天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

1.峠で出会った旅商人

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ギルキアとアビテードを隔てる関所を目指し、足場の悪い山を越えたり、強風が吹き抜ける草原地帯を通ったりと、かなり長い道のりを歩いているが地図を確認してもまだ先は長い。


馬を借りて移動すればもっと早く到着出来るけど、ルクトとのんびり歩いて野宿をしながら旅をするのは楽しいし、どんなに長い道のりでも毎日一歩一歩歩いていけば、目的地に確実に近付いていると実感出来るから相変わらず徒歩で移動している。



険しい山道が続く峠道を汗を流しながら登っていると、隣を歩いていたルクトが歩みを止めて遠くを見た。
 


「上の方で立ち止まって動かない奴らがいるな」
 

 
「休憩中とか?」


彼と同じ方向を向いても、私には道が緑の木々の間を縫うようにして続いているしか見えないが、言われてみれば木の緑の中に白い色が小さく見えるような気がする。



 
 
「さっきからずっと動いてないから休憩ってわけでもなさそうだ。荷馬車を1台ひいているし、旅装束を着てるから旅商人だな」
 
 
本当に彼は目が良い。私には人が居るのも見えないが、ルクトがそう言うならそうなのだろう。







木の根があちこち露出した峠の街道を息を上がらせながら登って行くと、立往生した様子の旅商人が見えてきた。
 
 


「なんか様子が変だな」


「そうだね。何か戦闘があったのかな。焦げ臭い」




段々と距離を縮めれば、白い布で覆われた荷台を茶色の馬が引いているが、その馬に何かあったのか2人の商人が馬の側で何かしているし、周辺は火の手はないのになぜか少し焦げ臭い匂いが漂っている。


人の姿はないけど剣が落ちていたりするから、この旅の商人が盗賊に襲われたのだろうか。




 
「どうかしたんですか?」
 

なにやら必死に馬に話しかけている旅商人の2人組は、灰色の旅装束に身を包んだ男性と女性だった。

フードを被ったままの私が近付いて声をかけると、茶色っぽい金髪の女性が困った顔をして振り返り、オレンジ色の髪の男性が腰に差した剣に手を置いて振り返った。






「あ…。私、『白い渡り鳥』なんです。必要であれば治療しますよ」


男性の仕草で警戒されていると気付き、私は安心させようと慌ててフードを外した。




「本当ですかっ!?助かりますっ!」
 
 
私の言葉を聞いた女性は、胸に手をあてて本当に嬉しそうな声を出し、男性は剣から手を放した。








「もう大丈夫だから安心してね~」



馬は風の魔法の直撃を受けたのか、足やお腹に抉られたような深い傷口から血を流している。治療魔法を施してあげると、嬉しそうに長い尻尾を勢いよく左右に振った。






「さっき盗賊に襲われて…。賊は撃退したんですけど、馬が怪我して動かなくなっちゃって困っていたんです。荷台の中身を確認してくるわね」


女性の手にはグシャグシャになった白い包帯が握られているから、どうやら怪我して動けない馬に包帯を巻こうとしていたようだが、馬が嫌がって上手くいかなかったらしい。
 




「こんな所で『白い渡り鳥』様に出会えるとは。治療して頂きありがとうございました。あの、お代はいくらでしょうか」
 

治療が終わったのを見た女性は荷台に急いで入って行き、その場に残された男性が馬の頭を撫でながらお礼の言葉を言ってペコリと頭を下げた。
 





「これくらいお安い御用ですからお代は結構です。困ったときはお互い様ですからお気になさらず」




「ですが…」


「荷馬車の中の薬草は無事よ。貴方の黒魔法で燃えなくて良かった」
 

女性が元気そうな声を上げ、荷台から馬の方に居る私と男性の所へと小走りで駆け寄ってきた。





そういえば、ルクトはどこにいるのだろうと彼の姿を探してみると、いつもなら私の近くにいるはずなのに、何故か馬を挟んで反対側の木にもたれ掛かっている。

彼の視線は私の方ではなく森の奥の方を見ているから、盗賊が来ないか警戒しているのだろうか。





「馬は怪我しちゃったけど、ちゃんと気を付けたから当然だよ。やっと仕入れたバルバやアトルーの薬草がなくなったら君はまた怒って暴れるだろ?」
 
 

「バルバ!?アトルー?!その薬草があるんですかっ!?」
 

男性の言葉を聞いた私は、思わず大きな声を上げて男性と女性の顔を交互に見た。




バルバ、アトルーというのは、解毒の上級魔法に匹敵するほど毒にとても効果のある薬草なのだが、特殊な環境じゃないと育たないらしく、安定的な栽培が難しくて市場に出回らないのでとても高価だ。


旅先で立ち寄った市場や商店で探したりしている薬草の1種なのだが、滅多に見ることができない逸品だ。
そんな薬草の名前をまさかこんな場所で耳にするとは思っていなかったので、私はとっても興奮した。


 


「ええ。僕達は薬草専門の旅商人なんです。ご興味がありますか?見て行きますか?」



 「良いんですか?お願いします!」
 
 
私の興奮具合が面白かったのか、旅商人の2人は顔を見合わせてププッと笑った。






「流石白魔法専門の『白い渡り鳥』様ですね。薬草にこんなに興味を持って下さるなんて、私達も嬉しいです。こちらにどうぞ」


女性は私を荷馬車の入り口へと連れて行き、ドアを開けて中へと案内してくれた。
 



 
「うわぁ!これって薬草ですか?あの、買うことは出来ますか?」
 


「もちろんです。先生が欲しい薬草があればおっしゃって下さい。治療のお礼に少し割引しますよ」
 
 
荷馬車の中に入らせてもらうと、白い布の天井から私の腰の位置まで沢山の籠が吊るされている。

一つ一つ籠を見ていけば、バルバ、アトルーに限らず、図鑑で見たことはあるが滅多に流通しない薬草がたくさんあった。
 
 
 
 
「凄いですね。よく見る薬草から滅多に見ない薬草まで…。よくこんなに仕入れが出来ますね。あ、これオニオラですか!絶滅危惧種ですよ?あ、これもお願いします」
 
 


「私達ドルトネア出身なんですけど、祖国で珍しい薬草が自生している場所を見つけたんです。
どうして過酷な環境で自生しているかは分からないんですけど、これは商売になると思って観光がてら旅商人になったんです」
 

私が籠を指差していけば、女性はメモ用紙に薬草の名前を書き記していく。
最初は真っ白だったメモ用紙が、籠を見ていく度にどんどん文字で埋め尽くされていく。
 
 


「なるほど。良いですね。ドルトネアでこんなに貴重な薬草が自生するなんて初耳です。あ、これと、それと…。あれも買って良いですか?」
 



「ええ。もちろんですよ」
 

女性は嬉しそうにニッコリと笑って私を見た。






ーーあれ?なんかこの笑った顔、どっかで見たことがあるような…?


その時、彼女の笑顔に何か既視感を感じたのに、一体何と重なったのかピンとこない。





「全部でおいくらですか?」
 
 
「梱包して計算するので、荷馬車の外でお待ちください」


頭の何処かにひっかかりを覚えながらも、荷台を一回りしたので薬草の会計をしようと申し出た。





 
 

「ねぇ、聞いて!滅多にない薬草がいっぱいあったの!」


「へぇ。そりゃあ良かったな」


荷台から出てルクトに駆け寄ると、彼に私が興奮冷めやらぬままに薬草の話をしているが、薬草に興味もないルクトは「へー」「ふーん」という、話を聞き流しているのがまるわかりの返事しか返さない。


まぁ、彼に薬草の話をしたところで話を深くするような返事が返ってくるとは思わなかったけどさ。





そんな彼に話していると次第に気持ちが落ち着いてきたので、彼に思い出した質問を投げかけてみた。



「そう言えばルクトが私と離れた場所にいるのって珍しいよね。盗賊がまた襲ってきそうなの?」



「……そんなところだ」








「先生、お待たせしました!お代は金貨…」


荷台から革袋を片手に降りてきた女性が私の隣にいるルクトと目が合った瞬間、女性は目を見開いて驚いた。
 
 


「あんたルクト?ルクトよね!!?」
 

女性は驚きすぎているのか、足を一歩踏み出して時間が止まったかのような体勢で動かないままルクトの名前を呼んだ。





「ルクト、知り合い?」
 
 
私が隣にいるルクトに声をかけても、彼はプイッとそっぽを向いて答えようとしない。

もしかしてこの女性はルクトの元恋人だったりするのだろうか。



そう思うと、何だか一気に胸の中にモヤモヤ雲が発生して、泣きそうな悲しい気持ちになってしまった。



 
 
「あんたなんで『白い渡り鳥』様と一緒にいるわけ?あの、弟がご迷惑をおかけしていませんか?こいつ、口も態度も悪いから、失礼なことをしてないでしょうか」
 


女性の言葉に、私の胸の中に出来たモヤモヤ雲は一気に消滅し、今度は私の時間が止まったかのような衝撃を受けた。






「え?お、弟?弟ってことは…ルクトのお姉さんっ!?ねぇっ!本当なの?!」
 
 
私はルクトを見上げてそう聞いたのに、彼はそっぽを向いたまま無言という肯定の返事を返した。
 
 



 







 
「良い機会だし、自己紹介が終わったら街道の分岐点まで一緒に行きましょ」
 
 

お姉さんが笑顔でそう言った時、感じた既視感の正体にやっと気付いた。


笑顔がルクトの笑った時の目に似てるのだ。


ルクトほどはないけど、少し鋭い印象を与える切れ長の目が、笑った時に不思議と子供っぽいあどけなさを感じさせるところがそっくりだ。





「もちろんです!せっかくだし一緒に行きましょう。ルクトも構わないよね?」
 

「勝手にしろ」

 
ルクトはぶっきらぼうにそう言うと、お姉さんは深い溜息をついた。



 
「もう久しぶりなのに、あいかわらずツンツンしちゃってさ~。ま、いいわ。
私はファミシール、この人は夫のストラードです。ルクト。いくら古い知り合いとは言え、義兄になったんだから敬意を払いなさい」
 

お姉さんと男性はにっこりと笑って挨拶してくれた。




「はじめまして『白い渡り鳥』様。久しぶりだなぁ。ルクト」
 
旅商人の男性はルクトに微笑み、私にもペコリと頭を下げた。
 
 

 
「お前、本当にこいつと結婚したのかよ。こんな大雑把でいい加減な奴のどこが良いんだか。
こっちは『白い渡り鳥』のシェニカ。今、こいつの護衛の仕事してる」
 



「はじめまして、シェニカ・ヒジェイトです」

 
ルクトが雑に私を紹介した後に一応自己紹介すると、ファミシールさんとストラードさんは丁寧に腰を折ってお辞儀をした。


 

 
「初めましてシェニカ様。弟がいつも迷惑をかけています」
 
 

「いえ、迷惑かけているのは私の方なんです。敬語はやめて私にも普通に喋って下さい。あの、それでおいくらになりました?」
 


「全部で金貨20枚です」


 
「はぁ?!それっぽっちで金貨20枚!?ボッタクリかよ!」
 
 
ルクトはファミシールさんの持っていた革袋を指差した。

革袋はパンパンどころか、まだ結構余裕があるのが見ても分かるから、ルクトはこの量で金貨20枚という値段に驚いたのだろう。




「違うよ。貴重な薬草だから高値なんだよ!これでも良心的な価格なんだから」
 

ファミシールさんの持つ革袋の中には、市場で滅多に見ることのない貴重な薬草が小袋に分けて入れられているはずだ。

同じ種類を同じ量買おうと思ったら、まず揃えるだけで1年以上かかるだろうし、金貨30枚以上は必要になる。



 
「それでも、これにそんな価値があるとは思えねぇ」
 
 
「私がビンテージのお酒の価値が分からないのと同じ事だよ」
 

ルクトにはただの葉っぱや木の実、根っこにしか見えないだろうが、私には大興奮出来る代物だ。
彼が大好きなお酒は私には興味のない代物で、彼がどんなにビンテージ物のお酒を説明しても私にはさっぱり価値が分からない。それと一緒である。





 

「あははは!私達の扱う薬草が、あんたみたいなガサツな奴に分かるわけないわ」
 
 
馬は元気になったしお買い物は終わったということで、私達とお姉さん達は街道を進むことになった。
話を聞いてみると、お姉さん達はギルキアの東にある商人街に向かっている途中だそうだ。






街道を4人で歩き始めると、馬のパカパカと鳴る足音が静かに聞こえる。


お姉さん達は私達の前を親しげな様子で歩いているのに、私の隣を歩くルクトはプンと遠くを見ているし、不機嫌そうな空気をガンガン出している。





「ねぇ、ルクト。ちょっと良い?後ろに来なさい」


「あ?なんだよ」


ファミシールさんはルクトと話したいらしく、彼の腕を引っ張って荷台の後ろに移動した。






「シェニカ様はルクトと一緒に旅をしてどれくらいなんですか?」


私は隣に移動してきたストラードさんと話し始めた。






「えっと、どれくらい経ったかなぁ。あと数ヶ月で1年くらいでしょうか。あ、敬称も敬語もなしで大丈夫ですよ」



「いえいえ、そう言うわけにはいきません。どうにも軍の習慣が染み付いてしまっていて、身分の高い方には敬語も敬称も外せないんです」



「軍に所属していたんですか?」


おっとりとした雰囲気が漂っているから、軍に所属していたと聞いて驚いた。思わずストラードさんの顔を見ると、三日月の形に目を細めて笑っていた。





「えぇ。ドルトネアのライゼデリア将軍の元で副官を務めていました」



「そうなんですか!?あ、でも副官という役職まで行くと簡単には出国出来ないとか…」



「普通はそうですね。ですがドルトネアの軍の仕組みは他国と少し変わっていて、副官が退役してもこうして外に出ているんです」



「変わってる?」



「4強の将軍の数はどこも同じですが、サザベルとウィニストラの副官の数が5人に対し、ドルトネアとジナの副官は8人いるんです。人数が多いと副官同士の競争も激しく、副官から将軍になれる者は本当に実力のある者だけなんです。
副官になっても実績を上げなければすぐに降格させられるので、私のように退役する副官は少なからずいます。
副官になっても入れ替えが激しいので、機密情報を扱うのは将軍の『腹心』と言われる副官の中でも一番強い者だけなんです。ですからただの副官に過ぎなかった私は出国を許され、こうして旅商人になることが出来ているんですよ」





「でもストラードさんはまだ若いのに退役なんて…。降格になってもまた頑張れば昇進しそうなのに」


色んな国に行ったけど、将軍になっている若い人で20代後半に見えたし、副官でも白髪交じりの壮年の人だっていた。

見た感じだとストラードさんは20代後半くらいに見えるから、副官を降格させられても実力はあるだろうし、機会を与えられれば挽回の余地はあるはずなのに。





「もちろん退役せずに頑張る者がほとんどです。私の場合は、ファミとこうしてのんびり旅をしたかったので退役しました」





「そう…なんですか。国ごとで軍の仕組みも違うんですね」



「えぇ。でも私はこうして自由の身になれたことは嬉しく思ってます。軍にいる時には考えられませんでしたが、こうして伴侶と旅して回れるのは何とも幸せなことです」



「そうですね。好きな人や伴侶と穏やかに過ごせるというのは幸せなことですね」
 
 

「シェニカ様はルクトと一緒にいて幸せですか?」


ストラードさんの問いかけに、私はドキリと胸が鳴った。







ーーーーーーーーー




前方を歩くシェニカとその隣にいるストラードを見ながら、会いたくもなかった姉に再会しウンザリしていた。

俺の隣を歩く姉は、俺を呆れたような目で見ながらわざとらしく大きく溜息をついた。


 


「まったく、あんたは成人したらすぐどっか行っちゃって。みんな心配したのよ?」
 
 

「俺がどうしようが自由だろ」
 
 

「私も軍を退役してこうして旅商人になったわけだから、人のこと言えないけど。たまには故郷に帰って、アイツらに顔見せなさいよ」
 



「俺は会いたくもない」
 

こいつに会ってしまったのも嫌なのに、なぜあいつらに顔を合わせないといけないのか。

あいつらに会っても何も話すことはない。






「まぁ、傭兵になったあんたがアイツらに会いたくないのも分かるけどさ。あんたが死んだって情報が流れた時は、流石に心配したんだよ?」
 



「別に心配しないだろ。せいぜい『ほれ見たことか』『いいざまだ』と思うくらいだろ」
 
 

「そんなことあるわけないじゃない。兄姉きょうだいとしては、弟が心配なのよ?」
 

 
「うるさい。ほっとけよ」
 

 
「まったく。良い年していつまで経っても子供なんだから。そんで?シェニカ様とはどういう関係よ」
 
 

「お前に関係ないだろ」



「あっそ。なら私がドルトネアにいる、あんたよりも強くてカッコイイ元同僚をシェニカ様に紹介しちゃおうかな~」

 

「はぁ?ふざけんなよ」



「ドルトネアは今でも男の人口が多いから、相変わらず嫁不足なのよ。シェニカ様は可愛いからすぐに相手が見つかるわ」



シェニカに軍人上がりの男を紹介するなんて、神殿のやりそうなことだ。
こいつもそういう奴らと繋がっていて、シェニカを連れてくるように言われているのかと警戒した。






「お前、神殿や軍部になんか言われてんのかよ」



「軍部と神殿に?何も言われてないけど?」


表情から判断すれば、こいつの言っていることに嘘はないようだ。

ドルトネアにシェニカを連れていけば、あいつらと顔を合わせることになる可能性が高い。そうなれば、シェニカに取り入って利用しようとすることなんて分かりきったことだ。わざわざそんな場所に行く必要もない。







「じゃあなんでそんなこと言うんだよ」



「なんでって…。あんたがシェニカ様とどういう関係か言わないからからかってるだけよ。そんなにムキになるってことは付き合ってるわけ?」



「……そうだよ」



「あんたみたいな奴と付き合うなんて、シェニカ様は心が広いわね。もったいないわ。捨てられないようにしなさいよ?」



「うるせぇよ」





ーーーーーーーー
 
 

空に夜の色が滲み出した頃、私達は街道沿いにある小川の側で野宿をすることになった。

焚き火を囲み、お互いが持っていた干し肉や携帯食糧を食べながらこれまでの旅の話をすれば、とても盛り上がった。



話を聞いたところ、お姉さん達は新婚ホヤホヤだそうだ。




「盗賊が襲ってきた時、ストラードったら1人で片付けちゃうから、私の出番がなかったじゃない」



「ファミ。君は目の前の相手に手加減なしで黒魔法を放つから被害が大きくなるんだよ。そこを自覚してくれよ」



「なによ。私だってたまには思いっきり攻撃魔法をぶちかましたいわ!私が魔法を放つ前にみんなが逃げれば問題ないわ」



「そんなんだから、君が役職もないのに『正気の狂戦士バーサーカー』とかあだ名がついてしまったんだよ」


気さくでよく喋るファミシールさんと、静かに話を聞きつつも時折ツッコミをいれるストラードさんとの会話はとても面白い。


ルクトは始終ブッス~とした顔で面倒くさそうにしていたけど、私はとっても楽しかった。





魔力の光を頼りに小川で使い終わったコップを洗いながら、先程までのやり取りを思い出した。


ファミシールさんとストラードさんの夫婦はとても仲がいい。ストラードさんがファミシールさんの肩を抱いて笑い合う姿なんて、とても幸せそうだった。
私もルクトにそんな風にしてもらえたら、本当に嬉しいのにな。




ルクトは手を繋いだり、肩を抱いて笑い合ったりなんてしてくれないのだろうか。

彼に好きだと言って欲しい気持ちはずっと燻っているのに、私から彼に言わせる手立ては思い浮かばない。


このままずっとモヤモヤした気持ちでいるのだろうか。好きだと言ってもらえないだけで、何だか近くにいるルクトが遠くに感じてしまうのはなぜだろう。





「シェニカ様、どうしたの?」


コップを洗い終えてもモヤモヤした気持ちが収まらなくて、小川の縁に座って足を冷たい水の中に浸していると、私の後ろからファミシールさんの声がかかった。



 
 
「あ…。えっと…」



「何だか気持ちよさそうね。私もやっちゃお!」


私の言葉に何か感じたのか、ファミシールさんは私の隣に座って、ブーツを脱いで同じように水面に足を浸した。







「気安く近寄んじゃねぇよ」
 

いつの間にかルクトが側にいたのか、後ろの木に凭れたルクトが不満そうな声を出した。





 
「ちょっと女同士の会話するんだから、あんたはあっちに行ってなさい」
 

 
「護衛が離れてどうすんだよ」
 
 

「何かあったら、私がなんとかするからっ!」
 
 

「駄目だ。お前『正気の狂戦士』だろうが」
 
 

「じゃあ、結界の中でお喋りするから」
 
 
私がそう言うと、ルクトは眉を顰めて不機嫌そうな顔をした。






「俺に聞かれちゃマズイ内容なのかよ」
 
 

「知らないの?女の子の会話は全て秘密なのよ」
 
 

「なにが女の子だ。お前はもうババアだ」
 
 
ルクトがそう言った瞬間、ファミシールさんの周囲に物凄い暗雲が立ち込めた気がした。

その暗い雲の中には、激しい稲妻が迸り、嵐の強風や激しい豪雨が渦巻いている……のが錯覚なのか見えた。





 「ルクト。もう一度言ってみなさい。お前の恥ずかしい過去を全部シェニカ様にバラしてやるわよ」


ファミシールさんが物凄く怖いオーラを纏ってそう言うと、ルクトは一気に顔色を失くした。
彼を一発で黙らせるその恥ずかしい過去、是非一度聞いてみたい。





「シェニカ様、もしかしてルクトのことで悩みでもあるの?」
 

私は結界を張ると、さっきの暗雲なんてなかったかのような普通のファミシールさんが、足を揺らしてチャプチャプと水遊びし始めた。



 
「あの、お姉さんに言うのもあれなんですけど…。私は好きって言葉が欲しいんです。でも、なかなか言って貰えなくて。あ、シェニカって呼んで下さい」
 

正直言って、お姉さんに恋愛相談するのはとても気恥ずかしいけど、誰かにこの胸のモヤモヤの話を聞いてほしくて堪らない。


旅してばかりの私には相談出来るような相手なんていないから、ファミシールさんが作ってくれたこの機会に甘えさせてもらうことにした。






「なるほど。言葉をくれないの…。あ、私のことはファミと呼んで!」
 


「私はもっとこう…。手を繋いだり、腕を組んだり、恋人らしいことをしたいんです。」
 


「分かるっ!すごく分かるっ!もっとこうドキドキした感じが欲しかったんでしょう?」
 

ガシッと私の手を握りしめたファミさんの目は、キラキラと輝いている…ように見えた。




 
「は、はい!」


私が肯定の返事を返すとファミさんはそっと手を放し、結界の外でブスくれた表情でこちらを睨んでいるルクトをチラリと見た。




 
「ルクトに限らないけど、釣った魚に餌をやらない人っているのよ。
そう言う奴は、1度全部手に入れちゃうとそれで満足しちゃうから、こっちの気持ちなんて考えてくれないのよねぇ」
 

 


「そうなんですか。私、こういうことは経験がなくて…」
 

ファミさんみたいに私も水面近くで足を少しバタバタと動かすと、冷たい川の水が足の指の間を通って何だかとても気持ちよく感じた。





「そういう男は痛い目見ないと分からないのよ。
2人を見れば、あいつが主導権を握ってる感じね。その主導権を今度はシェニカちゃんが握るのよ」
 


「私が主導権を握るって…。どういう風にすれば?」
 



「あいつはさ、護衛だし、近寄ってくる虫を叩き落としてるから、シェニカちゃんを1日中独占して安心しきってるのよ。
そんなシェニカちゃんが主導権を握るとすれば…。あいつと距離を置くのが良いわね」
 



「私がどこかに行くとなっても、彼は護衛だから離れるのは難しいような」



 
「物理的な距離も良いけど、精神的な距離も良いかもよ。例えば『1人になりたい』とか、あいつが気になりそうな理由をつけて宿の部屋を別にするとか、浮気しちゃうとか」
 


「えっ!浮気!?」
 


「自分で言っといてなんだけど、浮気は良いわねぇ。シェニカちゃんが誰か別の男のことを考えてると気付いたあいつは、物凄く焦るだろうなぁ。
でも、生半可な相手だとあいつが潰しに行くから、あいつでも簡単には勝てない相手が良いわね。
本当に浮気する必要はないの。ただ心の何処かで架空の『誰か』を想像して、その人に恋しちゃえば良いのよ。
そうなった時のあいつの焦る顔は見物だろうなぁ。あ~、面白そうっ!」
 

ファミさんは興奮したのか、足を激しくばたつかせて水飛沫を派手に飛ばした。





「ファ、ファミさん。他人事だと思って、そんな楽しそうに…。
架空の人でも、そんなことしたらルクトに怒られて、呆れられて、フラれるかもしれないのに」
 



「だってプライドだけは将軍クラスのルクトが、焦った顔してるなんて考えたら楽しくて!
あいつ、シェニカちゃんにベタ惚れだから、シェニカちゃんがフラれることも、怒られることもないと思うわ」
 
 


「そ、そうなのかな」
 

 ルクトが私にベタ惚れなんて感じないけど…そうなのだろうか。どちらかと言えば、私の方が彼にいろんなことを頼っていてベッタリしているような気がするんだけど。



 
 
「ねぇ、シェニカちゃん。姉として言わせて。
ルクトは頑固で見栄っ張りで、我儘でどうしようもない奴だけど。あんな奴でも良いところはあると思うの。出来れば、シェニカちゃんがあいつを嫌いになるまで側に置いといてあげて」
 



「お、置いとくなんて!私の方が、ルクトから離れたくない感じなんで…」
 


「ふふふっ!良いわねぇ~。ルクトは、シェニカちゃんにこうして想われてるって、自信と実感があるから餌をやらないんでしょうね」
 
 
私はファミさんとの会話で、心の中が少し落ち着くことが出来た。
 







 
ルクトに『好き』って言って欲しい。
 
恋人らしく手を繋いだり、ほっぺにチューとか、デートとかしたい。 
 


ルクトからしてみれば子供っぽいことなのかもしれないけど、私には憧れのふれあいなのだ。

いつか彼が私のこの子供っぽいけど譲れない願いを叶えてくれたら、もっと私はルクトを好きになれると思う。




「聞こえてないから言い放題ね。バーカバーカ。ルクトのバーカ!お前の伸びに伸びたその高い鼻がいつか、ボッキリ折れて土に帰るが良い!ベーだっ!」


結界を解く寸前、ずっと不機嫌そうにこちらの様子を伺っているルクトを見たファミさんは、ルクトにアッカンベーの仕草をすると彼の不機嫌さが増して額に青筋が立った。



どうやら姉弟の関係は良好らしいと感じて、私はクスッと笑った。



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