勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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正義と武と吸血鬼

第十二章第32話 試練

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「あらあら、ルミア。聖女様と一緒だったのに悪い子になっちゃったのかしら?」

 消えたはずのリエラが再び現れ、ルミアを叱るときの表情で近づいてくる。

「悪い子じゃない! あたしはっ! こんな趣味の悪い幻になんか騙されないっ! あたしだって、いつまでも姉さまに守られてばかりじゃない! あのむかつく将軍にだって!」

 するとリエラはすっと目を細めた。

「そう。ならばあなたの力と覚悟を証明してみせなさい」

 リエラがそう言うと突然周囲の景色が変わり、気付けばルミアたちは広い石で囲まれたドームのような場所に立っていた。

「ここは……?」

 警戒するルミアだったが、すぐにリエラの姿が揺らめきながら変化していることに気が付く。

「え? あたし?」

 ルミアが唖然としているとルミアの姿に変化したソレは無表情のまま弓を構え、光の矢を射掛けてきた。

 ルミアはそれを慌てて避けるが、その動きに反応して光の矢も曲がり、頬をかすめる。

「う……これは……」
「……」

 ルミアの姿をしたソレは無言で再び弓を構え、光の矢を射る。

「あたしだって!」

 ルミアもそれに応射し、放たれた光の矢を光の矢で迎撃する。そうしてルミアがひたすら迎撃に徹していると、ルミアの姿をしたソレが攻撃の手を止めた。

「ふ、ふんっ! 何発だって迎撃してやるっ!」

 そう言ってルミアは挑発するものの、ルミアの姿をしたソレは無表情のまま左に向かって高速で移動を始めた。

「っ!? 速い! マシロ!」

 ルミアは慌ててマシロを召喚しようとするが、マシロは現れない。

「えっ!?」

 次の瞬間、ルミアの姿をしたソレの横蹴りがルミアの腹部に突き刺さり、数メートルほど吹き飛ばされてしまう。

「うあっ……マシロ、どうして……」

 しかしその疑問に答える者はおらず、代わりに光の矢が高速で飛来する。

「っ!」

 ルミアは慌てて体をよじってそれを躱すと、急いで立ち上がった。そこへ狙いすましたかのように光の矢が飛んでくる。

「このっ!」

 ルミアはそれを弓でなんとか弾いたものの、激しい衝撃が弓を持つ手を痺れさせる。

「負けるもんかっ!」

 ルミアはそう叫んで自らを鼓舞すると、痺れの残る手で大量の光の矢を放った。ルミアの姿をしたソレは無造作にばら撒かれた矢のうち、自らに向かってくるものだけを光の矢で撃墜する。

 そして一気にルミアとの距離を詰め、ルミアの顔面に右の拳を叩き込んだ。

「う゛っ」

 ルミアはその衝撃にこらえきれず、仰向けに倒れてしまう。ルミアの姿をしたソレは冷静にルミアの持つ弓を蹴り飛ばすと、ルミアの首を踏みつけて動けないようにした。そして無表情のまま弓に光の矢を番え、大の字に寝転ぶルミアの頭部に狙いをつける!

 次の瞬間、ルミアの姿をしたソレが大きく飛び退り、そこを光の矢が通り抜けていく。

 ルミアが大量に放った光の矢のうちの一本が、将軍から一本取ったときと同じように戻ってきていたのだ。

「あ……く……」

 ルミアは苦しそうにうめき声をあげた。

 ルミアの姿をしたソレは周囲に他の光の矢がないことを確認すると、再び弓を構え光の矢を番える。そしてルミアの頭部に狙いを付け、容赦なく放った。

 しかしルミアはそれに勢いよく反応し、起き上がり際にテッサイからもらった小脇差で一閃した。

 ルミアの姿をしたソレが放った光の矢はルミアの左肩をえぐり、ルミアの放ったシンエイ流の居合斬りはソレの左手首を切り飛ばした。

「ううっ」

 ルミアは左肩から伝わる痛みに顔をゆがめ、ルミアの姿をしたソレはすぐさま弓を右手に持ち替えた。まるで痛みなど感じていないかのように無表情のままだ。

「こ、このっ! まだやるんですかっ!」

 それに対してルミアの姿をしたソレは普段とは逆の構えで弓を構え、手首から先がない左手で光の矢を放った。

「こ、このっ!」

 ルミアは大きく避けると転がった弓を拾い、すぐさま光の矢を放つ。ルミアの姿をしたソレも迎撃をするが、先ほどまでは互角だった連射速度でルミアが上回っている。

 やがてすべてを迎撃できず一矢、また一矢とルミアの姿をしたソレに光の矢が突き刺さる。

 ドサリ。

 唐突にルミアの姿をしたそれが崩れ落ち、ルミアの周囲が白い光に包まれる。

「えっ? これはっ!?」

 ルミアは驚き周囲を見回す。だがその光は次第に強くなり、そのまぶしさからかルミアは目をつぶった。

 やがて周囲は白く染め上げられる。

 次にルミアが目を開けると、そこは何もない真っ白な場所だった。

「え? ここは?」

 ルミアは驚き周囲を見回すが、見渡す限りの白が広がっている。困惑し、不安げな表情を浮かべるルミアの前に一人の女性が突然姿を現した。

「え? 大きなリーチェちゃん?」
「ルミアちゃん、私はあなたの知っているリーチェちゃんではないわ」
「え? えっと……」
「私は、あなたたちが精霊神と呼ぶ存在よ」
「ええっ!? 精霊神様!?」
「そうよ。本当はルミアちゃんには白銀の里に帰ってもらおうと思っていたのだけれど……」
「えっ!? 嫌です! あたしは姉さまと一緒に!」
「ええ。ルミアちゃんの覚悟、しかと見届けました。ちょっと意地悪なことをしてごめんなさい」
「えっ? あ! じゃあさっきまでのは精霊神様が?」
「そうよ。でもルミアちゃんは失ったはずの家族との大切な食事の誘惑に、それに自分自身にも打ち勝ったわ。よく頑張ったわね」
「……はい。でも、でも! あたしはもっと力が! 姉さまに守られるだけじゃなくって、姉さまを守る力が欲しいんですっ!」

 すると精霊神は困ったような表情を浮かべた。

「そうね。でも、ルミアちゃんに足りないものは先ほどの自分自身との戦いで分かったでしょう?」
「え? ……あ!」
「気が付いたようね。では、ルミアちゃんにも私の加護を授けましょう。聖女フィーネ・アルジェンタータの弓となれるように努力なさい」
「はいっ!」
「ルミアちゃん、強くなりたいならば契約精霊を育て、そして各地にある精霊樹を訪ねなさい」
「精霊樹を?」
「ええ。より多くの属性の精霊と契約すれば、より高みに登れる可能性が高まります」
「はいっ!」

 すると精霊神はふわりと笑顔を浮かべる。

「いい返事ね。あとは、そうね。せっかくフィーネちゃんからもらったその弓、大切にするのよ」
「はいっ! ありがとうございますっ!」

 そう答えるや否やルミアは光に包まれた。

 やがてその光が消えたとき、ルミアの姿はもうそこにはなかったのだった。
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