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第8章 旅は道連れ
3.少数民族パケジー
しおりを挟むトリニスタとトラントとの国境にほど近い、穏やかな気候に恵まれた緑の草原地帯が広がる平原。その中にポツンとあるパケジーという小さな町に、シェニカは治療院を開くために立ち寄った。
地図を見ると、この小さな町も領主の貴族が治めているらしい。だが、小さいからかテゼルやゼニールとは違い、町長が治める普通の小さな町と変わらなかった。
町に入ると、丸太で造ったロッジ風の平屋建ての家が間隔を空けながら整然と並んでいて、黒っぽい石畳の道が町の中を通っていた。家と家の間は家1軒分ほどの隙間が空いているが、そこには広い花壇や温室があって淋しい雰囲気は感じられない。
町を見渡してみても、平屋建てのロッジ風の家ばかりで、領主が住んでいるような豪邸や二階建ての宿屋以上に背の高い建物は見当たらない。
領主の家は豪邸だったり、背の高い建物が多いから、今まで立ち寄った街はある程度場所の目星がつけられていたが、この町はパッと見てもどこが領主の家なのか分からない。
俺とレオンでシェニカの両脇を固めて町の大通りを歩いていると、シェニカは店の前で立ち止まった。
「ねぇ見て見て!ここはまな板専門店だって!こんなに分厚いまな板あるんだね。初めて見た」
シェニカが手に取ったのは、辞書くらいの厚さで異様に長いまな板だった。
陳列されていた場所を見れば、「長い葉物に最適!最初から最後まで手を休ませずにぶった切れます」となんとも豪快な説明文が書いてあった。
「まな板は使っていく内に表面に傷がつくから、少しずつ削るんだよ。だから最初は分厚いまな板が売ってあることもあるんだぞ」
「へぇ!レオンよく知ってるね」
「料理は結構出来る方なんだ」
へぇ。レオンが料理をねぇ。料理なんて出来そうにないと思っていたが、料理が出来る方だったなんて意外だ。
「あっちは包丁専門店で…そっちは鍋専門店。なんか調理器具屋が繁盛してるみたいだな」
町の中を歩くと、なぜか包丁やまな板、フライパンなどの調理器具を扱う専門店がたくさんあった。そういう専門店もロッジ風の平屋建ての建物なのだが、民家の2軒分の広さがあって店内には所狭しと商品が並べられていた。それだけ調理器具にニーズがある町、ということなのだろう。
「なんでこんなに調理器具ばかり売られているのかなぁ?」
「料理好きの民族じゃねぇのか?」
ここは多民族国家のトリニスタだ。色々な民族がいるという事は、料理好きな民族ということも十分考えられる。
「それにしても、民家より道具屋の方が立派とは変わった町だなぁ」
二階建ての宿屋は何軒もあるし、どれもすべて民家の4軒分ある大きさだ。
これだけデカイ宿があるという事は客が大勢来る時があるはずだが、営業しているのは一軒の宿屋だけだった。そして不思議なことに、町の中を歩いてもなぜかこの町には傭兵や軍人、観光客がほとんどいなかった。
不思議に思いながら宿屋に入ると、恰幅のいい女将が笑顔で俺達を迎えた。
「シングルを1つ、ツインの部屋を1つお願いします」
「あいよ」
レオンを含めた3人旅が始まってから、俺とレオンの部屋は1つだ。レオンと相部屋になっても苦じゃないが、俺としては早くシェニカと同じ部屋で朝まで過ごす関係になりたくてたまらない。
「今はオフシーズンだから、他にお客さんいないからゆっくりして行ってね~」
女将は部屋の鍵をシェニカに渡すと、忙しそうに食堂の方へと走って行った。
「オフシーズンってなんだろ?後で聞いてみよ。それにしても食堂から良い匂いがしてたね~。もうお腹空いちゃったから、今からお昼ご飯食べてから領主のとこ行こう!」
「「了解~」」
俺とレオンがそう返事をすると、2階の部屋に荷物を置いて1階の食堂に下りた。
食堂は大人数を受け入れられる広さがあるが、テーブルと椅子がいくつか残してある以外は、部屋の端の方にテーブルと椅子が積み上げられていた。
厨房に繋がるカウンターの奥には、なぜか使い込まれた感じのデカイ銅鑼が置いてあった。
「えっとメニューは……。なんか変わった料理名が多いね」
女将から渡されたメニューを見ても、何の料理なのかピンと来ない料理名ばかりが並んでいる。
「この町は初めてかい?ここは調理用ハーブの産地だから全部ハーブを使っているんだよ。オススメは白身魚のククアトソルトがけ定食と、チキンのパルバンソースがけ定食だね」
「じゃ、私はチキンの方でお願いします!2人は?」
「俺はその定食をそれぞれ一人前で」
「俺も同じで」
もはやどんな料理か分からないのなら、女将のオススメする料理を頼めば間違いはないだろう。
「じゃあ、白身魚のククアトソルトが2人前、チキンのパルバンソースが3人前だね。超特急で作るからね~」
女将は注文を確認すると、小走りでカウンターの中に入った。俺達はなんとなくその後ろ姿を目で追った。
ドォォォ~~ン!
女将はカウンターに置いてあった何かを頭に巻きつけると、なぜか銅鑼を打ち鳴らした。
「ククアト2つ!パルバン3つ!」
ドォォォ~~ン!
女将は注文を厨房に向かって叫ぶと、なぜかまた銅鑼を打ち鳴らした。
「まかせとけぇ!オフシーズンで客が少ないからって、俺は料理にゃ手は抜かないぜぇ!!」
「さすが父ちゃんっ!それでこそ、私が見込んだ男だよぉっ!」
厨房から威勢の良い声が聞こえると、女将は腕まくりをしながらそっちに消えていった。何だか分からないやり取りが始まりそうだと、俺達3人は顔を見合わせ、黙って耳を澄ませた。
ドンドンドン!!!タンタンタンッ!
ガシャガシャ!ザクザク!!ダダダダダッッ!
「おらおらおらぁ~!俺の黄金の右手が、残像すら残さない早業で全てをちょちょ切るぜっ!」
「いよっ!父ちゃんの手捌きで材料は全部天国逝きだっ!」
ジュ~~ッッッ!!
「うぉりゃぁぁぁぁ~!!!俺の鍋は今日も火事一歩手前だ!てやんでぇっ!!」
ゴォォォォ~~!!
「父ちゃんっ!今日もそのアツイ炎で私の胸を焼いておくれっ!」
「母ちゃんっ!イイ年して、そんなオトメなこと言うんじゃねぇやぃ!手元が狂っちまうじゃねぇかっ!うぁちゃぁぁぁ!!」
「あんたっ!無事かいっ!!生きてるかいっ!」
ジュージュー!!ガタガタッ!!!カンカンカン!
「もちろん無事だっ!ここは俺の戦場だから、お前は引っ込んでなっ!後ろで俺の背中を見届けな!」
「あんたぁぁぁ!かっこよすぎて夜が待てないやいっ!!!」
……何だこれ。厨房はなんかえらいことになってるぞ。
「なんかすごいね…」
シェニカを目を白黒させながら、小さな声で呟いた。
「厨房は大将の持ち場で戦場らしいな。多分何か燃えてるぞ。焦げくせぇ……」
「激しすぎて何か心配になるレベルだな」
レオンの言う通り何かが焦げている匂いがするが、厨房から聞こえて来る謎のやり取りはずっと続いていて、焦げの心配よりも訳の分からないやり取りが気になってしょうがない。
「おまたせしたね~」
女将はさっきまでしていなかった捩り鉢巻きを額に巻いて、汗だくで料理をワゴンに乗せて運んできた。
……。
目の前に置かれたチキンのパルバンソースがけ定食を見ると、思わずフォークとナイフを持つ手が止まった。
白い皿の上で、真っ赤な色をしたマグマのような粘着質のあるソースから、助けを求めるようにチキンの白い肉が無造作に顔を覗かせている。まるで、マグマに飲み込まれている色白の人間が、必死に「助けて!」と叫びながら手を伸ばしているような、食欲をそそられない仕上がりだ。
白身魚のククアトソルトがけ定食を見ると、白身魚の姿すら見えないほど、赤茶色の細い葉っぱがまるで落ち葉のように皿を覆っている。
フォークで葉っぱをかき分けてみると、白身魚はボロボロのほぐし身状態だ。そして所々に散った魚の皮は、香ばしい色を通り越して黒く焦げている。
まさに材料全てをちょちょ切って、天国に送ったようだ。
ーーこれ…。見た目はとても残念だが、味は大丈夫なんだろうか。
隣のレオンを見ると、俺と同じようなことを思っているのか、呆然とした表情でフォークとナイフでチキンをマグマから救出したり、白身魚の原型は残っていないか葉っぱを掻き分けながら探している。
「これ、見た目は芸術的なセンスだし味も抜群ですね!私、クセになりそうです!」
一方のシェニカは目を輝かせ、幸せそうな顔をしながらチキンを食べ始めていた。こいつ、ズレてるというか、たまによく分からない神経してんだよなぁ。
「あははは!見た目はアレだが味は保証するよ!なんせ私と父ちゃんの愛の傑作だからね!」
ーーこ、これが愛の傑作ですか。2人の愛は激し過ぎるんじゃないのか?
心配になりながら一口食べてみると
「「美味い…」」
俺とレオンの声が重なった。
確かに美味い。
見た目は凄まじく残念だが、ボロボロの白身魚は赤茶色の葉っぱと一緒に食べると、今まで食べたことのないスパイシーな味になる。
ドロドロのマグマソースをチキンにつけて食べれば、ワインで煮込んだような酸味と深い味がする。
これはメシが面白いほど進む美味しさだ。レオンは無言でガツガツと一心不乱に食べているから、こいつもこの美味さに感動したらしい。
腹が膨れた所で、女将に領主の家を聞いて宿を出た。
「いやぁ、食った食った。見た目は絶望的だったが味は一級品だな」
「高級レストランなんて霞んで見える美味しさだね。しかも安いし!私、気に入っちゃった。お気に入りのお店リストに追加決定だわ!」
レオンが腹を撫でながらそう言うと、シェニカは満面の笑みでローブの内ポケットから取り出したメモ帳に何かを書いていた。流石世界中を旅する『白い渡り鳥』のシェニカだ。お気に入りの店リストなるものを作っているらしい。今度見せてもらおう。
「ここが領主の家…?どう見ても普通の家だな」
「なんだこの看板」
領主の家だと教えられたのは、町にある普通の家と変わらないロッジ風の家だが、玄関のドアの横の壁に、なぜか『優勝者』と達筆な文字で書かれた看板が立てかけられていた。
「とりあえず訪ねてみるね」
シェニカが扉をノックすると、中から細身の若い女が出て来た。
「はい、どちら様でしょう?」
シェニカが身分を明かすと、ハスキーな声をした女は家の中のリビングに通した。
家の中に入ったが、テゼルやゼニールの領主の屋敷とはまったく違う。使用人もいないし高そうな調度品なんて1つもない、ごくごく普通の民家だ。
通されたリビングの中央にはやたらと広くて立派な対面式のキッチンがあり、それが部屋の半分の面積も占めている。おかげでリビングは、4人がけのダイニングテーブルと2人がけのソファを置くだけでかなり狭い。対応した女はごく普通のブラウスにスカートという格好だし、本当にここは領主の家なのだろうかと不安になる。
キッチンの方を見れば調理器具は多いし、この民家の様な領主の家の様子から言って、多分本当に料理好きの民族なんだろう。
「治療院を開きたいのですが、どこか場所を提供して貰えますか?」
「どうぞどうぞ!よろしくお願いします。まな板屋の隣に小さいですが集会所がありますので、そちらを遠慮なくお使い下さいね」
見た目は普通の民間人だが、場所の提供の話を問題なくしているから、この若い女が領主なんだろう。領主っぽくないし、こんなに若くて務まるのだろうか。
紹介されたロッジ風の集会所に行くと、中を区切る壁がない見通しのいい部屋だった。物置部屋とプレートのついたドアを開ければ、簡易ベッドや折り畳みテーブルと椅子があった。
俺とレオンがそれらを出して、治療出来るように整えれば準備は終わりだ。
「2人ともありがとう。これならすぐに治療院開けるね。って、もう患者さんが来てる」
シェニカの視線の先にある集会所の入り口には、こちらの様子を伺う民間人の人だかりが出来ていた。
「先生、治療お願い出来ますか?」
そう言って最初に声を来たのは、声が掠れた若い女と、手を痛そうにさすっている前のめりになった若い男だった。
「ええ、大丈夫ですよ」
本当なら治療院を開くのは明日の予定だが、人のいいシェニカは今から治療院を開くことにしたらしい。
「先生、私は声が枯れてしまっていて…。旦那は手首と腰を痛めているんです」
「そうですか。すぐに治りますよ~」
シェニカがそう言って2人を治療すると、俺達の存在など気にしないのか嬉しそうに見つめ合った。
「メイガ…。これで今夜からまたいっぱい出来るね!」
「また声が枯れたり、手と腰を痛めちゃうから、ちゃんと手加減してよ?」
「もちろんだよ。夜はこれからだからな!久しぶりに思いっきりハッスルできるな!」
「もぉっ!私も貴方が気持ちよくなる様に、こっそり練習してた成果をみせてあげるわっ!」
2人はそう言って、俺達の目の前で熱い抱擁を交わした。ここに2人の使うベッドがあれは、そのまま雪崩れ込みそうな勢いだ。
ーーおいおい。そういうのは家で2人っきりになってからやれ。欲求不満の俺の前でやるな。当てつけかよ。
目の前の2人の会話の内容に、俺とレオンは当然ピンと来たが、うぶで鈍いシェニカの前では表情は崩さなかった。だが、シェニカも何のことを言っているのか分かったのか、ほんのりと顔を赤くして俯いていた。
今まで照れた様子のシェニカは見たことがなかったが、この表情もなかなか可愛い。ベッドの上に組み敷いた時、こういう顔をするのだろうか。色々と考え始めると、身体は熱くなるし悶々とするしで、もう護衛どころじゃない。
目の前にいるシェニカを後ろから抱きしめて、簡易ベッドに連行して想像通りの行動をしたくなるが、ここは我慢だ。
俺は気を落ち着けるために、自分の手の甲を鋭く抓り続けた。
ふと視線を感じれば、隣で俺と同じように壁に背をつけて気怠げに立っていたレオンが、面白そうな表情を浮かべて俺を見ながら声に出さずに笑っていた。俺がどうして手の甲を抓っているのか、こいつのことだから何となく分かっているのだろう。
この日、治療院を訪れる患者は女は声枯れ、男は痛めた手首と腰の治療と、全員全く同じ治療を頼んでいた。そして夜の帳が下り始めた頃には、治療を求める人は居なくなった。
最後に治療院にやって来た領主夫婦も、同じ症状の治療を受けるとシェニカに謝礼を渡した。
「シェニカ様、治療ありがとうございました。町中の人が一気に押し寄せたせいで、ご迷惑をおかけしました。こちらが謝礼です。お受け取り下さい」
「ありがとうございます。こんなに早く終わったのは初めてです」
「もともと人口は少ないですし、この時期は旅人も来ませんから。ですが、街の人はとても助かりました。私たちもこれから励みたいと思います。ふふっ」
領主夫婦はそう言って互いに熱情を込めた目で見つめ合い始めた。
ーー早く家に帰ってから続きをやれ!俺の欲求不満が溜まるだけなんだよ!
ずっとイチャイチャする夫婦ばかり見ていたから、俺の手の甲は血が滲んだ爪の跡がついて地味に痛い。
シェニカに治療を頼むと理由を聞かれたら困るから、後でレオンに治療魔法をかけてもらおう。この程度の傷なら奴の治療魔法で問題ないはずだ。
「もうここでの治療終わっちゃったから、明日には出発出来るね。明日には関所に着くだろうから、もうトラントに入れるね」
「そうだな」
「でも何で女の人は声枯れ、男の人は手首と腰が痛いんだろうね。不思議」
「「不思議だなぁ」」
俺とレオンは互いに違う方向を向いて、そう短く答えておいた。
シェニカ。来た患者は全員夫婦で女は声枯れ、男は手首と腰を痛めてるって共通点から気付け。夜が激しすぎるからじゃないのか?
身をもって体験しないと分からないんなら、俺はお前の声が枯れるほど一晩中ヤッても良いんだぞ。
その時はどういう体位で………。
俺はまた手の甲を思いっきり抓った。
治療院の片付けをしていると、集会所の裏の家から女の悩まし気な叫び声が聞こえてきた。
「ああ!あああ~!激し過ぎるよぉぉ!」
「「「………」」」
ーーおいおい。まだ夜には早い時間だぞ。もうヤッてんのかよ。
俺は隣にいるレオンをちらりと見ると、レオンもため息まじりに俺を見た。シェニカはというと、後ろ姿で表情は見えないが、髪留めの下にある耳は真っ赤になっているし、動きが完全に停止している。
俺達3人のいる部屋はシーンと居た堪れない空気が下りた。
この様子だと、何もなかった風を装って治療院を早く出た方が良いだろう。だが、俺のそんな考えは次に聞こえてきた男の声に遮られてしまった。
「折角元気になったんだ!これからが本番だぜっっ!」
ドガガガガガッッッ!
「やめてぇぇ!あぁぁぁぁ!激しいっ!激しすぎるわぁっ!!」
ガンガンガン!!
「この勢いっ!激しさっ!!もう本調子だろ?!」
「イイっ!イイわっ!あなた素敵っ!やっぱり貴方の妙技じゃないと満足出来ないわっ!」
カタカタカタカタッ!!ドガガッッッ!!
「うおぉぉぉ~!まな板がもうボロボロで役に立たないっ!俺のさみだれイチョウ切りに耐えられなかったかぁぁぁ!メイガ!このままじゃ包丁が刃こぼれしてしまう!お前の秘伝のまな板を持って来い!」
「それは!それだけはっ!あなたっ!これは私の嫁入り道具なのよぉっ!」
「ほら貸せっ!喰らえっ!必殺・二刀流のみじん切りっ!これで全てが無に帰るっ!!」
ダダダダダダダダッ!
「きゃぁぁぁぁ!まな板まで細かく切れてしまっているわっ!今夜は久しぶりにまな板入りのお料理ね!食べられないわぁ~!」
「メイガっ!次のまな板を早くっ!早くしないと俺の熱い情熱が世界に弾け飛んでしまうっ!」
「な、なんてことかしらっ!もう予備のまな板がないわぁぁ!!すぐに買ってこなきゃぁぁ!」
「まな板屋は夜遅くまで営業中だから後でいいっ!とりあえず、次は俺の華麗な腰さばきでフライパンを揺さぶるぜ!」
カンカンカン!ジュージュー!!!
「あなたぁぁぁ!その腰付きっ!ステキィィ!」
「「「……」」」
俺達3人は呆然としながら顔を見合わせ、無言になって治療院を出て宿へ向かい始めた。
だが、宿へ向かう足はなかなか進まなかった。
焦げ臭い匂いが漂う、とある家の前を通ると……。
「なっ!なんてことだっ!!俺の激しい愛の炎で、新品のフライパンがもう丸焦げだっ!」
「あなたっ!このフライパンを使って!これはどんなものもこんがり美味しく焼き上げてしまうという、秘宝中の秘宝のフライパンよ!銀貨2枚で鍋屋で売ってたわ!」
ジュージュー!!ゴォォ~!!
「なんて素晴らしいフライパンなんだ!すごい…!すごいよっ!焦げ付きやすいお肉が面白いように焼き上がってくる…!まさに秘宝中の秘宝だ!俺の手首の返しを見てくれっ!」
ガシャガシャン!!
「きゃぁぁぁ!目で追えないほどの高速返しっ!シビレルほど素敵だけど、中身が全部外に飛び出てしまって、鍋の中は空っぽよ!」
「なんてことだ!俺のレベルにフライパンがついてこれなかったかぁぁ!!!」
そのまた隣の家からは……。
「なんてことだ!カボチャに刺さった包丁が根元から折れてしまった!」
「あなた!これを使って!伝説の菜切包丁よっ!」
「こ、これがそうなのかっ!すごい、すごいよっ!面白いほど大根が切れてしまうっ!」
シュルシュル~!!!タタタタンッッッ!!
「きゃぁぁ!素敵ぃ!!大根の桂剥きがまるで反物のようだわ!!煮崩れしにくいように面取りまでっ!!」
……。
なんだこの町は。
「えっと。ここは何だか面白い民族の町みたいだね」
「どこの家も似たような激しいやり取りがされているな…」
「こんな変わった民族がいるのか?ちょっと変わり過ぎじゃねぇか?」
俺達はいたたまれない気持ちと、興味本位でもっと聞いていたい気持ちの両方を持ちながら、普段よりもかなり遅い足取りで宿に戻った。
そして宿に戻ると受付で迎えてくれた女将に、シェニカはすぐにこの町の民族について聞いた。
「え?ここの民族の特徴?ここは町の名前と同じで、パケジーという少数民族の集まりでね。家事は女がほとんどやるけど、料理だけは男がする決まりになっているんだ。
パケジーの男の料理は、味はどうでも良いが、激しく華麗に豪快にをモットーにしていてね。女は合いの手をいかに迅速かつ的確、そして情熱的に入れられるかが重要なんだよ。
薬草園の休閑期が年に2回あるんだけど、その時に開かれる『パケジー。男の料理大会』には、町に入りきれない観光客が押し寄せてくるんだよ。その大会になると、軍に入ってるパケジーも帰郷が許されてねぇ。薬草園で町中の男達が腕を競い合うんだよ。それはそれは情熱的で圧巻だよ。そして優勝者は次の大会まで領主を務めるんだよ」
「へぇ!凄いですね。軍も休ませて貰えるなんて!でも領主って貴族が務めるものじゃないんですか?」
「この大会は国の中でもかなりの観光客が集められるイベントだから、軍も大会を優先させてくれるんだ。
パケジーの数は少ないから、みんな小さい頃からの顔見知りだし、裕福になろうとか影響力を持ちたいなんて思ってもいないから、誰が領主になってもあんまり関係ないんだ。だから大会の優勝者が務めてるんだよ」
「へぇ~。そうなんですか。ちなみに、大会はどんな審査基準で優勝が選ばれるんですか?」
「観客の投票で決まるんだけど、激しさや臨場感、料理や配偶者へのアツイ思いをいかに調理風景、合いの手で表現出来るかだね。
うちの父ちゃんは若い頃は優勝の常連でね~。最近は若いモンに押されているけど、今度の大会にももちろん出場するよ!お三方も是非その時はまたここに来ておくれ!」
「すっごく面白そう!是非来たいわ~!2人もそう思うでしょっ?!」
シェニカは菓子を目の前にした時のように、目をキラキラと輝かせながら俺達の方を振り返った。その目には明らかに「この大会を見に来たい!すごく面白そうっ!」と意思表示がされていた。
「「あぁ。そう思うよ」」
俺とレオンもこの町の大会は見てみたい。優勝者はどんなやり取りがされるのかとても気になる。
トリニスタが観光客を集められる理由がよく分かった。
腹黒い商人街を抱える民族もいれば、民族色にこだわった民族もいるし、こんなに面白い民族もいる。これは是非一度、この国の全ての民族を見て回りたくなる。
この国の民族はその独自性を守るためにも、侵略からの防衛戦を成功させられるように頑張ってほしい。
翌日。俺達は怒涛のパケジーの町を出て、トラントへと繋がる国境へと旅立った。
応援ありがとうございます!
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