色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第七章 紫

第115話 「時間遡行」

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◇◆◇

 がばっと音を立てて、私はベッドから起き上がる。
 ここは私の泊まっている、王城内の客室だ。
 外はまだ明るい。
 私は急いで、自分の持ってきた荷物を確認する。
 そこには、メーアに渡したはずの、セオへの誕生日プレゼントがまだ入っていた。

「この後、メーア様が来る。それで、正午になって中庭に出ると、私はアイリス王女に連れ去られる」

 つまり、今のうちに動き始めれば、毒入り茶が振る舞われる前に、みんなに注意喚起をすることが出来る。
 犯人はおそらくアイリスと繋がりのある侍女や使用人だ。
 ただ、私が部屋を出るのをどこかで待ち構えている可能性もあるから、出来る限り一人で行動しない方がいいだろう。

「メーア様が来るのを待つべきかな。……いや、その前に魔の森に行っておこうかしら」

 念には念を入れて、魔の森へ解毒薬を取りに行けば、万が一のことがあってもすぐに解毒できる。
 風の魔法なら窓から直接出かけられるから、アイリスにも彼女の仲間にも捕まることはないだろう。

 ただ、風の力を使えば、石の牢に捕まった後に逃げられなくなる。
 そうなったら、みんなが助かったかどうか、確かめるすべはない。

「でも――こうするしかない。メーア様が、みんながきっと、薬を上手く使ってくれるよね」

 私は窓を開けて、曇り空へと飛び出していったのだった。


 魔の森のコテージで、解毒薬と、ついでに魔法の傷薬ポーションを回収した私は、出て行った窓から客室内へと戻った。
 そこには、ドアノブに手をかけたまま部屋の中を覗き込み、キョロキョロと辺りを見回しているメーアの姿があった。

「パステル、そんな所にいたのね! 返事がないから勝手に開けちゃったわ」

「大丈夫です。それよりメーア様、無事で良かった……じゃなくて、えーと、どうしたんですか?」

「どうって……あなたが元気をなくしているかと思ったから、心配して来ただけで……って、意外と元気そうね?」

「私は元気ですっ。でもみんなが……あ、違う、今は元気なんでした。とにかく大変なんですよメーア様っ」

「なに、どうしたの? 落ち着いて話してくれないと分からないわよ」

 メーアは、一人で混乱している私を見てただならない雰囲気を感じ取ったのか、部屋の扉を閉める。
 私も、開けっぱなしだった窓を閉め、はやる気持ちに前のめりになりながら話し始めた。

「毒が――ヴァイオレット王妃の毒が残ってたんです。アイリス王女がそれを見つけて持っています。王女に協力している誰かが、今日の午後、それを皆さんに飲ませようとします。その時私は誘拐されちゃってここにいないので――」

「待って待って、ちょっと理解が追いつかないんだけど、どういうこと?」

「あ、そっか。えっとですね、私、闇の精霊の力で時間遡行タイムリープしているんです」

「……時間遡行?」

「はい。順を追って話します。まず――」

 午後にひとりで中庭にいた所を、誰かに薬を嗅がされて連れ去られたこと。
 連れ去られた先は以前セオが囚われていた石の牢で、そこにはアイリスがいたこと。
 アイリスは私を害する気はなく、勘違いや思い込みでセオを憎んでいること。
 その間にセオとフレッド、メーア、カイの四人に毒を飲ませようとしたこと。
 私が何とか脱出して解毒を試みたが、時間が経ちすぎていてセオを助けられなかったこと――

「それで、私は闇の精霊に頼んで、時間を戻してもらいました。ですが、この力を使えるのも一回限り。今回の時間遡行で全てを解決しないと、次はありません」

「……そんなことが……」

「メーア様も、フレッドさんも、解毒薬のおかげで大事には至りませんでした。けど、セオだけは……毒の効果が強く現れたみたいで、目を覚まさなかったんです」

 私は、色を失ったセオの顔を思い出して、心臓をギュッと掴まれたような心地になる。
 もう二度と、あんなことが起きないように。
 私は、必死でメーアに訴えかける。

「――今回は誰も傷つかないように、アイリス王女に協力している人を全員特定したいんです。ヴァイオレット王妃が残していた毒を回収して……それから、アイリス王女を説得したいんです」

「捕まえるんじゃなくて、説得するの? 話を聞く限り、かなり難しそうに思えるけど」

「とにかく、やってみます。私は、午後になったら中庭に一人で出て、アイリス王女に捕まりにいきます。その間、メーア様はみんなと協力して、毒の件を調べてもらえませんか? 未然に防げるのが一番いいんですけど、もし万が一、誰かが毒を飲んでしまったら――これを」

「……これは、例の解毒薬?」

「そうです。カイさんかノラちゃんに持っていてもらうのが良いかもしれません。ノラちゃんは人間の飲み物を口にしないし、カイさんは以前同じ毒を受けたことがあって耐性を持っています」

「分かった、預かっておくわ。……けど、パステル。あなたが捕まる必要はないんじゃない?」

「いえ、私がアイリス王女に攫われないと、彼女の仲間は動かないと思います。毒の在処も分からないかもしれません。そうなると、次にいつその人が行動を起こすのか分からないので、もっと危険な気がします」

「パステルが攫われるのが条件?」

「――あ、正確にはヒューゴ殿下も城を離れている必要があります。だから、ヒューゴ殿下には今回の件、内密にお願いします」

「……分かった、ヒューゴ殿下には話さないでおくわ。でも、パステルが攫われることとヒューゴ殿下の不在が、この件とどう関係するの?」

「アイリス王女は、私とヒューゴ殿下の二人を毒から遠ざけたいと思ってるんです。時間遡行する前も、アイリス王女はヒューゴ殿下がいない時を見計らって行動を起こしていたようですし、私が命を落としてしまうようなことになれば自分に都合が悪いので、私を監禁しようとして攫ったんです」

「……なるほど。でも、そうなると、あなたが危険じゃない」

「いいえ、それは大丈夫です。先程お話ししたように、アイリス王女は絶対に私の命は奪いません。それに、みんなが安全だっていう確信を持っていれば、王女が納得してくれるまで、焦る事なくゆっくりお話し出来ると思うんです。だから、メーア様――絶対、みんなの命を守って下さいね」

「――もちろんよ。パステル、あなたも絶対に無事でいてね」

「はい。私のことは、心配しないで下さい――いざとなったら『虹』の力で逃げますから」

 私は、メーアを安心させるように微笑んでみせた。
 本当は、先程風の力を使ってしまったから、捕まったら逃げ出せないのは分かっている。
 けれど、みんなの命が守られるなら、あの冷たい石の牢で数日間過ごすぐらい、どうということもない。

「そうだ、最後にもうひとつ、お願いがあるんです。少し待ってもらえますか」

 私は、荷物からセオへの誕生日プレゼントを取り出した。
 近くにあったメモ用紙に、さらさらと短い文を書いて、袋の中に入れる。

「メーア様、これ、セオに渡してもらえませんか。今日、セオの誕生日なんです。私――今日中に渡せそうにないので」

「……分かった、預かるわね。くれぐれも気をつけて」

「はい。あの、正午を過ぎたらなるべく早く中身を見てほしいと、伝えて下さい。
 それから……心が弱っていると、毒が回りやすくなるみたいなんです。だから……セオが少しでも元気になるように、セオの気持ちが少しでも軽くなるように、助けてあげてくれませんか?
 私はもう……セオのそばで助けてあげられそうにないので」

「パステル……」

「――お願いします」

 私は、深く頭を下げる。

「……善処は、するわ」

 メーアは、苦虫を噛み潰したような表情をした。

「パステル、じゃあ、気をつけて。絶対に戻ってきてよ」

「はい。ありがとうございます、メーア様」


 扉が閉まると、部屋には静寂が落ちた。

「――よし。じゃあ私もしっかり準備しておきますか」

 私は静寂を破るように気合いを入れて、文机に向かう。
 まずは頭の中で整理した情報をもとに、簡潔にさらさらと手紙を書く。

 どうしても伝えたいことだけ書いたところで、正午の鐘が鳴る。
 もう、時間がない。急いで立ち上がる。

 私は文机の引き出しに手紙と魔法の傷薬ポーションを入れて、鍵をかけた。
 文机の鍵は、花瓶の中に隠しておく。
 これで、必要な時に、あの人が傷薬と手紙を見つけてくれるだろう。

 一通りの準備を済ませ、私はひとり、中庭へと向かったのだった。
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