勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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巫女の治める国

第四章第43話 治療(後編)

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2020/08/28 誤字を修正しました
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「シズクさん! 必ず助けますからね!」

私は闇属性の魔力でどろどろした何かをかき分け、懸命にその中からシズクさんを探す。私には分かる。このどろどろはシズクさんじゃない。シズクさんを蝕む何かだ。

見つけた!

このどろどろの奥深くに少し歪な形の丸いものがある。きっとこれがシズクさんの魂だ。

いや、なにかがおかしいような?

そう、それは確かにシズクさんのはずなのに、そこにはシズクさんではない別の何かの存在を感じるのだ。だが、別の存在のはずなのにやはり一つの存在のようにも見える。

そうか。そういうことか。これが、融合したってことか。

「これを分離するのは……無理ですね。ならばせめて、このどろどろだけでも!」

私はシズクさんまで伸ばした闇属性の魔力をパイプ状にする。そしてその中に闇属性の魔力とぶつからないように浄化の力を持たせた聖属性の魔力を通していく。

もちろん、こんな面倒なことをしているのには理由がある。

おそらく浄化の力を持たせた私の聖属性の魔力がこのどろどろに触れた瞬間に浄化が始まるだろう。そうすると連鎖反応的にシズクさんの魂にもダメージを与え、下手をするとシズクさんごと浄化してしまうかもしれない。そう、あの時アンジェリカさんの魂に対して闇属性の魔力でオペした時と似たような状況のように私には見えるのだ。

う、しかし、キツイ。MP が……

「あなた、本当に器用ね。ほら、これいるんでしょ?」
「あ、ありがとうございます」

アーデが横から MP 回復薬を飲ませてくれた。私はアーデにお礼を言って作業を再開する。

私は魂とどろどろが癒着している部分にそのパイプを伸ばすと、その癒着部分を自分の闇属性の魔力で覆いを作る。そしてその癒着部分を聖属性の魔力で慎重に、そして少しずつ剥がしていく。

そして剥がし終わった後にはその部分が再癒着しないように闇属性の魔力を使って覆いを被せてシズクさんの魂を守る。

「う、くっ」

シズクさんがうめき声をあげた。私は一度手を止めて様子をみる。

うん、大丈夫、失敗していない。

それに、癒着を剥がした時に私の聖属性の魔力がほんの少しだけシズクさんの魂の中に吸い込まれたのを感じる。

大丈夫、きっとできる!

極限の集中の中、私は額の汗を拭う。

しかし、一体どれだけの癒着を剥がせばよいのだろうか?

それに、私の魔力はもつのだろうか?

ダメだ。諦めない。絶対に!

私は折れそうな自分に鞭を入れ、先の見えないオペに挑むのだった。

****







あ、あれ? 一体何が?

拙者は……

そうだ、しっかりしろ!

拙者は、シズク・ミエシロだ。

そして、生贄に……

そこまで思い出したところで、拙者を飲み込もうとしてきた黒くてどろどろしたおぞましい何かが減っていることに気が付いた。まだおかしな声は聞こえるが、先ほどのような圧倒的な奔流ではない。これならば抵抗できる。

どうしたものかと辺りを見回すと、あの狐殿が拙者の目を見て何かを伝えようとして来ている。

『このどろどろを追い出すでござるか?』

狐殿は頷く。だがどうやって追い出せばよいのだろうか?

せめてキリナギ、いやフィーネ殿に頂いたあの刀さえあれば!

そう思った瞬間、拙者の手元にフィーネ殿から頂いたあの刀が現れた。それは優しく暖かな光を放っており、その光は拙者を勇気づけてくれる。

ああ、希望の光とはまさにこの事だ。

『いける! これならばいけるでござるよ! 狐殿!』

拙者はこの刀でどろどろを斬りつける。するとそれは淡い光に包まれ、そして瞬く間に霧散していく。

『はは、さすがはフィーネ殿の浄化でござるな』

すると拙者に呼応するかのように狐殿は青白い炎でどろどろを燃やしていく。

『狐殿、やるでござるな』

拙者は狐殿を見てニヤリとわらう。

そうして拙者は狐殿と共にこのどろどろをすべて追い出した。

あのおかしな声ももう聞こえてこない。

『やったでござるな!』

拙者は狐殿を振り返りそう声をかける。

すると、狐殿は小さく尻尾を二度振る。そしてそのまま闇の中へと溶けて消えてしまった。

『狐殿!?』

呼びかけるが狐殿は姿を現してくれない。

『狐殿! どこでござるか!?』

返事はない。独りぼっちになってしまった。

途端にこのまま闇の中に一人きりかと思うと突然恐怖が襲ってくる。

『やはり、最後は独り、でござるか……』

ご先祖様も同じような気持ちだったのだろうか?

そんな考えが頭をよぎった次の瞬間、突然眩い、しかしとても暖かい光が拙者をまるで優しく抱きしめるかのように包み込んだのだった。

****

「ちょっと、フィーネ。あなたもう限界なんじゃないの?」
「まだ、もうちょっと……」

正直、もう魔力も集中力も限界だ。でも、ここまできてシズクさんを諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら絶対に後悔する。それなら最後まで、倒れるまでやるんだ!

私は気合と根性でオペを続けていると、不思議な現象が起こった。

残っていた癒着部分がひとりでに剥離し始めたのだ。

「こ、これは? 一体?」

しばらくその様子を見守っていると、残った癒着部分は私が何をするでもなく勝手に全て剥離していった。

「よし、これなら!」

私はシズクさんの魂を守るように闇属性と聖属性の魔力のヴェールで優しく包み込んだ。そして弱い浄化魔法を打ち込んで少しずつこのどろどろを浄化していく。

慎重に、慎重に。

大切なシズクさんの魂を傷つけないように。







どれほどの時間がたったのだろうか?

数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。

私はついにシズクさんの魂に纏わりついていたどろどろを全て浄化しきった。

「ああ、終わったぁ。シズクさん……」

達成感とともに恐ろしいほどの疲労感が襲ってくる。

大手術を終えた後のお医者さんというのはこのような気分なのだろうか?

「……フィー、ネ……殿?」

私は呼びかけられた声にはっとして下を見る。

するとそこにはうっすらと目を開け、弱弱しく私を見つめるシズクさんの姿があった。

「っ! シズクさん! シズクさん! シズクさんっ!」
「……これ……は……夢……?」
「違います! シズクさん! 生きてます! 助かったんですよ! シズクさんっ! シズクさんっ! うえぇぇぇ」

私はシズクさんの左手を握り、そしてそのままシズクさんの胸に突っ伏すと号泣してしまった。

涙が止まらない。

「ふふ、良かったわね。フィーネ」

アーデの優しい声が聞こえる。

「フィーネ殿……泣かない……で……」

シズクさんはゆっくりと、そしてとてもとても優しく私の頭を撫でてくれたのだった。
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