上 下
17 / 92

第2章:胸の奥からクレッシェンド(5)

しおりを挟む
 声のした方向を振り返る。
 視界に映ったのは、一人ひとりバラバラなデザインの軽装を身に纏った、十数人の中学生集団。
「やばっ!」
 卓球部の人たちだ!
 嫌な予感は大当たりだった。
 そういえば、さっき正門前で見かけた先輩が、今日外ランだとか言ってた気がする!
 それにしても、こんなところまで来るなんて。
 学校の制服を着たままだし、誰かひとりの目に止まったら一発アウトだ。

 とっさに川岸の階段を降りて、水面ギリギリのところまで来た。
 コンクリートの段差が僕を保護する。
 ここならとりあえず、今卓球部の人たちがいる場所からは見えないはず。

 僕の様子に気づいた遥奏が、歌を中断して駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
 いつも通りよく通る声で質問してくる。目立つからやめてよね!
「帰らなくちゃ」
「どうして?」
「部活の人たちが来た」
 遥奏にはその説明では伝わらないと、言ってから気づいた。突然訪れた危機のせいで、いつも以上にコミュニケーションが不自由になっている。

「ふーむ、よくわかんないけど」
 左の人差し指を顎に当てて何かを考えている様子の遥奏。
 やがて、能天気な笑みを僕に向けてこう言った。
「ここにいるのがまずいんだったらさ、どっか別の場所行こ!」
「え?」
 遥奏は、有無を言わせず僕の手を引いて、川沿いを歩く。
「今来たあの人たちに見つからなければいいんでしょ? ちょっと遠回りになるけど、橋の下をくぐって駅まで行こうよ!」

 遥奏に引っ張られるまま、右へ進んで行く僕。
「あ、ちょっと待って、荷物!」
 もう僕には、遥奏についていくかどうかの選択肢は残されていなかった。
「あ、私もだ! じゃあ私が二人分とってくるから、秀翔はここで隠れて待ってて!」
 タッタッタッと、スタッカートつきのリズムでコンクリートを鳴らしながら、遥奏が二人分の荷物を回収しにいった。

 僕は遥奏を待っている間、少し移動してススキの隙間から卓球部の様子を確認してみた。
 ランニングを終えたらしく、今度は芝生で筋トレを始めていた。
 両手を地面につけて四つん這いになり、弾みをつけてジャンプした後、頭の上で両手を叩いて、また四つん這いになる。その繰り返し。
 あれはたしか、バービージャンプというトレーニングだ。
 俊敏な動き、元気な掛け声。
 だけど徐々に、引きつった顔と、うめき声が混ざる。
 体中の筋肉を虐げる卓球部の人たち。
 その様子を見ながら、僕は思う。
 サボったことは正しくないけど、賢明な判断だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白黒とカラーの感じ取り方の違いのお話

たま、
エッセイ・ノンフィクション
色があると、色味に感覚が惑わされて明暗が違って見える。 赤、黄、肌色などの暖色系は実際の明度より明るく、青や緑などの寒色は暗く感じます。 その実例を自作のイラストを使って解説します。 絵の仕事では時々、カラーだった絵が白黒化されて再利用される時があります。白黒になって「あれぇ!💦」って事態は避けたい。 それに白黒にした時に変な絵はカラーでもちょっとダメだったりします。 バルールの感覚はけっこう大事かもですね。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

逢花(おうか)

真麻一花
ライト文芸
あの時、一面が薄桃色に染まった。  吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。  薄桃色に彩られた春の雪――……。  切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。  透哉は卒業式の日、桜吹雪の中にたたずむクラスメートに目を奪われた。  三年間まともに話した事もない彼女に、覚えのない懐かしさがこみ上げる。  彼女と話したい。けれど、卒業式のこの日が、彼女と話せる最後の機会……。  桜舞い散る木の下で、今度こそ、君と出会う――

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

処理中です...