【R18】100日お試し婚〜堅物常務はバツイチアラサーを溺愛したい〜

にしのムラサキ

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ヒーロー

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「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 服、どうしてくれるのよ!」
「あなたのしたことでしょう」

 謙一さんは言い放ち、私を立たせる。

「ひとつ、言わせていただきたい」

 謙一さんはぞっとするような、怒りを押し隠した低い声で告げる。

「あなたがたは──醜悪だ。二度と彼女の前に姿を見せないでください」
「ま、待ってくれ」

 伸二がふらりと立ち上がる。

「待ってくれ、麻衣……!」

 私はふるふると首を振る。それしかできない。
 引かれるまま、歩き出す。背後からはリンカさんのきぃきぃとした声が聞こえていたけれど、……もう、聞こえないふりをすることにした。

(苦しい)

 涙が止まらない。
 私、私は──あんなふうに、軽んじられるような存在だったのか。
 必要のない人間だったのか。
 どこをどう歩いたものか、気がつくとホテルの一室にいた。
 ちゃんとしたホテル。ていうか、高級たかそうなホテル。

「……へ?」

 そんなホテルの一室、広いソファで、私は謙一さんの膝の上に座っていた。

(あ、あれ?)

 ついでに後ろからぎゅうぎゅう抱きしめられている。
 いつのまに、こんなところに……?
 そういえば、なんかあかい絨毯のロビーやらを通った記憶が、あるようなないような……。

「……謙一、さん」
「麻衣」

 彼の方を振り向いて、のろのろと見上げると、謙一さんは少し安心したように私の頬を両手で包んだ。それからおでこに唇を落とす。

「遅くなってすまなかった。……会社近くのカフェ、案外と店舗数があって」
「いえ!」

 慌てて首を振った。

「あ、あんな曖昧なメッセージで、……探して、くれてたんですか」
「……どんな状況かは分からないから、電話もできなかったけれど」

 ふ、と謙一さんは息を吐いて私の目元を親指で優しく拭う。

「いてもたってもいられなかった。君が、あの人に会うという事があまりにも辛くて」

 私は謙一さんを見つめる。
 忙しいのに。たくさんやることがある人、なのに。

「……もっと早くに、君を奪っておけばよかった」

 そうして、かき抱くように私を抱きしめる。とくん、とくん、と謙一さんの心音が心を溶かすように心地よい。

「倫理観も自制心も全部全部無視して、さっさと君を俺のものにしてしまえばよかった。君が人妻だなんて気にしなければ良かった」

 苦しそうな声だった。小刻みに身体がふるえているのは、怒ってるから? 悲しいから?

「君とあの人が上手くいっていない、と……知った時点で、躊躇なんかしなければ」

 謙一さんの膝に横座りになって、ぎゅうぎゅう抱きしめられて。

(──なんで?)

 謙一さんの肩越しに、広いホテルの部屋を眺めながら……、私は不思議でならない。
 なんで、私なんかのためにそんなに悲しんでるの? 怒ってくれるの? ──好き、だから?

(好き、ってそんなふうになるの)

 伸二のこと、好きだと思ってた。愛してると思ってたし、だから結婚した。
 でも……謙一さんがわたしに見せてくれてるこの感情が「愛してる」ことに由来するものだとしたら、私はこんなに激しい感情を誰にも抱いたことはない、と断言できる。

(……忘れよう)

 どうやら好きですらなかった、伸二のこと、なんか──。
 そっと力を抜いて、謙一さんに身体を預けた。
 同じだけの感情を、謙一さんに抱けるかは分からない。無理かもしれない。死ぬまで手離すつもりはない、って言われたけれど、あの日から100日で、私は彼のそばを離れるのかもしれない。

(でも──)

 抱けたらいいと思ってる。
 人を、愛せたらいいと私は──同じだけの感情を、謙一さんに抱けたらいいと……そう、思った。

「麻衣──どうする? 君が望むなら、彼らにはいくらだって報復できる」

 硬い声で、謙一さんは淡々と言った。感情が溢れないように気を付けている、そんな声。

「民事に強い、腕のいい弁護士が知人にいる」
「……もう、いいんです」
「麻衣」

 嗜めるように、謙一さんは言う。

「……あれだけのことをされておきながら、言われておきながら、……!」

 激昂しかけているのを、必死で抑えてくれていた。見上げて、その表情を見つめる。

「ええと、それより関わりたくない、のほうが大きいっていうか」

 私は苦笑した。

「ていうか、やるなら自分でやります。とことん納得いくまで、自分でボコボコにします」

 謙一さんは少し黙ったあと「……君らしいな」と私の肩口に額を預けた。

「けれど、頼って欲しいと思う」
「……もうかなり、頼ってますけど」

 小さく笑って、謙一さんの広い背中を抱きしめた。

「助けて、って思ったんです。……私、強いはずなのに、怖くて悲しくて辛くて、壊れそうで。謙一さん、助けて、って」

 きゅう、と謙一さんの服を握りしめた。

「そうしたら、来てくれました。謙一さん、来て、くれました」
「……当然だ」

 謙一さんはそう断言をして、私の頬に擦り寄る。それから何かを堪えるように「麻衣」と私の名前を呼んで、抱きしめる腕に力を込める。

「けれど、──相談だけ。それだけさせてくれ」
「えっと、弁護士の先生にですか?」

 ん、と謙一さんは頷く。

「お願いだから。──君が心配だ」

 懇願するような目で言われると、どうにも私は弱い。小さく頷いて、同意した。
 謙一さんはふ、と息を吐く。
 それから目元を和らげて、気分を変えるように声のトーンも変えた。

「旅行にでも行かないか?」
「え、旅行……ですか?」
「有給、少し余りすぎだぞ

 わざとのように名字で呼んで、悪戯っぽく謙一さんは笑う。

「消化しなさい」
「……はい」

 唇を上げて返事をすると、嬉しげに謙一さんは額にキスを落としてきた。
 なんだかひどく甘い。

「いつにしましょうか。のスケジュールに合わせますけれど」

 忙しいひとに合わせないとな、と答えると、何がツボだったのかキスの量が増えた。
 額にこめかみに、髪の毛に、頭のてっぺんに。
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