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襲撃
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土曜にはデパートまでマグカップやタオルなんかを買いにいった。
謙一さんはああでもないこうでもないってなんだかとっても幸せそうで──。
(あ、どうしよう)
私の手を握ってニコニコしてる謙一さんを見てると、ふわふわしてどきどきした。
普段はキリッとしてる目元が和らいで、目尻の笑い皺は優しげで。
だから、──という訳じゃ、ないんだろうけれど。
(もしかしたら、……幸せってこんな気分なのかな)
日向で、ぽかぽかお昼寝してる気分。
なんだかこのまま、こんな日々続くような──そんな気がしていた。
そんなはずが、ないのに。
クリスマス直前の、平日。定時上がりができてご機嫌でエレベーターを降りたとき。
会社のガラス張りの正面玄関、もう暗くなったその先に「彼」の後ろ姿を見つけて小さく息を飲む。その黒いコートは、結婚する前2人で買いにいったもの。マフラーは、……去年の私からのプレゼント。まだ持ってたのか。一度も使ったこと、なかったくせに。
伸二。
──後ろ姿だけで、それが誰だか分かる自分が、心底嫌だった。
「なに、してるの」
首からかけていたIDを外して、代わりにマフラーをぐるぐると巻き付けた。自分を守るように。
びゅうと冬の風が吹いて、髪の毛を巻き上げた。歩道沿いの街路樹は、キラキラとイルミネーション。現実逃避のように金色の電飾を視界にいれてから、のろのろと視線を戻す。
目の前で伸二は、顔をくしゃくしゃにして「ごめん!」と頭を下げる。
「ごめん、本当に、ごめん」
「なんで来たの? 会いたくなかった」
送ってもらう予定だった荷物も、処分してくれるように連絡したばかり。
もう関わりたくない。その気持ちが日々、大きくなっていて──。
ぎゅっと肩からかけた鞄の持ち手を握りしめた。手袋をしてこれば良かった、とふと思う。
「──届け出したら、会ってくれるって……なのに、全然話できなくて」
「いつとは言ってない」
「けど、麻衣」
伸二は必死だ。なんでこんなに必死なのか、訳がわからない。私に対する興味も愛情も、もうなかっただろうに。
「少しだけでいいから──」
私は眉をひそめた。
通りすがりのひとたちが、チラチラとこちらを気にしているのが分かる。……うう。
小さく息を吐いた。
「少しだけなら」
「あ、ありがとう」
伸二は眉を下げる。
「夕食は……」
「そこまではやだ。その辺のカフェでいい?」
伸二はぐっと何かを飲み込んで、こくりと頷いた。
今更。
なにもかもが、今更だ。
(謙一さん)
ふと一緒に暮らしている彼のことを思い出す。優しい微笑み。私を撫でる大きな手。好きだと言ってくれる、耳障りの良い低い声。
……ほんの少し、落ち着いた。
会社のすぐ近くにある、全国チェーンのカフェに入る。ホットコーヒーを注文して、あまり人聞きの良い話ではないから、奥まった席を選んだ。
スマホを出して、謙一さんにメッセージだけ送る。『近くのカフェで、元旦那と話し合ってから帰ります』。
「……あの、あらためて謝罪させてほしい」
伸二がやけに弱々しく口を開く。私は首を振った。
「いらない。……それに、慰謝料も財産分与もいりません。とにかくもう関わりたくない」
「麻衣、ほんとに、……愛してるのは麻衣だけで」
「なんで?」
私は首をかしげる。本気で、わからなくて。
「2年。2年だよ、結婚して2年。一度も私に触れなかった。私が子供欲しいの知ってたでしょう?」
「……それは、もう少し先でも、って」
「だったら浮気していいの? 私がどうでも良かったから浮気したんじゃないの」
「……そう、じゃなくて、……違って」
伸二が背中を丸めた。
コーヒーに口をつける。ひどく苦い気がする。
「オレ、……麻衣しか知らなかったから」
「? だから?」
「他の女の子とも、付き合ってみたいと思って」
何度か、瞬きした。
コーヒーの入ったマグカップを、ことんとテーブルに置く。
「あの、……それ、結婚後にやること?」
いや、前でもダメだけど。それにしたって──え? ほんとうに、そんな……理由で?
「……っ、反省してる、ほんとに。……変な話だけど、婚約した後くらいから、やたらとモテるようになって」
聞いたことがあるような話を、伸二は訥々と話す。
「で? 妻をないがしろにして、女遊びに勤しんでたわけ? 結婚記念日に別の女とレストラン行ったり?」
「……はい」
呆れて言葉が出なくなった。
しかも伸二は、──まだ、私に許してもらえると思ってる。
甘えたようにちらちらと私を見る視線。
「無理。……ねぇ、ていうかお義母さんたちにはちゃんと言ってあるんだよね? 私からはもう連絡しないから──」
「……麻衣!」
ばっ、と顔を上げた伸二の背中に、誰かが抱きついた。その誰か、の指の先。クリスマスを意識してか、ゴールドのラメの入ったネイル。白い指先によく似合って──いた。
驚いて見つめるけれど、すぐに誰か分かった。反射的に顔をしかめてしまう。あの動画の喘ぎ声さえ、思い出してしまって。
「……!」
「ねーシンちゃん、なんの話してるの~」
「っ、リンカ!」
伸二が慌てたように振り向く。
その先で、形の良い唇が、にっこりと微笑んだ。
謙一さんはああでもないこうでもないってなんだかとっても幸せそうで──。
(あ、どうしよう)
私の手を握ってニコニコしてる謙一さんを見てると、ふわふわしてどきどきした。
普段はキリッとしてる目元が和らいで、目尻の笑い皺は優しげで。
だから、──という訳じゃ、ないんだろうけれど。
(もしかしたら、……幸せってこんな気分なのかな)
日向で、ぽかぽかお昼寝してる気分。
なんだかこのまま、こんな日々続くような──そんな気がしていた。
そんなはずが、ないのに。
クリスマス直前の、平日。定時上がりができてご機嫌でエレベーターを降りたとき。
会社のガラス張りの正面玄関、もう暗くなったその先に「彼」の後ろ姿を見つけて小さく息を飲む。その黒いコートは、結婚する前2人で買いにいったもの。マフラーは、……去年の私からのプレゼント。まだ持ってたのか。一度も使ったこと、なかったくせに。
伸二。
──後ろ姿だけで、それが誰だか分かる自分が、心底嫌だった。
「なに、してるの」
首からかけていたIDを外して、代わりにマフラーをぐるぐると巻き付けた。自分を守るように。
びゅうと冬の風が吹いて、髪の毛を巻き上げた。歩道沿いの街路樹は、キラキラとイルミネーション。現実逃避のように金色の電飾を視界にいれてから、のろのろと視線を戻す。
目の前で伸二は、顔をくしゃくしゃにして「ごめん!」と頭を下げる。
「ごめん、本当に、ごめん」
「なんで来たの? 会いたくなかった」
送ってもらう予定だった荷物も、処分してくれるように連絡したばかり。
もう関わりたくない。その気持ちが日々、大きくなっていて──。
ぎゅっと肩からかけた鞄の持ち手を握りしめた。手袋をしてこれば良かった、とふと思う。
「──届け出したら、会ってくれるって……なのに、全然話できなくて」
「いつとは言ってない」
「けど、麻衣」
伸二は必死だ。なんでこんなに必死なのか、訳がわからない。私に対する興味も愛情も、もうなかっただろうに。
「少しだけでいいから──」
私は眉をひそめた。
通りすがりのひとたちが、チラチラとこちらを気にしているのが分かる。……うう。
小さく息を吐いた。
「少しだけなら」
「あ、ありがとう」
伸二は眉を下げる。
「夕食は……」
「そこまではやだ。その辺のカフェでいい?」
伸二はぐっと何かを飲み込んで、こくりと頷いた。
今更。
なにもかもが、今更だ。
(謙一さん)
ふと一緒に暮らしている彼のことを思い出す。優しい微笑み。私を撫でる大きな手。好きだと言ってくれる、耳障りの良い低い声。
……ほんの少し、落ち着いた。
会社のすぐ近くにある、全国チェーンのカフェに入る。ホットコーヒーを注文して、あまり人聞きの良い話ではないから、奥まった席を選んだ。
スマホを出して、謙一さんにメッセージだけ送る。『近くのカフェで、元旦那と話し合ってから帰ります』。
「……あの、あらためて謝罪させてほしい」
伸二がやけに弱々しく口を開く。私は首を振った。
「いらない。……それに、慰謝料も財産分与もいりません。とにかくもう関わりたくない」
「麻衣、ほんとに、……愛してるのは麻衣だけで」
「なんで?」
私は首をかしげる。本気で、わからなくて。
「2年。2年だよ、結婚して2年。一度も私に触れなかった。私が子供欲しいの知ってたでしょう?」
「……それは、もう少し先でも、って」
「だったら浮気していいの? 私がどうでも良かったから浮気したんじゃないの」
「……そう、じゃなくて、……違って」
伸二が背中を丸めた。
コーヒーに口をつける。ひどく苦い気がする。
「オレ、……麻衣しか知らなかったから」
「? だから?」
「他の女の子とも、付き合ってみたいと思って」
何度か、瞬きした。
コーヒーの入ったマグカップを、ことんとテーブルに置く。
「あの、……それ、結婚後にやること?」
いや、前でもダメだけど。それにしたって──え? ほんとうに、そんな……理由で?
「……っ、反省してる、ほんとに。……変な話だけど、婚約した後くらいから、やたらとモテるようになって」
聞いたことがあるような話を、伸二は訥々と話す。
「で? 妻をないがしろにして、女遊びに勤しんでたわけ? 結婚記念日に別の女とレストラン行ったり?」
「……はい」
呆れて言葉が出なくなった。
しかも伸二は、──まだ、私に許してもらえると思ってる。
甘えたようにちらちらと私を見る視線。
「無理。……ねぇ、ていうかお義母さんたちにはちゃんと言ってあるんだよね? 私からはもう連絡しないから──」
「……麻衣!」
ばっ、と顔を上げた伸二の背中に、誰かが抱きついた。その誰か、の指の先。クリスマスを意識してか、ゴールドのラメの入ったネイル。白い指先によく似合って──いた。
驚いて見つめるけれど、すぐに誰か分かった。反射的に顔をしかめてしまう。あの動画の喘ぎ声さえ、思い出してしまって。
「……!」
「ねーシンちゃん、なんの話してるの~」
「っ、リンカ!」
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その先で、形の良い唇が、にっこりと微笑んだ。
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