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「友達」(昴成視点)

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『警察には?』

 瀬奈は首を振る。

『実害が出てるわけじゃないの。ただ気持ち悪くて……それだけで、事を大きくするのも、それはそれで怖くて』

 俺はふつふつとした怒りを感じていた。
 瀬奈に近づくだけでも許されへんのに、何しでかしてくれとんねん……!
 それより自分に腹が立つ。
 なんで頼ってもらえへんかったんやろ、そんなに頼りなかったか、俺。

(や、そんなん考えとる場合ちゃう)

 ……ふと、思いつく。

『……部屋入っても構わん?』
『え! あ、えっと、べ、別にいいけど』

 瀬奈が真っ赤になってぶつぶつ『あの、でもちょっと片付けてなくて普段もっと綺麗で』とか言うてて可愛い~……
  いや、可愛さを堪能するのは、置いておいて。
 瀬奈のシンプルな一人暮らしのワンルームの部屋……瀬奈のにおいがする、を大股で歩いてカーテンをシャッと開ける。
 ベランダに続く掃き出し窓をガラッと開いて、ベランダに荒く飛び出る。

『コラいつまでも何見とんねん──!』

 叫んでから思い出す。
 瀬奈は怒鳴り声、嫌いやのに。一回の冬に、オッサンに絡まれてた瀬奈──俺の怒鳴り声に、固まって泣いてた瀬奈。
 ばっと振り向く。部屋の真ん中で固まる彼女に、俺は『ごめん』と謝ってから、からからと窓を閉めた。

(──さっきあいつがおった街灯……)

 瀬奈の部屋の正面やった。
 瀬奈の部屋が3階にあって、ちょうどその斜め下──

『……楢村。お前、瀬奈に付き纏ってるよな、ずっと──ストーカーじゃん』

 低く沈む春の闇の中で、そいつの呟きが、3階まで届いた。なんで俺の名前知っとるかとか、もうそんなんはどうでもいい。

『あ? 付き纏っとるんそっちやろうが! んなとこで道重さんコソコソコソコソ見張りやがって』
『ん? オレは瀬奈が安全に帰宅できているかを確認してるだけだ』
『ざけんな、お前みたいなんをストーカーいうんやボケが』
『ストーカー!?』

 そいつは急に声を荒げた。

『そもそも、一体お前は何の権利があって瀬奈の部屋にいるんだ、出ろ、すぐに出ろ』
『うっさいわボケ、ちょおそこで待っとけや』

 俺はまたカラカラ窓を開けて、部屋に戻って瀬奈の頭をぽんぽんと撫でる。

『楢村くん……』

 瀬奈を小さなベッドに座らせる。
 かすかに軋むベッド──
 瀬奈が俺を見上げた。

『……念のためやけど、絶対ドア開けたらあかんで。俺でたらドアロックきっちりかけて』
『え? いくつもり?』
『鍵、借りるな』

 大股で歩いて、玄関で──瀬奈に服を握られた。

『ま、待って。危ない、私も行──』
『あかん』

 ぴしゃり、と言葉を遮る。

『多分、道重さん行った方が激昂する』
『でも』
『いいから、ここにおって。絶対大丈夫やから』

 真っ青な瀬奈を玄関に残して、部屋を出る。鍵をきっちり閉めて──
 階段で一気にエントランスまで降りて、ガラス越しに街灯を確認して──展開が予想通りすぎて舌打ちしながらまた3階に戻る。
 瀬奈の部屋のドアノブをガチガチと上下させている、そいつ。

『何してんねん、このダボが!』
『うるさい! うるさい! 瀬奈、あけろ! 説明しろ、こいつは瀬奈の何なんだ!?』

 俺はそいつの胸ぐら掴み上げて、ガッと壁に押し付ける。

『……なあ先輩、就職って決まっとんの』
『あ? 決まってたらどうだって言うんだ』
『そしたらマズいんちゃう? 警察呼ばれたら──呼ぼか?』
『……』

 ぎくり、とそいつは肩を揺らす。
 マズいことをしている自覚は、多少あるらしい。「ストーカー」と言われて激昂したのは、薄々自分のやっていることがそういう行為だと、気がついているんやと思う。

『今から就活しなおすか? 前歴あってマトモな職につけると思うなよコラ』
『──お前はどうなんだ? こ、こんなの、暴行だろうが。手ぇ放せボケ』
『実家継ぐんや。中退しても構わんわ』

 ……いや実際しとったらオカンにぶち殺されとったやろうけど。俺は続ける。

『お前がここ入り込んで瀬奈の部屋に入ろうとしたん、防犯カメラとかにも映っとるんちゃう?』
『……だとしたらなんだ』
『次に瀬奈の近くでお前みかけたら、その場で警察と就職先に連絡する。就職先くらい、ちょっと調べたらすぐわかんねんぞ』

 そいつはしばらく視線をウロウロさせたあと、顔をぐしゃぐしゃにして俺を睨みつける。

『覚えとけよ楢村』

 そう言い残して──そいつは俺の手を振り切って、鼻息荒く去っていく。その後ろ姿に向かって、俺は叫んだ。

『二度はねえぞ!』

 瞬間──そいつは振り向いて、呟く。

『……』

 うまく聞き取れなかった──が、「カラス」と言ったような気がして眉を顰めた。
 なんの話や、と声をかける前に、そいつは階下に姿を消す。
 階段の踊り場の窓から、外を見る。そいつが敷地を出て行ったのを確認してから、鍵を開けて部屋に入った。──怖かった、やんな。

『道重さん』
『ごめん……迷惑かけて』

 瀬奈は震えて泣いていて。

『迷惑とか思うてへん──友達、やろ』
『……うん』

 ありがとう、とか細い声で言う彼女の背中を、またさするしか出来なかった。
 結局そいつはその後瀬奈につきまとうことはなくて、春には就職で東京へ行って──大手不動産会社に就職したとのことだ──で、一安心は、したんやけれど。

 思えば、この時──ずるくても、弱ってるところにつけ込む形でも──告白しておけば、良かった。

 その年の瀬奈の誕生日。
 俺は瀬奈をキスどころか、その場で押し倒して──

 俺はクソほどアホやから、てっきりそれで、付き合っとるんやと思ってた。

(遊びに行くんは、瀬奈の就活終わってからのほうがいいよな……?)

 実家を継ぐ俺は、就活のことは全然わからんくて──
 ただ、いつもエントリーシートだの企業研究だの、面接で東京だのと忙しそうな瀬奈の邪魔にならんようにしとこ、とだけ考えていた。

(でもそもそも、それが間違いやったんよな……)

 そんなんでも、もっと色んなとこに出かけたら良かったのに。
 俺はぱちりと目を覚ます。
 手元のスマートフォンには、新しい瀬奈の連絡先。

(死んでも逃さへんぞ……)

 瀬奈に触れた感触を、思い出す。
 俺に触れる、柔らかい指。
 いい匂いの髪の毛、形の良い鎖骨、すべての表情が、死ぬほど愛おしくて──
 心臓が痛い。
 いま彼女は何してるんやろ、何考えてるんやろ、俺のことやったらいいのに、なんてちょっとキモイこと考えながら、俺はまた目を閉じる。
 明日のデート、瀬奈が楽しんでくれるといいなと、そう思いながら──
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