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さくら(昴成視点)
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三回生になったばかりの、桜がその重みで枝まで折れてしまいそうなくらい満開の頃。
サークル勧誘の飲み会、大学と同じ市内の、川縁にある公園でのお花見で──俺は同回の奴らに『いい加減にせえよ』と怒られた。
『……何が』
『道重さんとお前のことやないか!』
『道重さんと俺が何やねん』
まだこのときは、俺は瀬奈のことを名字で呼んでいて。
『いや、いい加減付き合えや! 無意識的にいちゃいちゃいちゃいちゃしやがって!』
押し黙る。
ついでにめっちゃ照れて、缶ビールをあおった。空になった缶を、青いビニールシートの上に置く。
『どっからどう見ても両思いやないか』
『……ほんまに?』
『なんで自信ないねん!』
いや、実のところ『そうなんやろか?』みたいなんは正直、あった。
俺を見上げる瀬奈の真っ赤な頬とか、死ぬほど可愛らしいツンデレ具合とか……
というか、瀬奈の場合感情が完璧に顔に出た。
けど、けどやな……
『何をどうしたらええんか、見当がつかん』
『は? 高校の時とかいたやろ、彼女』
『おらん。中高男子校で、部活厳しくて』
『楢村、何部やっけ』
『サッカー』
とにかく厳しかった。六年間、坊主やったし。
彼女というのは都市伝説的存在だと思っていたし、通学途中に出会う女子というものは、空想の動物に近いもので……
『ほんなら大人しく道重さんからの告白待ちー』
『いや、道重さんも中高女子校で彼氏おらん言うてたで? 告白なんかしきるんかな』
『まじかっ』
無言の俺の周りで、皆が盛り上がる。
『ええなあ楢村、道重さん処女……うおっ!?』
『おい楢村、開けとらん缶ビール破壊すんなや!』
ぷしゅう、と吹き出す缶ビール。ぼたぼたと金色の炭酸が握り締めた手からこぼれていく。
『わ、どうしたのそれ!』
別のシートにいた瀬奈が、タオル片手に俺の横に来る。目で追う。心配そうな顔に、心臓がきゅんと痛んだ。
(……あー、かーわいー)
可愛いと思うついでに、さっき瀬奈に関して変なこと言いよったアホを睨む。二度と視界に入れんなやボケ。
俺もタオル引っ張り出して片付けて、また同回の男だけになって──「で」と俺は言う。
『どうしたらええんや』
『素直に告白せえ』
『できたらとっくに付き合っとるわボケ。道重さん前にすると言葉なんか出んくなるんや好きすぎて』
『あーもうめんどくせえ。チューしてまえチュー』
『……んな破廉恥な』
『破廉恥てなんやねん破廉恥て。お前何時代の人間や』
そんな会話をした数時間後──俺はいつも通り、瀬奈を彼女のマンションまで送っていた。
『……』
無言で並んで歩く。瀬奈がドキドキしているのが分かるし、俺もむちゃ心臓が拍動してもはや痛い。
手の甲と手の甲が、一瞬、触れ合った。
『っ、あ、ごめ……』
真っ赤な瀬奈が俺を見上げる。
──ああ、可愛い。
世界中の神様に感謝したい気分になって、暗い春の夜空を見上げた。しっとりと、柔らかな春の空気が辺りに沈み込んでいる。
と、もう少しで瀬奈のマンション──というところで、瀬奈がびくりと立ち止まった。
『どうしたん』
『っ、えっと、あの……』
しどろもどろになる瀬奈の顔色が、一瞬にして悪くなる。その視線の先を辿って──俺は唇を引き結んだ。
(──誰や)
マンションの前、街灯の下で「そいつ」は笑っていた。そうして俺たちの方へ歩いてくる。
普通の、男だった。
髪型も服装も、ウチの大学にいくらでもいるような──没個性的な、そんな印象の男。
『瀬奈。なんでメッセージ返さないの?』
『い、忙し……かった、からです』
瀬奈の手が震えている。
俺は一瞬黙り込んで『道重さん、これ誰?』って聞く。
『同じ学部の……先輩で』
『仲いいんだよな、オレたち。趣味合うし』
男はにこやかにそう言い放つ。瀬奈はぴくりと固まった。
──変や。
俺は瀬奈の手を握ってさっさとマンションのエントランスを突き進む。背後から粘っこい視線が絡みついていた。
『……なんか、しつこくて』
玄関で、瀬奈が訥々と話す。声は震えていて──
『最初は、普通だったんだけど……去年、告白断ったあたりからなんか、なんていうか……』
『っ、告白、されたん』
『こ、断ったよ!?』
ばっと瀬奈が俺を見上げた。
『断ったんだけど……』
瀬奈が誰かといるときは、近寄って来ないらしい。
けれど瀬奈が一人になると、必ず寄ってきて──
『昨日どこそこにいたな、とか誰々と遊んでたよな? とか、服装がどうとか……大学がない日のことまで。こ、この間琵琶湖まで同じ学部の仲良いメンバーで行ったんだけど、あの人いなかったのに、バーベキュー楽しそうだったね、あの帽子新しいよね、似合うって』
瀬奈は一気に言って、震える指先で自分の服を握り締めた。
『ストーカーやん』
『そう、なのかな……?』
サークル勧誘の飲み会、大学と同じ市内の、川縁にある公園でのお花見で──俺は同回の奴らに『いい加減にせえよ』と怒られた。
『……何が』
『道重さんとお前のことやないか!』
『道重さんと俺が何やねん』
まだこのときは、俺は瀬奈のことを名字で呼んでいて。
『いや、いい加減付き合えや! 無意識的にいちゃいちゃいちゃいちゃしやがって!』
押し黙る。
ついでにめっちゃ照れて、缶ビールをあおった。空になった缶を、青いビニールシートの上に置く。
『どっからどう見ても両思いやないか』
『……ほんまに?』
『なんで自信ないねん!』
いや、実のところ『そうなんやろか?』みたいなんは正直、あった。
俺を見上げる瀬奈の真っ赤な頬とか、死ぬほど可愛らしいツンデレ具合とか……
というか、瀬奈の場合感情が完璧に顔に出た。
けど、けどやな……
『何をどうしたらええんか、見当がつかん』
『は? 高校の時とかいたやろ、彼女』
『おらん。中高男子校で、部活厳しくて』
『楢村、何部やっけ』
『サッカー』
とにかく厳しかった。六年間、坊主やったし。
彼女というのは都市伝説的存在だと思っていたし、通学途中に出会う女子というものは、空想の動物に近いもので……
『ほんなら大人しく道重さんからの告白待ちー』
『いや、道重さんも中高女子校で彼氏おらん言うてたで? 告白なんかしきるんかな』
『まじかっ』
無言の俺の周りで、皆が盛り上がる。
『ええなあ楢村、道重さん処女……うおっ!?』
『おい楢村、開けとらん缶ビール破壊すんなや!』
ぷしゅう、と吹き出す缶ビール。ぼたぼたと金色の炭酸が握り締めた手からこぼれていく。
『わ、どうしたのそれ!』
別のシートにいた瀬奈が、タオル片手に俺の横に来る。目で追う。心配そうな顔に、心臓がきゅんと痛んだ。
(……あー、かーわいー)
可愛いと思うついでに、さっき瀬奈に関して変なこと言いよったアホを睨む。二度と視界に入れんなやボケ。
俺もタオル引っ張り出して片付けて、また同回の男だけになって──「で」と俺は言う。
『どうしたらええんや』
『素直に告白せえ』
『できたらとっくに付き合っとるわボケ。道重さん前にすると言葉なんか出んくなるんや好きすぎて』
『あーもうめんどくせえ。チューしてまえチュー』
『……んな破廉恥な』
『破廉恥てなんやねん破廉恥て。お前何時代の人間や』
そんな会話をした数時間後──俺はいつも通り、瀬奈を彼女のマンションまで送っていた。
『……』
無言で並んで歩く。瀬奈がドキドキしているのが分かるし、俺もむちゃ心臓が拍動してもはや痛い。
手の甲と手の甲が、一瞬、触れ合った。
『っ、あ、ごめ……』
真っ赤な瀬奈が俺を見上げる。
──ああ、可愛い。
世界中の神様に感謝したい気分になって、暗い春の夜空を見上げた。しっとりと、柔らかな春の空気が辺りに沈み込んでいる。
と、もう少しで瀬奈のマンション──というところで、瀬奈がびくりと立ち止まった。
『どうしたん』
『っ、えっと、あの……』
しどろもどろになる瀬奈の顔色が、一瞬にして悪くなる。その視線の先を辿って──俺は唇を引き結んだ。
(──誰や)
マンションの前、街灯の下で「そいつ」は笑っていた。そうして俺たちの方へ歩いてくる。
普通の、男だった。
髪型も服装も、ウチの大学にいくらでもいるような──没個性的な、そんな印象の男。
『瀬奈。なんでメッセージ返さないの?』
『い、忙し……かった、からです』
瀬奈の手が震えている。
俺は一瞬黙り込んで『道重さん、これ誰?』って聞く。
『同じ学部の……先輩で』
『仲いいんだよな、オレたち。趣味合うし』
男はにこやかにそう言い放つ。瀬奈はぴくりと固まった。
──変や。
俺は瀬奈の手を握ってさっさとマンションのエントランスを突き進む。背後から粘っこい視線が絡みついていた。
『……なんか、しつこくて』
玄関で、瀬奈が訥々と話す。声は震えていて──
『最初は、普通だったんだけど……去年、告白断ったあたりからなんか、なんていうか……』
『っ、告白、されたん』
『こ、断ったよ!?』
ばっと瀬奈が俺を見上げた。
『断ったんだけど……』
瀬奈が誰かといるときは、近寄って来ないらしい。
けれど瀬奈が一人になると、必ず寄ってきて──
『昨日どこそこにいたな、とか誰々と遊んでたよな? とか、服装がどうとか……大学がない日のことまで。こ、この間琵琶湖まで同じ学部の仲良いメンバーで行ったんだけど、あの人いなかったのに、バーベキュー楽しそうだったね、あの帽子新しいよね、似合うって』
瀬奈は一気に言って、震える指先で自分の服を握り締めた。
『ストーカーやん』
『そう、なのかな……?』
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