天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

4.助言の効果 ※R18

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治療院を開こうとドアを開けると、爺さん婆さんばっかりが入口の前に並んでいた。

そいつらは俺達が特に用意していなかったのに、自分達で使い古した感じの椅子を持参して、ピーチクパーチクとお喋りに勤しんでいた。






「先生は何歳ですかいの?」


最初に並んでいた婆さんが、膝の治療を始めたシェニカを笑顔で見ながらのんびりとした口調で喋りかけた。






「21歳です」




「21歳とは若いのぉ。今は皺くちゃの婆ちゃんだが、儂の若い頃はモテにモテてねぇ。他所の村から儂を嫁にほしいと何人も言ってきたもんじゃよ」


婆さんは何が照れくさいのか、頬に手を当ててウットリとした表情を浮かべた。若い頃は知らないが、『今はただの皺くちゃの婆さんなんだ。現実を見ろ』と鏡を持たせて、強く言い聞かせたくなる。





「そうなんですか。羨ましいお話です。治療終わりました」



「先生ありがとう。次は八百屋のロジ爺さんだから、ここで座って見てて良いかい?」


シェニカはいつも通り出口に行くように優しく促したが、婆さんは立ち上がって部屋の端にある長椅子に移動した。






「え?あ、本人が良いとおっしゃるのなら。次の方どうぞ~!」



シェニカが入り口に声をかけると、杖をついた爺さんがゆっくりとした歩調でこちらに向かってきた。






「この村には年寄りしか居ないから、お喋りしか楽しみがなくてねぇ。ロジ爺さん。あんたの治療をここで見ててもいいかい?」



「もちろんじゃ。ハニ婆さんのお喋りがないと、どうにも落ち着かないからの」



そこからは治療が終わった患者が治療部屋から出ず、どんどん長椅子に爺さん婆さんが座って行く。

その内、爺さん婆さんのお喋りが部屋のBGMになっていたが、シェニカは仕方なさそうな顔をするだけで、俺につまみ出せとは言わなかった。




お喋り好きな爺さん婆さんの話によれば、この村の若者は首都やアネシスといった大きな街に流れてしまっているらしく、随分と過疎化が進んでいるらしい。


最初村に来た時は分からなかったが、若者の居ない村というのは時間の流れが止まっているかのような、独特の空気が流れていた。





爺さん婆さんの楽しみは本当にお喋りしかないらしく、広くない部屋に元気になった爺さん婆さんがひしめくという形容し難い状況になっていった。



ーー治療が終わればさっさと帰れ。喋るならこの空き家の外でやれ!


俺はそんな風に言いたかったが、シェニカは「お喋りが生きがいみたいだから、そっとしておきましょ」と言って、爺さん婆さんに質問攻めに合っていた。どんだけお人好しなんだよ。









村の人口が少ないからか、爺さん婆さんのお喋りに付き合わされながらも僅か2日で治療院を終えることが出来た。

夕方に村長に治療完了の報告をした後、移動中の寒さ対策をしようと、村に1軒だけの小さな寂れた洋服屋に立ち寄った。





「いらっしゃい。随分久しぶりのお客さんが先生とは。何とも嬉しいねぇ」


店に入ると、腰痛の治療をした店の婆さんがストーブの前に椅子を置いて、ニコニコとしながら俺達に言葉を投げかけてきた。


婆さんの言葉を裏付けるように、店の中は洋服屋には宜しくない埃っぽさがあるから、どうやら客足は良くないらしい。
まぁ、若者はいないし、物持ちの良さそうな爺さん婆さんしか居なければ、客はそう来ないだろう。






「ねぇ。このコート、ルクトに似合うと思うよ」




「……本気か?」


シェニカが満面の笑みを浮かべて俺に渡してきたのは、首元に毛足の長いファーがついたヒョウ柄のド派手なコートだった。
胸ポケット部分には、猫が欠伸をしているリアルな絵の大きめのアップリケが付いている。



そしてコートの背面を見て、俺は頭を抱えた。






「当たり前でしょ。ルクトって元々金髪だから、ヒョウ柄って似合うと思うんだ。ルクトって目つきが悪いから普通のヒョウ柄を着たらヤンキーに見えそうだけど、この背中の可愛いトラさんの刺繍があるから可愛さがプラスされて似合うと思うんだ。
それにこの胸元にある猫のアップリケを見れば、子供も怖がらないんじゃないかな?」



ーーいやいや。今の俺は髪を赤く染めてるだろうが。
それにその背中の刺繍なんだよ。なんでヒョウ柄なのに、背中には子供受けしそうなイラスト調のトラが刺繍されてんだよ。






「あのな。俺は別に子供に怖がられたくないとか思ってないから。可愛さもいらねぇよ。しかもダサいし」




「え~?ダサくないよ。絶対似合うって!試着してみてよ!」




「しなくていい」


俺は渡されたコートを雑に陳列棚に戻すと、シェニカは何だか悲しそうな目で戻されたコートを見ていた。

そんな様子のシェニカに少しだけ罪悪感を感じていると、俺達の様子を黙って見ていた婆さんが話しかけてきた。






「先生、それを彼に選んだのかい?そのコートは10年前に村で流行ったデザインで、それが最後の1着なんだよ。センスあるねぇ」



ーーちょっと待て。10年間売れ残ってるやつを未だに売ってるのかよ。それにこのダサいデザインを選ぶのはセンスないと思う。







「センスありますかね?えへへ。嬉しいです」


色々とツッコミたい気持ちがあったのに、褒められて嬉しそうにしているのを見て言葉が出なかった。

こいつのセンスは爺さん婆さんに近いのだろうか。それにしては、こいつの着ているローブや旅装束はまともなデザインなのに。



わざと俺にダサいデザインを選んでいるのだろうか。こいつのセンスってよく分からない時あるんだよなぁ。謎がまた一つ増えた気がする。






「10年経っても劣化しないから、とっても丈夫なんだけど…。アビテードに行くならアネシスで買った方が良いよ」






「そうなんですか?ここにあるコート、ルクトに似合いそうなのが結構あるのに。これとか良いと思うんだけど」



シェニカがそう言いながら手に持っているのは、黒光りするスパンコールが蜥蜴の鱗のようにビッシリと縫い付けられたド派手なコートだ。

ちなみに背中には白いスパンコールで『歌・唄・詩』と書かれている。



それ、あんまり暖かそうじゃないし、普通に考えればどっかのステージ衣装じゃないのか?




正直ダサい。この店の品揃えが良くないのもあるけど、その中でもお前の選ぶやつって一際ダサいんだよ!








「先生、やっぱりセンスが良いねぇ。それは8年前にあったカラオケ大会の時の優勝商品だよ。その時は優勝者が出なかったからここで売っているんだけど、みんな優勝してないからって遠慮して買わない逸品だよ」


ーーそれってただ単純に人気がないからなんじゃないのか?そもそもそれどこで着るんだよ…。








「まぁ、この店のコートでも良いけど、アネシスの方が品揃えが豊富だからねぇ。折角だから可愛いのが良いだろ?」




「まぁ。確かに」


ーー婆さん。センスを否定すると悲しい顔をされるのが辛くて何も言えない俺の代わりに、こいつにここで買わないように言い聞かせてくれ!





「アネシスまでは旅装束の下に着るシャツを着込んでおけば、コートがなくても大丈夫だよ」




「じゃあ、そうします」


ーー助かった…。婆さん、あんたの店のコートの品揃えはよく分からない物が多いが、シャツの品揃えだけはまともだったことを素直に感謝しておくよ。










洋服屋を出て宿に到着すると、シェニカは女将から2本の部屋の鍵を受け取った。

何が楽しいのか知らないが、宿の食堂で1人楽しそうな笑顔を浮かべながら定食を食べているシェニカを見て俺は苛立った。




「はい、部屋の鍵」


「なぁ、今夜も別なのかよ」


食事を終えると俺の前に2人部屋の鍵が置かれ、シェニカの前には1人部屋の鍵が置いてある。
昨日は『考えたいことがある』とか言っていたが、そんなことは俺と同じ部屋でやれば良い。


別の部屋にする必要なんてない。






「ダメ?もう少し考えたいことがあるし」



「ダメだ。欲求不満で俺を殺す気か?」


一緒の部屋で過ごすのに慣れた今は、一晩だろうが別の部屋にされると欲求不満になる。





「そんなつもりはないけど。たまには良いじゃない」



「ダメだって言ってんだろ」



シェニカは俺の言葉を聞いて、楽しそうな顔から拗ねた顔に変え、食事を終えるまで俺達の間には話しにくいような重い空気が落ちた。










「明日はここを出るから、今夜まで良いじゃない」


食事を終えて部屋に向かう階段を歩いていると、俺の隣を歩いていたシェニカが小さく呟いた。






「明日から野宿になるだろ。その前にヤっておきたいんだよ。お前は俺としたくないのかよ」



「そういうわけじゃないけど」



「なら今夜は同じ部屋だ」


シェニカの手を掴んで強引に俺の部屋に連れ込めば、シェニカは少し不満そうな顔をして俺を見上げた。





「結界張っとけ」



「馬鹿ルクト。わがままルクト。自己ちゅールクト」


大人しく結界を張ったが、シェニカはブスくれた顔をして可愛い悪口を言い始めた。






「したくてたまんねぇんだよ。お前が隣に居ないと落ち着かねぇ。俺のそばから離れるな」



「うん…」


シェニカはなぜか少し嬉しそうにして、俺に抱きついてきた。




いつもと同じようにシェニカの服を手早く脱がせ、ベッドに押し倒して自分の服を脱ぎ捨てた。


胸の谷間に顔を埋めて、甘い匂いを嗅ぎながら柔らかな胸を両手で鷲掴みにして揉みしだけば、尖端はすぐに反応して硬くなった。


胸を揉む手はそのままで、胸元から顔の方へとキスマークをつけながら移動すれば、顔を赤くして焦った様子のシェニカと目が合った。





「な、なんか性急すぎないっ!?」


「お前が欲しくてたまんねぇんだよ」


特に抵抗されたわけではないが、シェニカの頭の上で両手を片手で押さえつけ、深いキスをすればシェニカも積極的に舌を絡ませてきた。






「お前は…一晩俺と離れて寂しくなかったか?」



「んあああっ!」


秘所に指を挿れて濡れているのを確認して、一気に奥まで押し込めばシェニカはシーツを握りしめながら身体を弓なりに反らせた。


寂しかったか答えを貰いたいが、それよりも先に深く繋がりたくて激しく揺さぶった。






「お前が欲しくてたまんねぇんだ。もう部屋は別にするなよ」



たった1晩一緒に居なかっただけで、こんなにも飢えるなんて思わなかった。





愛しくて愛しくて。寂しくて、物足りなくて。側にいて欲しくて、離れたくなくて。


心の中に色んな感情が渦巻いて噴出してくる。その吹き出した激情のままに激しく抱けば、シェニカは俺を求めて抱きついてきた。






「どこにも行くな。ずっと俺のそばにいろ」


「あ、あ、あ!ルクト…ルクトっ!」


全身が密着するように強く抱きしめ、首筋に噛み付くように強く吸い上げてキスマークを刻みつけた。




「い、いたっ!」


「分かったか?お前は俺のもんだからな」


シェニカは涙を流しながら首を縦に振ったのを見て、もっとこいつを独占したくて強く抱きしめて激しく腰を振った。



ーーもっとお前が欲しい。もっと深い場所で1つに繋がって、お前を俺の一部にしてしまいたい。
例え隣の部屋でも、一晩だけだろうが、手の届かない場所に行かれたくない。ずっと一緒にいたい。


シェニカへの募る愛しさをぶつけるように抱いていると、シェニカの顔がいつもより嬉しそうに蕩けているように見えた。










「やっぱりルクトが一番だな」


2人で気持ちよく果てて、シェニカが俺の胸元に顔を寄せて荒い息を整えていると、小さな声でポツリと呟いた。





「どういう意味だよ」



「ううん。なんでもない」


どういう意味なのか問いただそうと思って腕の中のシェニカを見れば、もう目を閉じて眠りに入っていた。






ーー『やっぱりルクトが一番』ってことは、誰か別の男と俺を比べたのだろうか。


それは言葉から簡単に推察出来たが、比べた相手がどうにも分からない。


今まで出会った男の中でこいつと特別な何かを感じた男がいないか振り返ってみると、以前護衛をしていたカーランという弱い傭兵、マードリアの元筆頭将軍のジルヘイド、この間再会した同郷のイーザントという下級兵士くらいだと思う。





この中の男だろうか。それとも俺が知らない男だろうか。


傭兵と下級兵士がこいつの思い浮かべた相手なら、今度会ったら2度と近寄らないように潰すことが出来るが、ジルヘイドはそうはいかない。



あの男は筆頭将軍だっただけあって、俺が簡単には黙らせられないくらい強い。
それに部下に慕われる性格で、軍人嫌いの俺でさえ、こいつの元で動いても良いと思える不思議な奴だった。


その時に起きたシェニカの変化といえば、毒に冒された元兵士の治療をしていた時に様子がおかしくなったくらいで、ジルヘイドと会った時も別れた後も特に変化は無かったと思ったのだが…。



あいつの心の中に居るのは、強さも人格も言うことないジルヘイドだろうか。

シェニカの言葉に悶々とした気持ちが渦巻き、なかなか眠れなかった。



 



 


翌日。私達は村を出て北に向かう街道を歩き始めた。

私は昨晩のルクトの様子を思い出して、少しだけ顔が綻んだのを自覚した。




ルクトと一晩別で過ごしただけで、彼は寂しさを感じていたんだと昨晩一緒に過ごした時に分かった。


『好き』という言葉は貰えなかったけど、ルクトの焦ったような『一緒にいて欲しい』『寂しい』と物語る表情が見れたことがとても嬉しかった。




正直に言えば、別の部屋で過ごした時、私はバンディとルクトと妄想デートに勤しんでいたから寂しさを感じることはなかったけど、昨晩の彼の様子に心が少しだけ満たされたからか、しばらくはバンディとルクトと妄想の世界で会わなくても良い気がした。



ファミさんの言う通り、部屋を別にするだけでこんなに効果があるとは思わなかった。

流石ルクトのお姉さんだ。心強い味方を得た気がして、ファミさんの存在も私の心の安定に一役買ってくれたと思う。





これならしばらく妄想デートはお預けにしても良さそうだ。


ーーバンディ、妄想のルクト。私を元気にさせてくれてありがとう。また寂しくなった時は宜しくね。





私はそんなことを思いながら、ルクトと森の中に続く街道を歩いた。






 


「小屋ってここか?随分とボロボロで誰か住んでるとは思えないが…」
 

突き立った枯れ草に取り囲まれるようにポツンと佇む小屋は、元々はキレイな小屋だったのだろうが今では苔がしていて、見るからにジメジメと湿っぽい気がする。
 
 


「でも、女将さんの話だとこの小屋に間違いはないと思うんだけど」
 

ルクトが枯れ草を踏み倒しながら先導し、私は彼の背中に隠れるようにして進むと小屋の入り口に辿り着いた。
 
 





「すみません。誰かいらっしゃいませんかー?」
 

私は扉をコンコンとノックをして、大きな声で呼びかけた。

本当ならルクトにこの役をやってもらうのが良いのだろうが、なにせルクトの目付きの悪さのせいで扉を開けた途端「ひぃっ!」という悲鳴と共に扉が閉められる、という悲しいことになるのは目に見えているし、相手は子供らしいからこれは私の役目だ。


治療のために訪問したのに、強盗と誤解されると説明するのが面倒そうだもんね。

 



 
「すみませーん!『白い渡り鳥』のシェニカと言います。誰かいらっしゃいませんかー?」
 

返事がないのでもう一度問いかけてみると、ルクトがピクリと小さく顔を動かしてドアを凝視している。
私には分からなかったが、きっと彼は何か動く気配を感じたのだろう。
 






「『白い渡り鳥』…?本当に?」


 
「本当です。この額飾りを確認してください」
 

扉の奥から子どものような少し高めの声が聞こえたが、どうやらすぐには扉を開ける様子はない。子供でもきちんと警戒しているのだろう。偉い、偉い。
 




「本当だ。『白い渡り鳥』だね。でもその後ろにいるのは…」
 

扉が少しだけ開き、私の目線と同じくらいの場所に金色の片目が確認出来た。
 

 



「護衛のルクトです。治療が必要であればお力に」

 

「お前は下がってろ」
 

急にルクトは私を後ろに引っ張って、彼の背中に押しやられた。ルクトは腰の剣に手をかけていて、臨戦態勢になっている。




 

「ちょ、ちょっと待って。どういうこと…」
 

私がルクトの後ろで困惑していると、ギィと扉が開く音がした。




その音を聞いて中の子供を確認しようと彼の脇から顔を覗かせると、銀髪の少年がウンザリした表情で両手を挙げて降参のポーズをしていた。


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