異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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百二十話

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 二つに割れた太陽の花が地に沈んでゆく。

 その時を境に、世界は彼を見失った。
 あの涼し気な声も、絶えない笑顔も人々の記憶からかき消されてゆく。
 残ったのは、ノイズとして頭の中にまとわりつく違和感という残滓ざんし
 気の置けない友人や世話になった知人、彼を慕う者、嫌う者。
 分け隔てなく全員、リッシュモンドのことを忘却のかなたへ追いやってしまった。

 例外があるとすれば、同じ悪の種を内包する同族だけだ。
 ギデオンやシゼルたちの記憶だけに、バリュエーションとしての軌跡は保管されていた。


「あれ? ギデオン? これって……どういう状況なのぉぉぉ――――!? 」

 思いもよらぬアクシデントに、シルクエッタは舞い上がらずにはいられなかった。
 がっしりとした腕に抱擁されたまま、顔を上げれば、傍に幼馴染がいる。
 高まる鼓動に上気する顔。
 それらを、彼に悟られないようと必死でこらえる。
 しかし、気を紛らわせようと努めるほど、自制心はバランスを失い、どこかに飛び立とうとする。

「終わったようだな……」

 ギデオンが崩落した施設を眺めて呟いた。
 何が終わったのか? シルクエッタには分からない。
 けれど、騒然となった現場の光景を目の当たりにすると、いたたまれない気分になってしまう。
 彼女は一人黙々と祈りを捧げていた。
 できれば、犠牲者がでないようにと……。

「ずいぶん、熱心だね。大丈夫だ、誰一人として事故に巻き込まれることはない。私のゴールデンパラシュートが、ここの人々を護ってくれている。もちろん、彼らの運気を上昇させてね」

 トレンチコートの男性が、歩道に沿ってのんびりと歩いて来た。
 被っていたハットを取った姿に、シルクエッタが小さく「あっ!」と音をこぼした。
 その顔に、覚えがあった。
 日々、彼女を送迎する魔導四輪のドライバー、ジェイク。
 彼こそがゴールデンパラシュートの正体だった!

「少々、トラブったが約束どおり、取り引きを始めよう。君もそれでいいか?」

 ジェイクが、ギデオンの方に目を向けた。
 眼鏡の奥に、冷徹さを忍ばせた目力は、彼が表世界の人間ではないことを明確に示していた。

「構わない、聞かせてくれ。アンタの目論見を……」

 遠慮のない物言いに、ジェイクの口元がほころんだ。

「予定では、シルクエッタさんだけだったが事情が事情だ……やむを得ない。それに、先の戦闘で君が信に足る人物か、知ることが出来た。ついて来い、君たちに見せたいものがある」

 あらかじめ、用意されていた魔導四輪に乗って移動する。
 目的地は知らされていないが、シルクエッタが「大丈夫、ジェイクさんなら信用できるよ」と太鼓判を押すので、問題は起こらないだろう。

 ギデオンは無意識に自分の下唇を噛みしめていた。
 考えてみても彼が裏切ることはこの土壇場ではまず、ありえない。
 シルクエッタを利用して主導権をにぎるチャンスは今までいくらでもあった。
 それをみすみす、棒にしあまつさえ、回りくどい方法でコンタクトを取ってきたのだ。
 彼の供述どおり、ゴールデンパラシュートは戦闘向きの能力ではないと見て間違いないだろう。

 車は歓楽街をぬけ南東を走る。
 じき四輪用の舗装道路から外れる……その先は徒歩で進むしかない。
 空に長々と続く、白雲を背に小高い大岩が見えてきた。
 サーマリアのヘソ――そう呼ばれる観光スポットは、ギデオンにとって既視感あるものだった。
 景色を切り取れば、一枚の絵画になる。
 人々から、そう言われるほど大岩の頂上は、艶やかな緑に包まれていた。

「思い出したぞ……ここで僕は、神将サトラと出会っている」

「大丈夫? ギデオン。さっきから落ち着かない様子だけど……」

「いや、なんでもない。ここから、ナズィールの街並みが一望できるはずだ」

 言葉どおり、少し歩くと眼下に拡がるナズィールの景色が飛びだしてきた。

「うわぁ~! スゴイよ、街全体がよく見渡せる」

 こうして見ると不思議なものだ。
 角度を変えただけで、見知った街もその顔を変える。
 あの時、見た景色はもっとおごそかで目を見張るほど煌びやかだったはずだ。
 今は、なんとなく全体的にバラついて、まとまらない感じがする。
 ギデオンは物寂し気に街を眺めていた。

「二人ともこっちだ!」

 一足早く、ジェイクが目的の場所に立っていた。
 真四角の墓石が列をなして地に並んでいる。
 ジェイクが見せたいと言ったもの、それはこの霊園なのだろう。
 何を意図して彼がここを案内したのか? ギデオンからすれば不可解ではある。
 が、知らなければならない……。
 墓地の片隅で佇むジェイクを見て、そう思わずにはいられなかった。
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