【R18】100日お試し婚〜堅物常務はバツイチアラサーを溺愛したい〜

にしのムラサキ

文字の大きさ
49 / 51

呪い(謙一視点)

しおりを挟む
 呪い、だ──と。
 そう思った。

 階段から突き落とされた麻衣を見た瞬間に身体が動く。

(麻衣!)

 彼女の身体を抱きしめて。
 何度も段差にぶつかりながら、彼女が傷つかないようそれだけを祈りながら、鈍く鋭い痛みに耐えた。
 その最中、一瞬だけ見えた彼の顔を見て気がつく。

(ああ、そうか)

 彼にとっても──呪いだったのだ。
 とても甘美だっただろう。
 自分が麻衣にとって命の恩人ヒーローであるという事実幻想は。
 それに縛られて──この10年、それは彼にとっても「呪い」であり続けた。

「謙一さん!」

 遠のきかけている意識のどこかで、愛しいひとの声を聞く。ああ無事なのだなと──ホッとして、意識を手放しかける。

(君さえ無事なら、それでいい)

 深い睡魔にも似たその感覚は、痛みを遠ざけて、むしろとても心地よいもので──。
 だけれど、すぐに俺はそれを手放す。

「謙一さん、謙一さん」

 ぼたぼたと落ちてくる温かな水滴。

(誰だ──麻衣を泣かせているのは)

 むっとして、すぐに気がつく──泣かせているのは、俺だ。

「……麻衣」

 うっすらと目蓋を持ち上げる。とても重い。痛みが再び襲ってくる。ぐわんと痛む後頭部、それから額にも熱がある。身体のそこかしこも──けれど、それよりも頬が熱い。麻衣の涙が、頬を伝う。熱くて──心地よい。

「大丈夫だ」
「ほ、ほんとう、に」

 しゃくりあげる麻衣の頬に、手を伸ばす。
 その双眸から溢れる涙は、ひどく熱いのに白露のように美しい。

「これくらいじゃ死なないさ」

 死んでたまるか。
 君を置いて──こんなところで。

「、っ、うう……」

 泣きながら頷く麻衣に心配をかけないように、痛みを無視して起き上がる。肘と脛がやけに痛い。
 階段を見上げる。階段の途中に、市原伸二。不倫相手の姿は──もう、なかった。
 呆然と、動かない市原伸二を眺める。彼はもう──麻衣に付き纏うことは、ないだろう。

(「呪い」が解けたのだから)

 呪い──麻衣と彼を縛り続けた、「市原伸二は市原麻衣の命の恩人である」という呪い。
 麻衣はそれに縛られて──けれど、市原伸二もまた、それに縛られていたのだ。
 自分は麻衣のヒーローであると、麻衣は自分から離れないと、なぜなら自分は麻衣の命を救ったのだから──所有しているのだから、という思い込み幻想
 だからこそ、彼は今回麻衣を迎えに来た。それが正しいと判断したから。、そう判断したから。

(──最初は、違ったんだろう)

 けれど、少しずつ、少しずつ──時計の針が少しずつずれるように。
 市原伸二は麻衣を卑属させるようになり、歪んでいって──。
 そこまでは、ずっと予想はできていたことだけれど。

(けれど、もう呪いは存在しない)

 なぜなら、彼は麻衣を「避けて」しまったから。
 今度は、落ち行く麻衣を、助けることが──できなかったから。
 あの茫然とした表情。
 自分が信じられないと、そう言わんばかりのカオ──彼は、本気で……麻衣を救けることができるつもりでいたのだ。
 なにがあろうと。
 でも彼は避けた。……本能的な反応だったんだろう。反射的な──。

(けれど、これで……市原伸二は、失った)

 麻衣のヒーローたる資格を……失ってしまったのだ。
 今、彼の中にあるのはなんだろう。
 もはやアイデンティティと化していた、自分はヒーローなのだという矜恃を喪ったいま、彼はなにを軸に生きていくのだろうか?

「謙一さん」

 わんわん泣きながら、俺にしがみついてくる麻衣。その背中をそうっとさする。

「怪我はないか?」
「……っ、はいっ、け、謙一さんが……庇ってくれたから……っ」

 ぽろりぽろりと零れる白露。
 ぼんやり見惚れながら、ざっと彼女の身体を観察して、本当に怪我はなさそうだと確認した。
 そうして気がつく。
 自分もまた、麻衣の「恩人」とやらになりかけているのではないか、ということに。

(それは、……いやだなぁ)

 うまく言語化できないけれど──麻衣との関係がそんな風になったら、とても嫌だと俺は思う。
 だから。
 だから、伝える。

「怪我がなくて良かった、麻衣──ありがとう」
「……へ?」

 ぽかん、と麻衣が俺を見上げる。可愛い表情で、こんなときなのに笑ってしまう。愛おしくて、可愛くて。麻衣の額にキスを落とす。

「守らせてくれて、ありがとう、麻衣」

 静かにそう告げると──麻衣はまた、両目からこれでもかと涙を溢れさせて首を振る。でも言葉は全然出てきていなくて、それすらも愛おしくて、俺はただ彼女を抱きしめ続けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...