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百二十一話

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 キンバリー・カイネン告別当日――――

 ウルス殿―――

 その日、式場にはルヴィウス勇士学校の生徒たちがこぞって集まっていた。

 恩師との別れに嘆き悲しむ生徒。
 気怠そうに欠伸をする者。
 クラスメイトとの会話に夢中になり、式をおざなりにする女子。
 同僚の冥福を祈る教員たち。
 端から興味もなく、ただ言われるがまま式に参加する輩。

 皆、思いはそれぞれ異なるも、キンバリーに別れを告げるという目的自体は一緒だった。

「なぁ、聞いたか? 午後から、政界、財界、学会の著名人が参列するって話だぜ。しかも、このスクープ目当てにメディアや記者団も大勢やってくるらしいぞ!」

「本当か!? やっぱ、うちの先生ってスゴイ人だったんだな……」

「あん、それなら在校生代表の挨拶に立候補しておくべきだったわ。この場で注目を浴びれば、一躍有名になるチャンスがあるかも!!」

「無い無い、そんな事しても赤っ恥かくだけよ。アンタ」

 各界の大物が訪問してくるという話に、生徒たちの心は沸き立つ。
 良くも悪くも、この場に熱気がこもってゆく。
 その最中、突如として本殿の外庭から振動と共に轟雷が鳴り響いた。

 *

「もう少しで、回廊東側の昇降機が見えてきます!」

「おおっ! そうかそうか!!」

 ケツァルコアトルの襲来を受けた直後――
 エントランスホールから非常用通路をぬけ、宰相ガルベナールは神殿外へと向かっていた。
 ここまで間、マローナに車椅子を押してもらっていた彼だが、逃げることに必死で分断された部下のことなど気にもかけていない様子だった。
 それどころか「早く! ここから離れろ」と催促してくる。

 この傲慢さと、意地の悪さが、共和国の人々を不幸のどん底に突き落とした。
 救いようのない身勝手さにマローナは目を細めた。

 宰相の耳元で囁く――

「落ち着いてください! こういう時こそ慌てず行動するべきです」

「何をぬかす! 私は常に冷静だ」

「そうですか……そういえば、聖王国は大陸一の宗教国家でしたね。聖職者の方々は、厳しい修行により精神力を鍛え上げていると聞きます」

「その通り、おかげで多少のことなど動じぬわ!!」

 イキリちらす姿勢は、空虚でしかない。
 ガルベナールはその事にすら気づいていない。
 そこに一国を支える柱としての覚悟はみられず、目も当てられなかった。

「確か、でしたよね? 聖王国の司教様が精神統一法として世の中に説いて広めたんですよね」

「司教か……あ奴は、宗教に対する観念が強すぎる男だったわい」

「でも、何者かに殺害されてしまったんですよね。素晴らしい人物だったのに惜しいです」

「フン! 今更、奴のことなど話しても何の益にもならぬわ。死人に口なしと言うだろう」

「あら? ひょっとして宰相、あなたは何か掴んでらっしゃるのでは?」

「だとしたら何だ? 司教の奴は、我々とは相容れなかっただけだ。だから、狙われた……それだけだ!」

「やはり、何か知っているな! 貴様」

 マローナの声色が急に低くなった。
 さしもの、ガルベナールもこの変化には気づき、目の色を変えていた。

「なななっ、何奴だあぁぁあ――!! 貴様、あの娘ではないな! おのれぇ――、何たる卑劣な下郎だ」

「うるさい! 黙れ!! 人の顔を覚えられないお前が言うな!」

 宰相の左頬にバチン! と平手が飛んだ。
 マローナにふんした少年の一撃を食らい、車椅子ごと吹っ飛んでいた。

「ガッ……あ―――う―――」と家畜のような悲鳴を上げ、のたうち回っている。

「ろ、老人虐待だ!! 貴様、私に無礼をはたらきタダで済むと思っているのか!? 貴様なんぞ、切り刻んで魚の餌にしてやる――」

「だから、喚くなと言っている!」

「や、やめ……ガハッ―――!!」

 ガルベナールの腹部に、問答無用の拳がめり込む。
 あまりに呆気なさすぎる。
 これが、本当にこの国を戦火の渦に巻き込んだ張本人だというのか?
 たった一撃で老宰相はのびてしまった。

「まったく、何もかも予定外だ。あの鳥が、好き勝手に暴れてくれたせいで、こっちも計画を変更しなければならないぞ。ガルベナールは、捨て置けない。コイツはまだ何かを隠している、なんとしても聞き出さなければ……」

 いつしか、辺りが静まっていた。
 エントランスホールでのファルゴとケツァルコアトルの争闘は終了したようだ。
 どちらに軍配があがったかなど、気にもしていられない。
 じきに此処にも人がやってくる。
 そうなる前に、宰相を外へと運ばなければいけない。
 気絶したガルベナールを肩で担ぐと、彼はジェイクと合流すべく走り出した。
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