウロウロしている時に、このアジトをあっさりと見つけ出してしまった。 

 彼からしてみれば、「こんな簡単な隠し方で大丈夫かな」と逆にマザレスを心配するほどお粗末なものだったようである。ダミーの可能性を疑ったくらいだ。 

 シアンが根城を発見したときは、係留場に船は止まっていなかった。なのに何故マザレスのアジトだと判断したかは、【賊狩り】の勘としか言いようがない。 

 係留場に侵入してみるか考えたが、中に人がいたら面倒だと思って止めた。 

 もしマザレス一派でなくても、他の賊の可能性がある。賊だったら、即交戦だ。その場合、その賊を狙っているかもしれない他の【賊狩り】さんに申し訳ない。横から割って入って、獲物を横取りするのはいくら何でもマナーに欠ける。 

 それに肝心の船がないので、そこはダミーかもう捨てられたアジトだという可能性もある。 

 シアンは自船を入り組んだ崖の影に隠して(小型だから隠しやすい)、とりあえず誰かが来るか明日の夜が明けるまでマザレスのアジト(仮)を観察することにした。 

 彼はずぼらな性格をしていたが、決して怠け者なわけではない。仕事を完遂する上で必要だと感じた労力は厭わない主義だった。 

 彼が観察を始めて丸半日経ったか経たずかの夜更け。 

 釣った魚を捌いて夕飯にしていたシアンの目に、闇に紛れてマザレスのアジト(仮)に入っていく一隻の船が見えた。 

 夜目が効く彼の瞳には、その船は一般的に多く使われている型の貨物船が映る。 

 一般の貨物船が一時の休息に立ち寄ったのかとも思ったが、それにしては不可解な点がいくつかあった。 

 夜、方角を見失わないように錨を下ろして船を止めることはあるし、安全を期して近くの島に泊まることもある。 

 しかし、こんな夜更けに明かりもつけず航海する一般船はいない。いくらへっぽことは言われていても、公的権限を持っている軍の見回り艦に海賊を見紛われては面倒だからだ。 

 それに、一般船はあんな(雑とは言っても)入り口の隠し方をしている洞窟には警戒して入らないはずだ。入ってみたら海賊の根城でした、なんて、洒落にならない。 

 となれば、出てくる答えは一つというもの。 

 ニンマリとほほえみながら、シアンは二匹目の魚に手を伸ばす。 

 暫く観察を続けると、今度はその貨物船から幾人かが出てくる。数人は腰に曲刀を差しているようだった。そんな物騒なものを持っている人間たちに引きずられるようにして表に出てきたのは、鎖に繋がれた人々。 

 ――――いかにもいかにもな、奴隷たちであった。 

 『黒蛇』の顔に喜色が浮かんだ。 

 彼は今飛び出していくべきか、後日改めてお邪魔するか近年ちょっとないほど悩んだ。 

 本心を言うと、今回の目的は『剛鉄』の賞金ではないのだ。 

 だから、マザレス本人がここにいようといまいと正直関係ない。あくまで、欲しい物を手に入れるための正当性作りに使いたいだけである。マザレスは後日ゆっくり狩っても問題ないだろう。 

 いばし悩んだ末、シアンはマザレスが確認できなかったら変えことにした。

 この間も、アジトに入った貨物船からは賊と思われる男たちと悲運な奴隷たちが移動している。
 
 彼の魚を頬張る手も止まっていなかった。




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