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第2章:胸の奥からクレッシェンド(5)

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 声のした方向を振り返る。
 視界に映ったのは、一人ひとりバラバラなデザインの軽装を身に纏った、十数人の中学生集団。
「やばっ!」
 卓球部の人たちだ!
 嫌な予感は大当たりだった。
 そういえば、さっき正門前で見かけた先輩が、今日外ランだとか言ってた気がする!
 それにしても、こんなところまで来るなんて。
 学校の制服を着たままだし、誰かひとりの目に止まったら一発アウトだ。

 とっさに川岸の階段を降りて、水面ギリギリのところまで来た。
 コンクリートの段差が僕を保護する。
 ここならとりあえず、今卓球部の人たちがいる場所からは見えないはず。

 僕の様子に気づいた遥奏が、歌を中断して駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
 いつも通りよく通る声で質問してくる。目立つからやめてよね!
「帰らなくちゃ」
「どうして?」
「部活の人たちが来た」
 遥奏にはその説明では伝わらないと、言ってから気づいた。突然訪れた危機のせいで、いつも以上にコミュニケーションが不自由になっている。

「ふーむ、よくわかんないけど」
 左の人差し指を顎に当てて何かを考えている様子の遥奏。
 やがて、能天気な笑みを僕に向けてこう言った。
「ここにいるのがまずいんだったらさ、どっか別の場所行こ!」
「え?」
 遥奏は、有無を言わせず僕の手を引いて、川沿いを歩く。
「今来たあの人たちに見つからなければいいんでしょ? ちょっと遠回りになるけど、橋の下をくぐって駅まで行こうよ!」

 遥奏に引っ張られるまま、右へ進んで行く僕。
「あ、ちょっと待って、荷物!」
 もう僕には、遥奏についていくかどうかの選択肢は残されていなかった。
「あ、私もだ! じゃあ私が二人分とってくるから、秀翔はここで隠れて待ってて!」
 タッタッタッと、スタッカートつきのリズムでコンクリートを鳴らしながら、遥奏が二人分の荷物を回収しにいった。

 僕は遥奏を待っている間、少し移動してススキの隙間から卓球部の様子を確認してみた。
 ランニングを終えたらしく、今度は芝生で筋トレを始めていた。
 両手を地面につけて四つん這いになり、弾みをつけてジャンプした後、頭の上で両手を叩いて、また四つん這いになる。その繰り返し。
 あれはたしか、バービージャンプというトレーニングだ。
 俊敏な動き、元気な掛け声。
 だけど徐々に、引きつった顔と、うめき声が混ざる。
 体中の筋肉を虐げる卓球部の人たち。
 その様子を見ながら、僕は思う。
 サボったことは正しくないけど、賢明な判断だった。
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