天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第19章 再会の時

8.5 板挟みはつらいよ

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■■■前書き■■■
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ローズ様との再会4日目。第19章8話でシェニカとローズ様が『聖なる一滴』を作っている時の、シャオム視点のお話です。

■■■■■■■■■

昨日までは室内に控えるよう命じられたが、今日は部屋には入らず廊下で控えよと命じられた。シェニカ様と完全な二人っきりで話したいからだと思うが、一体何を話すのだろうか。それに花瓶やら小瓶を準備するよう命じられたが、テラスで何をしているのだろうか。
ローズ様とシェニカ様が何を話しているのか気になる。できれば同じ空間で控えて聞き耳を立てたいものだが、今日は口の動きすら読めない廊下に控えろと言われるなんて。余計に気になって仕方がない。


ーーあの男はいったい何の本を読んでいるんだろう。

この場には自分とローズ様の側仕えの巫女のメルスだけでなく、シェニカ様の護衛もいる。ドア横に置いた椅子に座って、表紙の青いベルベッドが特徴の本を熱心に読んでいる。読書なんてしそうにないように見えるが、意外と勉強熱心らしいと関心していると、隣に座るメルスが険しい顔をして手を凝視したり、手についた何かを振り払うような動きを始めた。


「どうしたんだ?」

「ルニットから預かった革袋の中に、蜘蛛と蠍が生きたまま大量に入っててさ。短時間だったけど、モゾモゾ動く振動が手に残ってる感じがするの。それと、『君たちのことは忘れないよ』って、ルニットが半泣きで別れを惜しんでたのを思い出してさ…」

「そりゃあ災難だったな」

ルニットというのは、ダーファスにいる神官の中でも異彩を放つ、町長の8男坊だ。ローズ様の口利きで最近働き始めたばかりだからよく知らないが、剣も振り上げられないような細い身体つきで、性格は真面目で無表情の無口。珍しく喋ったと思ったら声がやたらと小さいため、口の動きが読めない人は何度も聞き直す羽目になる。
ダーファスに実家がある彼にも、みんなと同じように寮の2人部屋を与えられたのだが。寮での生活が始まった最初の夜、相部屋になった神官は半狂乱で自分の部屋に駆け込んできた。取り乱した同僚に水を飲ませ、背中を擦って落ち着くのを待つと。彼は切羽詰まった様子で理由を教えてくれた。

「そろそろ寝ようかと思っていたら、急にルニットが『葉っぱを入れ替えたから、今夜はすやすやでちゅね~』『もうすぐ生まれそうだなぁ。お父ちゃま、早くお顔が見たくてウズウズしちゃってまちゅよ~』とか、赤ちゃん言葉で話し始めたんだよ。
どうしたのかと思って声をかけたらさ。あいつ、手に持っていた虫かごを指差しながら、めちゃくちゃ嬉しそうに虫の説明を始めたんだよ。声量は普通になっているし、あまりに饒舌だから日中の無口無表情とのギャップに驚くし、虫の話がすっげえマニアックで何を言ってるのか全く理解出来なかった。
それだけなら良かったんだけど、『同じ部屋の仲間にごあいさつしまちゅよ~』って言いながらカゴから虫を出したんだよ!俺は虫ダメなんだよって言っても、『よく見て下さい。すごく可愛いんです。もしよかったら、そっと撫でてあげて下さい』って、眉間に皺を寄せて睨んでいる顔みたいな柄の、きっっっもちわるい蛾みたいな虫を近付けてきて…。あぁ、思い出しただけで鳥肌が…!!
あいつと同じ部屋なんて嫌だ!ここに避難させてくれ!頼むっ!!」

と、泣きつかれた。
とりあえず空いているベッドを提供したものの、大量の虫に追いかけられる悪夢を見た上に、目が覚めてからは眠れなかったらしく、自分が起きた時には部屋の隅で縮こまった状態で衰弱していた。結局その神官は別の部屋に変更されたのだが、話を聞いた虫嫌いの巫女や神官達はルニットから距離を取り、オベール様に部屋割りの変更を要求した。


そんなルニットが担当しているのは、解毒薬に使用する虫を管理するという不人気ナンバーワンの仕事だが、虫好きの彼には天職のようで、朝から晩まで虫取りをしている。
神官や巫女の中には虫嫌いが多いから誰も関わろうとしないが、羊や馬、牛といった家畜にくっついている虫を取りに行った時には、すれ違う色んな人達から『神殿で働き始めたのか。良かったなぁ~』と声をかけられるし、いつの間にか町の子供達も一緒に虫取りをしている。無口で無表情で、神殿で浮いた存在であっても、生まれ育った町では溶け込んでいるようだった。


今回ローズ様が町を出発される時、町長も見送りに来たのだが。

「研究への熱意はあるのに、文才がなくて学者になれないし、虫以外のことは口下手で。黒魔法にある程度の適性はあっても、武芸は下手なので傭兵にも軍人にも向かなくて。このままずっと無職で自立出来ないと諦めかけていましたが、ローズ様のお役に立てる日がくるなんて!
近所の子供くらいしか相手にされなかった息子が、こんなに生き生きとしている姿を見れて本当に幸せです。ローズ様、ありがとうございます」

と目に涙を浮かべて感謝していた。

虫の管理が仕事の彼は、当然神殿で留守番するのだと誰もが思っていたら。ローズ様は『後継者がいないと嘆いていた昆虫学者の爺さんに、ルニットを会わせる。道中は心ゆくまで虫取りをして良い』とおっしゃった。
ルニットを学者に会わせるために連れて行くのは良いが、立ち寄る先で1日中虫取りをする神官というのは怪しすぎる。無用な騒動が起きるのを避けるため、今回『研究のため虫取り中』という特製タスキを身に着け、周囲への説明役として神官と巫女が1人ずつ遠目から見守っているが…。どの街に行っても、気付いたら子供と一緒に虫取りをしているから不思議だ。


みんなが嫌がる仕事を喜んでやってくれるのは大変ありがたいが、虫かごを持ち込むのは実家だけにして欲しい。自分も虫は苦手だから、『虫が脱走したら神殿がとんでもないことになるから持ち込むな』と、ローズ様から注意して貰えるよう、それとな~く訴えたのだが、『適切に管理するように』とルニットに言うだけで禁止にして貰えなかった。ならば巫女や神官を指導するオベール様に頼るしかないと訴えたのだが、ルニットがローズ様の口利きで入ったということで、『ほどほどにね』と言うだけのゆる~い指導になった。
部屋に見慣れぬ虫が出たら、恥も外聞も捨てて実家に帰ろう。ローズ様には怒られるかもしれないが、虫嫌いの母なら「神殿が虫に侵略されたなら仕方ない」と言って、神殿を辞することにきっと理解を示してくれるはずだ。



「そういえば。首都から戻った後、ダスカス神官長の使者が頻繁に来て色々と届けていたじゃない?ローズ様はお許しになる気になったのかしら」

「あれは許しを乞うというか、反抗の意思はないと示すというか、味方ですよアピールというか…。
ローズ様が何か要求したわけじゃないけど、ダスカス神官長が色々と気を利かせて提供しているみたいだ。でも、どんなに頑張ってもローズ様は許しそうにないと思う」


ダーファスを出発するまでの間、首都の神殿で2番目に地位の高い巫女頭や、3番目の神官長補佐がダスカス神官長の使者として頻繁にやって来た。使者はローズ様への面会を願ったが、それが叶うことはなく、毎回持参した木箱を置き土産にして、肩を落として帰っている。その悲壮感漂う背中を見て、思わず声をかけてみると。

「面会が叶わないからと叱責されることはないのですが、与えられた職務を全うできないのは非常に申し訳ない状況でして。
というのも、実はダスカス様とローズ様の関係悪化について、国王陛下が非常に気を揉んでいらっしゃるのです。セゼルの首都の神官長は、ローズ様と国王陛下を繋ぐという重要な役割も担っておりますので、この状況が続くと新しい神官長の人選に入るという話も出ております。
早急に関係改善を求める国王陛下とローズ様との板挟みとなったダスカス様は、精神的に追い詰められ、目を逸らしたくなるほど憔悴しきっている状態なのです。なんとか面会が叶うと良いのですが…」

と、心底困った様子で呟いていた。
実のところ、使者が持ってくる木箱には、ダスカス神官長からの手紙と本のように束ねられた書類が入っていて、手紙は目を通してすぐに捨てられているが、書類はローズ様にとって有益のようで熱心に読んでいらっしゃる。自分の立場ではそれを正直に伝えることは出来ないが、今度使者が来た時は『お前はよくやっているよ』と励まそうと思う。


首都の神殿を去る時に見た、崩れ落ちて絶望するダスカス神官長。
『再生の砂』を貰うために、プライドを捨ててローズ様に土下座する神官長達。
他国からはるばるやってきたのに、門前払いを食らって肩を落として帰国する神官長達。
空気で人を殺せるほど殺気立った恐ろしいローズ様。

思い出しただけで、胃に締め付けられるような痛みを感じる。


「はぁ…」
「シャオムってばまた溜息吐いてる」

「側仕えがこんなに過酷だとは思わなかった。配置転換して欲しい」
「それはだめよ。シャオムがいるとニフェール様も喜ぶし、ローズ様に進言したり、不機嫌でいらっしゃる時に話しかけられるのは貴方だけなんだから。いまが適材適所よ」

「みんなやりたくないだけじゃないか…」
「そ、そんなことないわ! ほら、シェニカ様とお会いするって決まってから、ローズ様はすごくご機嫌でいらっしゃるでしょ? 今後は良い方向に行くって!
私達も今まで以上にシャオムをサポートするからさ。なるようになるって!ね?」

「盾にするって言ってるように聞こえるけど」
「やだなぁ。そんなことないわよ」

ローズ様は神官長たちにお仕置きすると言っていたから、今まで以上のことが起きる可能性が高いと思う。そんな場面が来たら、また自分が盾にされるに違いない。


「はぁ~…」

自分は傍観者という安全な立場であるはずなのに、なぜこんなに生命を削られるような状況にあるのか。
ローズ様に直接「怒ったり不機嫌になられると、みんな怖がって萎縮するので、なんとか堪えて下さい」なんて言えないから、今度じいちゃんが来たら相談してみよう。怒られ慣れているじいちゃんなら、有益な助言を与えてくれるかもしれない。
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