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赤い薔薇の花言葉くらいは知ってる、と思う
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変だ。
変だよね?
私はスマホのカレンダーを見て呟く。
「すっごい、昔みたい……」
伸二と過ごしていた、あの空虚な、耐えるだけの日々が──カレンダーを見れば、すぐ分かる。
まだたったの、二週間程度前のことなのだと。
目の前には簡単な……本当に簡単な夕食。サーモングラタンだって、市販のキットのやつ。あとはサラダとご飯、お味噌汁。
こんなに簡単な料理でも、常務は大喜びで平らげてくれる、ん、だろう。そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。
(誰かのために、晩ご飯作るの楽しいと思えるなんて)
伸二にも作っていたけど、なんだか義務的なもので。……浮気相手の家で食べていたのか、捨てられていることも多々あった。
よく考えたら、怒って良かった。
──怒らなかったのは、きっと疲れ果てていたから。愛のない、執着だけのそんな日々に。
(いまは?)
どうなんだろう、とぼんやり思う。
恋愛感情を確かに常務に抱いているのか? と聞かれれば、まだハッキリ「はい」とは答えられない。
けれど、親愛……のようなもの、は感じている。
そう、──抱かれても良い、と思えるくらいには。
(早い? 私って切り替え、早過ぎる?)
もう愛してなかったとはいえ、まだ離婚して二週間なのに。
情が薄すぎないかな? なんて思う一方で、あそこまで裏切られて情が残ってる方が変だろうとも思う。
けれど、常務はそんな私なんかのことが──好き、みたいだった。
でもどこかで信用してない。
きっと目が覚める、飽きられるだろうと私は予感していて、それが私の感情のストッパーになっているだろうことも分かっている。
「ま、なるようになーれ、だ」
ボンヤリ呟いた。
だって私はバツイチアラサー。また恋愛に失敗したところで、特に失うものは何もないのです。
傷つくだけで。
苦しいだけで。
(──大丈夫)
だって私は強いもの、とそう思ったところで、インターフォンが鳴る。廊下をペタペタ歩いていくと、ちょうどドアが開いたところで……私は一瞬思考が止まる。
「……へ?」
入ってきたのは薔薇だった。
……じゃなくて、大きな赤の薔薇の花束を抱えた常務だった。
「……ただいま」
「えっ、と、はい。おかえりなさい……?」
なぜ薔薇?
思考が働かないうちに、その花束を押しつけられる。
「君が欲しい」
「……は」
「もう元気だから」
まっすぐに、まじめに、常務は言った。
君が欲しい、って──そっか、あの約束。
私はぽかん、としたあと小さく笑ってしまう。わざわざ花まで買わなくたって!
常務が眉を下げたから、私は花束を抱きしめて「覚えてますよ」と首を傾げた。
「インバーターの説明してくれるんですよね?」
「……それもあるな」
常務がやけにまじめに返すから、私は薔薇の香りを嗅ぎながら、ちょっとだけ──甘えた声で言ってみる。
「でも、……もうひとつの約束が先の方が、いいです」
「……同時でも構わないが」
「え、やです」
インバーターの説明されながらえっち、って……なんか変態的すぎない?
「冗談だ」
さらり、とまじめな顔のまま常務は言って、私を抱き上げた。ひょい、って。
「わぁ! ま、待ってください。ごはん……冷めちゃいます」
「……今日も作ってくれていたのか」
忙しかっただろう、と言われて少し驚く──たしかに、今日はちょっとバタついていたけれど、把握されていたとは。
「ありがとうございます。でも簡単なものなので、まぁ……あ、お風呂先でも良いですけど」
「……夢が叶った」
常務は少し感無量っぽく、言う。なんかジーンとしてる。
「……それってあれですか、ごはん? おふろ? それとも、わ、た、し、? ってやつですか」
「それだ」
「……最後の一つは、言っていないような」
「では言ってくれ」
私はううむ、と迷う。なにそれ恥ずかしい……でも期待に満ち満ちたその目線は、なんだか裏切れないよう!
「……そ、それとも、私、ですか?」
「君がいい」
即答だった。
「……が、先に食事だな」
諦めたように常務は私(と花束)をリビングに運ぶ。
薔薇の香り。よく見てみると、赤……というよりは、紅色なのかもしれなかった。
「──市原」
「なんですか?」
「薔薇の花言葉を、知っているか?」
赤い薔薇の花言葉は──愛。
それくらいは、知ってる。
(……てことは、それ意識して買ってきてくれたってことは)
今更気恥ずかしくて、小さく頷く。頬が熱い。顔、真っ赤かも……。常務は微かに笑う。
「同じ赤でも、色味によって少しずつ違うらしい」
「そうなんですか?」
常務は何も言わずに、私をじっと見つめている。
「じゃあこれは……この紅色は、なんていう、花言葉なんですか」
「死ぬほどあなたに焦がれてる」
常務の視線はまっすぐ私を捉えたまま離さない。私はその視線を逸らせそうにない。
かち合う視線。
自然に、唇が重なる。触れるだけの、優しいキス。
(死ぬほど、焦がれる)
恋焦がれる──なんて、感情を私は知っているんだろうか?
常務の唇の温かさを感じながら、ぼんやり考えてみる。
答えは出そうになかった。
変だよね?
私はスマホのカレンダーを見て呟く。
「すっごい、昔みたい……」
伸二と過ごしていた、あの空虚な、耐えるだけの日々が──カレンダーを見れば、すぐ分かる。
まだたったの、二週間程度前のことなのだと。
目の前には簡単な……本当に簡単な夕食。サーモングラタンだって、市販のキットのやつ。あとはサラダとご飯、お味噌汁。
こんなに簡単な料理でも、常務は大喜びで平らげてくれる、ん、だろう。そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。
(誰かのために、晩ご飯作るの楽しいと思えるなんて)
伸二にも作っていたけど、なんだか義務的なもので。……浮気相手の家で食べていたのか、捨てられていることも多々あった。
よく考えたら、怒って良かった。
──怒らなかったのは、きっと疲れ果てていたから。愛のない、執着だけのそんな日々に。
(いまは?)
どうなんだろう、とぼんやり思う。
恋愛感情を確かに常務に抱いているのか? と聞かれれば、まだハッキリ「はい」とは答えられない。
けれど、親愛……のようなもの、は感じている。
そう、──抱かれても良い、と思えるくらいには。
(早い? 私って切り替え、早過ぎる?)
もう愛してなかったとはいえ、まだ離婚して二週間なのに。
情が薄すぎないかな? なんて思う一方で、あそこまで裏切られて情が残ってる方が変だろうとも思う。
けれど、常務はそんな私なんかのことが──好き、みたいだった。
でもどこかで信用してない。
きっと目が覚める、飽きられるだろうと私は予感していて、それが私の感情のストッパーになっているだろうことも分かっている。
「ま、なるようになーれ、だ」
ボンヤリ呟いた。
だって私はバツイチアラサー。また恋愛に失敗したところで、特に失うものは何もないのです。
傷つくだけで。
苦しいだけで。
(──大丈夫)
だって私は強いもの、とそう思ったところで、インターフォンが鳴る。廊下をペタペタ歩いていくと、ちょうどドアが開いたところで……私は一瞬思考が止まる。
「……へ?」
入ってきたのは薔薇だった。
……じゃなくて、大きな赤の薔薇の花束を抱えた常務だった。
「……ただいま」
「えっ、と、はい。おかえりなさい……?」
なぜ薔薇?
思考が働かないうちに、その花束を押しつけられる。
「君が欲しい」
「……は」
「もう元気だから」
まっすぐに、まじめに、常務は言った。
君が欲しい、って──そっか、あの約束。
私はぽかん、としたあと小さく笑ってしまう。わざわざ花まで買わなくたって!
常務が眉を下げたから、私は花束を抱きしめて「覚えてますよ」と首を傾げた。
「インバーターの説明してくれるんですよね?」
「……それもあるな」
常務がやけにまじめに返すから、私は薔薇の香りを嗅ぎながら、ちょっとだけ──甘えた声で言ってみる。
「でも、……もうひとつの約束が先の方が、いいです」
「……同時でも構わないが」
「え、やです」
インバーターの説明されながらえっち、って……なんか変態的すぎない?
「冗談だ」
さらり、とまじめな顔のまま常務は言って、私を抱き上げた。ひょい、って。
「わぁ! ま、待ってください。ごはん……冷めちゃいます」
「……今日も作ってくれていたのか」
忙しかっただろう、と言われて少し驚く──たしかに、今日はちょっとバタついていたけれど、把握されていたとは。
「ありがとうございます。でも簡単なものなので、まぁ……あ、お風呂先でも良いですけど」
「……夢が叶った」
常務は少し感無量っぽく、言う。なんかジーンとしてる。
「……それってあれですか、ごはん? おふろ? それとも、わ、た、し、? ってやつですか」
「それだ」
「……最後の一つは、言っていないような」
「では言ってくれ」
私はううむ、と迷う。なにそれ恥ずかしい……でも期待に満ち満ちたその目線は、なんだか裏切れないよう!
「……そ、それとも、私、ですか?」
「君がいい」
即答だった。
「……が、先に食事だな」
諦めたように常務は私(と花束)をリビングに運ぶ。
薔薇の香り。よく見てみると、赤……というよりは、紅色なのかもしれなかった。
「──市原」
「なんですか?」
「薔薇の花言葉を、知っているか?」
赤い薔薇の花言葉は──愛。
それくらいは、知ってる。
(……てことは、それ意識して買ってきてくれたってことは)
今更気恥ずかしくて、小さく頷く。頬が熱い。顔、真っ赤かも……。常務は微かに笑う。
「同じ赤でも、色味によって少しずつ違うらしい」
「そうなんですか?」
常務は何も言わずに、私をじっと見つめている。
「じゃあこれは……この紅色は、なんていう、花言葉なんですか」
「死ぬほどあなたに焦がれてる」
常務の視線はまっすぐ私を捉えたまま離さない。私はその視線を逸らせそうにない。
かち合う視線。
自然に、唇が重なる。触れるだけの、優しいキス。
(死ぬほど、焦がれる)
恋焦がれる──なんて、感情を私は知っているんだろうか?
常務の唇の温かさを感じながら、ぼんやり考えてみる。
答えは出そうになかった。
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