勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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巫女の治める国

第四章第14話 月下の密会(後編)

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2020/09/23 誤字を修正しました
2021/10/15 誤字を修正しました
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私が教えて欲しいと言ったことがそんなに嬉しいのだろうか?

アーデはそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべている。

その微笑みを見てちょっとかわいいような気がして、そして何だか少しドキドキしている私がいるが、きっとこれは少しのぼせているからに違いない。

「ふふ。いいわ。教えてあげる。存在進化というのは、それぞれの種族ごとに決まった条件を満たすことでより上位の存在へと進化することよ」
「はい。そこまでは知っています」
「それでね、存在進化をすると上位の存在になるからステータスの素質が大きく伸びるわ。あと、いくつかのスキルレベルが自動的に上がるわね。私たち吸血鬼が吸血貴族になると、【闇属性魔法】、それに吸血鬼のユニークスキル、あと多分【聖属性耐性】は無理だと思うけどそれ以外の耐性スキルを持っている場合はそれも 1 ずつ上がるわね」
「じゃあ、ものすごく強くなるんですね」
「そうね。でも、デメリットもあるわ。存在進化をすると、レベルが 1 になってステータスが半分くらいになるのよ」
「え?」

アーデがいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

「ふふ、驚いた? だから存在進化をするときは時と場所をちゃんと選ばないとダメよ。フィーネも存在進化をする時はちゃんと敵に討たれる心配のない状況を選ぶことね。そうね、例えばわたしの隣とか、どうかしら? 何があっても守ってあげるわよ?」
「え? あ、えーと、考えておきます」
「ふふ、本当に、可愛いわね。フィーネ」

ううん、何だかまた抱きつかれそうな予感がするので話を続けよう。

「ええと、吸血貴族への進化条件って何ですか? エルフの場合は契約精霊を上級精霊にすることらしいんですけど」
「たくさん眷属を作ることよ。数は覚えていないけれど、多分五万とか、十万とか、そのくらいじゃないかしら?」
「うひっ」

変な声が出てしまった。

「長く生きていればそのくらいに増えているのよ。いつの間にかね」

そうだった。アーデの勢いに飲まれて考えが回っていなかったけれど、やっぱりアーデもフェルヒのような事をしてきたのだろうか。

そんな私の表情を見たアーデは再び真剣な表情で私の目を見る。

「聖女として人間と共に歩んでいるあなたには許せないところもある事は理解しているわ。でも、それはあなた以外の吸血鬼に死ねということと同じなのよ」
「それは……」
「人間だって、動物を食べるために殺すわ。吸血鬼にだって最低限生きるために食べることは許されても良いんじゃないかしら?」

それはそうだが、人間としてははいそうですかと受け入れるわけにはいかないだろう。

「でも、町を丸ごと乗っ取るフェルヒのような吸血鬼だって! それに過去にも……」
「そうね。だからわたしはあいつを始末しようとしていたのよ。あんなやり方は無駄な争いを生むだけだもの」

なんとなく流されて生きている私と違って、アーデの言葉には重みがあるように感じる。

「吸血鬼にも色々いるのよ。フェルヒのような吸血鬼はわたしから言わせてもらえば愚物ね。人間にだって色々いるでしょう? 例えば、あなたの可愛い妹分のエルフちゃんを奴隷にするような人間がいるのと同じことよ」

それを言われると確かにそうだ。

「ま、わたしがあいつを始末しようとしていたのは人間のためなんかじゃないけれどね」

いきなりおどけたような口調になりアーデは私にウィンクをしてきた。

「え? そうなんですか?」
「ええ。吸血鬼はただでさえ人間たちに嫌われているのにこれ以上風当たりが強くなったらまずいからよ」
「え? どうしてですか?」

私がそう尋ねるとアーデは呆れたように私を見てきた。そして、私に軽くデコピンをくらわせてきた。

「ちょっと、いきなり何するんですか」

私は抗議の声を上げるがアーデはなおもあきれ顔で私を見ている。

「だって、あなたのせいだもの」
「え?」

私は何を言われているのか意味が分からずにアーデを見つめ返す。

「やだ。そんなに見つめられたら照れるわ」

私はあわてて視線を逸らす。

「もう。もっと見つめてくれていてもいいのに」

アーデがまた冗談めかしてからかってくる。このままだと話が進まなそうなので私は話を戻す。

「ええと、それで私のせいといのはどういうことですか?」
「だって、あの当時最強だった吸血貴族シュヴァルツが夜中に人間と戦って敗れたのよ? 当時のあいつは魔王候補の筆頭と呼ばれるくらいに多くの吸血鬼と、それに魔物たちも従えていたわ。単独行動が好きな奴ではあったけれど、夜に為すすべもなく消されたというニュースは衝撃だったわね」
「あ……」

なるほど。どうやら私のせいで吸血鬼たちの間に激震が走り、あまり派手に人間と敵対すると危ないという話になったということか。

「さすがのわたしも、シュヴァルツを消したのがまさか同族の聖女だなんて想像もしていなかったけれどね」
「あはははは」

まさか私の行いがこんなところにまで影響を及ぼしているとは思わなかった。

「だから、少なくともあなたが生きている間は他の吸血鬼たちが人間を野放図に襲うことはないはずね。もちろん、わたしはあなたと結婚するんだから、愛するあなたの嫌がることはしないわよ?」
「はぁ」

何だか毒気が抜かれてしまった。

私も行きがかり上聖女候補なんてものをしているだけで、そもそも全ての人間を救いたいなんて大それたことは考えていない。

「ところでフィーネ。あの暑苦しい騎士様はどうしたの? あの様子だとあなたを守るためにべったりだと思っていたのだけれど」
「クリスさんは、その、ちょっと風邪をひいてしまって寝込んでいるんです」
「まぁ。何とかは風邪ひかないっていうのに。こういうのは自信があったけれど、わたしの見立てもたまには間違うこともあるのね」
「ええぇ」

確かにクリスさんはちょっとナントカなところはあるけれど、それと風邪をひくかどうかは関係ないと思う。しかも私たちのせいみたいなところはあるし。

「あら? でもあなた聖女なんだから風邪くらい簡単に治療できるんじゃないの?」
「実は――」

私は事の顛末を話すとアーデに腹を抱えて爆笑されてしまった。

「あはは、あなた本当に可愛いわね。ねえ、本当に聖女なんて辞めて私のところにすぐに来ないかしら?」
「いえ。プロポーズはお断りしたはずです」
「あーあ、フラれちゃった。残念ね。さ、そろそろ治療しに行ってあげたほうがいいんじゃないかしら?」
「そういえば、そうですね。色々教えてくれてありがとうございました」
「ふふ。どういたしまして。じゃあ、お礼に私のお嫁さんにならないかしら?」
「なりません」
「あら、じゃあ、お婿さんがいいかしら?」
「そういう問題じゃありません!」
「ふふ、冗談よ。また来るわ。あ、そうそう。この国はとっても胡散臭いから気を付けたほうが良いわよ? 特に、聖女様であるあなたとは相容れないんじゃないかしら?」
「え? それは一体――」
「それじゃあ、またね。わたしのフィーネ」

チュッ

アーデは私の問いには答えずに私の額に口づけを落とすと、そのままするりと闇へと溶けるように消えていった。

月明かりに照らされた露天風呂には、湯船へと注ぐ水の音と私の鼓動の音だけが残されたのだった。
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