上 下
177 / 625
巫女の治める国

第四章最終話 おかえり

しおりを挟む
シズクさんを助けた私たちは、何事もなかったかのようにシンエイ流の道場に戻り一夜を明かした。

襲撃をしていながら何故そんなことができたかというと、アーデの眷属となったスイキョウが何食わぬ顔で御所へと戻り、何食わぬ顔で女王として捜査の中止を命じたおかげだ。

また、テッサイさんとソウジさんはどうにか一命を取り留めたが、イッテツさんとヤスオさんは残念ながら討ち死にしてしまった。

そこで、龍神洞への襲撃は彼ら二人によるテロ行為という事で秘密裏に処分された。そしてテッサイさんは二人を連れ戻しに来たが、時すでに遅く間違って戦闘に入ってしまったことになった。そしてこれを真実とスイキョウが認定したことで捜査は全て終了し、テッサイさんも監督者責任を取るということでミヤコから出ることを禁止された。

これにて今回の事件は解決したこととなった。

ちなみに、私たちがイッテン流道場を襲撃してキリナギを奪い返した件は不問とされた。この国の価値観からして、クリスさんに道場を破られたにも関わらずそのクリスさんに対して嘘をついたということは殺されて当然の行為なのだそうだ。私たちが放置してきたカンエイさんも結局亡くなってしまったそうで、これでミツルギ家も断絶となってしまった。

色々と思う部分はあるが、私のわがままで多くの血を流してしまったことは事実だ。その点については私の罪として心に刻んでおこうと思う。

後日、私たちは再び龍神洞に行き水龍王の封印を修復した。インゴールヴィーナさんの助けなしに修復した封印がどの程度もつのかは分からないが、いくらなんでもすぐに破られるということはないだろう。たぶん。

そして私たちは今、ミエシロ家先祖代々のお墓にやってきた。お墓を掃除し、お花とお線香を手向け、手を合わせる。このお墓にはシズクさんのお父さんと叔父さんが眠っているそうだ。しかし、お母さんは生贄として捧げられたため残念ながらここには眠っていない。その叔父さんというのが在りし日のミエシロ家のご当主様だったそうで、カンエイが理不尽な文句を言っていた相手のようだ。

「スイキョウ様は、八頭龍神様は魔物だったでござるよ……」

シズクさんは手を合わせながら墓前にしみじみと呟いた。その頭には黒い耳が、そしてお尻からは黒い尻尾が顔をのぞかせている。

私は結局この状態を治すことはどうしてもできなかった。

「はは、ミエシロ家は、ご先祖様は、何のために犠牲になってきたでござるかな……」

シズクさんは寂しげに、そしてやや鼻声になりながら墓前に語りかける。

慰める言葉をかけてあげたい。しかし、生贄を否定し、その歴史を否定してまで真実を暴いた私にはかけてあげられる言葉が思いつかない。

「フィーネ殿」
「なんですか?」

私はシズクさんに呼ばれて顔をそちらへ向ける。

「拙者は知らなかったとはいえ、取り返しのつかない過ちを犯してしまうところだったでござる。そればかりか、命まで救って頂いたこと、心より御礼申し上げるでござる」

シズクさんはこちらをまっすぐと見据え、そして深々と頭を下げた。

「え? そんな。頭をあげてください」

私は慌ててそう言い、シズクさんに頭を上げてもらう。

「シズクさんは私の、いえ、私たちの大事な仲間です。大事な仲間のピンチに駆けつけるのは当たり前じゃないですか。仲間が困っているなら助けるのは当然だって、シズクさんもツィンシャで言ってたじゃないですか」
「フィーネ殿……。フィーネ殿はまだ、勝手に出ていった拙者を、仲間だと言ってくれるで……ござるか?」

シズクさんの声が震えて涙声になっている。そのせいで私までもらい泣きしてしまいそうだ。それを堪えて私は努めて明るい声でシズクさんに答える。

「もちろんです。当たり前じゃないですか」
「……フィーネ殿。拙者は……また一緒に……旅を、しても、よい、で……ござる……か?」
「シズクさんこそ、私たちと一緒に来てくれますか?」
「ああ、フィーネ殿……。ああ、ああ、もちろんでござる!」

潤んだ瞳で私を見つめるシズクさんの顔は泣きながら笑っているようだった。

わたしはそんなシズクさんのケモミミがペタンと垂れ、そして尻尾が嬉しそうに左右に大きく振られているのをみて可愛いと思ったのだった。

シズクさんが真顔に戻り、そして真剣な眼差しで私の目をまっすぐに見つめてきた。

「フィーネ殿」
「はい、なんですか?」
「拙者は今この時よりフィーネ殿の剣となるござるよ。フィーネ殿の国にはその誓いを立てる儀式があるそうでござるが、どうかそれを拙者にもやらせては貰えぬでござるか?」

え? あれやるの? そんなことしなくても良いと思うけれど。

うーん、まあいいか。きっと、シズクさんなりの気持ちの区切りなのだろう。

「分かりました。それじゃあ、キリナギをお借りしますね。ええと、口上はクリスさんに教えてもらってください」
「かたじけない!」

****

「宣誓!

拙者、シズク・ミエシロは!

フィーネ・アルジェンタータを主とし!

御身を守る盾となり!

御敵を討つ剣となり!

謙虚であり!

誠実であり!

礼節を重んじ!

裏切ることなく!

欺くことなく!

弱者には常に優しく!

強者には常に勇ましく!

己と主の品位を高め!

正々堂々と振る舞う!

騎士たらんことをここに誓う!」

ミエシロ家の墓前で私に跪いたシズクさんが誓いの口上を述べる。

「許す」

私がそう答えるとシズクさんは口元に差し出されたキリナギの切っ先に口付けを落とす。

するとそれを見ていた皆から祝福の拍手が贈られる。

「フィーネ殿、これからもよろしく頼むでござる」

シズクさんが笑顔でそう言った。

「こちらこそ。それとシズクさん、おかえりなさい」

爽やかな風が駆け抜けていく。

薫風は私たちの髪を優しく撫で、澄み渡る青空に映えた新緑をそっと揺らすのだった。

==================

お読みいただきありがとうございました。

この結末に賛否両論あるかとは思いますが、これにて第四章は完結となります。

物語の当初は舐め腐った態度でだらだらと流されていたフィーネちゃんも、思い込みと独りよがりの正義感で暴走していたクリスさんも少しは成長できたのではないかと思います。

そして、やっとシズクを助けてあげることが出来ました。お国のために犠牲になれ、と幼少の頃より教育されてきたシズクは、一度は逃げるという選択を取れたものの結局その呪縛からは逃れらず、最終的に大切な今と未来を捨てるという選択をしてしまいました。そんなシズクもフィーネちゃんたちの活躍でようやっとその呪縛から解放されました。

フィーネちゃんたちは最近筆者の意図を無視した行動を度々取るので、本当にシズクが助かるのか筆者もひやひやしながら見守っておりましたが、何とか概ね予定していた結末に辿りついてくれてほっとしております。

御依代家という報われない生贄の巫女の一族の最後のひと雫、そんな運命から解き放たれたシズクはこれから一体どのような人生を歩むことになるのでしょうか? フィーネちゃんたちと共に歩む人生なので波乱万丈なことは間違いないでしょうが、きっと力を合わせて乗り越えてくれることでしょう。

一方でアデルローゼには非常に大きな借りを作ってしまいました。そして知らぬ間に支配者が入れ替わった巫国の住民の皆さんの運命は……。大切な事がすっぽりと抜け落ちてしまうあたりがフィーネちゃんらしいといえばらしいのかもしれませんね。

また、筆者の文章力や構成力が未熟なせいで、分かりづらかったりやきもきさせてしまった部分も多々あったかと思いますが、ここまで来られたのはひとえに読者の皆様のおかげです。この場を借りまして、改めまして御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

さて、フィーネちゃんたちのステータス紹介(シズクさんは第五章の早い段階でご紹介できると思います)と設定のまとめなどを一話挟みまして、第五章を投稿して参ります。なお、五章の投稿は今週末か来週の頭を予定しております。

第五章以降では今まで謎のまま残されていた事も少しずつ明らかになっていき、そして世界情勢も大きく動いてくことになります。

今後ともどうぞお付き合い頂けますようよろしくお願いいたします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...