59 / 687
4巻
4-2
しおりを挟む
「お前はこいつを怒らせ過ぎた、諦めな」
「わ、悪かった、謝るから、こいつを止めて檻から出してくれ!」
「分かった……檻から出せばいいんだな」
俺の言葉を聞いてシルバが仕方なさそうに後ろに下がる。俺は剣を取り出し構えた。
「えっ? ど、どうする気だ!」
自分が切られると思ったのか慌てだす男をじっと見つめる。
「何って檻から出してやるよ」
「だ、出すってどうやって?」
「檻を切ってやる」
平然と答えると、男は何を言われたのか理解出来ないのか呆然としている。
俺は構わず男の足元に向かって剣を振り下ろした。
スパーン‼ と檻だけが綺麗に切れて男の足が自由になる。
「あ……んた……鉄が切れるの……か?」
男は檻を見つめていた。
「じゃあ次はここな」
俺は男の言葉を無視し、胸元を剣で指し示して振り下ろす。
「ぎゃぁぁ!」
男が胸をおさえた、その指の間から赤い血が滴る。
「ああ、悪い。怒りで手元が震えちまって思わず皮膚まで切っちまった」
平然と笑って謝った。
「次はここな」
そして首を指さす。
「い、いい、もういい!」
男が拒否するように頭を振る。
「別に動いてていいけど、その分手元が狂って深く切れるからな」
そう言うとピタッと男が止まる。その瞬間を見逃さずに剣を振った。
「ぎゃー!」
男が痛みから今度は首元を押さえる。
「あーあ、お前が動くからまた切っちまった」
「ち、違う、俺はう、動いてな、ない……」
「はぁー? 助けてやってるのに人のせいにする気か?」
その言葉に男がぐっと息を呑む。
「最後はここだな……」
頭を剣先でコツンと叩く。
「ヒィ!」
男がガタガタと震えだした。
「す、すみません、でした、許してくださ、さい。もう二度とば、馬鹿な事は、い、言いません」
「喧嘩を売る相手はよく選ぶんだな」
俺は冷たく言い放つと、許す気はないと剣を思いっきり振り下ろした。
ガンッ! 剣は男の横スレスレに地面に叩きつけられた。
男は再び気を失い目をグルンと白目にして口から泡を吹いている。
「汚ぇな。おい、こいつを見えないところに片づけてくれ」
「本当にうちの奴隷達が失礼をしてすみませんでした」
奴隷商人が地面に頭をつけて謝ってきた。先程の男は違う檻へと移され奥にしまわれる。
「いえいえ、あなたも大変ですね。あんな奴を取り扱わないといけないなんて……」
マルコさんが憐れみの表情を浮かべている。
「檻を壊してすまなかったな。弁償するよ」
俺はそう言うと収納から金を取り出した。
「いえ! 大丈夫です。これに懲りて大人しくなればこちらも助かりますから。なかなか言う事を聞かずに大変だったところですから」
商人は笑みを浮かべた。商人との話し合いがつくとミヅキの耳と目を解放してやった。
◆
ベイカーさん達からお許しが出たので、マリーさんの気持ちいい胸とお別れして地面に下ろして貰う。
「あれ? さっきの人いなくなってる……」
檻もなくなってなんだかスッキリしていた。
「あの男は反省して奥に行ってますよ」
マルコさんにそう言われたので納得する。
きっと皆が怖い顔で怒ってくれたのだろう、皆怒ると怖いから……
でもそれよりも今はデボットさんの事だ! 私が待ちきれずにいると商人に奥へと案内される。
「こちらが今回王宮から連れてこられた奴隷達です。表に置く訳にもいかず、買い手は見つからないかもしれませんね」
商人が難しい顔をしながら奴隷を紹介する。
「これは……」
ベイカーさんは言葉を失い、私の前に立って視界を塞ごうとした。私はサッと避けて前に出た。
「ミヅキ!」
私は奴隷達を見て呆然とする。奴隷達は皆どこかの部位がなく目は虚ろ……それはオイを思い出させた。
「酷い……」
ボソッと思わず声が漏れる。
「ここまで酷い扱いを受ける奴隷はあまりいませんよ……余程前の所が酷かったようですね」
さすがの奴隷商人も顔を顰めていた。
「ここまで酷いと、全員を合わせても金貨一枚でも売れるかどうか」
はぁーとため息をついている。
「えっ金貨一枚?」
それなら私でも余裕で買える! そんな私の様子にベイカーさんが険しい顔をした。
「ミヅキ、よく考えろよ。彼らは確かに可哀想だがどうにも使えんぞ。なんなら歩く事さえも難しいかもしれん」
「大丈夫! 考えがあるから!」
私がウインクすると更に怪訝な顔を見せる。
きっとろくな事を考えてないだろうとでも思っているんだろう。
「あとはデボットさん……男の人の奴隷は来てませんか?」
キョロキョロと周りを見るがデボットさんの姿が見えない。
奴隷商人に聞いてみると心当たりがあるのか頷いている。
「ああ、あの奴隷は目玉商品なので奥の鍵付きの部屋に置いてありますよ」
「目玉商品?」
「若くて商人としての知識があり、体の欠損もなく健康で体力もあるので引く手数多ですよ。彼がいたからこの奴隷達を引き受けたんですからね」
目玉商品……と言う事は高いって事だよね?
「デボットさん……その人はおいくらなんですか?」
恐る恐る金額を聞く。
「あれは金貨五十枚ですね」
えっ! 五十倍‼
「アイツそんなに高いのか?」
ベイカーさんも金額にびっくりしていた。
「ミヅキ、高いしアイツは諦めろ!」
ベイカーさんがしょうがないと言うが……諦めきれない!
でもお金が……どうしようかと腕を組んで唸っていると奴隷商人が交渉をしてくる。
「もしあの奴隷達を一緒に買って貰えるなら……金貨四十五枚でどうでしょう?」
「えっ? 彼らが増えるのに安くなるの?」
不思議に思って聞き返す。
「彼らがいるだけでもいろいろとお金がかかります。しかも売れるかどうかも分からないのをずっと置いておく訳にもいきませんし、一緒だとお得になりますよ。どうですか?」
何だか深夜の通販番組みたいな売り方だが、悪くない。
ただ問題はお金だよね……さすがに金貨四十五枚も持っていない。借金なんかしたら皆に怒られそうだし……ベイカーさんに借りる訳にもいかないのでどうしようかと悩んでいると、マルコさんがニコニコと笑って声をかけてきた。
「ミヅキさん、良ければ私がお金をお出ししましょうか?」
えっ? マルコさんが? びっくりして見つめるとマルコさんはニッコリと笑って頷く。
「いえ……マルコさんからお金を借りるなんて……」
そんな事出来ないと言おうとすると。
「貸すわけではありません、ミヅキさんのお金ですよ。今回のドラゴン亭の出店に対しての給金ですがミヅキさんにお渡しする分を早めに支払いしますという意味です」
ああ、前借りって事か!
「でも、どっちにしろ金貨四十五枚だから足りないし……」
せっかくお金が増えるが足りるわけない、残念に思い肩を落とす。
「ミヅキさんにお渡しする金額は金貨五十枚を予定していますよ。だから足りますよね?」
「えっ? 金貨五十枚?」
金額間違えてない? それとも私の聞き間違い?
マルコさんは肯定するようにニッコリと頷いた。
「この度のドラゴン亭の売上は予想を遥かに上回るものでした。その為ミヅキさんには特別給金を出す手筈になっております。もちろんリリアンさんもルンバさんもご承知ですよ」
知らない間にそんな事になっていたとは……初耳の私は驚いてしまった。
「このままあと二週間お店を開けば確実にその金額がお支払い出来ます。それがなくてもミヅキさんは助けてあげたくなる何かを持っていますがね」
マルコさんが含み笑いをする。なんだか私の秘密に気がついているような笑顔だった。
しかしそんな不確かなお金を貰っていいのだろうか?
このまま二週間何事もなく働けるかは分からない。私は、お金を貰うべきか悩んだ。
「ミヅキ、そんなに悩むなら借りとけよ。もし返せないなら俺が出してやる。本当はアイツに使うなら出したくなかったが……」
最後の方が声が小さくて聞き取れなかった。なんて言ったんだろう?
私が首を傾げて見上げると、なんでもないとベイカーさんが頭を撫でてくる。
「それで、どうする? もしその金額稼げなかったとしても、お前ならいつか返していけるだろ。マルコさんなら法外な利子や違法な取引なんかもしないだろうし」
「もちろんです。ミヅキさんになら喜んでいつでもお貸ししますよ」
マルコさんとベイカーさんの言葉に揺らいでいた気持ちが決まった。
「マルコさん、給金で必ずお返しします! だから金貨四十五枚貸してください!」
私は深くマルコさんに頭を下げた。
「もちろんです。喜んでご用意致しますね。でもその前に、ミヅキさんに私の商人としての手腕をお見せしますよ!」
そう言うとマルコさんは奴隷商人と話し出した。二人で話し合っていると奴隷商人の顔色が悪くなる。対照的にマルコさんはどんどん笑顔になっていった。
話し終わったようで、マルコさんがこちらに戻ってきた。
「デボットさんとブスターの元奴隷六人で金貨四十枚にしてくれるそうですよ」
マルコさんは笑っているが後ろでは奴隷商人の人が泣きそうな顔になっていた。金貨五枚も値切るってどんな事を言ったんだろ……肩を落として書類を用意する奴隷商人が少し不憫に思えた。
奴隷商人がデボットさんを連れてくるとの事でワクワクしながら待っていると、地下の階段から上ってくる足音がする。そして待ちに待ったデボットさんが縄で縛られた状態でやってきた。
そして私を見るなり怪訝な顔をする。
「ミヅキ、なんでこんな所に? こんな所にお前は来るべきじゃないだろ? 保護者は何をしている」
ベイカーさん達の方を見て今すぐ帰らせろと促す。
「私、デボットさんを買いに来たの!」
「駄目だ」
デボットさんがそんな事しなくていいと首を振る。
「俺はちゃんと罪を償ってお前の元に行きたい。楽をしたい訳じゃないんだ」
そう言って私を見つめる。
「デボットさん、なんか勘違いしてるよ。私の側にいるからって楽なんか出来ないよ!」
私はない胸を張って自慢げに答えた。デボットさんはそんな私の様子に唖然としている。
「デボットさんにはきっちりたっぷり払ったお金分働いて貰うよ! そ・れ・に……」
ふふふっと思わず笑みがこぼれる。
「私の側にいる方が大変かもよ!」
そう言って不敵に笑う私を見てデボットさんも一緒に笑い出した。
「あはは! 確かにそうかもな! 現に今回もミヅキといて死にかけた!」
キラキラの瞳をデボットさんに向けると、嬉しそうに見つめ返してくれる。
そしてベイカーさんをチラッと見ると、もう諦めの顔で頷いてくれる。
「ミヅキ、お前の側で働けるなんて俺には罰にはならないかもしれない……だが出来る限り償っていくから俺を買ってくれるか?」
デボットさんが膝をつき私に目線を合わせる。私は了承するようにニヤっと笑った。
「これでデボットさんは私の家族だよ!」
そう言って抱きついた。こうして私は書類を書き奴隷達を買い取る事になった。
「では、こちらの書類にお客様の血を一滴お願いします」
商人が書類にある魔法陣を指さす。ギルドカードみたいだな。
私はチラッとベイカーさんを見ると手を差し出した。
「えっ! また俺がやるのかよ!」
ベイカーさんは私の手を取ると小さいナイフで指をチクッと刺した。
「痛っ!」
私が痛みに顔を顰めると、ベイカーさんが慌て出す。
「えっ! そんなに深く切ってないはずだが……きっちり薄皮一枚分刺したはずなのに」
私の手をじっと見つめながらあわあわしている。
「なーんちゃって!」
本当は痛くないのに騙す為に痛いふりをしていた私に、ゴツーン‼ 拳骨が落とされた。
ううヴぅ……こっちの方が痛かった……涙を浮かべて書類に血を垂らすとシンクがサッと指先に回復魔法をかけてくれる。そしてシルバのぺろぺろの消毒……
「ベイカーさん、脅かしてごめんね、また次もお願いね」
ベイカーさんの前に行き両手を合わせて頭を下げた。
「もうやらん!」
しかしベイカーさんはご立腹のご様子。
「でも……こんな事頼めるのベイカーさんしかいないし」
しゅんと肩を落としてベイカーさんをチラチラっと見上げた。
「やっぱり一番信頼してるベイカーさんにしてもらいたいなぁ……」
ベイカーさんはため息をついた。
「分かったよ……全くお前にはかなわない。でも次にあんな事してみろよ、二度とやらないからな!」
分かったな! と念を押される。
どんだけ嫌だったんだ……ちょっとしたイタズラのつもりだったのに。
分かりました! と頷くとベイカーさんもようやく納得した。
「では、次に奴隷の印を付けますがどうしますか? 今は焼きごての他に装具もありますよ」
「焼きごてなんて絶対駄目! やだ!」
私が大声で言った。
「そう思いました、今はほとんどが装具ですから」
商人が台の上に色々な装具を持ってくる。ほとんどが首輪か腕輪だ。
「これだけですか?」
商人を見上げると「ご要望があればお作りも出来ますよ」と言われる。
「指輪とかって出来ますか?」
私としてはあんまり目立たなくて、奴隷ってすぐに分からないものがよかった。
「皆でお揃いの指輪がいいです、女の子も男の子もいるからシンプルな感じで!」
「承りました、出来次第お届けします。それまではとりあえず腕輪をつけておきますのでご了承ください」
「はい。わかりました」
仕方がないと頷く。
「では、奴隷達は後でお屋敷に運んでおきますね。マルコ様のお屋敷で大丈夫ですか?」
あっそうか……こんなに大勢を連れて歩けないもんね。
「デボットさんだけでも一緒に帰ってもいいですか?」
「お客様が良ければそのままお連れ下さい」
私がベイカーさん達を見ると分かったよと頷いてくれる。
「お願いします!」と商人さんに最高の笑顔を返した。
二 黒い魔石の作り方
私達は皆で市場に行く事にした。皆へのお礼のお食事用に何かいい材料がないか見に行くためだ。
「なんか使えそうな食材あるかな~」
真剣な目を向けて食材を見て歩く。
◆
「おいベイカーさん、あんたは俺がミヅキの側にいる事に納得してんのか?」
デボットがミヅキに聞こえないように俺に話しかけた。
「俺はずっと反対してるし、今でも納得なんかしてねぇよ。だけど……ミヅキがお前がいいって譲らねえんだから仕方ねぇだろ」
面白くないとフンと鼻を鳴らす。
「もし、またミヅキを傷つけてみろ……その時はミヅキが泣こうが喚こうが構わずお前を切る。まぁその前にもっと怖い奴が、お前をこの世から消しちまうだろうがな」
そう言ってシルバに視線を送った。ミヅキの横をピッタリと歩くシルバは、聞こえていたのかこちらをチラッと見るとキラッと牙を出した。
「ああ……そうなったらすぐにそうしてくれ。俺ももう、あいつが俺の事で泣く顔なんて見たくないからな」
デボットはシルバの脅しをものともしないでミヅキを愛おしそうに見つめている。
「あいつに何度も助けられた命だ。最後はあいつの……ミヅキの為に使いたい」
その言葉に俺は少し驚き、デボットを見つめた。
「そんな事してみろ、地獄その底まで追いかけてきて文句言われるぞ」
デボットは一瞬ポカンとしていたが確かにと笑う。
「そういやこの間もその底から引っ張り上げられたなぁ、はぁーあいつの側にいるのは本当に大変そうだな」
「今頃気がついたのか? もう遅い……ミヅキに目を付けられたからにはな」
ザマーミロと俺は笑う。しかしそれ程大変でもミヅキから離れたいとはきっと思わないだろう。
俺達は無言でミヅキを見つめていた。
◆
「やっぱり小麦粉はもう少し欲しいなぁ、あとは……」
「そこにある小麦粉を全部下さい」
私が次々に食材を言うとマルコさんは躊躇なく買い占めていく。
「そんなに買っていいんですか?」
心配になるくらいホイホイ買う様子にマルコさんに聞いてみた。
「ミヅキさんが作るものに外れはないですからね。絶対大丈夫です! 私の商人魂が買えと言ってます!」
だから問題ありませんと食い気味に応えてくれる。
「そ、そうですか……」
なんかプレッシャーが、しかもこれ売るためじゃなくてお礼の為の料理なんだけどな。
そんな事を言える雰囲気ではなくちょっと抑え気味に食材を選ぶ事にした。
その後も沢山の店を回って……
「おっけー! 沢山揃えられた!」
満足、満足! 私はホクホクの笑顔でシルバの上に乗っていた。
そして、屋敷に戻ろうと歩いている私達をじっと見つめる瞳には気づかなかったのだ。
◆
「どうなってる……」
ビルゲートは、もう使い物にならないと見捨てたデボットが五体満足で歩いている様子を唖然と見つめていた。デボットの横にはブスターに捕まっていたあの子供もいる。
デボットを見捨てたあと、私は一度商人ギルドに戻ろうとしていたが、街中が物々しい雰囲気である事を怪訝に思い警戒をして身を隠していた。
商人ギルドには複数の兵士がいて、商人達から何か事情を聞いているようだった。
まさか……そう思い兵士の目を避けブスターの屋敷に向かう。屋敷は半壊しており、そこにも兵士が集まり周りを調査しているようだった。
どうなっているんだ、いったいなぜ屋敷が……
これは、あの野郎何かしたのか?
考えられるのはデボットがあの時、魔法陣を解除させた事だった。きっとあの子供が何かしたのだろう……不味いな、私もあの子供に顔を見られている。
いざという時用の変装をすると街中の人混みへと紛れ込んだ。街の人達の噂話によるとやはりゼブロフ商会は悪業が公になり取り潰しとなったようだ。
そして、事情を知っている商人を探しているらしいと……
あの魔石の事をバラされたら不味いな……あれを知ってる者はブスターと、あそこで働いていた数人の魔法士だけだ。とはいえバレるのも時間の問題かもしれん、しかし王都の門を出るのは難しい。門を通る際にはいつもより厳重に確認されるだろう。
もうここら辺では商売は出来そうにないなと、とりあえず王都から出る方法を模索し始めた。
そんな時にデボットとあの子供を見かけたのだ。
「クソッタレ!」
人通りのない道を石を蹴飛ばしながら歩いて行く……
どこに行っても兵士が待ち構えていてどうにも身動きが取れない、王都を出るのなど簡単と思っていたがそうもいかなかった。王都の知り合いの所にはすでに手が回っていて頼る事も出来ない。このままでは捕まるのも時間の問題だった。
「くそっ! どうすりゃいいんだ!」
「お兄さんどうしたの?」
悪態をつきながら歩いていると可愛らしい子供の声がした。
「君は……!」
そこにはあの黒い魔石をくれた子供が立っていた。
◆
数ヶ月前……
「お兄さん、僕こんなの拾ったんだけど!」
そう言って子供が差し出したものは大人の拳大くらいある真っ黒な石だった。
「ふーん。どこで拾ったの?」
珍しい石を眺めながら、私は子供に優しく問いかけた。これは魔石ではないだろうか。
「森の中を歩いていたら落っこちてたんだ。なんか綺麗だし売れないかなと思って持ってきたの」
「君一人でかい?」
その子は可愛らしい顔をして首を振る。
「外にお母さんがいるけど内緒にしたいんだ! もし売れたらそのお金で何か買ってあげるの!」
そう言って無邪気に笑う。
「へー偉いね! じゃ少し高く買ってあげようかな。見たところ普通に綺麗な石だけど加工すれば装具に出来そうだな。銀貨一枚でどうだい?」
「えっ! 銀貨一枚も貰えるの! やったー!」
子供が無邪気に喜んでいる様子を笑いながら見つめた。
「本当はそんなにお金を出せないから、この事は内緒だよ」
そう言って懐からお金を出して銀貨一枚を子供に渡した。子供は分かったと喜んで商会を出ていった。私はその石をこっそり懐にしまうと、従業員に声をかけてゼブロフ商会を出ていく。
そのままブスターの屋敷に向かうと個室に案内された。
「ビルゲートか、どうした?」
「わ、悪かった、謝るから、こいつを止めて檻から出してくれ!」
「分かった……檻から出せばいいんだな」
俺の言葉を聞いてシルバが仕方なさそうに後ろに下がる。俺は剣を取り出し構えた。
「えっ? ど、どうする気だ!」
自分が切られると思ったのか慌てだす男をじっと見つめる。
「何って檻から出してやるよ」
「だ、出すってどうやって?」
「檻を切ってやる」
平然と答えると、男は何を言われたのか理解出来ないのか呆然としている。
俺は構わず男の足元に向かって剣を振り下ろした。
スパーン‼ と檻だけが綺麗に切れて男の足が自由になる。
「あ……んた……鉄が切れるの……か?」
男は檻を見つめていた。
「じゃあ次はここな」
俺は男の言葉を無視し、胸元を剣で指し示して振り下ろす。
「ぎゃぁぁ!」
男が胸をおさえた、その指の間から赤い血が滴る。
「ああ、悪い。怒りで手元が震えちまって思わず皮膚まで切っちまった」
平然と笑って謝った。
「次はここな」
そして首を指さす。
「い、いい、もういい!」
男が拒否するように頭を振る。
「別に動いてていいけど、その分手元が狂って深く切れるからな」
そう言うとピタッと男が止まる。その瞬間を見逃さずに剣を振った。
「ぎゃー!」
男が痛みから今度は首元を押さえる。
「あーあ、お前が動くからまた切っちまった」
「ち、違う、俺はう、動いてな、ない……」
「はぁー? 助けてやってるのに人のせいにする気か?」
その言葉に男がぐっと息を呑む。
「最後はここだな……」
頭を剣先でコツンと叩く。
「ヒィ!」
男がガタガタと震えだした。
「す、すみません、でした、許してくださ、さい。もう二度とば、馬鹿な事は、い、言いません」
「喧嘩を売る相手はよく選ぶんだな」
俺は冷たく言い放つと、許す気はないと剣を思いっきり振り下ろした。
ガンッ! 剣は男の横スレスレに地面に叩きつけられた。
男は再び気を失い目をグルンと白目にして口から泡を吹いている。
「汚ぇな。おい、こいつを見えないところに片づけてくれ」
「本当にうちの奴隷達が失礼をしてすみませんでした」
奴隷商人が地面に頭をつけて謝ってきた。先程の男は違う檻へと移され奥にしまわれる。
「いえいえ、あなたも大変ですね。あんな奴を取り扱わないといけないなんて……」
マルコさんが憐れみの表情を浮かべている。
「檻を壊してすまなかったな。弁償するよ」
俺はそう言うと収納から金を取り出した。
「いえ! 大丈夫です。これに懲りて大人しくなればこちらも助かりますから。なかなか言う事を聞かずに大変だったところですから」
商人は笑みを浮かべた。商人との話し合いがつくとミヅキの耳と目を解放してやった。
◆
ベイカーさん達からお許しが出たので、マリーさんの気持ちいい胸とお別れして地面に下ろして貰う。
「あれ? さっきの人いなくなってる……」
檻もなくなってなんだかスッキリしていた。
「あの男は反省して奥に行ってますよ」
マルコさんにそう言われたので納得する。
きっと皆が怖い顔で怒ってくれたのだろう、皆怒ると怖いから……
でもそれよりも今はデボットさんの事だ! 私が待ちきれずにいると商人に奥へと案内される。
「こちらが今回王宮から連れてこられた奴隷達です。表に置く訳にもいかず、買い手は見つからないかもしれませんね」
商人が難しい顔をしながら奴隷を紹介する。
「これは……」
ベイカーさんは言葉を失い、私の前に立って視界を塞ごうとした。私はサッと避けて前に出た。
「ミヅキ!」
私は奴隷達を見て呆然とする。奴隷達は皆どこかの部位がなく目は虚ろ……それはオイを思い出させた。
「酷い……」
ボソッと思わず声が漏れる。
「ここまで酷い扱いを受ける奴隷はあまりいませんよ……余程前の所が酷かったようですね」
さすがの奴隷商人も顔を顰めていた。
「ここまで酷いと、全員を合わせても金貨一枚でも売れるかどうか」
はぁーとため息をついている。
「えっ金貨一枚?」
それなら私でも余裕で買える! そんな私の様子にベイカーさんが険しい顔をした。
「ミヅキ、よく考えろよ。彼らは確かに可哀想だがどうにも使えんぞ。なんなら歩く事さえも難しいかもしれん」
「大丈夫! 考えがあるから!」
私がウインクすると更に怪訝な顔を見せる。
きっとろくな事を考えてないだろうとでも思っているんだろう。
「あとはデボットさん……男の人の奴隷は来てませんか?」
キョロキョロと周りを見るがデボットさんの姿が見えない。
奴隷商人に聞いてみると心当たりがあるのか頷いている。
「ああ、あの奴隷は目玉商品なので奥の鍵付きの部屋に置いてありますよ」
「目玉商品?」
「若くて商人としての知識があり、体の欠損もなく健康で体力もあるので引く手数多ですよ。彼がいたからこの奴隷達を引き受けたんですからね」
目玉商品……と言う事は高いって事だよね?
「デボットさん……その人はおいくらなんですか?」
恐る恐る金額を聞く。
「あれは金貨五十枚ですね」
えっ! 五十倍‼
「アイツそんなに高いのか?」
ベイカーさんも金額にびっくりしていた。
「ミヅキ、高いしアイツは諦めろ!」
ベイカーさんがしょうがないと言うが……諦めきれない!
でもお金が……どうしようかと腕を組んで唸っていると奴隷商人が交渉をしてくる。
「もしあの奴隷達を一緒に買って貰えるなら……金貨四十五枚でどうでしょう?」
「えっ? 彼らが増えるのに安くなるの?」
不思議に思って聞き返す。
「彼らがいるだけでもいろいろとお金がかかります。しかも売れるかどうかも分からないのをずっと置いておく訳にもいきませんし、一緒だとお得になりますよ。どうですか?」
何だか深夜の通販番組みたいな売り方だが、悪くない。
ただ問題はお金だよね……さすがに金貨四十五枚も持っていない。借金なんかしたら皆に怒られそうだし……ベイカーさんに借りる訳にもいかないのでどうしようかと悩んでいると、マルコさんがニコニコと笑って声をかけてきた。
「ミヅキさん、良ければ私がお金をお出ししましょうか?」
えっ? マルコさんが? びっくりして見つめるとマルコさんはニッコリと笑って頷く。
「いえ……マルコさんからお金を借りるなんて……」
そんな事出来ないと言おうとすると。
「貸すわけではありません、ミヅキさんのお金ですよ。今回のドラゴン亭の出店に対しての給金ですがミヅキさんにお渡しする分を早めに支払いしますという意味です」
ああ、前借りって事か!
「でも、どっちにしろ金貨四十五枚だから足りないし……」
せっかくお金が増えるが足りるわけない、残念に思い肩を落とす。
「ミヅキさんにお渡しする金額は金貨五十枚を予定していますよ。だから足りますよね?」
「えっ? 金貨五十枚?」
金額間違えてない? それとも私の聞き間違い?
マルコさんは肯定するようにニッコリと頷いた。
「この度のドラゴン亭の売上は予想を遥かに上回るものでした。その為ミヅキさんには特別給金を出す手筈になっております。もちろんリリアンさんもルンバさんもご承知ですよ」
知らない間にそんな事になっていたとは……初耳の私は驚いてしまった。
「このままあと二週間お店を開けば確実にその金額がお支払い出来ます。それがなくてもミヅキさんは助けてあげたくなる何かを持っていますがね」
マルコさんが含み笑いをする。なんだか私の秘密に気がついているような笑顔だった。
しかしそんな不確かなお金を貰っていいのだろうか?
このまま二週間何事もなく働けるかは分からない。私は、お金を貰うべきか悩んだ。
「ミヅキ、そんなに悩むなら借りとけよ。もし返せないなら俺が出してやる。本当はアイツに使うなら出したくなかったが……」
最後の方が声が小さくて聞き取れなかった。なんて言ったんだろう?
私が首を傾げて見上げると、なんでもないとベイカーさんが頭を撫でてくる。
「それで、どうする? もしその金額稼げなかったとしても、お前ならいつか返していけるだろ。マルコさんなら法外な利子や違法な取引なんかもしないだろうし」
「もちろんです。ミヅキさんになら喜んでいつでもお貸ししますよ」
マルコさんとベイカーさんの言葉に揺らいでいた気持ちが決まった。
「マルコさん、給金で必ずお返しします! だから金貨四十五枚貸してください!」
私は深くマルコさんに頭を下げた。
「もちろんです。喜んでご用意致しますね。でもその前に、ミヅキさんに私の商人としての手腕をお見せしますよ!」
そう言うとマルコさんは奴隷商人と話し出した。二人で話し合っていると奴隷商人の顔色が悪くなる。対照的にマルコさんはどんどん笑顔になっていった。
話し終わったようで、マルコさんがこちらに戻ってきた。
「デボットさんとブスターの元奴隷六人で金貨四十枚にしてくれるそうですよ」
マルコさんは笑っているが後ろでは奴隷商人の人が泣きそうな顔になっていた。金貨五枚も値切るってどんな事を言ったんだろ……肩を落として書類を用意する奴隷商人が少し不憫に思えた。
奴隷商人がデボットさんを連れてくるとの事でワクワクしながら待っていると、地下の階段から上ってくる足音がする。そして待ちに待ったデボットさんが縄で縛られた状態でやってきた。
そして私を見るなり怪訝な顔をする。
「ミヅキ、なんでこんな所に? こんな所にお前は来るべきじゃないだろ? 保護者は何をしている」
ベイカーさん達の方を見て今すぐ帰らせろと促す。
「私、デボットさんを買いに来たの!」
「駄目だ」
デボットさんがそんな事しなくていいと首を振る。
「俺はちゃんと罪を償ってお前の元に行きたい。楽をしたい訳じゃないんだ」
そう言って私を見つめる。
「デボットさん、なんか勘違いしてるよ。私の側にいるからって楽なんか出来ないよ!」
私はない胸を張って自慢げに答えた。デボットさんはそんな私の様子に唖然としている。
「デボットさんにはきっちりたっぷり払ったお金分働いて貰うよ! そ・れ・に……」
ふふふっと思わず笑みがこぼれる。
「私の側にいる方が大変かもよ!」
そう言って不敵に笑う私を見てデボットさんも一緒に笑い出した。
「あはは! 確かにそうかもな! 現に今回もミヅキといて死にかけた!」
キラキラの瞳をデボットさんに向けると、嬉しそうに見つめ返してくれる。
そしてベイカーさんをチラッと見ると、もう諦めの顔で頷いてくれる。
「ミヅキ、お前の側で働けるなんて俺には罰にはならないかもしれない……だが出来る限り償っていくから俺を買ってくれるか?」
デボットさんが膝をつき私に目線を合わせる。私は了承するようにニヤっと笑った。
「これでデボットさんは私の家族だよ!」
そう言って抱きついた。こうして私は書類を書き奴隷達を買い取る事になった。
「では、こちらの書類にお客様の血を一滴お願いします」
商人が書類にある魔法陣を指さす。ギルドカードみたいだな。
私はチラッとベイカーさんを見ると手を差し出した。
「えっ! また俺がやるのかよ!」
ベイカーさんは私の手を取ると小さいナイフで指をチクッと刺した。
「痛っ!」
私が痛みに顔を顰めると、ベイカーさんが慌て出す。
「えっ! そんなに深く切ってないはずだが……きっちり薄皮一枚分刺したはずなのに」
私の手をじっと見つめながらあわあわしている。
「なーんちゃって!」
本当は痛くないのに騙す為に痛いふりをしていた私に、ゴツーン‼ 拳骨が落とされた。
ううヴぅ……こっちの方が痛かった……涙を浮かべて書類に血を垂らすとシンクがサッと指先に回復魔法をかけてくれる。そしてシルバのぺろぺろの消毒……
「ベイカーさん、脅かしてごめんね、また次もお願いね」
ベイカーさんの前に行き両手を合わせて頭を下げた。
「もうやらん!」
しかしベイカーさんはご立腹のご様子。
「でも……こんな事頼めるのベイカーさんしかいないし」
しゅんと肩を落としてベイカーさんをチラチラっと見上げた。
「やっぱり一番信頼してるベイカーさんにしてもらいたいなぁ……」
ベイカーさんはため息をついた。
「分かったよ……全くお前にはかなわない。でも次にあんな事してみろよ、二度とやらないからな!」
分かったな! と念を押される。
どんだけ嫌だったんだ……ちょっとしたイタズラのつもりだったのに。
分かりました! と頷くとベイカーさんもようやく納得した。
「では、次に奴隷の印を付けますがどうしますか? 今は焼きごての他に装具もありますよ」
「焼きごてなんて絶対駄目! やだ!」
私が大声で言った。
「そう思いました、今はほとんどが装具ですから」
商人が台の上に色々な装具を持ってくる。ほとんどが首輪か腕輪だ。
「これだけですか?」
商人を見上げると「ご要望があればお作りも出来ますよ」と言われる。
「指輪とかって出来ますか?」
私としてはあんまり目立たなくて、奴隷ってすぐに分からないものがよかった。
「皆でお揃いの指輪がいいです、女の子も男の子もいるからシンプルな感じで!」
「承りました、出来次第お届けします。それまではとりあえず腕輪をつけておきますのでご了承ください」
「はい。わかりました」
仕方がないと頷く。
「では、奴隷達は後でお屋敷に運んでおきますね。マルコ様のお屋敷で大丈夫ですか?」
あっそうか……こんなに大勢を連れて歩けないもんね。
「デボットさんだけでも一緒に帰ってもいいですか?」
「お客様が良ければそのままお連れ下さい」
私がベイカーさん達を見ると分かったよと頷いてくれる。
「お願いします!」と商人さんに最高の笑顔を返した。
二 黒い魔石の作り方
私達は皆で市場に行く事にした。皆へのお礼のお食事用に何かいい材料がないか見に行くためだ。
「なんか使えそうな食材あるかな~」
真剣な目を向けて食材を見て歩く。
◆
「おいベイカーさん、あんたは俺がミヅキの側にいる事に納得してんのか?」
デボットがミヅキに聞こえないように俺に話しかけた。
「俺はずっと反対してるし、今でも納得なんかしてねぇよ。だけど……ミヅキがお前がいいって譲らねえんだから仕方ねぇだろ」
面白くないとフンと鼻を鳴らす。
「もし、またミヅキを傷つけてみろ……その時はミヅキが泣こうが喚こうが構わずお前を切る。まぁその前にもっと怖い奴が、お前をこの世から消しちまうだろうがな」
そう言ってシルバに視線を送った。ミヅキの横をピッタリと歩くシルバは、聞こえていたのかこちらをチラッと見るとキラッと牙を出した。
「ああ……そうなったらすぐにそうしてくれ。俺ももう、あいつが俺の事で泣く顔なんて見たくないからな」
デボットはシルバの脅しをものともしないでミヅキを愛おしそうに見つめている。
「あいつに何度も助けられた命だ。最後はあいつの……ミヅキの為に使いたい」
その言葉に俺は少し驚き、デボットを見つめた。
「そんな事してみろ、地獄その底まで追いかけてきて文句言われるぞ」
デボットは一瞬ポカンとしていたが確かにと笑う。
「そういやこの間もその底から引っ張り上げられたなぁ、はぁーあいつの側にいるのは本当に大変そうだな」
「今頃気がついたのか? もう遅い……ミヅキに目を付けられたからにはな」
ザマーミロと俺は笑う。しかしそれ程大変でもミヅキから離れたいとはきっと思わないだろう。
俺達は無言でミヅキを見つめていた。
◆
「やっぱり小麦粉はもう少し欲しいなぁ、あとは……」
「そこにある小麦粉を全部下さい」
私が次々に食材を言うとマルコさんは躊躇なく買い占めていく。
「そんなに買っていいんですか?」
心配になるくらいホイホイ買う様子にマルコさんに聞いてみた。
「ミヅキさんが作るものに外れはないですからね。絶対大丈夫です! 私の商人魂が買えと言ってます!」
だから問題ありませんと食い気味に応えてくれる。
「そ、そうですか……」
なんかプレッシャーが、しかもこれ売るためじゃなくてお礼の為の料理なんだけどな。
そんな事を言える雰囲気ではなくちょっと抑え気味に食材を選ぶ事にした。
その後も沢山の店を回って……
「おっけー! 沢山揃えられた!」
満足、満足! 私はホクホクの笑顔でシルバの上に乗っていた。
そして、屋敷に戻ろうと歩いている私達をじっと見つめる瞳には気づかなかったのだ。
◆
「どうなってる……」
ビルゲートは、もう使い物にならないと見捨てたデボットが五体満足で歩いている様子を唖然と見つめていた。デボットの横にはブスターに捕まっていたあの子供もいる。
デボットを見捨てたあと、私は一度商人ギルドに戻ろうとしていたが、街中が物々しい雰囲気である事を怪訝に思い警戒をして身を隠していた。
商人ギルドには複数の兵士がいて、商人達から何か事情を聞いているようだった。
まさか……そう思い兵士の目を避けブスターの屋敷に向かう。屋敷は半壊しており、そこにも兵士が集まり周りを調査しているようだった。
どうなっているんだ、いったいなぜ屋敷が……
これは、あの野郎何かしたのか?
考えられるのはデボットがあの時、魔法陣を解除させた事だった。きっとあの子供が何かしたのだろう……不味いな、私もあの子供に顔を見られている。
いざという時用の変装をすると街中の人混みへと紛れ込んだ。街の人達の噂話によるとやはりゼブロフ商会は悪業が公になり取り潰しとなったようだ。
そして、事情を知っている商人を探しているらしいと……
あの魔石の事をバラされたら不味いな……あれを知ってる者はブスターと、あそこで働いていた数人の魔法士だけだ。とはいえバレるのも時間の問題かもしれん、しかし王都の門を出るのは難しい。門を通る際にはいつもより厳重に確認されるだろう。
もうここら辺では商売は出来そうにないなと、とりあえず王都から出る方法を模索し始めた。
そんな時にデボットとあの子供を見かけたのだ。
「クソッタレ!」
人通りのない道を石を蹴飛ばしながら歩いて行く……
どこに行っても兵士が待ち構えていてどうにも身動きが取れない、王都を出るのなど簡単と思っていたがそうもいかなかった。王都の知り合いの所にはすでに手が回っていて頼る事も出来ない。このままでは捕まるのも時間の問題だった。
「くそっ! どうすりゃいいんだ!」
「お兄さんどうしたの?」
悪態をつきながら歩いていると可愛らしい子供の声がした。
「君は……!」
そこにはあの黒い魔石をくれた子供が立っていた。
◆
数ヶ月前……
「お兄さん、僕こんなの拾ったんだけど!」
そう言って子供が差し出したものは大人の拳大くらいある真っ黒な石だった。
「ふーん。どこで拾ったの?」
珍しい石を眺めながら、私は子供に優しく問いかけた。これは魔石ではないだろうか。
「森の中を歩いていたら落っこちてたんだ。なんか綺麗だし売れないかなと思って持ってきたの」
「君一人でかい?」
その子は可愛らしい顔をして首を振る。
「外にお母さんがいるけど内緒にしたいんだ! もし売れたらそのお金で何か買ってあげるの!」
そう言って無邪気に笑う。
「へー偉いね! じゃ少し高く買ってあげようかな。見たところ普通に綺麗な石だけど加工すれば装具に出来そうだな。銀貨一枚でどうだい?」
「えっ! 銀貨一枚も貰えるの! やったー!」
子供が無邪気に喜んでいる様子を笑いながら見つめた。
「本当はそんなにお金を出せないから、この事は内緒だよ」
そう言って懐からお金を出して銀貨一枚を子供に渡した。子供は分かったと喜んで商会を出ていった。私はその石をこっそり懐にしまうと、従業員に声をかけてゼブロフ商会を出ていく。
そのままブスターの屋敷に向かうと個室に案内された。
「ビルゲートか、どうした?」
169
お気に入りに追加
22,989
あなたにおすすめの小説
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ほっといて下さい(番外編)
三園 七詩
ファンタジー
「ほっといて下さい」のもうひとつのお話です。
本編とは関係ありません。時系列も適当で色々と矛盾がありますが、軽い気持ちで読んで頂けると嬉しいです。
✱【注意】話によってはネタバレになりますので【ほっといて下さい】をお読みになってからの方がいいかと思います。
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。