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貴方に逢えたから
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「こんなふうに敦士に感動されるとは、まったく思ってもみなかった。だけど――」
「だ、けど?」
震える声で訊ねた敦士を、高橋は困惑したような目つきで見下ろした。
「こんな俺でも愛してくれる人がいることを、改めて実感させられた。結構嬉しいものだな。きっと敦士が嬉しい気持ちになっているのと、同じだと思う」
「健吾さんとおそろいですね」
「昔の自分が、こんなことで喜んでる今の俺を見たら、間違いなくせせら笑って馬鹿にすると思う。あの頃と現在とじゃ、まったく価値観が変わっているから」
視線をちょっとだけ上げて、ぼんやりとどこかを見る高橋を、敦士は浮かんできた涙を拭って、目の前にある顔を黙ったまま凝視した。
酷いことをしてきた過去の姿がまったく想像できないところはあれど、それらをひっくるめて、今の彼を愛していることを考えるだけで、敦士の胸の奥が熱くなる。
(こんなふうに、大好きな人に抱きしめられているから、尚更熱くなってしまうのかな)
「夢の番人になって、いろんな人間の悪夢を見てきた。恐怖を与える種類は人それぞれあったが、現実世界においては、俺の存在自体が悪夢を与える人間になっていたと思う」
「そんな……」
「だから殺される勢いで、傷つけてしまった自社の社員に刺されてしまったんだ。だけど、悪いことばかりじゃなかった」
高橋は頬を寄せて、敦士の躰をぎゅっと抱きしめる。
「おまえと逢うことができて、俺は変わることができた」
「僕も同じです。貴方に逢うことができたから、失っていた欠片を取り戻すことができました」
(もし健吾さんと出逢うことがなければ、空虚な胸の穴を抱えたまま、流されるように生活していたに違いない――)
「希望の光であるおまえにご褒美をあげたいんだが、受け取ってくれるか?」
「ご褒美?」
高橋は抱きしめていた腕の力を抜き、敦士を解放するなり立ち上がる。
「その前に敦士からもらったご褒美を、きちんと飲み干さなければいけないな。せっかく手間暇かけてコーヒーを作ってもらったのに、すぐに飲めなくて悪かった」
言いながら腰を屈めてマグカップを手にし、ぐびぐび飲んでくれた。
「なぁ敦士……」
「はい?」
「また美味しいコーヒーを淹れてくれるか?」
「もちろんです!」
即答した敦士を見て、高橋は嬉しそうに顔をほころばせた。
(――好きな人にこうして強請られて、断れる恋人がいるなら見てみたいくらいだ)
敦士が嬉しさのあまりに、ガッツポーズを作ると、高橋は小さく笑いながら頭をくちゃくちゃと撫でる。
「お礼を含んだご褒美を用意するために、ちょっとだけ時間がかかるから、ベッドに入って待っていてくれ」
ひとしきり敦士の頭を撫でてから、踵を返してキッチンに向かう背中を、どこかふわふわした気分で見送る。『ベッドで待っていてくれ』と言われた時点で、ご褒美がアッチ系なことが明白すぎて、ドキドキが止まらない。
卑猥なご褒美をもらえることに興奮したせいで、頬の熱を感じている間に、高橋はキッチンからそそくさと移動して浴室へと消えた。ほどなくして、シャワーを浴びる水音が聞こえてくる。
敦士はこのあとの情事を考えるだけで、どうにも落ち着かなくて、床に置いたマグカップの中身を、一気飲みした。
時間が経って冷めていたこともあり、酸味がかなり感じられたが、美味い不味いなんていう、まともな判断ができるわけもなく――。
「僕はいつも、健吾さんから与えられてばかりいるな……」
今までのことをあれこれ思い返しながら立ち上がり、のろのろとキッチンに向かう。持っていたマグカップを洗いつつ、自分が彼にできることを考えてみたけれど、思いつかないまま洗い物を終えて、寝室に移動することになった。
「だ、けど?」
震える声で訊ねた敦士を、高橋は困惑したような目つきで見下ろした。
「こんな俺でも愛してくれる人がいることを、改めて実感させられた。結構嬉しいものだな。きっと敦士が嬉しい気持ちになっているのと、同じだと思う」
「健吾さんとおそろいですね」
「昔の自分が、こんなことで喜んでる今の俺を見たら、間違いなくせせら笑って馬鹿にすると思う。あの頃と現在とじゃ、まったく価値観が変わっているから」
視線をちょっとだけ上げて、ぼんやりとどこかを見る高橋を、敦士は浮かんできた涙を拭って、目の前にある顔を黙ったまま凝視した。
酷いことをしてきた過去の姿がまったく想像できないところはあれど、それらをひっくるめて、今の彼を愛していることを考えるだけで、敦士の胸の奥が熱くなる。
(こんなふうに、大好きな人に抱きしめられているから、尚更熱くなってしまうのかな)
「夢の番人になって、いろんな人間の悪夢を見てきた。恐怖を与える種類は人それぞれあったが、現実世界においては、俺の存在自体が悪夢を与える人間になっていたと思う」
「そんな……」
「だから殺される勢いで、傷つけてしまった自社の社員に刺されてしまったんだ。だけど、悪いことばかりじゃなかった」
高橋は頬を寄せて、敦士の躰をぎゅっと抱きしめる。
「おまえと逢うことができて、俺は変わることができた」
「僕も同じです。貴方に逢うことができたから、失っていた欠片を取り戻すことができました」
(もし健吾さんと出逢うことがなければ、空虚な胸の穴を抱えたまま、流されるように生活していたに違いない――)
「希望の光であるおまえにご褒美をあげたいんだが、受け取ってくれるか?」
「ご褒美?」
高橋は抱きしめていた腕の力を抜き、敦士を解放するなり立ち上がる。
「その前に敦士からもらったご褒美を、きちんと飲み干さなければいけないな。せっかく手間暇かけてコーヒーを作ってもらったのに、すぐに飲めなくて悪かった」
言いながら腰を屈めてマグカップを手にし、ぐびぐび飲んでくれた。
「なぁ敦士……」
「はい?」
「また美味しいコーヒーを淹れてくれるか?」
「もちろんです!」
即答した敦士を見て、高橋は嬉しそうに顔をほころばせた。
(――好きな人にこうして強請られて、断れる恋人がいるなら見てみたいくらいだ)
敦士が嬉しさのあまりに、ガッツポーズを作ると、高橋は小さく笑いながら頭をくちゃくちゃと撫でる。
「お礼を含んだご褒美を用意するために、ちょっとだけ時間がかかるから、ベッドに入って待っていてくれ」
ひとしきり敦士の頭を撫でてから、踵を返してキッチンに向かう背中を、どこかふわふわした気分で見送る。『ベッドで待っていてくれ』と言われた時点で、ご褒美がアッチ系なことが明白すぎて、ドキドキが止まらない。
卑猥なご褒美をもらえることに興奮したせいで、頬の熱を感じている間に、高橋はキッチンからそそくさと移動して浴室へと消えた。ほどなくして、シャワーを浴びる水音が聞こえてくる。
敦士はこのあとの情事を考えるだけで、どうにも落ち着かなくて、床に置いたマグカップの中身を、一気飲みした。
時間が経って冷めていたこともあり、酸味がかなり感じられたが、美味い不味いなんていう、まともな判断ができるわけもなく――。
「僕はいつも、健吾さんから与えられてばかりいるな……」
今までのことをあれこれ思い返しながら立ち上がり、のろのろとキッチンに向かう。持っていたマグカップを洗いつつ、自分が彼にできることを考えてみたけれど、思いつかないまま洗い物を終えて、寝室に移動することになった。
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