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第1章:不意打ちのメロディー(10)

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 ※ ※ ※

 そうしてまた三十分ほどが経った。
「はあ、疲れた!」
 曲が終わったらしい遥奏が、伸びをしながら気の抜けた声で言う。
 僕は、右手に見えるススキのデッサンを描いているところだった。

「休憩!」
 そう言って、遥奏が僕の隣に座ってきた。
 スカートの裾がかすかに僕の外腿に触れ、ドキリとする。
 思春期の異性同士がこんなに近くで座っているのはよろしくないだろう。距離を取るべきか。
 でも、近寄ってきたのは向こうだし、遠ざかるのも失礼かな……。

「絵、できた?」
「う、うん」
 逡巡して身動きが取れずにいる僕の心境はいざ知らず、遥奏がスケッチブックを覗いてきた。
 制服越しに肩が触れ合って、心臓が感電した。
「素敵!」
 遥奏が元気な声を出しながら、また両手をグーにして拍手した。この二日間でわかったこととして、遥奏はテンションが高くなると両手をグーにすることが多い。
 泣いたり笑ったり、感情の忙しい人だなと思った。

「秀翔ってさ、家で何してるの?」
 家で何をしているか、という質問は案外困るものだ。
 楽器とか、ヨガとか、筋トレとか、そういう立派な趣味でもあれば、それを答えればいい。
 でも、これといって人に言えるほどの趣味がない場合、
「まあ、適当にスマホ見たりとか」
 こんな感じで、中身のない答えを返すことになる。
「ふーん、そっか。家でも絵を描いてたりするの?」
「いや、それはあんまりないかな。よっぽど暇なときくらい」

 ほんとうは、休日はだいたい好きな漫画やアニメの真似をして絵を描いて過ごしている。
 けど、別に人に見せられるほどのものは描けていないので、はぐらかすことにした。

「そうなんだー」
 遥奏は、左手の人差し指を下唇にあてて上を向くと、数秒後に、また僕の顔を見てこう言った。
「じゃあさ、秀翔にリクエスト!」
「リクエスト?」
 遥奏の話は、いつも僕の想像の外を行く。
「そうだなー、何描いてもらおうかなー」
 僕が会話の流れについてきていないことは無視で、再び指を唇に当てて何かを考えている様子の遥奏。

「……よし、決めた! 宝物!」
「ん?」
「秀翔の宝物を描いてみせて!」
「そんなの……」
「私ね、秀翔が大切にしてるものってなんなんだろうって、気になる!」
ないよ、と続けようとした僕の言葉は、遥奏の勢いに押しつぶされた。
「じゃ、そろそろ私帰るね! 宝物の絵、楽しみにしてる!」
 遥奏の中では、僕がリクエストを受けたことになっているらしい。

 何も言わない(言えない)僕に、大きく手を振る遥奏。
 黒いリュックを背負って歩道のほうに歩いていき、やがて見えなくなった。
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