上 下
562 / 625
正義と武と吸血鬼

第十二章第30話 託された希望

しおりを挟む
「フィーネちゃん。あの子のことを気に病む必要はないわ」
「え?」

 あのハゲが元からだったことに幾ばくかの憐れみを覚えていると、何を勘違いしたのか精霊神様はそう慰めてきた。どうも精霊神様は七割抜けてしまったことを本気でかわいそうだと思っているように見えるのだが……。

「あの子も代理とはいえ人の神でもあるの。この試練だってきっともう乗り越えているはずよ」
「はぁ」

 ええと、なんだか前にものすごく怒っていたような気もするが……。

 私が返答に窮していると、精霊神様は話題を変えてきた。

「それとね。フィーネちゃん、あなたは自由なのよ」
「ええと?」
「フィーネちゃんは、あの子が異界の魂をコピーして作り出した存在だけれど、吸血鬼の真祖とは元来そのようなものなの。あの子の決めた使命に縛られる必要もないわ。何をするのもフィーネちゃん次第よ」
「はぁ」

 なんだかよくわからないが、自分がどのような存在だろうと私は私だ。今となってはそのコピー元となった人間の顔すら思い出せないのだ。気にするような話でもあるまい。

「私はこの世界に愛着があります。クリスさんやルーちゃん、シズクさん、それにシャルや親方、あと多くのお世話になった人たちが瘴気に怯えず、笑って暮らして欲しいと思っています」
「そう」

 精霊神様はそう言って目を細めた。

「フィーネちゃんならそう言うだろうと思っていたわ」
「え?」
「私はフィーネちゃんをずっと見守っていたもの」
「はい」

 すると精霊神様は真剣な表情で私を見てきた。

「残念ですが、この世界を救うには、今のフィーネちゃんでは力不足です」
「っ! ……では、どうすればいいんですか?」
「フィーネちゃんにはリーチェというとても心強い家族がいますね」
「え? はい」

 私の力不足という話とどう関係があるんだろうか?

「いいですか? 人の神ですら、瘴気の問題を解決することができませんでした」
「はい」
「ですが花の精霊の種による浄化は一つの解決策を与えてくれていると言えます」
「ええと?」
「深淵の秘術と花の精霊による浄化。この二つを組み合わせることができれば、もしかすると解決することができるかもしれません」
「それは……そうですけど精霊界の光では足りないんですよね?」
「はい。そのとおりです。ですからそれには勇者と魔王の協力も必要となるでしょう。そのためには、フィーネちゃんはもっともっと力を付ける必要があります。更なる存在進化をし、より高みへと登るのです」
「……ですが、どうやって?」
「フィーネちゃんの存在進化にはリーチェちゃんの成長が欠かせません」
「でも【魔力操作】を最大まで上げてもまだ中級精霊にはなれていないんです」

 すると精霊神様はクスリと笑い、穏やかな表情に戻った。

「もう少しよ。このままリーチェちゃんとの絆を深め、多くの力を引き出してあげなさい」
「はぁ」

 まあ、精霊神様がそう言うのだからそうなのだろう。

 精霊神様は再び真剣な面持ちとなった。

「そうして力をつけ、過去の瘴気を消し去るだけの力を付けてください。そして瘴気に苦しみ続けている水龍王、地龍王、嵐龍王、そして大魔王となってしまった人の神を解放してあげてください」
「でも、精霊界にある光でも足りないんですよね? 一体どうやって?」

 私だってできることならそうしたい。だが、精霊神様がその口で足りないと言っていたではないか。

「そのとおりです。人間が正にかたより、自ら光り輝くことが必要です」
「でもどうやって?」

 私の問いに精霊神様は無言のまま、小さく首を横に振った。

「私たち神は、直接力を行使することはできません。人々にヒントを与え、導くだけです」
「それはつまり、私たちが自身で考える必要があるってことですか?」

 すると精霊神様はしっかりとうなずいた。

「神に言われるがままに動いて問題が解決したとしても、人間が自らの意志で変わることが出来なければいずれまた同じことが繰り返されるでしょう」
「それは……そうですね」

 納得した私に満足したのか、精霊神様は話題を変えてきた。

「あとは、そうですね。フィーネちゃん、あなたにホーリードラゴンの卵を託しましょう」
「え? ホーリードラゴン?」
「ええ。聖なる力を持つ竜です。かつて瘴気によって滅んだ聖龍王が存在進化する前の竜種です。今のフィーネちゃんであればあの子を孵化させることもできるでしょうし、正しく育ててあげることもできるでしょう。きっと力になってくれますよ」
「わかりました」

 精霊神様の頼みだ。それにドラゴンを育てるのもなんだか面白いかもしれない。

 あれ? 食事は何を与えればいいんだ?

「ホーリードラゴンは聖属性の魔力と肉、それからフルーツなども食べるわ。それと卵から孵すには聖属性の魔力をたっぷり注ぎ込んであげて」
「わかりました」

 私がそう答えると、精霊神様はニッコリと微笑んだ。

「それじゃあフィーネちゃん、がんばりなさい」
「はい! ありがとうございます」

 すると私の視界が唐突にホワイトアウトした。だがその瞬間、どこか辛そうな表情を浮かべた精霊神様の姿が目に映ったのは気のせいだろうか?

 そして気付けば私は小さな部屋に立っていた。足元には私の頭ほどの大きさの白い卵が藁の上に置かれている。

 きっとこれがホーリードラゴンの卵なのだろう。

 そう考えた私は両手で卵を持ち上げた。

 ひんやりしているはずなのに、なんだか卵の内部に熱がある気がする。きっとこの熱が命なのだろう。多分。

 さて、それよりこの卵をどうしようか?

 卵と言えば親鳥が抱いて温めるというイメージだが、うーん?

 私は少し考えた末に、卵をお腹に入れてローブの腰ひもで落ちないように止めることにした。

 うん。これなら卵が冷えることもないし、間違えてぶつけてしまうこともそうそうないだろう。

 まるで妊婦さんにでもなったみたいにお腹がぽっこりと膨らんでいるが、まあ卵を抱いているのだからあながち間違いでもないだろう。

 あれ? でももしこの卵が二つあれば私の胸も……。

 おかしなことを考えてむなしい気分になった私は頭を小さく振ると、部屋を出て歩きだすのだった。

◆◇◆

  精霊神は先ほどまでフィーネが座っていた席を辛そうな表情でじっと見つめていた。そして精霊神は小さな声で何かをつぶやくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...