シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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2章 クリスタル族の虹色研究

28話 黒はだれ【前編】

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 ここまで案内してくれたボロネロにお礼を告げ、ノクサレア家の屋敷を出た途端。ずっと背後に引っ込んでいたドラグは、地面にツノが触れるほどの勢いで頭を下げた。

「ごめん……! またキミを1人で行かせて」
「いえ……」

 正直、竜の巣ここまでついてきてくれただけでもドラグは成長したと思う。それに比べて私は――「あなたたちが頼りないから」――ゲルダの嘲笑が頭から離れない。

「……行こうか。ここ、人間きみには寒いと思うし」
 
 前を歩くドラグに手を引かれながらも、ゲルダの言葉を頭の中で繰り返していると。元の世界でのことを、ふと思い出してしまった。

「……そっか。前は、ゲームだったんだ」
 
 以前はシオンに、多くの種族を住まわせて土地を発展させることだけを楽しんでいた――前はそれで良かった。しかし「ただのゲームだから」という言い訳は、この現実シビュラでは通じない。

「……ドラグ様。私のやっていることって、間違っているのでしょうか?」

 頼りない、領主代理の資格はない――投げかけられた言葉が頭を占め、もう自分では分からなくなってしまった。

「ロードンたちに対抗するためギルドを創ったのも、シオンのインフラを整備しようと博士に手をお貸ししたのも、全部……間違いだったのでしょうか」

 立ち止まったものの、ドラグは振り返らない。締め付けられる胸を抑え、ただ地面を見つめていると。

「エメルレッテさんが竜の巣ここに来て、最初に言ったこと……あれが答えなんじゃないかな?」

 最初に言ったこと――視線を落としたまま考えていると。黒い鱗の生えた手が、そっと目の前に差し出された。

「『シオンのみんなが幸せになれる領地作りが、私たちの使命』――そう言ってくれたよね」
「あ……」

 見失いかけていた。自分はちゃんと、それを言葉にしていたというのに――差し出された手を全力で握り、揺るぎない光の宿る金の瞳を見つめた。

「私やっぱり、ドラグ様のおかげで前へ進めているのですね……ありがとうございます」

「うん」と小さく微笑んだドラグに背を向け、少し遠くに見える鉱山を見据えた。

「さて、博士たちのところへ戻りましょう! ブラックの行方も気になるところで――」

 突然、身体が宙に浮く感覚がしたかと思うと。かすかに甘く、少し焦げたような匂いが胸いっぱいに広がった。

「えっ……?」

 抱きしめられている――そう自覚した瞬間、背中に回る腕により力がこもった。

「けっ、契約違反です! スキンシップ過剰ですわ!」
「『移動のためのやむを得ない接触です』……だっけ?」

 聞き覚えがあると思えば。鉱山へ登る前に、自分がドラグに向けて放ったセリフではないか。
 素直にも激しい鼓動を打つ胸を押さえ、「もう好きにしてくださいませ」とドラグの肩にしがみついた。

「……うん、ありがとう。もう一度こうしたいなって、思ってたんだ」

 そんなに満足そうな微笑みを見せられては、嫌と言えない。
 なぜ自分が「エメルレッテわたし」であり「匡花わたし」ではないのか――抑えようとすればするほど、悔しさが膨らんでいく。
 そのままドラグに抱えられ、クリスタル族の待つ始祖の洞窟へ戻ると。

「あれは……?」
 
 色とりどりのクリスタルたちに囲まれているのは、実験直後から姿が見えなかったブラックだ。

『やっと帰ったか、領主代理』
「パープル博士? あの……ブラックさんがお戻りになったのですね」

 目を丸くしたドラグと顔を見合わせていると、博士は「当然だ」とはっきり口にした。

「この非常時に現場監督がいないのでは話にならん……が、時には彼女にも休息も必要だ」

 なんとブラックは、疲れて居住窟へ休みに行っていたというのだ。

「そう、だったのですね」
「エメルレッテさん……」

 ドラグもどこか釈然としないのだろう。しかしクリスタルたちは、博士を含め誰も彼女の言葉を疑うものはいない。
 そもそも疑う必要はないはずだ――竜の巣へ向かう前に彼らが主張した通り、ブラックが結晶石を盗む動機もなければ、ものの数分で大量の石を運び出す手段もない。

「でも私……見てしまったのです。彼女の能力スキル

 ブラックを鑑定た時のことを思い返すと、今になってようやくハッキリした。あれは【擬態】――かすれた文字でも、そう書かれていたのは確かだ。

「【擬態】……それが彼女の能力? でも他のクリスタルたちは」
「ええ、全員魔法に関するものです。しかも彼女は、この能力を隠そうとしました」

 他のクリスタルたちには知り得ない、彼女の能力スキル。結晶石がなくなったことと、まったく無関係とは思えない――何となくだが。
 直接ブラックと話したいが、他のクリスタルたちが囲んでいて近づけない。私が一度彼女を疑ったせいで、警戒しているのだろう。

「あのー、博士。ブラックさんって何歳くらいの方なのですか? それと、いつから現場監督をしていらっしゃるの?」

 代わりに博士へブラックのことを尋ねると。『随分とおかしなことを聞くな』、と彼は紫色の光を点滅させた。

『我輩よりは年下だが、あの形になってもう300年は経つのではないか?』
「300年……」

 さすがは始祖から切り出されて生まれるというクリスタル族、年季が違う。

『しかし現場監督になったのは、ここ最近のことだな』
「えっ! その辺り、詳しくお願いします」

 ブラックは爆発する魔法で洞窟を掘り進める以外、特に目立った仕事はしていなかった。しかしここ最近になって、突然現場を指揮する力に目覚め、クリスタルたちの信頼を勝ち取っていったという。

「何かこう……性格まで変わったようなことは?」
『我輩は他の連中から孤立していたからな。あまり関わったことはなかったが、そういえば』

 ブラックが監督になってからというものの、博士の研究を巡って対立することが増えたという。
 確かここを最初に訪れたときも、博士とブラックは険悪な雰囲気だった。

「ブラックの変化……」
『領主ダイリさん、ちょっといいかなぁ?』

 博士との間に割り込んできたのは、少し小ぶりな緑のクリスタル――最初に結晶石がなくなっていると報告に来たグリーンだ。周囲から離れたがるグリーンに続き、控えめに輝く始祖の前まで移動すると。

『ブラックのことなんだけどね。みんなには言えなくて』

 再び隣のドラグと顔を合わせていると。グリーンは『ブラックが始祖の洞窟から出てきた』、とこぼした。

『ほら、みんなはブラックを信じてるし。彼女が嘘をついてるなんて、信じないからさ』
「……話してくださって、ありがとうございました」

「疲れて居住窟へ休みに行っていた」――たしかに博士はそう言っていた。
 相変わらず、ブラックが盗難事件に関わっている決定的な証拠はない。それでも、この違和感は見逃せない――。

「ドラグ様。私、少々賭けに出てみようかと」
「賭けって……?」

 ブラックの違和感を確信に変えるには、強引にでもカマをかけるしかない。その方法をドラグへ説明すると。

「そんなのダメに決まってるでしょ……!」
「このままでは白黒はっきりつきませんから。以前ドラグ様おっしゃっていたでしょう? 『相手が隠そうとしてると力は弾かれる』って」

「ダメ」を繰り返すドラグに微笑み、クリスタルたちに囲まれるブラックへと近づいた。
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