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第1章:不意打ちのメロディー(11)
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※ ※ ※
その日、部屋に戻っても僕は、まだ河川敷での出来事を思い出して落ち着かなかった。
突然泣いたり、グーで拍手して僕の絵を大げさに褒めたり、いきなり隣に座ってきたり、一方的に絵をリクエストしてきたり……
コロコロと表情を変え、僕の懐にどんどん入り込んでくる遥奏。
遥奏は、あんなことしてどんなつもりなんだろ。
いや、特になんのつもりもない、あれが遥奏にとって自然な振る舞いなのかもしれない。
異性どころか同性ともまともに近づいた経験の少ない僕には、人との距離感における「標準」がわからない。
さて、
『秀翔の宝物を描いてみせて!』
遥奏はそう言った。
以前にも、同じようなリクエストを受けたことがある。
とはいっても、友達とかではない。
図工の授業の課題だ。
たしか、小学三年生の時。
あの課題は、僕にとってすごく苦手意識の強いものだった。
宝物に何を選ぶかって、なんだかその人自身の個性が試されている気がするから。
クラスメートは各々、自分にとって大切なものを描いていた。
野球部の子は、グローブを。
動物好きな子は、飼い犬を。
テニスを習っている子は、ラケットを。
おしゃれが好きな子は、身につけているシュシュを。
みんなそれぞれ、迷うことなく、自分を表すシンボルを描いていた。
僕にはそれが、すごく難しかった。
自分のキャラクターを他の人の前にさらけ出す勇気なんてなくて。
だから僕は結局、無難にそのとき使っていた筆箱を描いた。
「いつも勉強する時一緒だから」なんていう適当な理由をつけて。
今回も、あのときと同じように無難に済ませていいはずだった。
というか第一、描いてあげる義理もないのだし。
なんでもいいから適当に描いてみせれば、文句を言われる筋合いはない。
……なのに。
なぜだか、それでは自分が納得いかないと思っている僕がいた。
もし描いた絵のせいで遥奏に引かれたとしても、どうせ学校は別だし、僕の中学校生活にダメージはない。
せっかくだから、自分の宝物に対する気持ちをぶつけてみたい気がした。
問題は、何を選ぶか。
僕の宝物は、何?
机の引き出しを手当たり次第開けてみる。
ハサミ、スティックのり、ホッチキス……などなど、出てくるのは特に思い入れのない文房具ばかり。
右手が、雑多な小道具を押しのけて引き出しの奥に突き進んでいく。
けど、「宝物」だなんてたいそうな感情を抱くアイテムは、なかなか見つからない。
特にこれといったこだわりなくこれまでの人生を過ごしてきた僕に、「宝物」なんて——
上から二段目の引き出しの奥の方。
とあるものを見つけて、手が止まった。
ウサギのキーホルダー。
茶色の毛並み、ピンクがかった長い耳。
前足を「く」の字に曲げて、楽しそうに思いっきり飛び跳ねるポーズ。
夕陽のように赤い瞳が、こっちを見てにっこり微笑んでいる。
年季の入ったフェルトの毛並みを見て、頭の中で、八年前の記憶の引き出しが開いた。
『シュウくん、これあげる』
今は疎遠になった幼馴染がくれたものだ。
もともとは絵本のキャラクター。名前は「ぴょんくん」という。
デフォルメされているから、いつも描いている風景画なんかより全然難しくない。
そのまま描くだけなら、あまりにも簡単な題材だ。
どうせなら、絵本の中のぴょんくんの動きをなるべく再現してみることにした。
目の前のキーホルダーから輪郭を写し取りつつ、走っているような感じが出せるように、勢いを重視して描いた。
色鉛筆の向きに気をつけながら、風に乱れる毛並みを表現していく。
画用紙の上で、僕の指が何度も「く」の字に曲がった。
その日、部屋に戻っても僕は、まだ河川敷での出来事を思い出して落ち着かなかった。
突然泣いたり、グーで拍手して僕の絵を大げさに褒めたり、いきなり隣に座ってきたり、一方的に絵をリクエストしてきたり……
コロコロと表情を変え、僕の懐にどんどん入り込んでくる遥奏。
遥奏は、あんなことしてどんなつもりなんだろ。
いや、特になんのつもりもない、あれが遥奏にとって自然な振る舞いなのかもしれない。
異性どころか同性ともまともに近づいた経験の少ない僕には、人との距離感における「標準」がわからない。
さて、
『秀翔の宝物を描いてみせて!』
遥奏はそう言った。
以前にも、同じようなリクエストを受けたことがある。
とはいっても、友達とかではない。
図工の授業の課題だ。
たしか、小学三年生の時。
あの課題は、僕にとってすごく苦手意識の強いものだった。
宝物に何を選ぶかって、なんだかその人自身の個性が試されている気がするから。
クラスメートは各々、自分にとって大切なものを描いていた。
野球部の子は、グローブを。
動物好きな子は、飼い犬を。
テニスを習っている子は、ラケットを。
おしゃれが好きな子は、身につけているシュシュを。
みんなそれぞれ、迷うことなく、自分を表すシンボルを描いていた。
僕にはそれが、すごく難しかった。
自分のキャラクターを他の人の前にさらけ出す勇気なんてなくて。
だから僕は結局、無難にそのとき使っていた筆箱を描いた。
「いつも勉強する時一緒だから」なんていう適当な理由をつけて。
今回も、あのときと同じように無難に済ませていいはずだった。
というか第一、描いてあげる義理もないのだし。
なんでもいいから適当に描いてみせれば、文句を言われる筋合いはない。
……なのに。
なぜだか、それでは自分が納得いかないと思っている僕がいた。
もし描いた絵のせいで遥奏に引かれたとしても、どうせ学校は別だし、僕の中学校生活にダメージはない。
せっかくだから、自分の宝物に対する気持ちをぶつけてみたい気がした。
問題は、何を選ぶか。
僕の宝物は、何?
机の引き出しを手当たり次第開けてみる。
ハサミ、スティックのり、ホッチキス……などなど、出てくるのは特に思い入れのない文房具ばかり。
右手が、雑多な小道具を押しのけて引き出しの奥に突き進んでいく。
けど、「宝物」だなんてたいそうな感情を抱くアイテムは、なかなか見つからない。
特にこれといったこだわりなくこれまでの人生を過ごしてきた僕に、「宝物」なんて——
上から二段目の引き出しの奥の方。
とあるものを見つけて、手が止まった。
ウサギのキーホルダー。
茶色の毛並み、ピンクがかった長い耳。
前足を「く」の字に曲げて、楽しそうに思いっきり飛び跳ねるポーズ。
夕陽のように赤い瞳が、こっちを見てにっこり微笑んでいる。
年季の入ったフェルトの毛並みを見て、頭の中で、八年前の記憶の引き出しが開いた。
『シュウくん、これあげる』
今は疎遠になった幼馴染がくれたものだ。
もともとは絵本のキャラクター。名前は「ぴょんくん」という。
デフォルメされているから、いつも描いている風景画なんかより全然難しくない。
そのまま描くだけなら、あまりにも簡単な題材だ。
どうせなら、絵本の中のぴょんくんの動きをなるべく再現してみることにした。
目の前のキーホルダーから輪郭を写し取りつつ、走っているような感じが出せるように、勢いを重視して描いた。
色鉛筆の向きに気をつけながら、風に乱れる毛並みを表現していく。
画用紙の上で、僕の指が何度も「く」の字に曲がった。
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