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三十四話

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メリッサ・ハウゼンにとって父の訃報ふほうはあまりに、突然すぎた。

ギデオンが伝えるまで彼女にとって、その男は死など寄せつけない悪鬼のような存在だった。
そんな彼がとうとう潰えた、にわかには信じられないと彼女は首を横に振る。
娘であるメリッサにもクロイツの死が伝えられなかったのは、アドミラルが外部に漏れないよう情報規制をしいたからである。
クロイツは聖王国と帝国の国境近辺の警固の為、向こう数年はとりでの管理者として任にあたると、真実を闇に葬る為、アドミラルが虚偽の情報を流していた。

ギデオンは真相を明かすも、ギデという人物としてでしか語っていない。
貴族であった頃のことを話してもメリッサとは何も関係がない。
理由はどうあれど、自身との戦いでクロイツが最期を迎えた事実は何も変えられないのだ。

彼の告白をメリッサは眉一つ動かさずに聞いていた。
涙など出るはずもなかった。
自分と母に何一つ愛情を与えてくれなかった男のことなど、血がつながっているだけの他人としか、認識していない。

クロイツとメリッサには完全なる確執があった。
女神ミルティナスを絶対と崇める狂信者たる父親と、信仰など捨てミルティナスを疎ましく思う娘。
父の女神に対する想いは信仰などという綺麗なモノではなかった。
自身の書斎や寝室に、ミルティナスの彫像や石像、絵画や記念硬貨、タリスマンに至るまでミルティナスとつく物ならなんでも揃えて大量に飾っていた。
愚かにもクロイツは妻子に見向きせず女神だけに情熱を注いでいた。
純真無垢な子供のように、ミルティナスに恋焦がれる。
そんな自分が愛おしくてたまらなかった。

洞察力に長けていたメリッサは子供ながら、父の異常性に気づいていた。
彼女にとってミルティナスだらけの家は気が狂いそうになるほどおぞましく思えた。

くわえて、母や自分に暴力を振るう。
いつしか母は、娘を置き去りにしどこかに消えた。
どこぞ男と一緒にグラダートを出て行ったという話を聞かされた時、ようやく自分が捨てられた事に気づかされた。
もはや、ミルティナスという名前すら聞きたくもない。

行き場を失った彼女は、叔父夫婦を頼りにここ港街スリィツゥにやってきた。
それまで滅多に顔を合わす事もなかったのに、叔父夫婦はメリッサのことを実の家族のように歓迎してくれた。
時間はかかったものの、少しずつ彼女は笑顔と共に本来の自分を取り戻していった。

そして今、彼女は自立しギルド職員として働いている。
冒険者たちの自由な生き方に憧れ、自身もいつしか広い世界を見てみたい。
それが彼女のささやかな夢。

夢はずっと醒めないモノ、だからこそ夢だ。

……なのに、彼女は出会ってしまった。
自分と同じ、痛みを抱えて生きている少年、ギデ。
彼もまた心の奥底にあった信仰を捨て去っている。
そう思うも、自分とは何処かが決定的に違う。
メリッサは、そのことが気になって仕方がなかった。
自身の気持ちを否定しつつも、どんどん彼に惹かれていた。
己の罪を告白する彼に、共犯者になってくれるかと訊かれた時点で、父を失った悲しみよりも彼に求められたことへの喜びが勝ってしまった。

彼女はふと思う。
自分は何て冷酷な人間なのだろうと……肉親を失ってもなお心が乱れない。

むしろ、安らぎが訪れてきたとさえ感じていると――――


数日後、ギデの昇級試験の申請が通った。
全部をメリッサに明かせば、試験というていで誤魔化す必要もなくなる。
が、さすがにアマゾネスエルフについて知られると不味い。
彼らは人間を敵視している。
ギデオンが信用を得たのは運がよかったにすぎない。
エルフのことは他者に話さないのが賢明だ。

メリッサの助力のおかげでパーティーメンバーも三人揃った。
試験内容はジャングルでの金鉱石探し、鉱石は密林奥深くまで潜らないと決して手には入らない。
ギデオンとって最高のお膳立てが整った。
これでエルフの結界の歪を特定できる。
一つだけ懸念けねんがあるとすれば、果樹園に着く前に三人目メンバーをどうにかしなければいけない。
どういう人物なのか? 分からない以上、放置はキケンだ。

「また、アルラウネに捧げるか……」


試験スタート地点は、ここスリィツゥギルド前から始まる。
ギデオンはいち早く、来たのでほかのメンバーが集まるのを待っていた。

「お待たせ! おはよう、ギデさん」

メリッサが手を振りながらやってきた。
隣には三人目のパーティーメンバーとギルド公認の試験官もいる。

手を上げながら、ギデオンは三人と合流した。

「えーと、ギデさん紹介しますね。こちらが、三人目のメンバーとなるカナタ・弁慶さんです」

「まっほい! カナタと申す。小生、元は三ッ星冒険者であり、現在、再就職中であります!」

「ギデです。新米ですが、宜しくお願いします」

「ほほう、噂はかねがね伺っておりますぞ。なにやら、登録初日にギルド受付け嬢に手を出したとか?」

「ははっ、きっと悪い冗談ですよ。なあ、メリッサ!」

「はい、後で噂を流した本人にキツく言っておきますね」

「むはっ! ったく、やれやれだ」

三人目のメンバー、カナタはベテラン冒険者というのもあり堂々としていた。
試験に意気込むのは悪い事ではない。
しかし、頭巾に眼鏡とマスクで素顔をおおい隠している彼と、上手く連携が取れるのか?
はっきり言って、不安しかない。
それでも試験が始まったら、やり直しはきかない。
一向はジャングルは目指しスタートを切った。
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