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4巻

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   プロローグ


 私、ミヅキは前世で事故に遭い、命を落とした。
 気がつくと幼子に転生してこの世界で一人さまよっていたのだ。そこで私はミヅキと名乗り、前世の時に飼っていた愛犬の銀にそっくりなフェンリルのシルバと、可愛い鳳凰ほうおうのシンクに出会う。
 私はシルバとシンクと従魔の契約をして意思疎通が出来るようになった。
 町では過保護なベイカーさんや怒らせると怖いセバスさん達に助けられ、トラブルに巻き込まれながらも楽しい生活を送っている。
 そんなある日、お世話になってる食堂の女将リリアンさんに頼まれて、王都でお店を開く手伝いをする事になったけど……案の定トラブルに巻き込まれて誘拐されてしまった。
 しかし、以前に出会った元奴隷商人のデボットさんやベイカーさん、シルバ達に気がついたら助けられた。
 そしてとうとう私は、王都でレオンハルト様と再会した。
 神様、せっかく来たこの世界……もう少し、ほっといて下さい……




   一 日常


 久しぶりの再会に私と話をしたそうなレオンハルト様。
 私の誘拐の件でお仕事があるらしく、側近のユリウスさんとシリウスさん達に挟まれ、デボットさんを連れてゼブロフ商会に向かっていった。ゼブロフ商会と親密な関係にある誘拐事件の関係者、ビルゲートの事も話しておいたので見つけてくれる事を期待する。
 残念そうなレオンハルト様達を見送ると、私達は一度落ち着こうとマルコさんの屋敷に戻る事にした。コジローさんがドラゴン亭に寄って私達の事を伝えておいてくれるらしい。そしてそのまま一度ギルドに戻ってライアンの取り調べを行うそうだ。

「ミヅキさん!」
「ミヅキ!」

 マルコさんやエリー、屋敷の皆が心配した顔で出迎えてくれた。

「ご無事でよかった……」

 マリーさんは私の姿を確認すると目に涙をためて喜んでくれている。エリーも泣くほど心配してくれたのか目が赤く腫れていた。

「ご心配おかけしました。皆さんが街中捜し回ってくれたとお聞きしました。本当にありがとうございます」

 安心させるために笑顔でお礼を言うと、屋敷の人達もやっと人心地がついたように安堵の表情を見せた。

「ドラゴン亭に来ていた貴族の方々もお力を貸して下さいました。これもミヅキさんの人柄のおかげですよ」

 マルコさんの言葉に皆も同意するように頷く。

「もう無事だって事は、捜してくれてる皆には伝わったんですかね?」

 これ以上騒がせても悪いし……恐る恐る聞く。

「ええ。ジルさんが皆に伝えて瞬く間に広がっていきましたので大丈夫ですよ」

 ジルさん! ありがとう~。今度お店に来たらコロッケを奢ろう!

「あっ、そうだ! 今回迷惑をかけた人達に何かお礼をしたいんだけど……いいかな?」

 シルバ達とベイカーさんをうかがうように上目遣いで見ると、好きにしろと苦笑される。

「ミヅキ、何か作るなら手伝うぞ!」

 コジローさんから話を聞いて屋敷に急いで戻ってきたルンバさん達が、ちょうど私達の話が聞こえたようで声をかけてきた。

「俺にも出来る事があるなら手伝うよ!」

 ポルクスさんも笑っている。二人がいれば心強い! よーし! 何作ろうかなぁ……
 美味しい物を作って皆が喜ぶ顔が目に浮かぶ!
 ドラゴン亭は申し訳ないけどあんな騒ぎがあったので臨時休業にして三日後にお世話になった皆を招待する事にした。ルンバさんとポルクスさんと何を作ろうかと話し合う。
 準備を進めている最中、ゼブロフ商会に行ったシリウスさん達から連絡があり、王宮に行き誘拐された経緯を詳しく話す事に。ちなみにビルゲートの行方は分かっておらず、まだ捜索が行われているが、どうも王都は出ていってしまったらしく捕まえるのは難しそうだ。
 私はシルバ、シンク、ベイカーさんと王宮に向かう。
 もうどこに行くにもこの三人がピッタリと離れなくなってしまっていた……
 まぁしょうがないよね……
 話は通ってるらしく王宮の門もスムーズに通って、レオンハルト様とユリウスさん、シリウスさんの待つ部屋へと案内された。案内された部屋に行くと扉の前に兵士が立っていて扉を開けてくれる。お礼を言って中に入ると、三人が待っていた。

「この度は御足労いただきありがとうございます」

 ユリウスさんがそう言って席へと促す。私は頷いて中央の椅子に座り、膝にシンクが、横にベイカーさんとシルバが当然のように座った。

「凄いガードだな……」

 今なら誰もミヅキに手を出せなそうだとレオンハルト様も唖然としている。
 王子よりも手厚い警護ってどうなんだ?

「それでどうなりました?」

 ベイカーさんが尋ねるとレオンハルト様が頷き話し出した。

「ゼブロフ商会とブスターの屋敷の地下からは色々とやばい物が見つかった。まずは奴隷達だ、表にいたのは全て子供で大人になるとどこかに連れて行かれていたようだ……」

 ユリウスさんが顔を歪めると、続きを話す。

「ブスターは屋敷の地下で違法な実験を繰り返していたようです……ミヅキが捕まっていた更に奥の部屋から人骨が見つかりました……そして保護した奴隷達も体の一部分が欠損している子も……本当に胸糞むなくそ悪い屋敷だ」

 嫌悪感を露わにする。
 私はオイの事を思い出す。オイのツギハギだらけの体……奴隷達の体を使っていたのかもしれない。オイも奴隷達もあのブスターの犠牲ぎせい者だ。

「奴隷達は一度保護したが、また奴隷として売り出される事になると思います」
「えっ……? だって、そんな酷い扱いを受けていたのにまた奴隷になるの?」
「そうですが……奴隷である以上しょうがないのです。彼らは自分の値段を稼いで自分で自分を買う以外、奴隷から抜けられないのですから……」
「デボットさんは?」
「彼は犯罪奴隷です。決められた刑期を奴隷として過ごさなければなりません!」

 シリウスさんが語尾を強くする。デボットさんへのあたりが皆強い……

「彼らは買い取った主人がいなくなったので、再び買われるまでそのままです。しかし体が不自由な彼らが買い取られる事はあまりないかも知れません」

 確かデボットさんは買い取られずに残されて、そのまま奴隷商人になったと言っていた。
 その子達もそうなってしまうのだろうか……何それ……酷すぎる。

「買い取られないとどうなるの?」
「そのままそこで働く道もありますが、傷が酷い者はそこから病気になったりして……」

 ユリウスさんも言いながら複雑そうな顔をする。全てを助ける訳にはいかないのだろう……

「ゼブロフ商会は取り潰しとなりました。従業員達には事情を知らない者もいたようなので、これから詳しく事情を聞いて各々処分を言い渡していきます。深く関わっていた側近達は皆犯罪奴隷落ちですね」

 私は複雑な気持ちになる……なんか、誰も幸せになれない終わり方なんてやるせない。

「それで? 当のブスターが死体も何も見つかっていないんだか?」

 レオンハルト様が私を見てくるので、捕まってからの経緯を話した。
 バーン‼
 ベイカーさんとシリウスさんが私の話を聞くなり机を思いっきり叩いた。
 びっくりした……私は思わず竦んでしまう。

「ミヅキ……その話は聞いてないぞ。馬乗りになって叩かれたって?」

 ベイカーさんが殺気を放って私の方を見る。周りの空気がピリつくのが分かった。

「だ、だって……聞かれてないし、今でもアイツの顔を思い出すと震える。でもここで怖がって閉じこもって泣いたりなんかしたらアイツに負けた気がする! そんなの助けてくれたオイの為にもしちゃいけないと思うんだもん」

 ベイカーさんの目を見てしっかり答えると殺気が緩んだ……思わずホッとして息を吐いた。

「で? そのクソ野郎の死体はどうしたんだ? そのオイって子供が真っ二つにしたんだろ? そんな死体どこにもなかったぞ」
「それは……」

 シルバを見ると、言えばいいと頷かれる。

「シルバが闇魔法で消滅させちゃった」

 はは……笑って誤魔化してみるが、皆の顔が引き攣っているのが分かった。

「闇魔法だと……使える奴に会うのは二人目だ。まぁフェンリルだから当然なのか?」

 えっ? そんなに珍しい魔法なの? ていうか二人目って事は……

「もう一人って誰ですか?」
「ミヅキも会っただろ。アルフノーヴァだ」

 ああ、納得。アルフノーヴァさんはセバスさんの師匠のエルフで何百年と生きているらしい。レオンハルト様の教育係で、この国の重役でもある人だ。

「相変わらずデタラメな従魔だな……」

 そう言われるが……私にとってシルバは頼りになる優しいモフモフの家族なんだけどな。

「まぁ、ブスターが生きていたとしても死ぬまで奴隷でしょうね。自業自得じごうじとくの因果応報、問題ないのでは?」

 ユリウスさんがそう言うと皆が頷いた。

「あとは……その魔石を使った人体実験ですね……今の所その事を話してる関係者はいませんでしたがもう少ししっかりと聞いてみましょう」
「ビルゲートが何か知ってるかもしれんが、全然足取りが掴めない。人当たりもよく、そんなに悪い噂もなかったがブスターと関わりがあった以上無実とは思えんな」

 ユリウスさんとシリウスさんが渋い顔をする。

「じゃあ、デボットさんとビルゲートの契約は無効になるの?」

 私は期待を込めて聞いてみる。

「こんだけ騒ぎが大きくなっているのに出てこないところを見るとやましい事があるんだろう……契約は無効だな」

 その言葉を聞いてホッとする。よかった、あの人の所にはデボットさんはいちゃいけない気がしてたから。一つ心配事がなくなった。

「デボットさんもまた他の奴隷と一緒に売られちゃうの?」
「そうなりますね、ブスターの奴隷達と共に市場に出します」

 市場に出す……そう聞いていい考えが浮かび、キランと目を輝かせた。

「その市場って私も行ってもいいんですか?」

 私の問いに皆が怪訝けげんな顔をする。

「ミヅキ何を考えてる?」

 ベイカーさんがジロッと睨みつけて来るがふいっと顔を逸らした。

「べ、別に……デボットさんがどうなってるか見に行きたいなって思っ……」
「駄目だ!」

 食い気味に言われた!

「お前の考えそうな事だが許さんぞ!」

 まだ何も言ってないのに~! 私はプーッと頬を膨らませる。

「アイツはお前を誘拐したんだぞ! そんな奴を側に置くなんて俺は認めない」

 ベイカーさんの言葉を聞いて皆も反応してきた。

「ミヅキ……もしかしてあの奴隷買うつもりか?」

 シリウスさんの心配する顔に「駄目かな?」と笑ってみせた。皆の心配する顔を見ると申し訳なく思うが、地下で会ったデボットさんはそんな事をする人には見えなかった。

「奴隷って主人に逆らえないんでしょ? どういう原理か知らないけど」
「確かに魔法で契約して縛るから逆らえないな……そう考えると手元に置いとくのも悪くないのか?」

 レオンハルト様の発言を受けて皆が一斉に王子を睨む。問題はアイツが私の側にいる事なのだとベイカーさんが怒っている。

「デボットさんにはやって欲しい事があるんだよね~!」

 ニコッと笑うとベイカーさんがため息をついた。きっと私の顔を見て何を言っても無駄だと気がついたのだろう。


 ◆


「いいか! 絶対に! 側を! 離れるなよ!」

 ベイカーさんからこの言葉を朝から何回聞いた事か……
 もしかして振り? これは離れろって振りなのか? 私がベイカーさんのボケに乗るべきか真面目に悩んでいるとヒョイッと抱き上げられてシルバの背に乗せられる。

「ここから降りるなよ! まだビルゲートも見つかっていないんだから!」
【そうだ、ミヅキずっと乗っていていいんだぞ】
「はーい!」

 私はシルバの背に乗ってご機嫌になる。
 モフモフのシルバの背中!
 ここならずっといてもいいや!


 さすがにレオンハルト様やシリウスさんやユリウスさんは市場には来られないのでベイカーさんとシルバ、シンク、あと……

「ここからは少し治安も悪いですから気をつけて下さいね」

 マルコさんが私達の会話に苦笑いを浮かべる。

「そうですよ、ミヅキ様。ちゃんと皆様の言う事を聞いて下さい!」

 マリーさんにまで言われてしまうなんて……
 私達だけだと市場の事はよく分からないので、商人でありこの王都にも詳しいマルコさんがついてきてくれる事になった。その護衛件お世話係のマリーさんも一緒に!
 皆で歩いて行くといかがわしげなお店が増えてきた……何が材料なのか分からないような瓶詰めに、見た事もない生物の干物、なんのお店かも分からない。
 キョロキョロと周りを見ながらシルバにしっかり掴まっている。

「あーははは! 子どーもだー! いぬだー! いぬつれてるーははは!」

 大声で喚く男が私とシルバを指しながら大笑いしていた。その男の焦点は合っておらずどこか空を見ているようだった。

【あのおじさん、どうしたんだろ?】
【別に変な感じはしないが、うるさい奴だな】

 シルバが言うには敵意も嫌悪も向けてはいないらしい……ただただ思った事を口に出しているようだった。怪訝けげんに思い見ていると、男がいる店の主人らしきおじいちゃんが出てきた。

「あー、お嬢ちゃんすまないね。息子……こいつは娘を亡くしてから不安症になっちまってね」

 おじいちゃんが寂しそうに話した。この男の人はおじいちゃんの息子さんのようだ。

「娘が病にかかっちまってその治療の為に借金までしたんだが、結局娘は死んじまってこいつも奴隷落ちしちまったんだよ」

 ははは! 男は悲しむおじいちゃんの横で構わずに笑っている。

「普段は大人しく物を運ぶくらいは出来るんだが……お嬢ちゃんくらいの子供を見ると騒ぎ出しちまうんだ。嫌な思いさせて悪かったな、決して手を出したりはしないから気にせず通ってくれ」

 そう言ってお店の中に戻って行った。私はシルバに頼んで男の人に少し寄ってもらう。

「おじさん、娘さんの為にもしっかりしなきゃ。お父さんがそんなんじゃ安心して娘さんが眠れないよ」

 そう言うと男の頭をそっと撫でた。

「おじさんは頑張ったよ。だからもう自分を許してもいいんだよ」

 そう言って笑いかけると、バイバイと手を振ってベイカーさん達の後を追った。


 ◆


「ファング、この荷物外に運べるか?」

 お店のおじいさんが息子に声をかけた。
 しかし反応がない。不審に思い近づくと男は壁にもたれて眠っていた。

「おい! ファング起きろ!」

 全くこんな所で寝やがって、そう思い揺すり起こすとゆっくりと目を開いた。

「お、親父……?」

 男は目を覚ますと目の前のおじいさんに声をかけた……その目は正気を取り戻している。

「お……前、俺が分かるのか?」

 おじいさんが驚き震える声で聞き返す。

「俺は……ミミ……」

 ファングは頭を抱えて目を閉じた。そして思わず娘の名前を口にする。何故急に正気に戻ったのか分からなかったが、また娘の事を思い出させてもよくないと思いおじいさんは黙っていた。

「親父……俺が不甲斐ないばかりにミミが泣いてたよ」

 やはりまだミミが生きてると勘違いしているのか……おじいさんはなんと言ってやればいいのかと戸惑ってしまった。しかし男は泣きながら笑っていた。

「俺はミミの為にもちゃんと生きなきゃな、じゃなきゃミミが安心出来ないんだ」
「お前……ミミの事、覚えているのか?」
「娘の事を忘れるものか、一回は逃げちまったけど、もう目を背けねぇ……」

 そう言うが涙が止まらない。

「だから…今だけ少し泣かせてくれ……ミミ……」

 男は静かに涙を流した……


 ◆


「ミヅキ、あんまり知らない人に話しかけるなよ!」

 ベイカーさんはあっちこっちに意識が向く私にハラハラしている。
 だって市場は見た事もないものが沢山で気になって仕方ない。シルバは危険がないと判断すると私の言う通りに動いてくれるので、あっちにフラフラこっちにフラフラしてしまう。

「ミヅキ! アイツを買いに行くんだろが、とりあえずそこに集中しろ!」

 ベイカーさんに目的を思い出させられた。

「そうだね! ベイカーさんもシルバも急いで! 急いで!」

 私はシルバに急ぐようにお願いして、ベイカーさんに早く早くと手招きする。呆れるベイカーさん達を連れて目的の奴隷商にようやく到着する。そこには鉄の柵に入れられている奴隷達がいた……その中の一人の男が私と目が合うと叫び出した。

「お前……お前のせいで! お前さえいなければ!」

 他の者はチラッと私達を見ると、生気のない目で下を向く。

「お前がブスター様に逆らったりするから、俺達はこんな場所に入れられちまった! どうしてくれるんだ!」

 男は血走った瞳で柵に掴みかかりながら叫び続けている……大人の男に急に怒鳴られ、私は思わずビクッと身がすくみシルバの毛をギュッと握りしめた。
 自分のした事で不幸になった人がいる……その事実を目の当たりにして何も言えなくなってしまった。
 するとベイカーさんが私をかばうように前に出て男を睨みつけた。

「ふざけるな! 自分のしでかした事を棚に上げて人のせいにするな」
【ミヅキ……降りろ。あのメイドの側にいるんだ】

 シルバに言われ私はマリーさんの側に行った。マリーさんも男の言葉に血管を浮かしていたが、私が側に行くとニコッと笑い抱き上げてくれる。

「あんな馬鹿な人の言う事など聞かなくていいんですよ」

 そう言うと私を優しく抱きしめて、大きな胸に顔を押し付けられた。
 シルバは私がマリーさんに抱っこされるのを確認するとベイカーさんの隣に並んだようだ。

「自分の罪を子供に押し付けるなよ……」

 ベイカーさんの怒気を孕んだ声が聞こえてきた。隣ではシルバも一緒に唸り声をあげている。

「な、なんだよ、俺に勝手に手を出す事なんて出来ないぞ! しかもこの忌まわしいおりの中だ、傷つける事も出来ないだろ!」

 ベイカーさん達が手を出せないのをいい事に男の態度が大きくなった。

「ふん! 俺はもう今は奴隷だ! 人の物になっちまったんだよ。だから俺を傷つける事は犯罪だ」
【何が犯罪だ、そんなもの知るか!】

 シルバが牙を剥き出し唸っている。

「ヒィ! そ、そんなバカでかい獣だってこのおりを通れまい!」

 シルバの唸りに男は震え上がっている。だがおりの中にいるからか安全だと思っているみたいだ。
 騒ぎを聞きつけ奴隷商人が奥から出てきた。ベイカーさん達が奴隷と揉めているのを見つけると駆け寄ろうとするが、マルコさんがそれを止めた。

「あっ! マルコ様いつもありがとうございます」
「すみません、この方達は私の連れなんですよ」

 マルコさんはベイカーさんとシルバを見つめる。

「中の奴隷が彼らの大切な人を傷つけましてね……少しお仕置きをしても大丈夫ですか?」

 マルコさんがニッコリと笑って奴隷商人に尋ねた。

「す、すみません! あの奴隷まだ自分の立場がよく分かってないらしく……死ななければ何しても大丈夫ですから!」

 奴隷商人は青い顔をしてどうぞどうぞと手を差し出した。マルコさんは満足そうに頷くと頭を軽く下げて、ベイカーさん達の元へ向かい何か耳打ちする。
 そしてマリーさんと私の方にやって来た。

「ミヅキさん、あんな奴隷の言う戯言ざれごとなど気にしなくていいんですよ。あんな汚い言葉をあなたが聞く必要はありません。しばらく耳を塞いでおいた方がいいですよ」

 ニッコリ笑うとマリーさんに目配せをした。
 マリーさんは頷くと私の顔を見つめてゆっくりと耳を塞いだ。
 えっ?
 気がつけばあっという間にガッチリホールドされてしまう……でもマリーさんの柔らかい胸が気持ちいい。私は心地いい弾力にウットリしてしまった。


 ◆


 俺はミヅキがこっちを見てない隙にシルバに声をかける。

「シルバ、死なない程度にやっていいぞ」

 今にも襲い掛かりそうなシルバにボソッとつぶやく。

「な、なんだ!」

 おりの柵の間隔からシルバが入れないのは分かっているのだろうが……あまりの迫力に限界まで男は下がった。シルバがおりに前脚をかけた瞬間グニャッと粘土ねんどのようによじれる。
 今起きた事が信じられないようで男が言葉を失っていると、シルバは男の周りのおりを次々に曲げていく……

「う、うわぁぁ!」

 男はシルバを避けるようにおりの中を動く。
 それに対してシルバは追い詰めるようにおりを狭めていった。

「や、やめろ! やめてくれ!」

 男はシルバが曲げたおりに挟まれ身動き取れなくなった。シルバは更に脚を乗せて、格子ごとグッグッと押し付ける。

【このまま潰してやろうか】

 シルバが唸ると、パタッと男は気を失いおりの中で倒れ込んだ。

【チッ、軟弱だな】

 パシャ! 水魔法で顔に水をぶちまけると男の意識がすぐに戻る。

「何寝てんだ?」
「た、助けてくれ!」

 男は格子の間から手を伸ばして俺の足にしがみつこうとする。

「そこにいれば安心なんだろ? 誰もお前を傷つけられないんじゃないのか? そこから出ていいのかよ、今度はそのままぺちゃんこにされるぞ」

 突き放すように言うと男の手を蹴り飛ばした。

「そ、それは……」


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