勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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正義と武と吸血鬼

第十二章第31話 幸福な幻想

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「姉さまっ!? クリスさん? シズクさんっ!」

 真っ白な霧に包まれたルミアは慌てて叫ぶものの、周囲に三人の気配はない。それどころかルミアを導いてくれていた精霊たちの気配すらも感じられなくなっており、異常な事態にルミアは恐怖を覚える。

「ね、姉さま……」

 不安げにそうつぶやいたルミアだったが、すぐに表情を引き締める。

「マシロっ!」

 ルミアの召喚に応じたマシロがルミアの腕の中に現れた。

「いきなり霧が出て姉さまたちが居なくなっちゃったの! それに森の精霊たちまでっ!」

 その声にマシロは周囲をきょろきょろと見回すが、すぐにルミアの顔のほうへと体を伸ばし、そっと安心させるかのように頬を寄せた。

「え? 姉さまは精霊神様のところ? クリスさんたちは海岸に? これからあたしも戻される?」

 ルミアの顔がみるみるうちに青くなっていく。

「そんなのっ! あたしだって精霊神様にっ! マシロ、お願い! あたしを姉さまの、精霊神様のところまで連れて行って!」

 そう悲痛な様子で叫ぶルミアにマシロは虚空を見上げた。

 そしてマシロはルミアの腕の中からひょいと抜け出すと、霧の奥へと向かって歩きだす。

「マシロ? マシロ! 待って!」

 ルミアはその後ろを必死に追いかける。

 すうしてしばらくマシロの後ろについて歩いていると、ルミアはいつの間にか見覚えのある森にやってきていた。

「え? ここって……」

 困惑した表情のルミアが警戒した様子で一歩一歩森の中を進んでいくと、一軒の家の前にやってきた。

「どうして? あたしたちのおうちは、あいつらに燃やされたはずなのに……」

 そう独り言を呟くものの、ルミアはかつて家族と住んでいたその家へゆっくり近づいていく。

 すると家の扉が開き、中からは二人のエルフが出てきた。

「お、お母さん!? レイアも?」
「あら、ルミア。おかえりなさい」
「お姉ちゃん! おかえり!」
「え? う、うん……」

 困惑した様子のルミアだったが、駆け寄ってきたレイアに抱きつかれたのでおずおずと抱き返す。

 ルミアとレイアの二人は背格好から顔の造形までそっくりで、双子の姉妹と言われても納得するほどだ。

「今日はね。お父さんがたくさんお肉を持ってきてくれるんだって! だから解体小屋の掃除をしておくの。お姉ちゃんも手伝って?」
「う、うん」

 ルミアは困惑しきってはいるものの、レイアにそのまま手を引かれて小屋に併設された解体小屋へとやってきた。

 それから言われるがままに掃除を手伝っていると、解体小屋の扉が開いて一人のエルフの男性が入ってきた。その後ろには三頭もの猪が宙に浮かんでいる。

「おお! ルミア! おかえり。帰ってきたばかりなのにレイアの手伝いとは偉いな」
「あっ! お父さん! おかえりっ!」
「お、お父さん……?」

 レイアは掃除の手を止め、彼に抱きついた。

「レイア、ただいま。きちんと掃除をしていて偉いな」

 彼はそう言ってレイアを抱き上げると、レイアは嬉しそうに頬を寄せる。

「ほら、ルミアもおいで。長旅、大変だったろう? おかえり、ルミア」
「お、お父さん! お父さん!」

 ルミアは涙を流しながら父に抱きついたのだった。

◆◇◆

 その日の夕食には、ルミアが危険な旅を終えて帰ってきたお祝いとしてルミアの父が狩ってきた大量の猪の肉が並んだ。

「それにしても、ルミアはすごいな。聖女様の旅について回っているんだろう?」
「うん……」

 父に褒められたルミアは嬉しそうにはしているものの、どこか浮かない表情だ。

「どうした? せっかく家族が集まったのに、元気ないじゃないか」
「そ、そんなことないよ」

 ルミアはそう言って大きな塊肉を食べるが、そのペースは普段と比べてかなり遅い。一方、同じ食卓に着いたリエラとレイアはものすごい勢いで肉を腹の中へと入れていく。

「……」
「ルミア? 食欲がないのか? 風邪でもひいたのか?」

 父の問いかけにルミアは首を横に振る。
 
「じゃあ、どうした? 黙っていたら分からないぞ?」
「……あのね?」

 ルミアは再び口ごもるが、父はルミアが自分で言いだすのを優しい瞳でじっと待つ。

「どうしてお父さんがいるの? お母さんも! リエラだってあいつらに連れていかれて!」
「ルミア? 何を言っているんだ? ルミアは助けていただいた聖女様の後を追って、一人で森を出たんだろう?」
「え?」
「そうだよ、お姉ちゃん。あたしたち、ずっとここに住んでいたじゃない。あいつらって何?」
「エルフ狩りをしているやつらよ!」
「え? 何言ってるの? 精霊神様がご加護をくださったおかげで、この森は迷いの森になったでしょ? だからエルフ狩りをしている人間なんか入ってくるはずないじゃない」
「そんなっ! だって……」
「レイア、ルミアはもしかしたら疲れているのかもしれない。きっとたくさん食べて一晩寝れば元気になるよ。なあ、ルミア?」

 相変わらず優しい瞳で父はそう言うが、ルミアは首を横に振った。

「違うっ! こんなのは幻だっ! あたしはっ! 姉さまの役に立つんだっ! お父さんのふりをしているお前は誰だっ!」
「ルミア? どうしたんだ? そんなことを言われたら、お父さんは悲しいぞ?」

 困惑した表情の父に向かってルミアは叫ぶ。

「お父さんは殺されたんだっ! お母さんは白銀の里にいるっ! レイアは、あたしが見つけて助けるんだっ! この偽者め!」

 ルミアは弓を取り出すと、躊躇なく三人の肩口を光の矢で射貫いた。

 すると三人の姿が霧となって消滅した。

「はぁっ、はぁっ。お父さん……」

 ルミアの頬を一筋の涙が伝ったのだった。
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