勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第45話 勇者の名は

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 王都の門前にたどり着いた私たちを待っていたのは、よく分からないカオスな光景だった。理由は分からないもののなぜか人々が我先にと門から外へ出ようとしており、それを押し留めようとする門番たちと押し問答になっているのだ。

「出せ! 早くここから出してくれ!」

 これは、王都の中にも魔物が進入したのだろうか?

「ダメだ! 町の外には魔物がいる。地下などの安全な場所に避難していろ!」

 んん? ええと?

「そんなこといってお前らも俺たちを殺す気なんだろう!」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「助けてくれ! 死にたくない!」
「ダメだ! お前ら、落ち着け!」

 とにかく逃げようとする人たちは必死の形相で、門番たちとは話が全く噛み合っていない。ただ、門番たちの言っていることのほうが正しいような気がする。

「ええと、どうなっているんでしょう?」
「正気ではない様に見えるでござるな」
「そうですね。じゃあ、とりあえず鎮静」

 私はとりあえず逃げ出そうと必死な人たちに鎮静魔法をかけてみた。

「あ、あれ?」
「どうして俺は町の外に出ようとしていたんだ?」
「お前ら! 落ち着いたなら戻れ! 町の外は危険だ!」
「は、はい。すみませんでした!」

 あれだけ門番に詰め寄っていた人たちはあっさりと町の中に戻っていた。よく分からないがこれで解決、と思いきや次のパニックになって逃げだしたい人たちが門に押し寄せてきた。

「俺は逃げるんだ! 止めるな!」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「鎮静」
「あ、あれ?」
「どうして俺らは外に行けば助かると思ったんだ?」
「お前ら! 帰れ!」
「は、はいぃ!」

 何やら先ほどのリプレイを見ているような光景が繰り広げられた。

「あの、門番さん」

 私は窓から身を乗り出して門番さんに声をかけた。

「なんだ? って、聖女様!? もしや先ほど民衆が静まったのは……」
「はい。鎮静魔法をかけたら落ち着いてくれました」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 そう言って門番さんはすかさずブーンからのジャンピング土下座を決めた。

「神の御心のままに」

 とりあえずこんなやり取りをしている余裕はないのでさっさと起き上がってもらった。ちなみに今は緊急事態なので細かい評価はなしの簡易採点で7点ということにしておこう。

「それより、一体何がどうなっているんですか?」
「それが、よく分からいのですが南の空から竜が現れ、現在騎士団が応戦しております。ただ先ほど真っ黒なブレスがこちらにも飛んできまして、それから住民たちの様子があのようにおかしくなってしまいました。どうやら何かを恐れており、そのせいでまともな判断もできないほどのパニックに陥ってしまっているようなのです」
「……そういうことですか。だったら、鎮静!」

 私は王都のほぼ全域をカバーするように鎮静魔法を展開した。

 するとすさまじい数の鎮静魔法が作用していた手応えが感じられる。

「うわぁ。かなりの人たちがその黒いブレス? の影響を受けたみたいですね」

 私は手応えが無くなったところで鎮静魔法の展開を終了した。

「フィーネ様! そのようにMPを使って大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。これぐらいでしたらまだまだ余裕がありますから」
「フィーネ殿! それよりも早く南の騎士団のところにも鎮静魔法をかけるでござるよ」
「っ! 鎮静!」

 私は王都の南の平原あたりに向けて再び鎮静魔法を展開する。しばらくするとかなり南のほうでいくつかの手応えがあったので、そこを中心を大きく展開範囲を広げていく。

 やはりこのあたりは【魔力操作】がカンストしているおかげだろう。今までになく細かい操作がやりやすい。

 そうしてしばらくすると手応えが無くなったため、私は鎮静魔法を展開を終了した。

「うっ。はぁはぁはぁ。ちょっと、集中しすぎましたね」

 私はMPポーションを一気にあおった。

「フィーネ様……」

 そんな私をクリスさんが心配そうな目で見つめてくる。

「大丈夫です。それより、早く南の騎士団の応援に行きましょう」
「あ、いえ。多分大丈夫だと思いますよ」
「え?」

 私たちが南に行こうとすると、門番さんがよく分からないことを言ってきた。

「どういうことですか?」
「まだ極秘らしいですが、勇者様が向かわれたのだと聞いています」
「勇者、ですか!?」

 なるほど。勇者がいるなら、私は行かなくても大丈夫なのかな?

「はい。しかも今代の勇者様は、聖女様と並んで聖女候補でらしたガティルエ公爵令嬢だという噂ですからね。きっとなんとかしてくださいますよ」
「は?」

 私はそのままフリーズしてしまった。

「聖女様?」
「今、なんと言いましたか?」
「ですから、勇者様が向かわれたと」
「そうではなく、勇者が誰だと言いましたか?」
「ああ、はい。元聖女候補だったガティルエ公爵令嬢シャルロット様です」

 バキッ。

 思わず握っていた馬車の手すりを握り潰してしまった。

「そう……ですか……。ありがとうございます」
「は、はい……」

 門番さんは引きつった表情でそう答えてきた。

 ああ、今の私はきっと酷い表情をしていることだろう。

 あの、クソハゲ! よくも! よくも!

 あれだけ辛い目に遭って! それでも必死に頑張ったのに報われなくて!

 シャルはもう休んで、ゆっくり新しい幸せを見つける権利があるはずだ。

 なのに! それなのに! よくも私の大事な友達を勇者なんかにしやがったな!
 
「シャルを……助けに行きましょう」
「フィーネ様……」
「姉さま……」
「任せるでござるよ。あの巨大トカゲを斬ればよいでござろう?」
「……はい」

 重苦しい空気の中私たちは馬車を降り、そのまま南へと駆け出すのだった。
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