上 下
8 / 41

「友達」(昴成視点)

しおりを挟む
『警察には?』

 瀬奈は首を振る。

『実害が出てるわけじゃないの。ただ気持ち悪くて……それだけで、事を大きくするのも、それはそれで怖くて』

 俺はふつふつとした怒りを感じていた。
 瀬奈に近づくだけでも許されへんのに、何しでかしてくれとんねん……!
 それより自分に腹が立つ。
 なんで頼ってもらえへんかったんやろ、そんなに頼りなかったか、俺。

(や、そんなん考えとる場合ちゃう)

 ……ふと、思いつく。

『……部屋入っても構わん?』
『え! あ、えっと、べ、別にいいけど』

 瀬奈が真っ赤になってぶつぶつ『あの、でもちょっと片付けてなくて普段もっと綺麗で』とか言うてて可愛い~……
  いや、可愛さを堪能するのは、置いておいて。
 瀬奈のシンプルな一人暮らしのワンルームの部屋……瀬奈のにおいがする、を大股で歩いてカーテンをシャッと開ける。
 ベランダに続く掃き出し窓をガラッと開いて、ベランダに荒く飛び出る。

『コラいつまでも何見とんねん──!』

 叫んでから思い出す。
 瀬奈は怒鳴り声、嫌いやのに。一回の冬に、オッサンに絡まれてた瀬奈──俺の怒鳴り声に、固まって泣いてた瀬奈。
 ばっと振り向く。部屋の真ん中で固まる彼女に、俺は『ごめん』と謝ってから、からからと窓を閉めた。

(──さっきあいつがおった街灯……)

 瀬奈の部屋の正面やった。
 瀬奈の部屋が3階にあって、ちょうどその斜め下──

『……楢村。お前、瀬奈に付き纏ってるよな、ずっと──ストーカーじゃん』

 低く沈む春の闇の中で、そいつの呟きが、3階まで届いた。なんで俺の名前知っとるかとか、もうそんなんはどうでもいい。

『あ? 付き纏っとるんそっちやろうが! んなとこで道重さんコソコソコソコソ見張りやがって』
『ん? オレは瀬奈が安全に帰宅できているかを確認してるだけだ』
『ざけんな、お前みたいなんをストーカーいうんやボケが』
『ストーカー!?』

 そいつは急に声を荒げた。

『そもそも、一体お前は何の権利があって瀬奈の部屋にいるんだ、出ろ、すぐに出ろ』
『うっさいわボケ、ちょおそこで待っとけや』

 俺はまたカラカラ窓を開けて、部屋に戻って瀬奈の頭をぽんぽんと撫でる。

『楢村くん……』

 瀬奈を小さなベッドに座らせる。
 かすかに軋むベッド──
 瀬奈が俺を見上げた。

『……念のためやけど、絶対ドア開けたらあかんで。俺でたらドアロックきっちりかけて』
『え? いくつもり?』
『鍵、借りるな』

 大股で歩いて、玄関で──瀬奈に服を握られた。

『ま、待って。危ない、私も行──』
『あかん』

 ぴしゃり、と言葉を遮る。

『多分、道重さん行った方が激昂する』
『でも』
『いいから、ここにおって。絶対大丈夫やから』

 真っ青な瀬奈を玄関に残して、部屋を出る。鍵をきっちり閉めて──
 階段で一気にエントランスまで降りて、ガラス越しに街灯を確認して──展開が予想通りすぎて舌打ちしながらまた3階に戻る。
 瀬奈の部屋のドアノブをガチガチと上下させている、そいつ。

『何してんねん、このダボが!』
『うるさい! うるさい! 瀬奈、あけろ! 説明しろ、こいつは瀬奈の何なんだ!?』

 俺はそいつの胸ぐら掴み上げて、ガッと壁に押し付ける。

『……なあ先輩、就職って決まっとんの』
『あ? 決まってたらどうだって言うんだ』
『そしたらマズいんちゃう? 警察呼ばれたら──呼ぼか?』
『……』

 ぎくり、とそいつは肩を揺らす。
 マズいことをしている自覚は、多少あるらしい。「ストーカー」と言われて激昂したのは、薄々自分のやっていることがそういう行為だと、気がついているんやと思う。

『今から就活しなおすか? 前歴あってマトモな職につけると思うなよコラ』
『──お前はどうなんだ? こ、こんなの、暴行だろうが。手ぇ放せボケ』
『実家継ぐんや。中退しても構わんわ』

 ……いや実際しとったらオカンにぶち殺されとったやろうけど。俺は続ける。

『お前がここ入り込んで瀬奈の部屋に入ろうとしたん、防犯カメラとかにも映っとるんちゃう?』
『……だとしたらなんだ』
『次に瀬奈の近くでお前みかけたら、その場で警察と就職先に連絡する。就職先くらい、ちょっと調べたらすぐわかんねんぞ』

 そいつはしばらく視線をウロウロさせたあと、顔をぐしゃぐしゃにして俺を睨みつける。

『覚えとけよ楢村』

 そう言い残して──そいつは俺の手を振り切って、鼻息荒く去っていく。その後ろ姿に向かって、俺は叫んだ。

『二度はねえぞ!』

 瞬間──そいつは振り向いて、呟く。

『……』

 うまく聞き取れなかった──が、「カラス」と言ったような気がして眉を顰めた。
 なんの話や、と声をかける前に、そいつは階下に姿を消す。
 階段の踊り場の窓から、外を見る。そいつが敷地を出て行ったのを確認してから、鍵を開けて部屋に入った。──怖かった、やんな。

『道重さん』
『ごめん……迷惑かけて』

 瀬奈は震えて泣いていて。

『迷惑とか思うてへん──友達、やろ』
『……うん』

 ありがとう、とか細い声で言う彼女の背中を、またさするしか出来なかった。
 結局そいつはその後瀬奈につきまとうことはなくて、春には就職で東京へ行って──大手不動産会社に就職したとのことだ──で、一安心は、したんやけれど。

 思えば、この時──ずるくても、弱ってるところにつけ込む形でも──告白しておけば、良かった。

 その年の瀬奈の誕生日。
 俺は瀬奈をキスどころか、その場で押し倒して──

 俺はクソほどアホやから、てっきりそれで、付き合っとるんやと思ってた。

(遊びに行くんは、瀬奈の就活終わってからのほうがいいよな……?)

 実家を継ぐ俺は、就活のことは全然わからんくて──
 ただ、いつもエントリーシートだの企業研究だの、面接で東京だのと忙しそうな瀬奈の邪魔にならんようにしとこ、とだけ考えていた。

(でもそもそも、それが間違いやったんよな……)

 そんなんでも、もっと色んなとこに出かけたら良かったのに。
 俺はぱちりと目を覚ます。
 手元のスマートフォンには、新しい瀬奈の連絡先。

(死んでも逃さへんぞ……)

 瀬奈に触れた感触を、思い出す。
 俺に触れる、柔らかい指。
 いい匂いの髪の毛、形の良い鎖骨、すべての表情が、死ぬほど愛おしくて──
 心臓が痛い。
 いま彼女は何してるんやろ、何考えてるんやろ、俺のことやったらいいのに、なんてちょっとキモイこと考えながら、俺はまた目を閉じる。
 明日のデート、瀬奈が楽しんでくれるといいなと、そう思いながら──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

処理中です...