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第二章 かめ、皇妃(プリンセス)教育を受ける

北極星の行方

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 あの日以来、あたしは旧公爵邸はなれで見た庭師のことが頭から離れなかった。

 あれがエドなのか確認したい!
 そして、菊子様の安否が知りたい!

 あたしはどうにかして、旧公爵邸に行く口実を四六時中しろくじちゅう考えていた。
 おかげで全く皇妃プリンセス教育が手につかなくて何度も新一しんいちを激怒させたけど、しょうがないわよね。

 金色こんじき腕毛うでげを持つ日本男児や外人がありふれているなら見間違いだとあきらめるけど、そうそうお目にかかれる腕毛じゃないんだから。

 みんなが思っているよりも、もっと剛毛ごうもうなんだからね!

 でも新一しんいちくぎを刺された以上、よっぽどの理由が無いと旧公爵邸には行けないから、あたしは黙って機会チャンスうかがっていた。

 エドを探すことが菊子様推しを見つけ出す近道なんだから、ほんの少しの可能性だっていい。しらみつぶしにやってやるわ。

 だって、菊子様が家出されてからもう1か月も過ぎたのに、いまだに行方ゆくえが分からないのよ。
  
 これって絶対に変よね。

 絶世の美女の菊子様だけでも人目につくのに、外国人のエドとともに行動しているならば、何かしらの目撃情報タレコミがあってもおかしくないはずよ。
 それとも、あたしを影武者みがわりえたことで、みんな安心しきって捜索をサボっているとか?

 もしもあたしが捜索隊なら、草の根1本ずつ引き抜いてでもお嬢様の痕跡こんせきを探すのに。
 菊子様、今頃どちらにいらっしゃるの?

 あたし寝所ベットから身を起こすと、カーテンと窓の扉を少し開けた。
 さえざえと肌をむしばむ夜の寒さが、あたしの体温を徐々じょじょに奪っていく。

 今夜は星がたくさん見える。
 こぼれ落ちてきそうなほど無数の光のキラメキが、夜空を埋めつくしていた。

 寝る前に雲ひとつなく晴れていたら、出窓を開けて必ず夜空を見上げることにしているの。
 この空の下のどこかに必ず菊子様が居て、同じ月や星を見ているかもしれないから。

 あれはひときわ星が輝く冬の夜、お嬢様が庭園で天体観測てんたいかんそくをしていた時のこと。
 大きな天体望遠鏡という筒機械つつから目を離したお嬢様が、寒さに揺れる星のひとつを指さしながらあたしに話をしてくれたことがあったわ。
 
『かめ、あれをご覧なさい。
 あの柄杓ひしゃくのような星とジグザグに5つ輝いている星の真ん中にあるのが北極星よ。
 いつも正確に北をさしているから、旅人のり人と呼ばれているわ。
 わたくしもいつか、あの星だけを頼りに自由気ままな旅に出てみたいわ。』

 今なら、どういう気持ちで菊子様が星の話をされたのか分かる気がする。
 今すぐにこの夜空を飛んで、お嬢様を見つけたら抱きしめてあげたい。

 羽を切られたかごの中の鳥みたいに、公爵邸から出られない自分が情けなくて、涙が止まらなかった。
 かめは、かめはお嬢様に会いたいのです。
 
 今日もあたしは菊子様の残り香が薄れていく枕掛布カバーを涙で濡らしながら、眠れない夜を過ごすのよ。

 いびきが恐ろしくうるさいと、夜中、隣の部屋の新一しんいちにたたき起こされるまで、いつの間にかぐっすりと寝てしまったことには全く気づかなかったのだけど。

 おかしいわね。どうしてなのかしら?
 
 ※

 その機会チャンスは、思っていたよりも早く訪れた。

舞踏会ダンスパーティですって?」

 夕餉ゆうしょくに出た豆の汁物スープを、できるだけゆっくりと味わいながらすすっていると、突然、食卓のに入って来た葛丸かつらまる様が、あたしに「舞踊ダンスが出来るか」と質問してきたのよ。

はさておき、習得をしている段階ではあります。」

 舞踊ダンスの授業中に何度も新一しんいちの足をんづけてしまうあたしは、消え入りそうな声で葛丸かつらまる様に報告した。

「では、【できる】ということで話を続ける。」

 な、何でそうなるのよ?
 葛丸かつらまる様って場の空気が読めない人なのかしら。

「今月の15日に公爵邸わがやで初の舞踏会ダンスパーティを主催することになった。
 もちろん、菊子かめも参加するように。」

 それからあたしと豆のスープを見比べると、葛丸かつらまる様は微笑ほほえんだ。

「毎日頑張っているようだな。
 少し痩せたようだが、身体は大丈夫か?」

「若いから、体力にだけは自信があります!」
 本当は心身ともに疲れ果てているのだけど、から元気で答えるあたしの肩に、葛丸かつらまる様がそっと片手を置いた。

「期待しているよ。
 舞踊会には菊子のドレスを試着してみたらいい。
 合わないようならすぐに職人に作らせるから、遠慮えんりょなく言ってくれ。」

 と、尊すぎるんじゃ~♡♡

 男女の差はあれど、柔和なその微笑みや仕草は、やはり菊子様の兄上ね。
 神々しいわあ・・・。

 人間ひとって自尊心エゴが満たされると、普段の2~10倍の力が出せるものなのよ。

 褒められるって、かなり必要だいじ
 だって嬉しいんだも~ん♪

 ルンルンしながら衣裳部屋で新一しんいちにドレスを出してもらうと、一気に現実の波が押し寄せてきて、あたしは涙の海で溺れそうになった。

 、あたしの身体を包んでくれそうなドレスは1枚も無いし、いくら引っ張ってみても、布は1ミリも伸びなかったからよ。

 わーん、あんなに頑張ったのに⁉

「ようやく芋虫が現実を理解したようだな。」
 冷めた目で新一が放った矢が、見事にあたしのぽよんぽよんのお腹をグサリと突き刺した。

「分かったら、今夜からもっと自制しろ。運動をサボるな。真面目に取り組め。」

「これ以上食事を減らしたら、骨と皮になるわ。」
「そういうことは、骨と皮になってから言うんだな。」

 間違いないわ。
 ド正論。

 正論ほど人を傷つけるモノはないわ。
 大体のことはフワッとでいいのよ、フワッとで。

「いいか、とりあえず15日までに破かないでドレスを着られるように努力しろ。
 人は人を裏切るが、努力は人を裏切らない。」
「合わないなら作らせるって、葛丸かつらまる様が言っていたわ。」

葛丸かつらまる様の言葉に甘えるな。
 舞踏会ダンスパーティには、侯爵家や伯爵家の令嬢も参加する。
 きちんと伝えていなかったが、みんなが皇太子さまの皇妃プリンセス候補だ。
 ドレスを着るのは第一関門で、まだまだ試練があると思ってくれ。」

 あまりの衝撃に、あたしは試しに足を通そうとしていたドレスのすそみ抜きそうになった。
皇妃プリンセス候補は菊子様だけじゃないってこと?」

「公爵家が順列で一位なだけで、皇太子さまの御心みこころひとつでいかようにもくつがえる。
 そのために、準備は万全にしておくべきだ。」
「じゃあ、準備ができてから参加しましょうよ。」

「公爵家主催の舞踏会ダンスパーティに主役が居ないのは不自然だろう。
 それに、敵と接触して、相手の手の内を知るのも戦略せんりゃくのひとつだ。
 この機会チャンスを逃すわけにはいかない。」

 出たわよ、折れない新一しんいちめ。前世ははがねだったのかしら。
 可愛くないったらありゃしない。

 ん? 機会チャンスといえば・・・?

 あたしはハッとして口を大きく開けたまま固まった。
 公爵邸で舞踏会パーティもよおされるなら、旧公爵邸の使用人の配備は手薄になるはずよ!

 みんながウフフ、オホホと踊っている間に、あたしはそこを抜け出してをしたらいいわ。

「確かにこの機会チャンスは逃せないわね!」
 思わず口から出た本音に、新一しんいちは嬉しそうに喜んだ。

「ようやくやる気になってくれたか。」
 前向きポジティブ新一しんいちの思考に助けられ、あたしは胸をなでおろした。

 ひええ、危なかった。
 自分から計画をバラすところだったわ。

 新一しんいちとあたしの計画の本質もとは違えど、ようやくあたしたちは一丸いちがんとなって目的のために力を合わせることにしたのだった。

 頑張るから、お願いよ。
 無理にそでを通してしまったドレスが、悲しい叫び声をあげて破れたことは2人だけの秘密にしてよねッ。


 




 

 
 
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