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経緯
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さて、少し時を戻そう。
その日、シアンは『剛鉄』マザレスを狩るために海に出ていた。
【賊狩り】というものは、もとは傭兵団だった組織が多い。だからか、普通は団体を組んで仕事に出ていた。賊側も集団で行動することが多いため、自然と大人数対大人数になる。数が多いほうが有利になるのは、どんな業界にも言えることだ。そんな中では珍しく、彼は単独で狩りをする【賊狩り】だった。
理由は割と単純だ。
【賊狩り】の界隈で、『黒蛇』の名は伝説に等しい。シアン本人は全くそんな認識は持っていなかったが、一部では神格化されているほどである。
皆、『黒蛇』の名を聞いたら敬遠して近づかない。つまり、周りに誰も寄ってこないから、彼は単独で行動せざるを得ないのであった。
それと同時に、仕事があまり被らなくなるので、シアンにとっては結構ありがたかったりする。彼自身は、良い棲み分けができていると考えていた。
たまに勇気とやる気のありあまった、己の実力を知らない奴が近づいてきたりするが、そういう輩は一度『黒蛇』と海に出たら二度と一緒に仕事をしようなんて言えなくなる。己との実力の差を思い知るのだ。『黒蛇』に付いて行ける【賊狩り】は、今のところいない。あの『金豹』だって、一緒に仕事をするような事態になるのは避けていた。
彼の持ち船は小さい。仲間を持たないシアンは自分一人と、帰りには狩った賊を数名乗せられればそれで十分なので、彼は自分の船に満足していた。小回りがきくのもポイントが高い。
―――というわけで、シアンは今日も小型の船を駆って賊退治に勤しんでいた。
今日の獲物は『剛鉄』マザレス。
この男は、違法な商売で巨額の富を築いたあと、ヘマをして検挙され、一回ブタ箱に突っ込まれた賊だった(ちなみに、このヘマというのは犯罪現場にたまたま仕事帰りだったシアンが居合わせたとうものである)。
その後部下の手引を受けて脱獄し、その時一刻も早い収束を願った軍が【賊狩り】にマザレスの捜索を依頼したのである。
この一回目の脱獄のとき、捜索依頼を受けてマザレスを拘束したのが『黒蛇』だ。このときも圧倒的な手際の良さで仕事を終え、高額の報酬を受け取って彼はさっさと家路についた。
その姿を見て、軍関係者が唖然呆然としたのは言うまでもない。以前から『黒蛇』の腕は耳にしていただろうが、直接その力を目にするのはこれが初めてのことだった。
感激した軍人の一部で勲章を贈ろうという動きもあったが、珍しく本人が明らかに表情を変えて嫌そうにしたので、いつの間にか立ち消えた。彼らは、『黒蛇』が普段から賞金以外の報酬を受け取らず、すべて軍に寄進していたことを知らなかった。
それから3年が過ぎ、シアンがすっかり『剛鉄』の「ご」の字も思い出さなくなった頃。
『剛鉄』は豪胆なことに、また脱獄してのけたのである。
今度は以前より警備の厳重な「エルゼ監獄」に終身刑を食らったにもかかわらず、である。これには軍も青ざめた。一地方に手を伸ばしていたに過ぎない田舎の小悪党が、看守の目を掻い潜って二度も脱獄したのである。いかに自分たちが無能か、嫌でもわかってしまうというものだ。
それでも軍は意地を張った。ただでさえ近年【賊狩り】が幅を利かせてきて、その上軍費が縮小されて肩身が狭いのである。ここで重犯罪者も逃したとなっては面目丸つぶれだ。軍に手に負えないからと、【賊狩り】の手を借りるのは癪である。
軍はあの手この手を使って『剛鉄』を探した。しかし、『剛鉄』は三ヶ月立っても見つからない。とうとう限界を悟った軍が、苦渋の決断で【賊狩り】に『剛鉄』の捜索要請をかけた。
その要請に真っ先に反応したのが『黒蛇』シアンだった。
反応というより、飛びついたのが彼だ。今回の賞金は他と桁違いだったからだ。
『剛鉄』は、脱獄してから三ヶ月の間に、なんと人身売買にまで手を出していた。違法な人身売買は殺人に匹敵するほどの重罪である。加えて、軍に恥をかかせた犯罪者として、軍が何としてもマザレスをひっ捕まえたがっていた。賞金も上がろうというものだ。
『剛鉄』マザレスは指名手配され、即日ブタ箱に逆戻りすることが確定されたのであった。本人がそのことを感知できたかどうかは分からない。
一方、珍しく――本当に珍しくシアンがにこやかに軍の駐屯所を出ていったものだから、その場にいた【賊狩り】や軍関係者は皆怖いものでも見た顔になった。
普段は終始ぼんやりとした無表情を貫いている『キング・オブ・パイレーツキラー』が、この日は弾けんばかりの笑顔を惜しげもなく披露したのである。その美神も嫉妬するほどの美貌に笑みを浮かべられようものなら、失神した人間がいないことは僥倖といえるだろう。
斯くして、『黒蛇』は意気揚々と海に出たのである。
その日、シアンは『剛鉄』マザレスを狩るために海に出ていた。
【賊狩り】というものは、もとは傭兵団だった組織が多い。だからか、普通は団体を組んで仕事に出ていた。賊側も集団で行動することが多いため、自然と大人数対大人数になる。数が多いほうが有利になるのは、どんな業界にも言えることだ。そんな中では珍しく、彼は単独で狩りをする【賊狩り】だった。
理由は割と単純だ。
【賊狩り】の界隈で、『黒蛇』の名は伝説に等しい。シアン本人は全くそんな認識は持っていなかったが、一部では神格化されているほどである。
皆、『黒蛇』の名を聞いたら敬遠して近づかない。つまり、周りに誰も寄ってこないから、彼は単独で行動せざるを得ないのであった。
それと同時に、仕事があまり被らなくなるので、シアンにとっては結構ありがたかったりする。彼自身は、良い棲み分けができていると考えていた。
たまに勇気とやる気のありあまった、己の実力を知らない奴が近づいてきたりするが、そういう輩は一度『黒蛇』と海に出たら二度と一緒に仕事をしようなんて言えなくなる。己との実力の差を思い知るのだ。『黒蛇』に付いて行ける【賊狩り】は、今のところいない。あの『金豹』だって、一緒に仕事をするような事態になるのは避けていた。
彼の持ち船は小さい。仲間を持たないシアンは自分一人と、帰りには狩った賊を数名乗せられればそれで十分なので、彼は自分の船に満足していた。小回りがきくのもポイントが高い。
―――というわけで、シアンは今日も小型の船を駆って賊退治に勤しんでいた。
今日の獲物は『剛鉄』マザレス。
この男は、違法な商売で巨額の富を築いたあと、ヘマをして検挙され、一回ブタ箱に突っ込まれた賊だった(ちなみに、このヘマというのは犯罪現場にたまたま仕事帰りだったシアンが居合わせたとうものである)。
その後部下の手引を受けて脱獄し、その時一刻も早い収束を願った軍が【賊狩り】にマザレスの捜索を依頼したのである。
この一回目の脱獄のとき、捜索依頼を受けてマザレスを拘束したのが『黒蛇』だ。このときも圧倒的な手際の良さで仕事を終え、高額の報酬を受け取って彼はさっさと家路についた。
その姿を見て、軍関係者が唖然呆然としたのは言うまでもない。以前から『黒蛇』の腕は耳にしていただろうが、直接その力を目にするのはこれが初めてのことだった。
感激した軍人の一部で勲章を贈ろうという動きもあったが、珍しく本人が明らかに表情を変えて嫌そうにしたので、いつの間にか立ち消えた。彼らは、『黒蛇』が普段から賞金以外の報酬を受け取らず、すべて軍に寄進していたことを知らなかった。
それから3年が過ぎ、シアンがすっかり『剛鉄』の「ご」の字も思い出さなくなった頃。
『剛鉄』は豪胆なことに、また脱獄してのけたのである。
今度は以前より警備の厳重な「エルゼ監獄」に終身刑を食らったにもかかわらず、である。これには軍も青ざめた。一地方に手を伸ばしていたに過ぎない田舎の小悪党が、看守の目を掻い潜って二度も脱獄したのである。いかに自分たちが無能か、嫌でもわかってしまうというものだ。
それでも軍は意地を張った。ただでさえ近年【賊狩り】が幅を利かせてきて、その上軍費が縮小されて肩身が狭いのである。ここで重犯罪者も逃したとなっては面目丸つぶれだ。軍に手に負えないからと、【賊狩り】の手を借りるのは癪である。
軍はあの手この手を使って『剛鉄』を探した。しかし、『剛鉄』は三ヶ月立っても見つからない。とうとう限界を悟った軍が、苦渋の決断で【賊狩り】に『剛鉄』の捜索要請をかけた。
その要請に真っ先に反応したのが『黒蛇』シアンだった。
反応というより、飛びついたのが彼だ。今回の賞金は他と桁違いだったからだ。
『剛鉄』は、脱獄してから三ヶ月の間に、なんと人身売買にまで手を出していた。違法な人身売買は殺人に匹敵するほどの重罪である。加えて、軍に恥をかかせた犯罪者として、軍が何としてもマザレスをひっ捕まえたがっていた。賞金も上がろうというものだ。
『剛鉄』マザレスは指名手配され、即日ブタ箱に逆戻りすることが確定されたのであった。本人がそのことを感知できたかどうかは分からない。
一方、珍しく――本当に珍しくシアンがにこやかに軍の駐屯所を出ていったものだから、その場にいた【賊狩り】や軍関係者は皆怖いものでも見た顔になった。
普段は終始ぼんやりとした無表情を貫いている『キング・オブ・パイレーツキラー』が、この日は弾けんばかりの笑顔を惜しげもなく披露したのである。その美神も嫉妬するほどの美貌に笑みを浮かべられようものなら、失神した人間がいないことは僥倖といえるだろう。
斯くして、『黒蛇』は意気揚々と海に出たのである。
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