色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第五章 橙

第79話 「自分にとって価値あるもの」

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 フレッドの提案により、私たちは日中の混雑している時間帯に地の神殿に向かうことになった。
 メンバーは私、セオ、フレッド、ししまる、そしてイーストウッド侯爵と侯爵夫人、侯爵家の侍従と侍女。総勢、七人と一匹だ。


 私、セオ、フレッドの三人は、聖王国の西側に住むという少数民族の服装を着ていた。

 極彩色の織物に頭をすっぽりと覆うターバン、さらに顔の大部分はヴェールで隠れている。
 唯一見える目元には、鮮やかなアイシャドウ。
 さらに黒いアイラインを強く引くことで、顔の印象はガラリと変わっていた。

 履き物はサンダルが用意されていたのだが、結局サンダルはやめて、編み込みのブーツを履く。
 普段サンダルを履き慣れていないので、非常時に走ったり出来ないためだ。
 それに何より冬場のサンダルは寒かった。


 ししまるもお揃いの極彩色の衣装を身につけている。
 愛らしいアシカの妖精は、楽しそうにくるくる回っては突然止まって、布のはためく余韻を楽しんでいた。

 今日は水のボールはお休みで、三色にカラーリングされたサーカス用のボールに乗っかっている。
 地の神殿では、目立つといけないので私かセオが抱っこする予定だ。

「うむうむ、バッチリじゃな」

「ええ。これなら、近くで覗き込まれない限り個人の特定は出来ないでしょう」

「準備が良くて助かるぞい。感謝するぞ、侯爵」

「勿体ないお言葉です」

 フレッドの言葉にイーストウッド侯爵は頭を下げる。

 手紙が届いてから二週間弱、侯爵と夫人は準備に奔走してくれていたらしい。
 特に、この衣装は服飾事情に詳しい夫人が提案してくれて、西方の商会から急ぎ取り寄せてくれたそうだ。

 ししまるの分は、端切れを重ねて、ささっと手縫いで用意したとのことである。
 それでも人間用の既製品と比べて遜色ないのだから、侯爵家のお針子さんの腕は相当のものだ。
 普段から夫人が、身に付けるものにこだわっているからこそだろう。

「さあ……早速行くかのう」

 手首にじゃらじゃらとブレスレットを付けて、立派な錫杖を持つフレッドは、まさしく『族長』だ。
 セオも、ミステリアスな雰囲気がより増しているが、顔の大部分が隠れているからか、普段より近寄り難いオーラを放っている。

 こうして、「イーストウッド侯爵の案内で地の神殿を観光する、西方の少数民族の族長一家」という集団が出来上がったのだった。



 地の神殿は、聖王国の南門から真っ直ぐに伸びた参道の終着点に鎮座している。
 大抵の観光客はこの南門から聖王都に入り、参道近くに宿を取って観光するのだ。

 きっちりと区分けされている訳ではないのだが、私たちの入った東門は貴族や王族、西門は一般の住民が利用することが多い。
 フレッドが帰りに手配してくれた商隊も、商店の多い南門を利用するとのことだ。


 地の神殿は、石造りの荘厳な建物だった。
 乳白色の石灰岩を基礎とし、溝の彫られたドーリア式の円柱が幾本も伸びている。
 建物正面の三角形の部分――ペディメントには、額に宝石の埋まった美しい女性が豊穣の祈りを捧げる様子が、彫られている。

 外観部には装飾も少なく、飾りらしい飾りはペディメントの彫刻程度。
 まさに質実剛健といった様相だ。


 そして予想通り、地の神殿には多数の観光客が訪れていた。
 貴族、平民問わず、更に別の地方や帝国の方から来たと思われる集団も何組かおり、私たちは全く目立つことなく神殿に入ることが出来たのだった。


 一般開放区域を抜けて特別開放区域に入る際も、イーストウッド侯爵が申請してくれていたお陰で、スムーズに進むことが出来た。
 VIPエリアは、事前に聞いていた通りゴッテゴテの金ピカ装飾で、目がチカチカするほどである。

「す、すごいね……」

「人間って、こういうの好きなのぉ? ぼくはちょっと苦手ー」

 思わず私が口にすると、腕の中のししまるがそう言って、ヒレで目を隠した。

「私も、これはちょっと、落ち着かないなぁ……」

 小さな声でそう呟くと、セオも苦笑して頷いた。

「北の鉱山では、魔石や宝石の原石だけじゃなく、金や銀の鉱石も取れるんだ。ここは地の精霊が祝福を与えた特別な土地だからね」

「そうなんだ……だからこの国はこんなに豊かなのね」

「うん。でも、際限なく採れるわけじゃない。地の精霊への感謝を忘れたら、加護を失って、すぐに採れなくなる。
 だから、多くの人たちに地の精霊への感謝を持ってもらうために、この神殿が開放されてるんだ。
 一般の人たちは、純粋に豊穣の恵みへの感謝を捧げにくる。
 けど、このエリアに入るような人たちは、自分にとって価値ある物を目の当たりにしないと、なかなか信じないみたい」

「うーん、そういうものなのかなぁ……」

 貴族や商人の中には、打算的な人間も、きっと少なくないだろう。
 だが、精霊への感謝の気持ちが、自分の利益と結びついて考えられているというのは、私には理解出来そうになかった。
 だって、そもそも自分たちが生を受け、この地に暮らし、豊かさを享受していること自体、精霊たちのおかげではないか。



 特別開放区域の奥。
 地味で目立たない柱の陰に、関係者専用の札が下がったロープが張られていた。

 見張っている者は誰もいないが、そもそも気付かれにくい位置にあるし、気付いたとしても興味本位で入ってくるような者もいないだろう。


 薄暗い通路は、巨岩を積み上げて接着しただけ、というようなシンプルで原始的な造りになっている。
 塗料も塗られておらず、表面を滑らかに磨く加工もされていない。

 時折でこぼこと飛び出ている部分にぶつからないよう注意しつつ、持ってきていたランタンで周囲を照らしながら、ゆっくりと進んでいく。


 そして、突然視界が開けた。


 真なる・・・地の神殿、その前庭。
 そこは、今までに通ってきたどの区域とも異なる雰囲気だった。

 艶やかな大理石の床。
 闇を溶かしたような、黒曜石の扉。
 それを取り巻くのは、煌めく水晶の柱と壁。

 聖王都の東門付近で見た水晶の建物と同じように、水晶の壁は色とりどりに輝いている。
 ランタンの灯を消すと、まるで夜闇に煌めく宝石の海に投げ出されたかのような、神秘的な光景だった。

「なんて綺麗なの……」

 私はその美しさに、感嘆の息を吐いた。
 ししまるも、私の腕から飛び降りて、くるくる回っている。

 他の皆は、この光景を見たことがあったようだ。
 水晶の放つ光に照らされながら、黒曜石の扉へと向かう。

 フレッドが扉に触れると、扉は一瞬強い光を放ち、自ら内向きに開きはじめたのだった。

「この先は、ワシとセオ、パステル嬢ちゃんの三人で行くぞい。すまんが、扉の外で待っててくれんかのう」

「承知致しました」

「わかったぁー。待ってるよぉー」

 フレッドが告げると、四人と一匹は思い思いの返答をして、その場に残った。
 私とセオは、フレッドの後に続いて、真なる・・・地の神殿へと、足を踏み入れたのだった。
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