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第1章.地上界はスローライフで Ⅰ
第005話.ありがとう、お嬢。
しおりを挟む羽化して黄金色の大きな羽根を広げた、コガネアゲハの少年。年齢的には、べりんとほぼ同じくらいでしょうか。背丈も、さほど変わり無い様ですね。
でも、見た目が幼くなったが故に、ココロ変わりが心配……ベレンは、目の前の友に“ある事”を再確認してみました。
「おヌシ……本当にスティルなのか?」
まぁ、羽化すると共に喋り方まで変わっちゃうし……仕方ないよね。
「そーだよ、ベレン爺! でもボクだけ若返っちゃって、何か申し訳ないな」
尊敬と親愛の情を込めてベレン“爺”と呼ぶ癖、まさしくキャタピラの頃のスティルじいちゃそのものです! スティルは、スマンと頭をポリポリ掻いています。
「でも、これからもずっとボク達の友情は不滅だぜっ!」
ベレン、思わず目頭が熱くなってしまいました。すまん、スティル! ほんの少しでも“友情”を疑ってしまったワシを許しておくれ……!
そして、2人はひしっと抱き合いました。スティルが若返った事で友情が揺らぐ事を危惧していたんですが、どうやら取り越し苦労だった様です。
「ボクもこうして、ベレン爺と抱き合える日が来るなんて思ってもいなかったもんな! キャタピラの姿では無理だって、半ば諦めてたからさっ」
そして、スティルはべりんの方へ振り向きます。
「そして、お嬢!」
えっ、お嬢って……アタシの事なの? 子分を後ろに従えてそーなイメージだから出来ればヤメテ欲しーな、なんて……
「お嬢のスキルのお陰でボクは蛹へ、そして成体へ進化出来たんだぜ! ほんっとに、アリガトな!」
しかしスティルくん、反則なくらいキラキラが零れ落ちる笑顔なのよね。でも、アタシだって笑顔勝負なら負けないですから!
べりんは、スティルからのお礼に満面の笑くぼで返します。でも、べりんにはひとつ気になる事があったみたいです。
「ねぇねぇ……ぱーぱは、もう蛹になったんでしゅか? アタシも蛹になるんでしゅか?」
ネコ耳をピクピクさせてベレンの手をキュッと掴み、クイクイと引っ張ります。
「その質問については、ワシが答えるべきでは無いな。スティル、済まぬが教えてやってくれないかな?」
べりんは、んむーと可愛く口の中に人差し指を咥えてベレンを見上げます。
「なぁお嬢、よぉく聞いてくれ! ボク達花樹族って、2つの種が共存してるんだぜ!」
ま、当然だな、とスティルは頷いて説明してくれたんです。
「ひとつはベレン爺みたいな花根種、そしてもうひとつはボクみたいな樹虫種。それぞれの種の頭文字をくっ付けて『花樹』族って呼んでるんだ!」
べりんは人差し指の先を顎に当て、こくんと首を傾げます。
「因みに、蛹になるのは樹虫種だけなんだぞ!」
なるほど、だからぱーぱはこのメンツの中で唯一樹虫種であるスティルくんに説明を丸投げしたんだぁ。
「アタシは、どっちなんでしゅか?」
「お嬢、難しく考える事は無いよ。パッと見た目で、だいたい“花っぽい”のが花根種、“虫っぽい”のが樹虫種って認識で間違いないんだぜ!」
そう言って、スティルはすきっ歯全開でにひっと笑います。
「お嬢は、ベレン爺と同じ花根種さぁ! だってお嬢の尻尾は、根っこなんだからなっ!」
スティルくんはまるで『見た目は子供、頭脳は大人』……大人どころか、お爺ちゃんのままですけどね!
「ちなみに、樹虫種だけは『卵から生まれて幼生になり、蛹を経て成体へと成長する』っていう、他の種族とは一線を画す成長過程なんだよなっ」
アタシと比べると、かなり博識です! でも……
「そういう成長過程、『完全変態』と呼ぶんだ!」
……へっ?
「かんじぇんな……ヘンタイ?」
べりん、すっごいジト目でスティルの顔を見ています!
……
…………
………………チーン。
「だぁぁぁ~っ、『完全変態』ってそーゆー意味じゃねえんだよぉ~!!!」
一生懸命説明しようとして、返って墓穴を掘ってしまったスティル。
この冷た過ぎる視線に堪えられず……ギブしてしまったんです。だって、相手は小難しい事なんてまだ分からないべりんなんですから。
ちなみに、この異世界ではトンボだってバッタだってモチロンいます。ただ違うのは、この異世界ではトンボもバッタも蛹になるんです。
蛹にならない「不完全変態」という概念自体が存在しないんです!
「『完全変態』とは、言わば生まれたり昇天したりの繰り返し……しかし、今までスティルはその繰り返しの“輪”の中に入れて貰えなかったのだ」
ギブしてへべれけになってるスティルの代わりに、ベレンが説明しました。
「即ちそれは自分の未来と『生きた証』を全否定される、ある意味昇天する事よりもずっと辛く哀しい事なのだよ。キミだからスティルに救いの手を差し伸べる事が出来たんだ、べりん」
「ありがとう、お嬢。」
あ、スティルがへべれけから復活です! ありがとうの重み、今度はちゃんと伝わったからね……
べりんはただ微笑み、スティルの頭を優しくナデナデしてあげたのでした。
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