天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18.5章 流れる先に

5.個別鍛錬

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■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。

(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル

(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)

■□■□■□■□■□

「ではお願いします」
「任せておいて」

給料を貰って最初に迎える休暇日。父と一緒にレストランに行くと、目の前に座る父から今までにないほど視線を感じる。今日は昔と変わらないダボついた私服で、ちゃんとおかしくない程度に身だしなみは整えてきたし、先月も会っているのに。何か違うところがあったのだろうか。


「何か付いていますか?」
「いや何も付いてないよ。なんか身体つきが変わったな~って思ってさ」
「そう、ですか?」
「首が太くなったし、肩まわり、胸とか背中とか厚みが増した気がするよ。軍服のサイズも合わなくなってきたんじゃない?」
「そう言われてみれば。なんだか窮屈かもしれませんね」

甲冑を着ていれば動きにくいのが当たり前と気にしていなかったが、軍服を着る時に腕が窮屈だったり、首元のボタンが留めにくいような気がする。軍に入ってまだ3ヶ月だというのに、もう軍服を作り直さなければいけないのだろうか。


「バルジアラ様の指導のおかげだね。生命の危険がある仕事だけど、良い指導者と仲間に恵まれたようで安心してるよ。鍛錬に励んで、仲間と助け合って、必ず生きて帰ってきてね」
「はい」

父に部隊内は優しく仲間思いの人しかいないと伝えた時、意外そうな表情をしたものの、すぐにいつもの微笑に変わった。父は姉達が初陣で死んだことを気にしているようで、会うたびにこの言葉を言う。心から心配しているからこそ出るのだと、いつものように聞き流さず、父の気持ちを心のなかにしまっておくことにした。




「俺たち自主鍛錬やるけど、みんなはどうする?」
「やります!」
「ディスコーニ、鍛錬場行こうぜ!」
「はい」

3ヶ月が1年くらいに感じるのは、部隊で過ごす毎日が濃密で、部隊の誰もが気さくだからというのもあるが、ほぼ毎日自主鍛錬を行うことも原因の1つだと思う。
本当は部屋に戻ってダラダラしたいのに、重い甲冑に抵抗するかのように鍛錬に熱を入れるみんなを前に丁度良い言い訳も見つからず、もはや自主鍛錬が当然になってしまっている。
そのおかげで甲冑を着たままでも懸垂が出来るようになってきたし、バルジアラ様から『だんだん体力がついてきたな。剣術も体術も伸びてきて良い傾向だ』と褒められるのはありがたいのだが、本当は平日も休暇日のようにのんびり過ごしたい。




「そういえば、お前魔法に負の感情を全然乗せれてないが、本当に今まで怒ったり、妬んだり、憎んだことがないのか?」
「はい」

郊外演習場で黒魔法の鍛錬をしている休憩中、みんなで水を飲んでいるとバルジアラ様からそんな風に尋ねられた。


「羨ましいとか妬んだことも?」
「羨ましいと思うことはありますが、それが発展して妬みや憎しみになることはありません」
「珍しいなぁ」
「まだ18なのに人間出来てるね。すごいよ」
「そんなことはないのですが。昔から他人に興味がないというか、人の目を気にしないことが多くて」
「なるほど。『自分を持ってる』ってやつなのか」
「意志が強いなぁ」

ヴェーリ様やリスドー様たちを含め、仲間たちが意外そうな顔をしているのだが、他人に興味のないというのはそんなに珍しいことなのだろうか。
そんなことを思っていると、1人難しい顔をしていたバルジアラ様が、突然何か思い出したような表情を浮かべた。


「あ。そうそう。連絡事項がある。今度行われるサザベルとの演習に、俺の部隊からディスコーニを出すことにした」

「私が、ですか?」

「この演習は、入隊2年未満の下級兵士を対象にしたものだ。俺の部隊の中で該当者はお前しかいない。下級兵士の演習とはいえ大国同士の演習だ。気を抜くことは許されない。
これから午前中と午後のスケジュールは変わらないが、午後の鍛錬が終わったら俺と1対1の特訓を行う。出場者はお前より1つ年上の奴ばかりだ。1年分の差を埋めるためにも、今日からみっちり可愛がってやるからな」

「ディスコーニ、頑張れよ!」
「バルジアラ様の部隊から初めて出るんだ。絶対勝てよ!」
「……最善を尽くします」

部隊全員から励まされたのだが、参加対象になるのが自分しかいないとはいえ、大国同士の重要な演習なんて荷が重すぎて出たくない。かといって、自分だけしかいないから辞退することも出来ない。
上級兵士に指導してもらう自主鍛錬でも大変なのに、バルジアラ様と一緒にやるなんて。厳しい毎日しかやってこないと思うと、もう理由を告げずに逃げ出したくなったが、そんなことが出来るわけもなく、この日からバルジアラ様との個人鍛錬が始まった。




バルジアラ様との個人鍛錬は剣術、体術、戦術をメインに指導されるのだが、休憩をほとんど取らせてもらえないし、ようやく甲冑を着ていても動けるようになったのに、疲れのせいで行動を制限するだけのものに感じる。気絶するように眠っても疲れが取れず、きしむような筋肉痛を感じるたびに、憂鬱な個人鍛錬から逃げたくて仕方がなかった。


「もう倒れ込むのか?まだ始まったばかりだぞ」

合わせていた剣を弾かれた衝撃で地面に膝をつき、肩で息をしながら立ち上がろうとすると、目の前に大きな手が差し出された。この方に限らず、副官方も自主鍛錬の相手になってくれる上級兵士も、地面に膝をついた者に手を差し出し、引き上げて立ち上がらせてくれる。他の部隊では決してしないこの動作は、『俺たちは決してお前を見捨てない。お前はまだ出来ると期待している』という意味なのかなと、最近なんとなく感じるようになった。


「そんなことを言われましても。バルジアラ様の連日の鍛錬で疲労が溜まっています」

この個人鍛錬が始まって1週間になるが、体力的にも精神的にも疲労が蓄積してしまっているからか、すっかりこんな無礼な言葉を返すようになってしまった。

普通なら「言い訳をするな」「その口の聞き方はなんだ」と叱責を受けてもおかしくないと思うし、実際近くの鍛錬場からそういう大声が聞こえてくる。でも、バルジアラ様は「言いたいことは、良いことも悪いこともはっきり言え」と言うし、「不満は溜め込まず口に出せ。俺の部隊は、この先も気に入った奴しか入れないから人数は多くない。不満を溜め込んで、部隊の不調和に繋がるのは困る。それに副官や将軍になれば、嫌味の1つや2つサラッと出すのが嗜みだ。俺たちにも得るものがあるんだから、上官だからと遠慮せずどんどん言え」と推奨してきた。
だから下級兵士から上級兵士まで、みんな格が上の方に丁寧な言葉で不満を言っている。その口調が嫌味っぽくなっても怒られることはないが、誰もが上官たちを尊敬しているから、なめた態度を取る者は誰一人いなかった。


「そんなんじゃ無様な結果になるだけだ。俺の名の下で出るんだからしっかりやれ」
「私はバルジアラ様のような天賦の才があるわけではありません」

バルジアラ様は大柄な身体付きをしていて、鎧のような筋肉を持っている。そんな上官の一撃は非常に重く、まともに受け止めて鍔迫り合いなんて出来る人は、この国だけでなく他国の将軍でも出来る者はそういないと思う。その上、操る魔法も属性を問わずに多彩で、魔法は全部剣で切り捨てられてしまう。
なんでも持っているバルジアラ様を尊敬しているが、同じ事をやれと言われても自分なんかじゃ出来るはずもない。


「俺には天賦の才なんかない。あるのは今までの血の滲む努力だけだ。才能は関係ないとは言わないが、一番大事なのは目的意識と努力だ」
「はい…」

自分の小さな返事を聞いて呆れたのか、バルジアラ様は鍛錬場に響き渡りそうな大きなため息を吐き出した。


「お前、俺の部隊の奴らをどう思っている?」

「優しくて、向上心があって。バルジアラ様のために尽くそうとする良い方ばかりで、本当に尊敬しています。皆さんがよくしてくれるからこそ、私はこんなに早く部隊に馴染めたのだと思います。とても感謝しています」

「そう。お前の言うように、どいつもこいつも良い奴ばかりだ。だが性格重視で選んだ分、どうしても能力面に物足りないものがある。それは一々言葉にしなくても、あいつら自身が一番分かってる。
だからこそ、あいつらは若く伸びしろのあるお前を戦場で死なせないように、お前に危険が及べば自分を盾にしてでもお前を守ろうとする。俺はそんなこと望んでいないって奴らは分かっていても、お前が死ねば『すみません』って俺に言いに来るのが目に見える」

ラインやロア、マルア、ワンド達が自分を守るために盾になる、というのは現実味がないような気がしたのだが。

ーー将来部隊を引っ張っていくのは君だよ。
ーー戦場じゃ何の力にもなれないけど、この方のために自分の持てる力は捧げようって決めたんだ。

彼らが自分の目の前で死ぬなんて、考えるだけでも胸が締め付けられる。なんとなくでしか生きていないからか、誰かのために生命を差し出すなんて考えてもみなかったが、入隊初日の昼食の席で言われた時のロア達の表情や雰囲気を思い出すと、自分の能力に限界を感じている様子の彼らなら、本当に自分の身代わりになろうとするかもしれないと思った。


「あいつらもお前もこの部隊の一員。俺の可愛い部下だ。お前が死んであいつらが後悔しないように、お前の目の前であいつらが死んでお前が後悔しないように。俺の目指す生還率の高い部隊になるように。戦意を失い背を向けて逃げる奴まで殺せとは言わないが、戦場でお前や仲間たちに敵意を持って向かってくる相手は迷わず殺せ。国を守るため、お前自身を守るためだけでなく、お前があいつらを守るつもりでやれ。出来るか?」

「はい」

自分の短い答えに満足したのか、バルジアラ様は小さく頷いて自分の肩を強く叩いた。


「自分の目の前で、自分をかばって仲間が死んだら、間接的に自分が殺したといつまでも罪悪感に苛まれる。もっと真面目に鍛錬に取り組んでおけば良かった、もっと強くなっていれば良かったと後悔だらけだ。そういう経験をしないで良いようにも、お前をしっかり鍛える。じゃあもう一回やるぞ」

自分に快活な笑顔を向ける仲間たちの顔を思い浮かべると、疲れなんて一瞬で忘れて剣を握る手に力が戻った。



前向きな気持ちでバルジアラ様との個人鍛錬に臨めるようになって数週間。個人鍛錬が終わると、リスドー様がニコニコと音がしそうな見事な笑顔でこちらに近付いてきた。

「バルジアラ様。ディスコーニの鍛錬はいかがですか?」
「まぁまぁってところだが、まだ足りないな」
「そうですか。サザベルとの演習は特別なものですから、指導に熱が入るのも仕方がないというものです。ですが、バルジアラ様には書類の決裁もお願いしたいのですが」
「机の上にでも置いといてくれ」
「机の上と応接テーブルはすでに決裁待ちの書類で埋まっています」
「じゃ、じゃあ。床に」
「先日。床に置いた書類を蹴飛ばしてしまい、『床には置くのはやめよう』と反省の弁を述べた方がいらっしゃったと記憶しております」

リスドー様が今まで浮かべていた笑顔を消して真顔になると、バルジアラ様は気まずそうに顔をしかめながら明後日の方向を見た。


「取りに行くから、お前が持っておいてくれ」
「いつ取りにいらっしゃいますか?」
「そのうち」
「そのうち、とはいつでしょうか。早く書類を寄越せとリュバルス様から伝言が来ています」
「お前が作っておいてくれ」
「原案は既に作っています。ディスコーニの相手になるのは当然と承知いたしますが、空いた時間に書類の確認をしないのはなぜですか?今までは決裁まで時間がかかっても、ここまで溜め込むことはなかったでしょう?」
「ほ、他にやることがあるから…」
「他にやること? 一体何をやるのです?」
「プライベートなこともあるだろ」
「そうですか。ここ最近家に帰れていないので、私もプライベートを優先し帰宅させていただきます。帰る時、廊下とつながる扉に『この先の将軍執務室は、大好物の書類を溜め込む大きなリスが使っています。急ぎの御用がありましたら、直接エサやりして下さい』と張り紙をしておきますね。
この張り紙を見たら、嫌味ばかりいうバルジアラ様にも可愛いところがあるのだと、他の将軍方がとても喜んでくださるでしょう」
「分かった、分かった。今からやるから張り紙はやめてくれ」

リスドー様から一方的に責められるバルジアラ様が見れるとは。普段の鍛錬中も、他の将軍から嫌味を言われた時も、バルジアラ様のこんな苦しそうな表情は見たことがない。
リスドー様はバルジアラ様よりも階級は低くても年齢は30代半ばだ。ちゃんとバルジアラ様を敬い、自分を含む部下達からもバルジアラ様からも信頼されているのだが、この2人のやり取りと、リスドー様を前にすっかり萎んだバルジアラ様の背中を見ると、歳の離れた兄弟のようだった。


「何度も急かされる私の身にもなって下さい」
「苦手なところは得意な奴がフォローすればいいって言ってるだろ?俺は椅子に座る仕事が嫌いだし苦手なんだから、得意な奴がやればいいんだよ」
「私もヴェーリもモルァニスもアルトファーデルもイストも。みんな座っているだけの仕事なんて好きでも得意でもありません。いいですか。デスクワークも貴方様の仕事なのに、嫌いなことから逃げてていいんですか?部下に示しがつきませんよ」
「やればいいんだろ!やれば!」
「そうです。その意気込みでやって下さい。1人だとすぐサボると思いますので、私も執務室にお邪魔して一緒に仕事しますから。さ、戻りますよ」

どうやらバルジアラ様にも苦手なものがあったらしい。
何でも持っていて無敵に見えるバルジアラ様に、こんな人間らしい一面があるなんて。肩を落として去っていく姿が見えなくなるまで、声を殺しながら笑ってしまった。


■■■後書き■■■

3/11の活動報告で悩みを吐き出させていただきましたが、貴重なご意見を寄せていただきありがとうございました。m(_ _)m
第18.5章の完結はまだまだ時間がかかりそうなので、区切りが良く、一番ボリュームのある入隊1年目の話が終わったら本編の話を進め、2年目以降の話は本編を進める中で時折更新していこうかと考えています。
1つの章が終わっていないのに次の章が始まるのは違和感がある、という方もいらっしゃるかもしれませんので、第19章が始まったら、第18.5章はよろず置き場に移動し、ディスコーニの過去編が終わったら第18章と第19章の間に戻そうかとも思いますが、読みやすさを考えてこのまま本編に置いておきたいなとも思ったり。置き場所については、もう少し検討したいと思います。
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