我関せずな白蛇の亜人が恋に落ちる

伊織愁

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15話

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 姿を現した禍々しいオーラの魔物を前に、ローラの足は小刻みに震えていた。 腕に覚えがあると言っても、貴族令嬢であるローラは弱い魔物しか相手にした事がなかった。 剣術も対人を想定しての術だ。 剣を構えたローラの背中に冷や汗が流れる。

 細身で少し彎曲した剣を構え、魔物と対峙する。 目の前の魔物は熊なのか、巨人なのか分からない体躯をしていて、魔物なのに大きな大剣を持っていた。

 ローラの構えた剣を見据えた魔物は、再び、威嚇の咆哮を上げた。 大気が震え、周囲の木々や草花も揺れる。

 小刻みに震える身体を意地だけで抑え、魔物を見据えた。 深呼吸した後、瞳に魔力を宿らせる。

 灰色から赤色に瞳の色が変化し、獣目に変わる。 眉間に灰色へび族の鱗が現れ、額に拡がっていった。 小さく息を吐いた後、剣にローラの魔力が纏っていく。

 強化された剣と魔物の大剣が打ち合わされる。 二本の剣がぶつかると、火花が散り、何重にも響く音を鳴らした。 魔物の剣は重く、ローラの腕では受け止めていられなかった。

 魔物が大剣を振り上げると、ローラの剣は簡単に森の奥へ飛ばされていった。

 ローラの視線が森の中に飛ばされていく剣を追う。 頭上で大気が震える音を聞き、魔物の大剣が迫る中、ローラは自身の死を思った。 ローラの脳裏に浮かぶのは、アンガスの事だけだった。

 (アンガス様……)

 ◇

 『アンガス様っ』

 ローラの切羽詰まった様な声が聞こえ、アンガスに刻まれている刻印が火傷する様な痛みを訴えた。

 「ローラっ!」

 舌打ちを鳴らし、眉間に皺を寄せた。 アンガスは森の奥、ローラが居るであろう場所へ向かっていた。 叢を掻き分けながら進んでいるので、中々、上手く前へ進まない。

 (仕方ないっ、出し惜しみしている場合ではありませんっ! このままだと、ローラが魔物にやられてしまいますっ)

 持っていた剣を投げ捨て、前合わせの長衣も脱ぎ捨てる。 金色の瞳に魔力を宿し、金から赤目に変化した後、獣目に変わる。 更に獣目が怪しい光を宿らせる。 一瞬、アンガスの姿が消えると、地面に重量のある物が落ちてきた。

 森中に地響きが鳴り、大地が揺れた。 地響きはローラの場所まで届いた。

 『アンガス様っ!』

 地面に落ちて来たのは、白銀の鱗が煌めく大蛇だった。 身体を畝らせて大蛇に変身したアンガスが森の中を進んだ。 人の姿の時よりも早く移動したアンガスは、ローラの直ぐ近くまで来ていた。

 (ローラっ!)

 アンガスの視界に肩を押さえてしゃがみ込んでいる姿が飛び込んでいた。 とどめを刺そうとする魔物とローラの間に飛び込み、振り上げられた大剣をへびの牙で噛み砕く。 大剣はボロボロと砕けていった。 目の前の白銀の大蛇を見上げ、ローラは大きく口を開けていた。

 (ローラっ、大丈夫ですか?)

 大蛇からアンガスの声が聞こえ、ハッとしたような表情を浮かべたローラは頷いた。 肩の怪我は酷そうだが、命に別状はない様だ。 そして、ローラからしっかりとした声が聞こえた。

 「アンガス様、大蛇に変身できたのですね、知らなかったです」
 (ええ、怪我は大丈夫ですか?)
 「はい、大丈夫です。 もう少しで危なかったのですが、地面が揺れて転んでしまって……大剣で肩をやられましたっ」

 大蛇の赤い瞳が心配そうに揺れる。 しかし、アンガスにローラとゆっくりと話している余裕はない。 大剣を失った魔物はアンガスの胴体を締め上げて来た。

 「アンガス様っ」
 (大丈夫です、ローラ。 締め合いなら、私の方が上ですっ!)

 アンガスは胴体を締め付けて来る魔物に巻き付き、反対に締め付けた。 アンガスの能力は、支援系の魔法がほとんどで、後方支援が得意だ。 剣術も器用にこなすが、達人の域でない。

 へび族には、稀に大蛇に姿を変えられる者がいる。 アンガスの唯一の攻撃方法なのだ。

 巨人ほどの魔物を限界まで締め上げ、仕上げに喉元へ噛みつく。 牙に毒があり、魔物の身体へ毒を送り込む。 即効性の毒は、直ぐに魔物の身体中を巡り、魔物の瞳から生気が消えた。

 離した魔物は、地面へ重い音を鳴らして倒れた。 ローラへ近寄り、肩の酷い傷口に視線をやると、大蛇の舌を伸ばした。

 痛みを感じたのか、ローラは小さい呻き声を上げる。 直ぐに傷口を舐めるのを止め、ローラに心配そうに声を掛けた。

 (大丈夫ですか?)
 「はい、少し痛かっただけで……あの、助けに来てくれたんですよね。 ありがとうございます」
 (いえ、ローラが危ないと思ったら駆け出してました)

 ローラの服の袖が大きく裂けられていて、傷口が生々しく覗いている。 しかし、アンガスが傷口を舐めた事で、ゆっくりだが傷口が塞がっていく様子が見えた。

 「すごいっ、もう、治りそうですよ」
 (本当はもう少し続けた方がいいんですけど……血は止まりましたね)
 「はい、ありがとうございます。 後はスカートの裾で押さえておきます」

 自身のスカートの裾を破り、ローラは器用に肩に巻いていく様子をアンガスは眺めた。 布を巻き終え、じっと見つめて来るローラ。 大蛇に変身したままのアンガスは大きな鎌首を傾げた。

 (どうしました?)
 「私たち、どうして会話が出来るんでしょう? それに、人の姿には戻れないのですか?」
 (どうして会話が出来るのかは、きっと刻印が繋がったからでしょうね)
 「刻印が繋がった?」
 (はい。 番の想いが深まると、刻印が繋がって、お互いが何処に居ても感じ取れるのだとか。 まぁ、以心伝心って事でしょうね。 後、元には戻れるのですが……服がないのですよ)
 「……服がない?」

 一瞬、呆けたローラはアンガスの言葉を反芻した後、理解した。 理解した途端、ローラの頭から爆発したような音が鳴らされる。 真っ赤になったローラは想像してしまったのだろう、アンガスが人の姿に戻った時の事を。

 (そういう訳ですので、暫くこのままで居ます。 まだ、魔物の気配もありますしね)
 「……っはい」
 
 (でも、今夜は野宿になりそうですね……)
 
 ローラの肩に視線をやり、動かせない腕を見て、ローラに気づかれない様に息を吐き出した。

 (まだ、治療を続けた方が良さそうですね。 腕、動かないのでしょう?)

 アンガスの赤い獣目が『白状しろ』と迫ると、ローラは迫力に負けたのか、大人しく返事を返して来た。

 「……っうっ……はい」

 治療を再開させようと、舌を伸ばした所で、背後から補佐官の声が聞こえて来た。

 『あぁぁぁ、心配して来てみればっ! 若様っ、大蛇の姿になってるじゃないですか?!』

 (来てみればって、妖精の伝書ではないですか。 まぁ、でも、助かりました。 服を届けて下さい。 それと、テントと結界石もお願いします)

 補佐官が飛ばして来た妖精の伝書は、首を傾げて困った表情を浮かべていた。

 『申し訳ありません、若様っ! シャーシャーという音しか聞こえませんっ』

 (あぁ、蛇になった私の声は、ローラにしか聞こえないんでしたね)

 チラリとローラへ視線をやると、心得たと頷いたローラが補佐官と話だした。 ローラが見つかり、補佐官やリーバイ、グレンダたちの安堵した声が聞こえて来た。

 複数人が一度に話すものだから、妖精の伝書は、素早い動きで補佐官たちの様子を模写していた。

 ローラの話を聞いた補佐官が直ぐに別の妖精の伝書でテントや服、結界石が入った荷物を届けてくれた。 今夜は森の中で野宿になる。 もう、どっぷりと日が沈み、森の中を歩くのは危険だ。

 (大蛇になれると言っても、襲ってくる全ての魔物を倒せる訳ではないですからね)

 取り敢えず先に、ローラの治療を再開しようと思っていたのだが、届けられた荷物の中に回復薬が入っていた。 回復薬を飲んだローラの腕がちゃんと動くか確認した後、テントの設置に取り掛かる。

 (良かった。 ちゃんと腕、動きますね)
 「はい、もう、痛みもありません」
 (傷跡もない様で良かったです)

 大きく裂けた服の袖から、傷一つないローラの真っ白い肌が覗いていた。 怪我が治ったローラは慣れた様子でテントを設置する。 ローラが結界石を外に置き、テントの中へ入った事を確認したアンガスは、大蛇から人の姿へと戻った。 前合わせの長衣を着たアンガスは、テントをじっと見つめた。

 (あの人はっ……何故、テントを一つしか寄越して来ないんですかっ)

 『エヘ』と笑う補佐官の顔が浮かび、大きく息を吐き出したアンガスは、覚悟を決めてテントへ向かった。

 ◇

 荷物の中に、テントは一つしか入っていなかった。 ローラは一晩、アンガスと同じテントで過ごす事になり、ものすごく緊張していた。 もう、お互い子供ではないのだ。

 新しい服に着替えたローラは広げた寝袋を両手で握りしめた。

 (こういう場合、どうすればいいのっ?!)

 テントの前には結界石が置いてあるので、魔物は近づけない。 森の中で、夜行性の動物や魔物の気配がするが、朝までは大丈夫だろう。

 (あぁぁ、今夜は眠れそうにないわっ)

 顔を両手で覆い、手足をバタつかせた時、テントの入り口の幕が開けられた。 アンガスがテントの中に入って来たのだ。 飛び起きたローラと、気まずそうに入って来たアンガス。

 お互いに姿勢を正し、正座した状態で向かい合わせに座る。 テントの中で空気が張り詰めていく。

 「今まで、はっきりと言いませんでしたが、私はローラが好きです」

 空気が張り詰めている中、静かにアンガスが自身の気持ちを伝えてきた。 俯いていた顔を上げたローラは、アンガスの照れた様な、切ないような眼差しとぶつかった。

 ◇

 初めて異性に告白したアンガスは、すんなりと言葉が出てきた事に、自分自身も驚きを隠せなかった。 ローラの返事を待っている間が凄く長く感じる。 刻印が繋がった事で、お互いが想い合っている事は分かっている。 しかし、言葉にするのと、しないのでは全く違う。

 (あぁ、情けないっ、刻印が繋がってから告白するとかっ……ローラの気持ちを確信しないと動けないとはっ……本当に情けないですっ)

 「わ、私も……好きです」

 ローラは真っ直ぐにアンガスを見つめて応えてくれた。 番の嬉しそうな笑みに胸が高鳴り、アンガスの刻印が発熱する。 衝動的に伸ばされたアンガスの手がローラの頬に触れる。

 そっと顔を上に向かせ、ローラの身体が小さく揺れた事に気づく。 無言で見つめ合った二人は、同時に喉を鳴らした。 張り詰めた空気がテントの外まで流れて行くようだった。

 少しだけローラの身体が小さく震え、アンガスは膝に置いていた方の手を握りしめた。

 「……っ。 では、私はテントの外に居るので、ローラはゆっくりと寝て下さい」
 「えっ……」

 呆気にとられているローラを他所に、素早くテントを出ると、直ぐにしゃがみ込んだ。

 (危なかったですっ……今夜は不味いっ。 キスしたら最後、いき付く所まで行ってしまいます。 それはまだ、早いでしょうっ)

 「あの、アンガス様」

 邪な事を考えていたアンガスは、すぐそばでローラの声が聞こえて来て、肩を跳ねさせた。

 「ど、どうしました? ローラっ」
 「……夜は冷えますから、テントの中に居た方がよろしいのでは?」
 「大丈夫ですよ。 私の事は気にせず、ローラは寝て下さい」
 「いいえ、アンガス様が外に居るのに、私だけテントでなんて、寝ていられません」

 少しだけ、拗ねた表情を浮かべたローラは、アンガスの隣へ腰を下ろした。 ローラの拗ねた横顔が思ったよりも可愛らしく、アンガスの頬が緩む。 しかし、拗ねていたのも少しの間だけで、星空を見上げたローラは、楽しそうな声を出した。

 「アンガス様っ、星が綺麗ですよ」
 「ええ、綺麗ですね」

 アンガスは星空を見上げず、ローラの楽しそうに笑う横顔を見ながら返事を返した。
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