上 下
10 / 51

赤い薔薇の花言葉くらいは知ってる、と思う

しおりを挟む
 変だ。
 変だよね?
 私はスマホのカレンダーを見て呟く。

「すっごい、昔みたい……」

 伸二と過ごしていた、あの空虚な、耐えるだけの日々が──カレンダーを見れば、すぐ分かる。
 まだたったの、二週間程度前のことなのだと。
 目の前には簡単な……本当に簡単な夕食。サーモングラタンだって、市販のキットのやつ。あとはサラダとご飯、お味噌汁。
 こんなに簡単な料理でも、常務は大喜びで平らげてくれる、ん、だろう。そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。

(誰かのために、晩ご飯作るの楽しいと思えるなんて)

 伸二にも作っていたけど、なんだか義務的なもので。……浮気相手の家で食べていたのか、捨てられていることも多々あった。
 よく考えたら、怒って良かった。
 ──怒らなかったのは、きっと疲れ果てていたから。愛のない、執着だけのそんな日々に。

(いまは?)

 どうなんだろう、とぼんやり思う。
 恋愛感情を確かに常務に抱いているのか? と聞かれれば、まだハッキリ「はい」とは答えられない。
 けれど、親愛……のようなもの、は感じている。 
 そう、──抱かれても良い、と思えるくらいには。

(早い? 私って切り替え、早過ぎる?)

 もう愛してなかったとはいえ、まだ離婚して二週間なのに。
 情が薄すぎないかな? なんて思う一方で、あそこまで裏切られて情が残ってる方が変だろうとも思う。
 けれど、常務はそんな私なんかのことが──好き、みたいだった。
 でもどこかで信用してない。
 きっと目が覚める、飽きられるだろうと私は予感していて、それが私の感情のストッパーになっているだろうことも分かっている。

「ま、なるようになーれ、だ」

 ボンヤリ呟いた。
 だって私はバツイチアラサー。また恋愛に失敗したところで、特に失うものは何もないのです。
 傷つくだけで。
 苦しいだけで。

(──大丈夫)

 だって私は強いもの、とそう思ったところで、インターフォンが鳴る。廊下をペタペタ歩いていくと、ちょうどドアが開いたところで……私は一瞬思考が止まる。

「……へ?」

 入ってきたのは薔薇だった。
 ……じゃなくて、大きな赤の薔薇の花束を抱えた常務だった。

「……ただいま」
「えっ、と、はい。おかえりなさい……?」

 なぜ薔薇?
 思考が働かないうちに、その花束を押しつけられる。

「君が欲しい」
「……は」
「もう元気だから」

 まっすぐに、まじめに、常務は言った。
 君が欲しい、って──そっか、あの約束。
 私はぽかん、としたあと小さく笑ってしまう。わざわざ花まで買わなくたって!
 常務が眉を下げたから、私は花束を抱きしめて「覚えてますよ」と首を傾げた。

「インバーターの説明してくれるんですよね?」
「……それもあるな」

 常務がやけにまじめに返すから、私は薔薇の香りを嗅ぎながら、ちょっとだけ──甘えた声で言ってみる。

「でも、……もうひとつの約束が先の方が、いいです」
「……同時でも構わないが」
「え、やです」

 インバーターの説明されながらえっち、って……なんか変態的すぎない?

「冗談だ」

 さらり、とまじめな顔のまま常務は言って、私を抱き上げた。ひょい、って。

「わぁ! ま、待ってください。ごはん……冷めちゃいます」
「……今日も作ってくれていたのか」

 忙しかっただろう、と言われて少し驚く──たしかに、今日はちょっとバタついていたけれど、把握されていたとは。

「ありがとうございます。でも簡単なものなので、まぁ……あ、お風呂先でも良いですけど」
「……夢が叶った」

 常務は少し感無量っぽく、言う。なんかジーンとしてる。

「……それってあれですか、ごはん? おふろ? それとも、わ、た、し、? ってやつですか」
「それだ」
「……最後の一つは、言っていないような」
「では言ってくれ」

 私はううむ、と迷う。なにそれ恥ずかしい……でも期待に満ち満ちたその目線は、なんだか裏切れないよう!

「……そ、それとも、私、ですか?」
「君がいい」

 即答だった。

「……が、先に食事だな」

 諦めたように常務は私(と花束)をリビングに運ぶ。
 薔薇の香り。よく見てみると、赤……というよりは、紅色なのかもしれなかった。

「──市原」
「なんですか?」
「薔薇の花言葉を、知っているか?」

 赤い薔薇の花言葉は──愛。
 それくらいは、知ってる。

(……てことは、それ意識して買ってきてくれたってことは)

 今更気恥ずかしくて、小さく頷く。頬が熱い。顔、真っ赤かも……。常務は微かに笑う。

「同じ赤でも、色味によって少しずつ違うらしい」
「そうなんですか?」

 常務は何も言わずに、私をじっと見つめている。

「じゃあこれは……この紅色は、なんていう、花言葉なんですか」
「死ぬほどあなたに焦がれてる」

 常務の視線はまっすぐ私を捉えたまま離さない。私はその視線を逸らせそうにない。
 かち合う視線。
 自然に、唇が重なる。触れるだけの、優しいキス。

(死ぬほど、焦がれる)

 恋焦がれる──なんて、感情を私は知っているんだろうか?
 常務の唇の温かさを感じながら、ぼんやり考えてみる。
 答えは出そうになかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

素直になっていいの?

詩織
恋愛
母子家庭で頑張ってたきた加奈に大きな転機がおきる。幸せになるのか?それとも…

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました

国樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。 しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...