34 / 362
三十四話
しおりを挟む
メリッサ・ハウゼンにとって父の訃報はあまりに、突然すぎた。
ギデオンが伝えるまで彼女にとって、その男は死など寄せつけない悪鬼のような存在だった。
そんな彼がとうとう潰えた、にわかには信じられないと彼女は首を横に振る。
娘であるメリッサにもクロイツの死が伝えられなかったのは、アドミラルが外部に漏れないよう情報規制をしいたからである。
クロイツは聖王国と帝国の国境近辺の警固の為、向こう数年は砦の管理者として任にあたると、真実を闇に葬る為、アドミラルが虚偽の情報を流していた。
ギデオンは真相を明かすも、ギデという人物としてでしか語っていない。
貴族であった頃のことを話してもメリッサとは何も関係がない。
理由はどうあれど、自身との戦いでクロイツが最期を迎えた事実は何も変えられないのだ。
彼の告白をメリッサは眉一つ動かさずに聞いていた。
涙など出るはずもなかった。
自分と母に何一つ愛情を与えてくれなかった男のことなど、血がつながっているだけの他人としか、認識していない。
クロイツとメリッサには完全なる確執があった。
女神ミルティナスを絶対と崇める狂信者たる父親と、信仰など捨てミルティナスを疎ましく思う娘。
父の女神に対する想いは信仰などという綺麗なモノではなかった。
自身の書斎や寝室に、ミルティナスの彫像や石像、絵画や記念硬貨、タリスマンに至るまでミルティナスとつく物ならなんでも揃えて大量に飾っていた。
愚かにもクロイツは妻子に見向きせず女神だけに情熱を注いでいた。
純真無垢な子供のように、ミルティナスに恋焦がれる。
そんな自分が愛おしくてたまらなかった。
洞察力に長けていたメリッサは子供ながら、父の異常性に気づいていた。
彼女にとってミルティナスだらけの家は気が狂いそうになるほど悍ましく思えた。
くわえて、母や自分に暴力を振るう。
いつしか母は、娘を置き去りにしどこかに消えた。
どこぞ男と一緒にグラダートを出て行ったという話を聞かされた時、ようやく自分が捨てられた事に気づかされた。
もはや、ミルティナスという名前すら聞きたくもない。
行き場を失った彼女は、叔父夫婦を頼りにここ港街スリィツゥにやってきた。
それまで滅多に顔を合わす事もなかったのに、叔父夫婦はメリッサのことを実の家族のように歓迎してくれた。
時間はかかったものの、少しずつ彼女は笑顔と共に本来の自分を取り戻していった。
そして今、彼女は自立しギルド職員として働いている。
冒険者たちの自由な生き方に憧れ、自身もいつしか広い世界を見てみたい。
それが彼女のささやかな夢。
夢はずっと醒めないモノ、だからこそ夢だ。
……なのに、彼女は出会ってしまった。
自分と同じ、痛みを抱えて生きている少年、ギデ。
彼もまた心の奥底にあった信仰を捨て去っている。
そう思うも、自分とは何処かが決定的に違う。
メリッサは、そのことが気になって仕方がなかった。
自身の気持ちを否定しつつも、どんどん彼に惹かれていた。
己の罪を告白する彼に、共犯者になってくれるかと訊かれた時点で、父を失った悲しみよりも彼に求められたことへの喜びが勝ってしまった。
彼女はふと思う。
自分は何て冷酷な人間なのだろうと……肉親を失ってもなお心が乱れない。
むしろ、安らぎが訪れてきたとさえ感じていると――――
数日後、ギデの昇級試験の申請が通った。
全部をメリッサに明かせば、試験というていで誤魔化す必要もなくなる。
が、さすがにアマゾネスエルフについて知られると不味い。
彼らは人間を敵視している。
ギデオンが信用を得たのは運がよかったにすぎない。
エルフのことは他者に話さないのが賢明だ。
メリッサの助力のおかげでパーティーメンバーも三人揃った。
試験内容はジャングルでの金鉱石探し、鉱石は密林奥深くまで潜らないと決して手には入らない。
ギデオンとって最高のお膳立てが整った。
これでエルフの結界の歪を特定できる。
一つだけ懸念があるとすれば、果樹園に着く前に三人目メンバーをどうにかしなければいけない。
どういう人物なのか? 分からない以上、放置はキケンだ。
「また、アルラウネに捧げるか……」
試験スタート地点は、ここスリィツゥギルド前から始まる。
ギデオンはいち早く、来たのでほかのメンバーが集まるのを待っていた。
「お待たせ! おはよう、ギデさん」
メリッサが手を振りながらやってきた。
隣には三人目のパーティーメンバーとギルド公認の試験官もいる。
手を上げながら、ギデオンは三人と合流した。
「えーと、ギデさん紹介しますね。こちらが、三人目のメンバーとなるカナタ・弁慶さんです」
「まっほい! カナタと申す。小生、元は三ッ星冒険者であり、現在、再就職中であります!」
「ギデです。新米ですが、宜しくお願いします」
「ほほう、噂はかねがね伺っておりますぞ。なにやら、登録初日にギルド受付け嬢に手を出したとか?」
「ははっ、きっと悪い冗談ですよ。なあ、メリッサ!」
「はい、後で噂を流した本人にキツく言っておきますね」
「むはっ! ったく、やれやれだ」
三人目のメンバー、カナタはベテラン冒険者というのもあり堂々としていた。
試験に意気込むのは悪い事ではない。
しかし、頭巾に眼鏡とマスクで素顔をおおい隠している彼と、上手く連携が取れるのか?
はっきり言って、不安しかない。
それでも試験が始まったら、やり直しはきかない。
一向はジャングルは目指しスタートを切った。
ギデオンが伝えるまで彼女にとって、その男は死など寄せつけない悪鬼のような存在だった。
そんな彼がとうとう潰えた、にわかには信じられないと彼女は首を横に振る。
娘であるメリッサにもクロイツの死が伝えられなかったのは、アドミラルが外部に漏れないよう情報規制をしいたからである。
クロイツは聖王国と帝国の国境近辺の警固の為、向こう数年は砦の管理者として任にあたると、真実を闇に葬る為、アドミラルが虚偽の情報を流していた。
ギデオンは真相を明かすも、ギデという人物としてでしか語っていない。
貴族であった頃のことを話してもメリッサとは何も関係がない。
理由はどうあれど、自身との戦いでクロイツが最期を迎えた事実は何も変えられないのだ。
彼の告白をメリッサは眉一つ動かさずに聞いていた。
涙など出るはずもなかった。
自分と母に何一つ愛情を与えてくれなかった男のことなど、血がつながっているだけの他人としか、認識していない。
クロイツとメリッサには完全なる確執があった。
女神ミルティナスを絶対と崇める狂信者たる父親と、信仰など捨てミルティナスを疎ましく思う娘。
父の女神に対する想いは信仰などという綺麗なモノではなかった。
自身の書斎や寝室に、ミルティナスの彫像や石像、絵画や記念硬貨、タリスマンに至るまでミルティナスとつく物ならなんでも揃えて大量に飾っていた。
愚かにもクロイツは妻子に見向きせず女神だけに情熱を注いでいた。
純真無垢な子供のように、ミルティナスに恋焦がれる。
そんな自分が愛おしくてたまらなかった。
洞察力に長けていたメリッサは子供ながら、父の異常性に気づいていた。
彼女にとってミルティナスだらけの家は気が狂いそうになるほど悍ましく思えた。
くわえて、母や自分に暴力を振るう。
いつしか母は、娘を置き去りにしどこかに消えた。
どこぞ男と一緒にグラダートを出て行ったという話を聞かされた時、ようやく自分が捨てられた事に気づかされた。
もはや、ミルティナスという名前すら聞きたくもない。
行き場を失った彼女は、叔父夫婦を頼りにここ港街スリィツゥにやってきた。
それまで滅多に顔を合わす事もなかったのに、叔父夫婦はメリッサのことを実の家族のように歓迎してくれた。
時間はかかったものの、少しずつ彼女は笑顔と共に本来の自分を取り戻していった。
そして今、彼女は自立しギルド職員として働いている。
冒険者たちの自由な生き方に憧れ、自身もいつしか広い世界を見てみたい。
それが彼女のささやかな夢。
夢はずっと醒めないモノ、だからこそ夢だ。
……なのに、彼女は出会ってしまった。
自分と同じ、痛みを抱えて生きている少年、ギデ。
彼もまた心の奥底にあった信仰を捨て去っている。
そう思うも、自分とは何処かが決定的に違う。
メリッサは、そのことが気になって仕方がなかった。
自身の気持ちを否定しつつも、どんどん彼に惹かれていた。
己の罪を告白する彼に、共犯者になってくれるかと訊かれた時点で、父を失った悲しみよりも彼に求められたことへの喜びが勝ってしまった。
彼女はふと思う。
自分は何て冷酷な人間なのだろうと……肉親を失ってもなお心が乱れない。
むしろ、安らぎが訪れてきたとさえ感じていると――――
数日後、ギデの昇級試験の申請が通った。
全部をメリッサに明かせば、試験というていで誤魔化す必要もなくなる。
が、さすがにアマゾネスエルフについて知られると不味い。
彼らは人間を敵視している。
ギデオンが信用を得たのは運がよかったにすぎない。
エルフのことは他者に話さないのが賢明だ。
メリッサの助力のおかげでパーティーメンバーも三人揃った。
試験内容はジャングルでの金鉱石探し、鉱石は密林奥深くまで潜らないと決して手には入らない。
ギデオンとって最高のお膳立てが整った。
これでエルフの結界の歪を特定できる。
一つだけ懸念があるとすれば、果樹園に着く前に三人目メンバーをどうにかしなければいけない。
どういう人物なのか? 分からない以上、放置はキケンだ。
「また、アルラウネに捧げるか……」
試験スタート地点は、ここスリィツゥギルド前から始まる。
ギデオンはいち早く、来たのでほかのメンバーが集まるのを待っていた。
「お待たせ! おはよう、ギデさん」
メリッサが手を振りながらやってきた。
隣には三人目のパーティーメンバーとギルド公認の試験官もいる。
手を上げながら、ギデオンは三人と合流した。
「えーと、ギデさん紹介しますね。こちらが、三人目のメンバーとなるカナタ・弁慶さんです」
「まっほい! カナタと申す。小生、元は三ッ星冒険者であり、現在、再就職中であります!」
「ギデです。新米ですが、宜しくお願いします」
「ほほう、噂はかねがね伺っておりますぞ。なにやら、登録初日にギルド受付け嬢に手を出したとか?」
「ははっ、きっと悪い冗談ですよ。なあ、メリッサ!」
「はい、後で噂を流した本人にキツく言っておきますね」
「むはっ! ったく、やれやれだ」
三人目のメンバー、カナタはベテラン冒険者というのもあり堂々としていた。
試験に意気込むのは悪い事ではない。
しかし、頭巾に眼鏡とマスクで素顔をおおい隠している彼と、上手く連携が取れるのか?
はっきり言って、不安しかない。
それでも試験が始まったら、やり直しはきかない。
一向はジャングルは目指しスタートを切った。
10
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか
宮崎世絆
ファンタジー
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。しかも公爵家の長女、レティシア・アームストロングとして。
あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「もしかして乙女ゲームのヒロインか悪役令嬢ですか?!」と混乱するレティシア。
溺愛してくる両親に義兄。幸せな月日は流れ、ある日の事。
アームストロング公爵のほかに三つの公爵が既存している。各公爵家にはそれぞれ同年代で、然も眉目秀麗な御子息達がいた。
公爵家の領主達の策略により、レティシアはその子息達と知り合うこととなる。
公爵子息達は、才色兼備で温厚篤実なレティシアに心奪われる。
幼い頃に、十五歳になると魔術学園に通う事を聞かされていたレティシア。
普通の学園かと思いきや、その魔術学園には、全ての学生が姿を変えて入学しなければならないらしく……?
果たしてレティシアは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?
そしてレティシアは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか?
レティシアは一体誰の手(恋)をとるのか。
これはレティシアの半生を描いたドタバタアクション有りの爆笑コメディ……ではなく、れっきとした恋愛物語である。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

聖獣達に愛された子
颯希
ファンタジー
ある日、漆黒の森の前に子供が捨てられた。
普通の森ならばその子供は死ぬがその森は普通ではなかった。その森は.....
捨て子の生き様を描いています!!
興味を持った人はぜひ読んで見て下さい!!

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる