勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
146 / 625
巫女の治める国

第四章第13話 月下の密会(前編)

しおりを挟む
「あ、あ、あ、アーデ? どうしてここに?」
「あら、大切なあなたに会いに来るのに理由なんているのかしら?」

アーデはその真っ白な肌を僅かに桜色に染めながらそう言った。

これは温泉で温まったから、だよね?

「あら? あまり嬉しそうじゃないわね? せっかく婚約者のわたしが尋ねてきたというのに」
「あの、その話はお断りしたはずなんですが……」
「いいじゃない。減るものじゃないでしょう?」

いや、減るとか減らないとかそういう問題なのだろうか?

「それにしても、やっぱりあなたは素敵だわ。空に浮かぶ月は、そうね。さしずめあなたのその美しさを際立たせるためのスポットライトね。月光に輝くあなたのその白銀の髪もとてもキレイよ」

いつの間にか息がかかるくらい近くにやってきたアーデが私の髪をそっと撫でる。アーデは柔らかく目を細めている。吸血鬼特有の縦長の瞳は愛おしいものを見つめるかのような優し気な光を宿している。

「そ、そ、それで私に何の用ですか?」

私がしどろもどろになりながらもなんとか言葉を返すと、アーデは微笑みながら髪を撫でていた手を私の背に回し、そのままそっと私を抱きしめてきた。

あ、やわらかい。

彼女の巨大な双丘が私のささやかな膨らみにあたり柔らかく形を変え、その感触が伝わってくる。

「さっきも言ったでしょう? 愛しいあなたに会いに来たのよ。それじゃあダメかしら?」

面と向かってこんな恥ずかしいセリフを、よくもまあ素面で吐けるものだ。

「せっかくこんなに素敵な旅館に泊まっているんだもの。わたしも一緒に温泉に入ってあなたと仲良くなりたいのよ」
「はあ、そうですか。わかりましたからもう少し離れてください。温泉の中なのでちょっと暑いです」

そもそもアーデは泊まってないよね? 無賃入浴はまずいんじゃないかな?

「あら、そう? 仕方ないわね」

そういうとアーデは私の頬に軽くキスをしてからするりと離れていった。

ん?

キスされた?

「あら、可愛いわ。顔が真っ赤よ? もしかして初めてだったのかしら?」
「え? あ? いや、え? あ、その?」
「本当に可愛いわね。このまま唇にもキスしてもいいかしら?」
「え? だ、だ、ダメです。だめです!」
「ふふ。じゃあそれはまた今度ね」

そういってアーデは楽しそうに笑っている。

「それにしても、あなたは本当に覚醒しないでいられるのね」

アーデは私の頬を両手で優しく挟むと私の目を見つめてくる。その縦長の瞳とどこまでも穏やかな光を湛えている。

「どうして、ですか?」

私はなんとか言葉絞り出す。

「何が?」
「どうして、そんなに私のことを?」
「前に会った時に言った通り、あなたに一目惚れしたからよ。誰かを好きになることに理由がいるのかしら?」
「それは……」

あまりにも人間らしい答えに私は二の句が継げなくなってしまった。フェルヒのような吸血鬼だったら何の戸惑いもなく消せるのに。アーデだったら……。

「ああ、あなたのその瞳も本当に素敵だわ。ねぇ、フィーネ。あなた絶対に覚醒なんてしないで頂戴ね?」
「え?」

私はアーデのその言葉に驚いた。

それはまるでアーデのこれまでの人生を否定するかのような発言で、吸血鬼そのものを否定する発言でもあるのだから。

「ね、フィーネ」

アーデは真剣な表情で私の目を見つめてくる。そんな彼女の美しい顔を見て頬が少し熱くなるのを感じる。

「わたし、悪いけどあなたのことを少し調べさせてもらったわ。吸血鬼でありながら吸血衝動を克服し、聖女として食べ物であるはずの人間と共に生きる道を選んだのよね。さらに人間によって被害を受ける立場のエルフとも共に生きていて、精霊まで従えて美しい森を守るために闘っているそうじゃない」

アーデは一気にそう私に告げると、再び優しく目を細めた。

「それを知って、わたしはますますあなたが好きになったわ。気高く生きる美しいその心、決して折れたりけがされたりして欲しくないの。でも、あなたが覚醒してしまったらきっと、それは汚れてしまうわ。わたしはね。あなたにあなたのままでいて欲しいの」

アーデはそうして言葉を一度切った。そんなアーデの表情を見つめていると、アーデは再び真剣な表情に戻り口を開く。

「だからフィーネ、あなたには吸血貴族ではない別の種族への存在進化をしてほしいの」
「吸血貴族へではない存在進化? そんなことができるんですか?」
「そんな例は過去に一つもないわ。でもね、あなたならきっとできると思うの」

アーデは真剣な表情のまま少し弾んだような声で語る。

「だって、人間と共存しようとする吸血鬼も、聖女に選ばれる吸血鬼も、聖衣を纏って聖水を飲む吸血鬼も、【聖属性魔法】や【回復魔法】を使う吸血鬼も、太陽の下でお昼寝する吸血鬼も、精霊と契約する吸血鬼も、何もかもが異例よ? そんなあなたなら、吸血貴族でない別の存在に進化することだってできるんじゃないかしら?」
「それは……」

そう、なのだろうか? 確かに今の時点で可能性がゼロだとは断言できないだろう。

もしかしたらエルフのようにリーチェを上級精霊にできれば存在進化できるのだろうか?

「あなただって、存在進化はしたいのでしょう?」
「どうなんでしょうか。私自身、存在進化というものがあまりよく分かっていなくて……」

そうするとアーデは少し驚いたような表情を見せる。

「あら。じゃあ知りたい?」

そうしてアーデはいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

「はい、教えてください」

私は迷わずそう答えた。

それを聞いたアーデは、それはそれは嬉しそうに微笑んだのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...