上 下
1 / 92

プロローグ

しおりを挟む
「最優秀賞、おめでとうございます!」
 先生のひとことは、僕を崖から突き落とすには十分だった。

 ……いや、違う。
 僕はもともと、崖の下の人間だったんだ。
 それが、はっきりしただけ。

「すごいね! おめでとう!」
 休み時間、君の机の周りに人だかりができた。
 華奢な手のひらを頰に当てて、恥ずかしそうに微笑む君。
 長い前髪の下で、混じり気のない瞳が控えめに輝く。

 幼稚園の頃から、僕らはいつだって一緒だった。
 二人とも体を動かす遊びは苦手で、いつも絵を描いていた。
 あるときは、ベランダの草花を。
 あるときは、園庭の遊具を。
 あるときは、お互いの似顔絵を。

 二人でおしゃべりしながら、夢中でクレヨンを動かす毎日。
 君と絵を描く時間が、何よりも好きだった。
 君の隣で過ごす日々が、永遠に続いてほしかった。

 でも、そのときは突然訪れた。

 小学一年生の時、夏休みの宿題として出された読書感想画。
 君の作品が、県で最優秀賞に選ばれた。
 僕が夏休みの大半を費やして描いた絵は、誰にも見向きもされなかった。

 教室の後ろに飾られた君の作品が、僕に現実を突きつける。
 水彩絵の具を使い始めて半年足らずとは思えない繊細な色遣いで、課題図書の幻想的な世界観を完璧に表現した君の絵。
 青に緑に紫に、みずみずしく彩られた四つ切り画用紙を見て、僕は悟る。

 君の隣に自分がいるというのは、僕の勝手な思い込みだったんだ。
 崖の下から、どうやったって手の届かない君を見上げているだけの、ちっぽけな存在。
 それが、僕のほんとうの姿。

「みなさんも見習って、自分の好きなことにどんどんチャレンジしましょう」
 先生は、君の名前を挙げて、クラスのみんなの前でそう言った。

 その言葉を聞いて、当時七歳の僕は理解した。
 「好きなこと」を口にするためには資格が必要だということを。
 「絵が好き」だと口にしていいのは、ある一定以上の能力を持った人間だけ。

 だから、十三歳になった今、毎日のように色鉛筆とスケッチブックを持ち歩いているからといって、絵を描くのが「好き」だとか、「趣味」だなんて言うつもりはない。
 これは、ただの暇つぶし。
 部活の練習をずる休みする間、時間を過ごす必要があるだけ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白黒とカラーの感じ取り方の違いのお話

たま、
エッセイ・ノンフィクション
色があると、色味に感覚が惑わされて明暗が違って見える。 赤、黄、肌色などの暖色系は実際の明度より明るく、青や緑などの寒色は暗く感じます。 その実例を自作のイラストを使って解説します。 絵の仕事では時々、カラーだった絵が白黒化されて再利用される時があります。白黒になって「あれぇ!💦」って事態は避けたい。 それに白黒にした時に変な絵はカラーでもちょっとダメだったりします。 バルールの感覚はけっこう大事かもですね。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

逢花(おうか)

真麻一花
ライト文芸
あの時、一面が薄桃色に染まった。  吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。  薄桃色に彩られた春の雪――……。  切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。  透哉は卒業式の日、桜吹雪の中にたたずむクラスメートに目を奪われた。  三年間まともに話した事もない彼女に、覚えのない懐かしさがこみ上げる。  彼女と話したい。けれど、卒業式のこの日が、彼女と話せる最後の機会……。  桜舞い散る木の下で、今度こそ、君と出会う――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...